第18話 祭りの後に~ありがとう~
「いやぁ~凄かったなぁ~依天。あんなに上手く踊った後にズッコケるとはなぁ~。すごいなぁ~。」
「・・・もう、いいですから。」
祭りのフィナーレ。
多分自分は、今までで最高の神楽を舞えた・・・はずだった。
舞っている最中は、熱くて熱くて・・それでいて夢中だった。
自分の人生でこんなに熱くなれる時があったのだろうか・・。
そう言える時間だった・・・。
のに、カセットテープから流れる神楽歌が終わってお辞儀をして。
あとは、袖に下がるだけだった・・・。
裾を踏むまでは・・。
・・・・。
あぁ・・・どうして・・。
自分は、きちんとしたい時に限って失敗するのだろうか。
・・情けない・・。
お陰で、お祭りが終わって3日も経っているのに、市川さんに遊ばれる羽目になった。
御婆さんは、よくやったって言ってくれたのに・・。
商店街の人達も・・・。
はっあぁぁぁ~・・・。
お祭りが終わって装飾品がなくなった境内は前と同じのはずなのに。
少し寂しく感じる・・・。
社務所の売り上げは、自分が来てから最高の金額を叩きだした。
神楽を見てくれたお客さんから、食べ物の差し入れまでくれた・・。
温かいタコ焼きが、お腹を満たしてくれてあの時の失敗をなかったことにしてくれてたのに・・。
市川さんが・・自分で遊ぶ・・。
悔しいような・・恥ずかしいような・・それでいて・・・負けたような・・。
そんな色で、一杯になる。
はぁぁぁぁ~・・・もぅ・・。
「藤城さん?まだ、落ち込んでるの?すごい大きなため息。」
いつの間にか、林君が来て覗き込んでくる。
初めて、神社に来たと同じように、ギターを肩にかけて立っていた。
お祭りが終わった後、2人には会えなかったけれど最後に見た顔色よりずっといい顔をしているように見える。
「林君。いらっしゃいませ。・・まさか・・自分でも転ぶとは思わなかったもので・・予想以外にショックです。」
「まぁ・・確かに・・最後の最後で転ぶとか・・藤城さんらしいね。」
「うぅ・・褒められていません。」
「ごめん、ごめん。」
悪戯めいた顔で謝られてもうれしくない。
林君も市川さんと同じなのかもしれない・・。
「あのさ・・藤城さんの神楽見てたらさぁ・・勇気が出てきて・・言えたんだ・・進学して音楽プロデューサーになりたいって・・言えたんだ・・。藤城さんが、亮二を誘い出してくれたから・・ありがとう。」
「いえっ・・仲直りは出来ましたか?」
「・・うん!俺・・やっぱり音楽が好きだからバンド辞めない事にした。それと、2人で会社興すって約束した。」
「そうですか・・それは・とてもよかったですね。」
「・・うん。俺の夢が俺たちの夢になった・・すげぇーうれしい。それに、絶対叶えてやろうって思えてくる。」
林君達の喧嘩が収まって良かった。
それに、夢を2人で追いかけるのも・・。
「うん。・・・・それと・・これなんだけど・・・やっぱり・・返さない事にした。」
肩から掛けていたバックから絵馬をだす。
林君が盗んだ小倉君の絵馬。
丁寧に袋に入れられている。
「えっと・・・それは・・自分はどどどどうすれば・・・。」
「なんで、そこはどもるのさ。」
「いやっ・・えっと・・その絵馬は、小倉君が購入して神社に納めたものでして・・それを管理して、供養するのがうちの役目と言いますか・・なんと言いますか・・・。」
「え~とっ・・じゃあ、友達として内緒にしてくれない?」
「友達としてですか・・・?」
「だめ?」
こてんっと首を曲げる林君が見つめてくる。
きっと、バンドのファンの子が見たら黄色声が神社一杯に響き渡るんだろうか。
「・・わ・・わかりました。でも、なんでですか?市川さんに土下座までしたのに?」
「んん~やっぱり・・宝物にしたくてさ・・・。」
そういって、手に持った絵馬を袋から出してキスをした。
まるで、おとぎ話の王子様がお姫様を目覚めさせるみたいに・・・。
優しく・・それでいて息が詰まるように・・・・。
優しく絵馬を包んでいる。
林君の顔は、温かくてじんわりとした色が広がっていく。
目の前の光景にドギマギする・・・。
けれども・・林君の幸せそうな顔が見られただけで・・・。
自分が、神楽を舞った意味があるように感じた。
「おっーーーーーいっ!勇人!」
境内の入り口で、小倉君が大きく手を振っている。
「あっ!来た来た!実は、ここで待ち合わせしてたんだ。」
「そうなのですね・・。」
「これから、練習なんだ。また、ライブ観に来てね!」
「えっはい。自分で良ければ。」
「ふふふっ!謙遜しすぎ!じゃあ、また今度は亮二と一緒にちゃんと来るから!」
「はい。待っています。」
「そうだ!前から思ってたんだけど、藤城さんって医者って言うよりも、こうやって話を聞く仕事の方が向いてるんじゃない!俺と亮二の中も取り持ったし!じゃあ、ありがとう!」
林君は、踊るように飛び跳ねて境内の入り口に向かっていく。
初めて来たときよりも足取りが軽く見えたのは気のせいじゃない。
自分は・・林君達の力になれたのだろうか・・・。
小倉君の叫びに寄り添えたと言えるのだろうか・・・。
林君の気持ちに勇気を分けられたのだろうか・・・・。
わからない・・・。
けれども・・神楽を踊りきれたあの日のように、体の奥が熱い気がする・・・。
これは・・?
この感覚は・・?
この色は・・・?
・・・。
・・・・・。
この気持ちは・・・もしかしたら・・・・。
この気持ちに名前をつけたい。
そう・・思っても許されるかもしれない・・。
色が変わり始めた木々達が祭りの後だと知る。
微かに匂うこの甘い匂いは・・なんの匂いだっただろうか・。
地面に反射する光が柔らかくなったのか。
それとも、冷たい空気が境内に侵入してきたのか・・・。
自分の足に絡みつく猫たちの体温だけが季節の移り代わりを教えてくれる。
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