第12話 林君と小倉君 ~ありがとう~

夏祭りの準備は、着実に進んでいく。

夜道に飾る提灯・屋台に使うコンロや綿あめ機といった様々な備品が運ばれる。

普段、厳かな雰囲気を醸しだしている境内が、賑やかで軽やかな雰囲気を奏でだしていた。


屋台を立てるトンカチの音、

商店街の人達の笑い声、

近所の子供たちが邪魔する足音、

いつもの神社にはない音が、色が、自分の胸を躍らしている様に感じる。

自分は、思いの外このお祭りを楽しみにしているのかもしれない。


あの日から、林君は何度かお参りに来てくれる。

話のほとんどが、音楽についてだけれども、暇な相談室にはありがたい。


「依天ちゃーーん!お茶もらえる?」


「はい。ただいま!」

夏祭りの準備が進んでいく中、自分は普段の業務をしている。

時々、こうして、お茶を頼まれる。

クーラーボックスで冷やしておいた、ペットボトルの麦茶を渡しに行く。


「ありがとう!」


御婆さんのあの宣言から商店街の人達は、自分に優しくしてくれる。

いきなり、神楽を舞う事になったアルバイトを不憫に思ってくれているのかもしれない。


普段の業務といっても特にする事がない自分は、ビデオカメラの再生ボタンを押す。

このビデオカメラは自分の神楽を見て練習するために、

先日市川さんが御爺さんの部屋から引っ張り出してきたものらしい。

先ほどから、リピートをしてビデオカメラの画面を凝視しているのだけれども・・・・。

市川さんと御婆さんが言う「何かが違う」のか・・さっぱり分からない。

舞の動きは、頭の中でイメージした通りに動けていると思う・・・・多分・・・。


ん~~んん~~・・・。何が・・・違う・・・。

脳内で舞を踊っていると、いきなり世界の色が暗くなった。

空が曇ったわけではないみたいで、紺色の人影が自分の前に立っていた。

驚いて頭を上げると、少し柔らかな笑みを浮かべた林君いた。


「こんにちは。今日は賑やかだね。それって神楽でしょ?練習してるの?」


いきなりの事で、反応が遅れた自分を不思議に覗き込む林君は、所謂「きょとん顔」をしていた。


「こんにちは、林君。そ・・・そうなんです。動きは完璧に頭に入っているんですがね・・。」

挨拶を返して、自分の率直な考えを伝えてみた。

何か、神楽のヒントになれば・・・。

市川さんと一緒に見たYouTubeの神楽と何が違うんだろうか。


「ふ~ん、そうなの?ヒップホップと神楽ってそんなに違うの?。」

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

自分には、寧ろ同じ部分が考え付かない。

「・・・・違うと思います・・・。」


「勇人!何してんの!」

ジャラジャラという、少し耳障りな音と共に金髪の男性がこちらに向かっている。

眉間に皺を寄せて、不審そうにこちらに歩いてく人に見覚えがあった。

見覚えのある男性と林君を交互に見てしまった。

林君は、少し困り顔して目配せをして来た。


「おい!勇人?そいつ知り合い?」

「あぁ・・。塾の隣の席の子で、藤城さんって言うんだ。藤城さんこっちは、俺の幼馴染で小倉亮二(おぐら・りゅうじ)で同じバンドのグループでボーカルをしてる。」


訝し気にこちらを見る小倉君は、興味の無さそうな返答をした。

もしかしたら、本当に興味がないのかもしれない。


「で・・・。下の名前は?」

「あっはい!依天と言います。あの・・。林君には、塾でお世話になっています。」

名前を聞かれるとは全く考えていなく、慌てて頭を下げる。


「いやいや、お世話してないよ!藤城さんってホント変わっているね!」

苦笑いの林君に即座に否定された。

例え、お世話になっていなくとも、この様に返答する事が「正しい」のだと母に教えられていた。

その為、言ってしまったが高校生には通じない事もあるのかもしれない。

自分と林君のやり取りを見ていた小倉君の眼が、少し白い様に見えた。


「で・・・・。ここになんの用だったわけ?祭りの準備してるみたいだし・・・。邪魔そうじゃね?俺ら。」

「まぁ~そうなんだけども・・。お祭りの準備って見たことなし良いかなって?練習の時間までまだあるしさ。」

練習の時間・・・。

いつもの林君は、大体手ぶらで参拝するのに対して、今日は、大きな荷物を持っていた。


「それは・・・ギターか何かですか?」

二人の間の空気に耐えられず、質問をした。

形状からして、楽器なのはわかっていたので、雰囲気を変えられればと・・・。


「そうだけど・・・なに?音楽する人?」

ギターの話題に食いついたのは、小倉君だった。


「いっいえ・・・音楽はちょっと・・あんまり得意じゃないです。」

「そうだろな。お前、暗そうだし。」

・・・・・。

「おい!亮二!失礼なこと言うなよ!年上だぞ!藤城さんだって音楽出来るし!」

林君が庇おうとしてくれているのは、とても良く分かったが・・・・。

自分が音楽を出来る事は初耳だった・・・・。

・・・・・・・。

「・・・えっと・・・音楽・・?・・え?」

「だって、出来るじゃん!ほら!」

何故か、むきになる林君は、自分の手の中に在った停止中のビデオカメラを自信満々気に小倉君に見せた。

これが、所謂「ドヤ顔」なのだろうか・・・。

よく、市川さんが会話の端々に着けてくるので、存在を知っていが市川さん以外がするとは知らなかった。


「・・・・・。ロボットみてぇ~。」

林君から押し付けられたビデオカメラを見た小倉君が呟いた。


「・・・・・。ロボットですか・・。」

自分は、その一言に何も感じなかった。


「そ・・んな事ないよ!藤城さん!確かにカクカクした動きだし、なんか静止画を見てるみたいな気分になるけど・・・・ロボットかな・・。」

「フォローになってねーよ。」

二人のやり取りは、画面越しに見ているみたいだった。

「これさ・・・。」

少し言い辛そうに、小倉君話す。

「・・・祭りで踊んの?」

「・・・はい・・・。辞めた方がいいですよね。」

ずっと、感じていた事・・・・。

市川さんと御婆さんの反応から、自分が舞わない方がよいのではないかと・・・。



「「・・別に?」」

意外な応えに、指先が熱くなるのを感じた。


「ん~ん、この踊りで祭り出るのはどうかと思うけど・・・辞める必要がないんじゃないかな?」

困った顔の林君が言う。

「このクオリティーで、客から金取るとかないし・・・。というか、あんたの踊りにパッションがない!」

怒った顔の小倉君が言う。


「「じゃあ、練習しかないね「ねーな」」


重なる二人の声が脳内に響く・・・。

本当は、誰かに反対して欲しかったのかもしれない・・・・。

本当は、誰かに応援して欲しかったのかもしれない・・・・。

本当は、誰かに代わって欲しかったのかもしれない・・・・。

本当は、自分が任されたと言う事が嬉しかったのかもしれない・・・・・。


二人の言葉が、自分の背を押しているそんな気がしても良いのかもしれない・・・。

この気持ちは・・・・嫌ではないのかもしれない・・・・。



二人が帰った後、自分の手には、返されたビデオカメラと一枚のチケットが握られていた。

このチケットは、小倉君が渡してきたものだ。

小倉君曰く・・・。

「音楽は、頭じゃね!心で感じるんだ!こんな、動きだけ覚えましたもんを客に見せんな!この踊りにお前の

パッションはどこに在んだよ!何を伝えたいのか全くわかんねーし!」

小倉君が音楽を大切にしている事がよく分かったのだが・・・・。

パッションとは・・・・なにをもってパッションと言えるのだろうか・・・。


返答に困っている自分を見て、小倉君は深いため息を吐いた。

「はぁ~・・。マジかよ。勇人!あれ、まだあるよな!」

「ん?・・あぁ~あれ、あるよ!これでしょ?」

傍観者の様に見ていた林君が、バックの中から一枚の紙を取り出して、小倉君に渡した。

受け取った小倉君は、少し考えてから自分の前に紙を差し出した。


「これ!俺らの音楽聞いてなんか感じろ!」

目の前の紙には、【ライブハウス・MUSIC of CRIME 17時から開演!】


「ライブハウスのチケットですか・・?初めて見ました。」

「マジかよ・・ライブハウス来た事無いのかよ・・・まぁ・いいけど・・これ来いよ!」

「・・・・えっと・・・。」

「藤城さんこの日、大丈夫かな?俺らのバンド【サンセット・ストリップ】って言うんだけど・・。演奏するから良ければ、見に来てよ!」

「というか、来いよ!一回音楽について考えろ!」

「亮二、言い方がきついよ!・・えっと・・亮二が言いたいのはさ、一回、その神楽?から離れて違う音楽を聞いたりしても良いよってことで・・・。言い方がきついだけだから・・。ごめんね?じゃあ!俺ら練習に行くから!もしよければだからね!」

そう言って、少し不満そうな小倉君の背を押して、帰っていったのは数分前の事だ。

両手に収まる少しザラザラしたチケットが、二人の言葉が脳内を飛び回る。

違う音楽で学ぶ・・・・。

学ぶ・・・。


自分には勉強が足りないという事なのだろうか・・・。

神楽の

音楽の

お祭りの

ライブの


勉強をすれば今よりも上手く神楽を舞えるかもしれない・・。


もう一度、手元のチケットを見る。

勉強をすれば・・。

自分の舞を認めてもらえるかもしれない・・・。



「で。このライブに行ってみたいと?」

市川さんの確認する様な声が頭上から降ってきた。

アルバイトを休む理由として、塾とライブなら塾の方がいいに決まっている。

なんだかとても、いけない事を話した様な気がして俯いていた頭を急いであげる。


「あの・・・。林君達に一度違う音楽に触れてみた方が良いと言われまして・・・。

その・・・自分も神楽のヒントになればと・・・。もちろん、音楽のジャンルが違うのは

自分も分かっています・・。やはり・・・いけませんよね。業務の方が大切ですし・・・・。」

「いやいや!行っちゃダメってことじゃないよ!」

「?」

どういう事だろうか・・・?

市川さんの言葉に疑問を感じつつ、次の言葉を待つ。


「依天もさ!若者なんだから遊びの1つや2つがあっても良いのよ!でも!ほら?

まさか、依天の口からライブって言う言葉を聞くとは思わなかったからさ?驚いちゃって!」

あっけらかんと笑う市川さん。

何か、失礼な様なそうでない様な、そんな事を言われた気がした。

「OK!OK!任せて!依天のかーちゃんに良いように言っとくよ」

「いやっ・・・。それは・・自分が・・・。」

「ふぅ~ん?出来る?」

市川さんは、ニヤニヤしながら自分の顔を覗き込んでくる。

・・・。

・・・・・。

・・・・・・・。

「じゃあ・・・お願いします。」

少し引っかかるものを感じた。

けれども・・・。

母に、どう言えば良いのか・・・。

正直にライブに行きたいと言ってみる?

いやっ・・無理。

ライブなんて・・・・。

ヒステリックを起こす事は、眼に見えてる。

・・・・・。

此処は、市川さんに任せた方が賢明な気がする。


ニヤニヤ顔を市川さんに「では、任せました。」と一声をかけて、

境内の掃除に向かった。

後ろから、市川さんが何かを言っている気がしたけど・・・。

聞こえない・・・っていうことにしておこう・・・。

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