第22話 お姉さんに任せて!~あやまらないわ~

さぁ!依天ちゃん行くわよ!」

「えっと…どちらに?」

昨日の夕方、いきなり明日休めと御婆さんに言われた。

御婆さんの後ろで、ニコニコと笑っている静華さんが何かを言った事は分かったけれども…。

明日つまり今日は、塾もないから1日中神社の物置を掃除する予定だったのに…。

ただ、御婆さんの決定は、有無を言わせない雰囲気があって頷いてしまう。毎回のことだけれども…。

静華さんに、今日の10時に駅前で待っていると言われてノコノコと来てしまった。

昨日のテンションが高めの静華さんに・・何をされるのだろうか?

お世話なっている静華さんに失礼のないように最低限の事をしなければ…。



駅前の大きなからくり時計。

1時間に1度、中からブリキの人形が出て来て、可愛く踊っている。

お姫様の人形の周りを、動物達が踊って、最後には王子様が出て来て手を取り合って踊る。

そんなブリキ時計。

子どもの頃は、出てくる人形が不思議で、よく母と並んで見ていた。

喜ぶ自分の為に1日に、何度もこの時計の前を往復してくれた。

あの頃は、楽しかったはず…。

どうして、自分は今こんな状態になってしまったのだろうか…。

神楽で、少しは自信を持てる様になった気がしていた。

けれども、手紙1つでこんなに動けなくなるなんて………。

自分は、1歩も進んでない。

一応、静華さんに失礼の内容に、白いカッターシャツの上に紺のジャケットと黒いジーパン。

自分の中では、まともな服を選んだ…はず…。

前に、小倉君に服を注意されてから、一応勉強してみた。

今日は、年上と行く買い物をテーマに、失礼のないようにしてみた。

待ち合わせ時間よりも、30分早く着いて、静華さんを待たせないようにした。

………早すぎたかも知れないけれども。

市川さんに言ったら多分、笑われる。


「あら?あらあらあら?依天ちゃん?まぁ~凄くお仕事ができるOLさん。みたいだわ!」

オレンジ色というのだろうか?

秋ぽい色のシャツワンピース?に温かそうなストール。

昨日会った静華さんよりも、少し派手さを感じるのは多分…化粧だと…思う。


「おはようございます。今日は、誘っていただきありがとうございます。」

「ふふふっ!おはようございます!今日は、お姉さんが楽しませてあげるわ。任せて頂戴。ふふっ!さぁ!まずは、お洋服屋さんに行きましょうか!」

「えっ…服ですか?」

何か、失礼だったのだろうか?

「大丈夫よ!お姉さんに任せて!」

静華さんは、軽い足取りで、歩きだす。

何処に向かっているのかは、分からないけれど楽しそうだ。

「あら!みてみて!依天ちゃん。このワンちゃんとっても可愛いわぁ!」

ガラス張りのペットショップの前で、足を止めた静華さんが、濃い茶色の小さいトイプードルを指す。

「はい。可愛いです。静華さんは、犬がお好きなんですか?」

「んん~‥?そうねぇ。どちらかと言うと、ワンちゃんが好きね。だって、家に帰ったら嬉しそうに出迎えてくれるって言うじゃない?とっても、癒されると思うの。それに、りゅうちゃんは、ワンちゃんの方が好きみたいだし。」

……りゅうちゃん。なるほど、小倉君が家の話をしたがらない訳がわかった。

きっと、静華さんに「りゅうちゃん」と呼ばれているのを隠しているのだろう…。

これは、小倉君の為に聞かなかった事にしよう。

「依天ちゃんは?ワンちゃんと猫ちゃんどっちが好きなのかしら?」

「…自分は、猫だと思います。」

「あら以外だわ。依天ちゃんは、甘えてくれるワンちゃんの方が好きかと思ってたの。だって、市川君は、犬ぽいでしょ?」

「市川さんですか?‥‥犬?ぽいと言うよりも…台風ぽいです。」

「ふふふっ台風?」

「はい。市川さんに会ったら、何かしら仕事が増えますから。」

「そうなの?なんだか、市川君らしいわ。彼は、学生の時からそうだった気がするわ。」

「市川さんと同じ学校だったのですか?」

「え‥えっそうね。大学時代の後輩だったわ。彼、とっても女の子に人気だったから知ってるの。」

市川さんと静華さんは、同じ大学だったのか‥‥。

「それで、どうして、猫ちゃん派なの?」

「えっ…はい。あの、神社の境内に野良猫が住み着いてしまって、その子たちのお世話をしている間に、猫派に…。」

「まぁ!神社に猫ちゃんが居たの?私も、触ったりできるかしら?」

「…どうでしょうか?市川さんは、ひっかかれていましたから‥‥。何度か会いに来て頂ければ…?」

「そうね…。そうよね‥‥。直ぐに触ったりは、出来ないわよね。いつか、神社の猫ちゃん達をモフモフ出来るように頑張るわ。」

トイプードルを見ていた静華さんは、立ち上がって右手を上げる。

お陰で、周りの目線が自分達に注がれて恥ずかしい。


ペットショップから出てまた、歩きだす静華さんの後を追う。

今流行の、タピオカミルクティー屋さん・から揚げ屋さん・小さな洋服屋さん。

ここら辺には、あまり来た事がない。

小さな頃は、こんな感じじゃなかったと思うけれども………。

こんなに賑やかだっただろか?

ふっと、家電量販店の店頭に並んでいるTVに目が行った。

「あっ…。」

「どうしたの?依天ちゃん?」

「いえっ‥‥知り合いと言うか‥‥お客さんというか…友達?と言いますか…?」

「TVにお友達が映っているのかしら?」

「…はい。自分が初めて、話を聞かせて頂いたお客さんです。」

「そうなの?」

大きな薄型テレビに映っていたのは、笑里ちゃんだ。

TVに写った笑里ちゃんは、前に会った時よりも、ずっと大人びていてカッコよく見えた。

画面には、(今話題の子役女優!村瀬笑里ちゃん。泣く演技の神童!)

満面の笑みが画面いっぱいに映っている。

良かった…夢を叶えられたみたいだ。

たまに、笑里ちゃんのお爺さんから、神社宛にDVDと手紙が届く。

DVDの内容は、笑里ちゃんが出演し番組集だ。

笑里ちゃんのお爺さんも、夏の半ばに病院を退院したみたいで、本当に良かった。

「ふふっ…依天ちゃんにとって、その子は、とても大切な存在だったみたいね。」

「‥‥そうかも…知れません。」


多分、そう。

笑里ちゃんの話を聞いて、言葉を聞いて、自分は何も出来なかった。

けれども、いつか、笑里ちゃんに「お帰り」って言えるように…。

そんな自分になれたら…。

‥‥‥‥‥。

…………‥…。


静華さんの案内でいつの間にか、大きなモールに着いた。

「さぁ!着いたわぁ!依天ちゃんに合う服を探しましょう!」

「えっ…と。服は…なぜ?」

「あら?女の子はね。お洋服1枚で変わるものよ?気分はもちろん、見える世界も変わる。」

「そうなんですか?」

「えぇ!楽しいわ。ここなら、ハイブランド~カジュアルブランドまで揃っているから。きっと気にいるものがあるはずよ!」

「はぁあ‥‥。」

それから、一体何時間・何往復したのかは分からない。

モールの中を右・左・上・下。

休憩にお洒落なカフェで、チョコレートケーキとダージリン。

さっきのジャケットに合わせるのならば、この店のワンピースの方が良い。

それとも、この靴に合わせるならパンツスタイルでカッコよくした方が良い。

そんな会議が、繰り広げられている。

静華さんのiPadの中で。

静華さんはお店に入るごとに、自前のiPadの中で会議をしている。

自分はと言うと、皆さんに指示された通りの服を着て、クルクル回っていた。

ライブハウスと時の様に。

会議は、白熱しているみたいで、パンツ派とワンピース派に分かれていた。

パンツ派は、普段着としても使える様にするべきだと。

ワンピース派は、スペシャル日にはワンピースが必要不可欠だと。

…自分にスペシャルな日なんてないのだけれども‥‥…。


結局、決まらなかった。

自分が、決める事になったのだが‥‥。

どうすればいいのか‥‥。

皆さんが選んでくれた服は、おおよそ自分の日常生活では活用できない代物だった。

けれども…折角選んで頂いた手前‥‥決めなければ…・。


パンツの服は、ツナギの形をした服で、ノースリーブス。

色は、ヌーディで生地は、サラサラしている。

それに、少し鎖骨が見えて、腰には細い黒のベルト。

靴とカバンは、薄茶色のヒールに黒のクラッチバッグ。

自分には考えらえないような大人な装い。

ワンピースの服は、モスグリーンのドットの総レース。

首元も手首もしっかり詰められていて、上品な感じの服だ。

靴とカバンは、黒のショートブーツとゴールドの斜め掛けバック。


‥…。

選べと言われても‥‥。

どちらの服も大人過ぎて自分には…。

「静華さん‥‥あの…自分には選べません。その…すみません。」

「あら…そうね。じゃあ、着たいと思えるお洋服はどっちかしら?」

「着たい…というよりも…どっちも自分に似合うとは…。」

「じゃあ!どちらも着てみましょうか!」


それから、また2時間後‥‥。

結局、パンツのツナギにした。

決められない自分を追い詰めるように、静華さんによってレジの前まで連れていかれて選択を迫られた。

後ろに、他のお客さんが並び出した勢いで、パンツになっただけだけれども‥‥。


「そうね!依天ちゃんには、パンツの方が似合うかも知れないわ!だって、今日のお洋服もカッコよく誰か分からなかったもの!ふふふっ!」

「…そ…そうですか…自分は、ツナギにこんな形の物がある事を初めて知りました。」

「ふふふふっ!今日は、とっても、満足した日だったわ!ありがとう付き合ってくれて、嬉しかったわ。また、誘ってもいいかしら?」

「!そんな…自分の服を選んで頂いただけなのに…自分も楽しかったです。また…その…一緒に行けたら嬉しいです。」

これは、本心だ。

今日1日ずっと足もとがフワフワしていた。

目に見えるものが、新鮮で光っていた。

また、自分にもこんな事が経験出来たら…嬉しいと思えるのは間違っていないはずだ。


自分達は、駅前に戻ってきて別れた。

「じゃあ、依天ちゃんまたね。今日買ったこのお洋服は、私が持っていてあげるわ。」

「?えっ・・でも、自分の物ですし‥‥。」

「あら?前かったお洋服は、今はどうなっているのかしら?」

「‥‥クローゼットの中です。」

「そうよね。あれから着たのはいつかしら?」

「‥‥着てません。」

「んふっ…じゃあ、この日に私のライブハウスまで、来てくれるかしら?」

「この日ですか‥‥?」

「そうよ。この日の‥‥朝7時頃に。いいかしら?」

「‥‥はい。」


静華さんは、そう言って軽やかに帰って行った。

自分の服を持って。

静華さんから、頂いた服を活用する機会がなかっただけ…。

そう思っていたけれども‥‥罪悪感が胃を押しつぶす。

‥‥あぁ。嘘でも着たと言えばよかったかな?

いやっ…自分の嘘なんて直ぐに見破られるはず…。

従っておこう‥…。


そう言えば‥‥静華さんがライブハウスに来るように指定した日は、同窓会の日だ。

昼の11時からだから‥‥間に合うはず…。

はぁ~。

やっぱり、行かなきゃいけないのだろうか…。

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