第23話 約束の日~あやまらないわ~

今日は、ついにあの日だ。

同窓会の日。

そして、静華さんにライブハウスへ来る様に言われた日。

不安で、眠れなくて朝の4時に目が覚めた。

静華さんとの約束の時間は、7時。

そして、同窓会の時間は、昼の11時から。

あまりにも早起きをしたせいで、時間を持てあます。

‥‥どうしようか。

‥‥‥。


悩んだ結果。

リクルートスーツに着替えて、髪を後ろで束ねる。

とりあえず、ファンデーションを付けておけば、失礼には当たらないだろうか?

それとも、口紅を塗るべきか?

分からない…。

確か、同窓会の会場は、ホテルで立食パーティーのはず…。

多分、緊張で食べられないから口紅をしても問題はない…。

一応、化粧をして、家を出る。

時間は、朝の5時30分。

早すぎるのは、もちろん分かっている。

自分に少しでも、勇気を与えられるように、比嘉丹神社に向かう。

もしかしたら、トヨさんか市川さんに会えるかもしれない。



毎日通っている神社も、目的が違うと違う風景に見える。

いつもの、境内へ向かう階段も、神社に流れている空気もなんだか違うみたい。

境内の落ち葉が、風で舞っている。

…市川さんは、ちゃんと掃除をしてくれるだろうか…。

あの人…手を抜くのが異様に上手いからな…。

本殿の前に立って、財布から小銭を出す。

…5円玉がない…。

どうしようか…50円玉でいいか…。

取り出した、50円玉を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼。

(どうか…今日の同窓会が無事に終わりますように…。)

こんな事で、神頼みというのも情けないけれども‥‥。


時間は、まだ6時‥‥。

せめて、猫達のご飯だけでも…。

そう思って、社務所に向かう。


「あれ?依天じゃん!今日は…授業参観?」

「‥‥市川さん…わざと聞いていますよね。」

「そんなぁ~。依天ちゃんが、お忙しいのは分かっていますから(笑)」

「‥‥。」

「ごめん!ごめん!睨むなよ!そんなスーツで、こんな時間にどうしたんだよ。昼からだろ?同窓会?」

「はい‥‥。7時に静華さ…友人のお姉さんと待ち合わせしていて…。早く起きすぎて、手持ち無沙汰でしたので、猫にご飯でもと…。」

「ほぇ~。真面目だねぇ~。でも、助かった!俺が餌用意しても猫達が、寄ってこないんだよねぇ~!どうしてだろう?」

そう言って、市川さんは、両頬に手を当ててぶりっ子を演じる。

‥‥。

「そういう胡散臭い感じが、信じて貰えないじゃないですか?」

「胡散臭くないわい!可愛いだろうが!」

「いえっ‥‥別に…。」

「ちぇっ!」

市川さんは、頬を膨らませて、社務所の座敷に座った。

自分は、いつも通りに猫達にご飯を上げて、水を変えた。

猫達の柔らかい毛並みが、心を落ち着かせてくれる。


「‥…。落ち着いたか?」

「えっ‥…はい。」

「ふぅ~ん。じゃあ、適当に居て、適当に帰ってこればいいじゃん。」

「‥…そうします。」

「そんで、早めに帰ってきて、俺と掃除代わってくれ。」

「‥‥嫌です。」

「ちぇっ!」

「あっ…もう、行きます。約束の時間に遅れるので…。」

「ほいよっ!」

「‥‥‥ちゃんと、境内と手水場の掃除お願いします。今日は、塾のお仕事休みって聞いています。明日、出来てない事がわかれば、トヨさんに言いますから。」

「うえっ!?依天ちゃん!それはちょっと!!」

「では、行ってきます。‥‥それと…ありがとうございます。」

「おうっ!行ってらっしゃい!」

市川さんの元気な声に勇気を貰えた。ただ、掃除のクオリティは、不安しかない‥‥。

けれども、市川さんを信頼している。

一応‥‥。


比嘉丹神社を出て、通勤ラッシュ時間の少し前の電車に乗る。

まだ、乗客の少ない車両は、眠たげなサラリーマン達と、朝帰りに見える学生風の集団。自分は場違いなのではないかと…。

いやっ…今はスーツを着ている。

きっと、学生の集団には、今から仕事に向かう社会人に見えているに違いない。

そう、思うと、ちょっと誇らしく思えるかもしれない…。

本当は、ただの3浪のフリーターなのだけれども‥‥。


静華さんのライブハウスがある駅に着いた。

前は、林君達に連れて来てもらったけれども、今日は1人で降り立った。

凄い‥凄いぞ!自分…前より、成長したのではないか?

こうして、小さな事を自分で、褒めるしか今は進めない。

虚しいけれども…。

そうでなければ、同窓会になんて行けない‥‥。

そんな事をぐるぐると考えて歩いていると、いつの間にか静華さんのライブハウスに着いた。

前は、夜だったことから、ネオンの光でよく見えなかった。

‥‥以外に外観は、普通のビルだった事にちょっと、驚いた。

ライブハウスの前に着いたのは、いいのだけれども‥‥。

ここからどうすれば…。

入るべきか?いやっ不法侵入では?

でも、約束の時間が‥‥。

どうすれば…・。


「あれっ?君この間の子じゃない?」

ビルに入ろうかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。

振り返り、顔を見たけれども‥‥知り合いじゃないと思う…?

「覚えてないかな?前に、静華の頼みで君にメイクしたんだけども?」

メイク?…きっと、林君達のライブを見に行った日に、自分にメイクをしてくれた人?

あの時は、緊張と驚きで相手の顔まで見ていなかった…。

「あの…その…きちんと、覚えていなくてすみません。えっと‥その節は、ありがとうございました。お礼も言わずにすみません。」

「えぇ!そんなに、かしこまらないでよ!あれは、あたし達が調子に乗っただけの事だし…それに、今日も頑張るから!任せてね!」

「へ?今日?‥‥とは?」

「やべっ!これ、内緒のやつだったの?静華そんな事言ってたっけ?」

今日も…メイクとは?

自分の疑問と、メイクさんのしまった顔が見合う。

「あらっ!2人共、約束の時間ピッタリね!さすがだわ!」

そこに、静華さんの明るい声が飛び出てきた。

「あっ!静華!今日の事ってサプライズだったの?」

「あらっ?そんな事ないわよ?言わなかっただけよ?」

「いやっ、それは、サプライズじゃん。うち、バラしちゃったんだけど?」

「まぁ!…依天ちゃん。おはよう。今日もお姉さんに任せてくれるわよね?」

「えっと…任せるとは‥メイクの事ですか?」

「んん~…その他、諸々かしら?」

「あの…えっと‥‥もしかして…同窓会の為にですか?」

「いいえ!違うわ。依天ちゃんと私の為よ!」

「えっ…と・・。それは?」

「まぁーまぁー!いいじゃん!そんな事!それより、時間なくなるから!はいはい!」

そう言って、背中を押されライブハウスの中に押し込まれた。


あぁ…今からする事がわかる…。

分かるけれども!

ど…どどどうすれば…自分は…静華さんとメイクさんの力と笑顔に押され、抵抗する事は許されない…。


‥‥比嘉民様は、自分の神社の巫女を守ってくれないのでしょうか?

50円玉返してください。

いやっ…こんな事まで、願っていないから無理か…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る