第19話 金木犀の香り~あやまらないわ~

カサッカサッ。

足もとの木の葉が増えてきて掃除が大変になってきた。

夏の掃除のしやすさが、いまや嘘みたいだ。

それでも陽の光は、鋭いようで縁側の猫たちはお腹を見せている。

「おっ~い・・君の野生はどこに行ったのかな?」

ぐるるるるるrrr。

この頃、この神社の猫たちは野生の本能を無くしたにちがいない。

一説によると、猫の喉の音にはリラックス効果があるというネットニュースを見たことがある。フェイクかもしれないけれども、撫でていると落ち着く。

この、柔らかくて、スベスベで、心地の良い毛並みを整える・・いやっ整えてもらう為にご飯を献上してしまう自分は・・・ただのスポンサーに他ならない。


自分が、この神社に勤めて約9ヵ月が過ぎた。

この神社では、巫女見習いとしてアルバイトをさせて頂いている。

見習いと言っても巫女になる訳じゃないけれど、沢山の事を経験させてもらった。

普段は、この社務所でお守りなどの販売と接客それに、境内の掃除やお使いなど。

特別な時は、つまりお祭りの時は・・・本当に自分で良いのか・・今でも自信がないけれども神楽を舞わせて頂いている。

つい先日の比嘉丹神社の夏祭りで、舞って以来この仕事も業務内容に追加された。

「おぉーおぉー。猫の世話とは、暇なこったな巫女。」


「わぁ~。すごく懐いてるね。名前はあるの?」

「あっ・・いらっしゃいませ。小倉君と林君。この子達の名前は、無いんです。」

この2人は、自分の友達で小倉君と林君だ。

友達と言うには、年が離れている・・・。

彼らは、自分に音楽が何たるか(まだ、わかってないけれども)を教えてくれた。

林君とは、同じ塾に通っていた。・・いやっ・・今も通っている。

ついでに、小倉君も。

夏期講習で終わるはずだったのに、最終日に受けた総合テストが、今までのテストの中でダントツに良くて・・嬉しいのやら・・悲しいのやら・・。

母が狂喜乱舞したのは言うまでもない。

小倉君は、夏期講習には通ってなかったのだけれども、成績の悪さを嘆いていた小倉君のお姉さんである静華さんが、林君と同じ所に入れれば成績が良くなると塾に入れたみたい。


「本当に良かったの?俺らの勉強見てくれるって。」

「こんな、暇な神社に客なんてこねーよ。今だって、猫と遊んでたじゃねーか。」

実は、2人の勉強をみる約束をしてしまった。

総合テストの自分の成績を知った林君が、頼んできた事だけれども鶴の一声で決定してしまった。

この、鶴は神社の後継者の市川さんが教えると勉強にもなると言う言葉を下さったお陰で、今日2人は自分の元に来ている。

本当は・・自信がないから断るつもりだったのに・・・。



「別に、大丈夫です。それに・・・林君からお聞きした小倉君成績では・・・この大学は・・・。」

大丈夫じゃないけれども、ちょっとお姉さんぶってみた。

「はっ!うせっ!と言うか、俺の成績なに勝手に言ってんだよ!勇人!」

小倉君が動く度にジャラジャラと、ズボンに着いた鎖が鳴る。

2人は、前よりも仲が良くなったみたいでとても、安心した。

「亮二、こんな所で暴れちゃダメだって!神様の御前だぞっ!」

「あぁ?ここの神さんは、俺を合格に導いてくれるのかよっ!」

「えっと・・ここは、縁結び神社なので受験の合格祈願は、叶えられるかどうか・・・。」

「じゃあ、無理かもね。」

「おいっ!お前ら・・・よってかかって馬鹿にしやがって・・・。」

小倉君は、自分と林君の言葉に機嫌を悪くして顔をそむけてしまった。

「はははっ!ごめんっごめんって亮二!さっ勉強しようぜ。なぁ?」

林君は、小倉君をあやすように肩を揺する。

「このテキストが解けたら、おやつが用意されていますよ。」

「!・・ガキじゃね!・・・これ、やれば良いんだろが。」

こちらを見た林君がピースをしている。どうやら、おやつ作戦は成功したみたいだ。



・・・。

・・・・・。

・・・・・・・・。

2人のシャーペンの音が、神社の静寂に混じる。

空が高くなって、鰯雲が広がっている。甘く爽やかな匂いが、どこからか漂ってきて落ち着かせる。

・・そう言えば・・自分はシャーペンの音が好きだったかも知れない。

真剣な眼差しで、多くの生徒が向き合うテストのあの時の音が心地良い色がしてた。

中学校の頃は、その音が聞きたくて早く自分のテストを終わらせていた。

教室全体から聞こえるシャーペンの音はずっと聞いていたいと思っていたはずなのに。

いつからだっただろうか・・。

多分、初めの大学受験の時から・・・・。あの時からこの音が、耳に入らなくなった。

母とお爺様に決められた大学と学部。

・・・。

ふっと、後ろを見る。

林君と小倉君は、自分の意思でテキストと向き合っている。

・・・。

・・・・・。二人の力になれたならな・・。



実は、密かな希望として社務所の仕事が忙しくなるかもしれないと思っていた。

お祭りには、多くのお客さんが来ていたし、社務所もいつもより忙しかった。

そんな効果がなかった事が良かったのか・・悪かったのか。

さっき、林君達は、帰って行った。今から、バンドの練習らしい。

新しい曲を作り始めたみたいで、なんでも神楽を題材にしたとか・・・。

自分の中で、神楽とバンドが交じり合わない。

一体全体、どんな曲になっているのか、楽しみだ。

自分にも、こんなに音楽を楽しめる気持ちがあった事が、少し嬉しいと思っても良いだろうか。

この色は、きっと自分の力だけでは、出せない色だ。

そう実感することが、この神社に勤めてから多くなった。

照れくさいような、誇らしいような・・・そんな色。


さて、今日の塾の時間まで、少し間がある。

御婆さんに言われた、掃き仕事をしよう。

オレンジ色の温かい花の絨毯が、箒の穂先に絡まって時間がかかる。

手に付いたシャーペンの黒鉛の色が、テキストの内容を過ぎらせる。

あれ?今日の、塾の内容は・・・何だったかな・・・。

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