第3話 初めてのお客さん~行ってきます!~

瞬く星が私達に向かって降ってくるようだ。この星たちには、僕らの希望が込められている。あの星に二人で誓った夜を今でも覚えている。

「オフィーリア姫きっと助けます。きっと・・。」


「なにこれ?ラノベ?巫女の癖にファンタジーって!ウケるんですけど!!」

突然かけられた声に、手元の本を慌てて畳に叩きつける。


頭を上げると、ツインテールの括られた栗色の髪に、薄い紫色のパーカーにピンク色のインナー、黒のスカートに茶色のランドセル。大きくて、気の強そうな眼に不審な色を滲ませこちらを見つめている。いや、睨んでいる。


「これ欲しいんですけど!何度言えばいいの?ちゃんと仕事してくださーい。」

「あぅっ・・申し訳ありません。えっと・・・525円になります。」

「ふん!トロ臭いわね!」

「・・・すみません。」

「ちょっと、マジヘコミとかやめてよね!あたしが悪いみたいじゃん!てか、小学生に注意されてへこむとか、どんだけメンタル弱いのよ!」

「は・・はぁ~」

「もぉ~、ねぇ!マジックペンのインクが切れてるんだけど!ちゃんと備品の管理ぐらいやりなさいよ!!絵馬にメッセージ書けないじゃん!早くして今から用事があるのに!!」

「すみません・・・どうぞ。」

「ふん!!」


少し高くて、可愛らしい声から罵詈雑言が飛び出てくる。

仕事中に本に夢中になっていた事も備品の不備もこちらのミスなのだが、ここまでマシンガントークで来られると、幼い少女でも圧倒される。

桜と猫が書かれている絵馬を買った少女は、乱暴に願い事を書いていく。

こんな山奥の神社に子供が来るのはとても珍しい。

この神社に1週間ほどしか勤めていないが、近所の方と近くの商店街の方しか来ない。

この事実だけでは、アルバイトは必要ないように見える。

ちなみに、トヨさんは、居間でお茶している。



(笑里ちゃーん!どこにいったーの?笑里ちゃーん!!)


遠くから、男性の声が聞こえた。きっと、目の前の少女を探す声だと感じた。

彼女は笑里ちゃんと言う名前らしい。

可愛いを体現している様な少女の口から出てきて欲しくない言葉が吐き出される。


「やばっ!もう嗅ぎ付けて来た!鋭い奴ね!あんた!この絵馬ちゃんと掛けといてよね!一番目立つ処に掛けといて!分かった?絶対確認に来るから!絶対よ!いいわね!掛けてなかったら、偽巫女だって言いふらすから!!!」

普段、猫達の面倒を見ている為か、少し気の立っている子猫を想像してしまった・・



「絵馬・・・掛けなきゃ・・・でも・・この時期に絵馬・・・?」

お正月の願いだと言うには少し遅すぎる絵馬に疑問を覚える。

しかし、願いを何時どこで神様に願うかを決める権利は自分にはない。

強制的に渡された絵馬に視線を落とす。

とても、物騒な願いが込められていた。

(東京ほろべ!!)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。願いは自由だから。

「喧しい声がすると思えば、笑里がきたのか。あの子は、いつ来ても喧しい。」

「その・・・絵馬がとっても物騒なんですけど・・・。」

勝手に絵馬を見てしまった手前心なしか、声が小さくなる。


「神様にどんな事を願ってもいい。だが、この願いは聞いではくれんだろな。」

「なぜですか?」

願い事は自由ではないだろうか、内心の自由まで縛られたら自分は、きっと・・・。

暗い色が心に掛かっていると、トヨさんがこの神社の神様について教えてくれた。


「ここは、比嘉丹様と女神の箕空様が結ばれた神社だ。縁を切るような願いが聞いては貰えんわ」

「縁結びの神社・・・・。」

陽が差さない土地に陽を差す神様が女神と結ばれる神社か・・・。

とてもそんな風には見えないと、失礼な考えが目の前を通りすぎていく。


「願いとは、人の強い気持ちだ、自分ではどうにか出来ない、それでも叶えて欲しい、叶って欲しいそんな思いが込められているのが絵馬だ、心に願うだけじゃ足りん、だから絵馬にも込めるそんな強い思いがここにある絵馬には込められている。」

「強い・・・思い・・・。」

確かにあの強い眼差しは、強い願いが込められていたと思う。

譲りたくないそんな思い。

とても、強い思いで日本の首都を潰したかったのだろうか・・・・。

「偽巫女!!来たわよ!今日は、本を読んでないのね!」

あれから、8日が過ぎ少女は神社に参拝しに来た。


「こんにちは、貴女の絵馬は、一番上の目立つ処に掛けといたよ。」

「貴女じゃないわ!笑里よ!村瀬笑里よ(むらせ えみり)!」

物言いが気に入らなかったのか、子ども扱いが気に障ったのか、笑里ちゃんは、こちらを見ていた眼を背けた。


「ごめんなさい。笑里ちゃん、今日は何か御用かな?」

子どもと話すのはとても、苦手だ。

突然の行動や言動そして、キラキラした眼。

行動を予測も理解も出来ないのは、どうすればいいのかわからない。

しかし、相手は参拝者の一人、用事を思い出した振りをして逃げる訳には行かない。


「何か御用って?決まってるじゃない!今日も絵馬を書くのよ!はい、お金。」


「あぁ・・でも、この神社は・・。」


「なによ!客に文句言うつもり!お金もちゃんとあるじゃない!売らないつもり?偽巫女の癖に生意気!ネットに書き込むわよ!」


自分にとっては、大した嫌がらせにはならない。

しかし、仮にもこの神社巫女だ。

速やかに誤解を解消すべく、この神社の由来を伝える。

「笑里ちゃん、絵馬を売るのはいいのだけど、この神社は縁結びの神社なの。だから、笑里ちゃんの願い事は、叶えられないと思うの?」


「えっ!!」


やっぱり、ここが縁結び神社だとは知らなかったようだ。縁を切る様な願い、ましては日本沈没を願う内容はきっと神様は聞き入れてくれないだろう。


「人の絵馬みたの!!さいてー!!!」


「えっと・・・・ごめんなさい。」

そっちだった。


「・・・じゃあぁ。もういいわ!その絵馬はいらない!」


「はっはい・・・。」

なんだかとても申し訳ない事をした気がする。ピンク色の頬を膨らませた笑里ちゃんは、少し下がった肩からは落胆の気配が見えた気がした。


笑里ちゃんは何かを考えるように眉間に皺を寄せながら目を瞑る。

自分は発する言葉が用意できず、所々、剥げてしまっている鳥居を見つめる。


「ねぇ・・じゃあ誰があたしの願いを聞いてくれるの?誰が願いを叶えてくれるの?」

声を殺しながら叫ぶ笑里ちゃんの眼には涙は出でいなかった。

張り裂けそうな心臓を無理やり抑え込むような声は、厳正なる神社の空気を震わせる。


自分には、笑里ちゃんが泣いている様に見える。

涙も声も出すまいと、必死で抑えているようで、自分の心臓も潰れそうな感覚が広がっていく。

掛ける言葉は見当たらないのに、笑里ちゃんの方に手を伸ばしていた。

自分でも思ってみない行動は、此処に来てからとても多くなっている。



「泣かないで。」

あの眼を覗き込みながら、笑里ちゃんの頭を撫でていた。

子どもを撫でた事も無いのに、自分がこんな行動を取れたことをとても以外に感じた。

「・・・・。わぁ~ああああぁぁぁ~。」


何分だろうか。自分にとっては、何時間にも感じた。

笑里ちゃんは、止める事の出来ない涙と嗚咽を吐き出す様に叫んでいた。

正確には、叫ぶほどの声じゃなかったかもしれない、自分の腰に回された細い腕が、振るえる手が、荒い息で上下する小さな体の全身で叫んでいる様に見えた。

ただ、彼女の背中を擦ることしかできなかった。





「二人とも、茶でも飲んで落ち着きなさい。」



トヨさんが温かいほうじ茶を運んで来てくれた。

社務所のから出て、渡り廊下を通ると直ぐに居間がある。

渡り廊下とは言えないよう短い廊下を滑らかに歩きながら歩くトヨさんから漂ってくる。

温かい匂いが自分達を包んだ。

香ばしい香りと温かさは、涙で冷たくなっていた手に熱を運んでくれた。


「大丈夫だ。二人ともこれで、涙を拭きなさい。」

トヨさんから受け取ったタオルからは、商店街で買ってきた158円の柔軟剤の匂いした・・・。

心を緩めてくれる匂いに荒れていた気持ちが落ち着く。




「笑里ちゃん。大丈夫?お茶飲んで。」


「・・・・。ありがとう・・てかっなんであんたが泣いてるわけ?」


「・・・・。さっさあ?」


「??意味わかんない!変なの・・・。」


泣き止んだ笑里ちゃんには、本来の毒舌が戻ってきた。

白くなった頬に赤みが増し、本来の可愛らしい顔に戻ってきたが、少し枯れた声と赤くなった鼻先が今まで泣いていた事を証明する。


「笑里、稽古はないんか?」


「トヨさん、笑里ちゃんとお知り合いですか?」

明らかに初対面ではなさそうな空気に疑問を投げかける。


「あたし、この下の新興住宅地に住んでいるの!生まれも育ちもここだし!むしろ、なんであたしを知らないの?新しく引っ越してきたの?」


トヨさんの質問をスル―した笑里ちゃんの顔を見て、ふっと自分が笑里ちゃんくらいの年に新興住宅地と言う言葉を果たして知っていただろうか?

きっとなんの事か分からないはずだ、今の子はとても賢いんだなと言う納得が顔をだす。


「えっと・・。産まれも育ちもここなんだけど、住んでいるのは隣町なの。」


「あっそ!でも、テレビぐらい見るでしょ?」

テレビ・・・。話の内容に理解が付いていかない。

テレビはここ何年も見ていないし、興味のある番組も思い当たらない。

「???」


「んっも!!本当に?あたしってやっぱり全国向けじゃないのかも・・。」

落ち込んでいる雰囲気を醸し出しているが、眼には明らかに喜びの色を映している。


「笑里は、子役として1歳の時からTVにで出るだよーん。」

いつの間に帰って来たのだろう、市川さんが自分の疑問に答えた。


「お帰りなさい。」


「ただいま、いや~誰の出向えも無いから心配したけど・・・笑里!今度はなんのオーディションを受けるんだ?」

「別に受けないわよ!ただちょっと願い事があっただけよ!もういい!!帰る!」


市川さんの登場によって、笑里ちゃんは言葉を飲み込んでしまった。

彼女の涙はなんだったのだろうか?

何か自分にできただろうか?

そんな、考えが浮上すると同時に言葉を発していた。

「笑里ちゃん、何時でも聞くから!」

振り向いた彼女は、驚いた眼をしていた様に見えた。


「依天・・・よくやっだ。」


「??あれで、いいのですか?でも、何も聞いていないです。」


「いい・・・あれで、いい。もし、なにかあれば、笑里から来る。その時にまた聞いてやればええ。今日は、よぉ頑張った。」


腑に落ちない・・・胸に突っかえるものが出来た。あの鉛ではなく、引っかかるもの・・・。

あの時何故、自分は泣いていたのだろうか?

笑里ちゃんの叫びに心打たれたのだろうか?

この気持ちを何と呼べばいいのだろうか?

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