第3話 ショップ店員の話

 雄爺は、それからというもの、毎日欠かさずレストランに来るようになった。それも朝から日中ずっと、店内に入り浸っている状態だった。

 いつしか、窓際の一番隅のテーブル席は、雄爺の指定席になった。この席から見える田園風景が最高だからだと本人は言っているが、美幸が接客しているときに見る限りでは、理由はどうもそれだけではなさそうだった。

 雄爺は、基本的には席で飲み物を飲みながら、店内の様子を静かにじっと観察している。そして時折、席を立つと、杖を片手に店内をゆっくりと歩いて回る。その際に、他の客の会話を盗み聞きしているようで、その会話が雄爺にとって興味のある内容だと、空いている椅子にいきなり座り、会話の輪に半ば強引に入ってしまうのだ。

 最初のうちは、不審がる客も多く、美幸や他のスタッフに苦情が入ったり、小競り合いなどのトラブルにスタッフが巻き添えを食らうこともしばしばあった。だが、やがて、客の悩みや相談事を、長時間にわたり親身になって聞いたり、自分の思いや意見を客に熱く語る雄爺の存在は、パーキングエリアの常連客を中心に広まっていき、雄爺に話を聞いてもらいたいがために、わざわざ高速に乗って足を運んでくる人々も出てきた。雄爺は訪れる人に対しては、老若男女分け隔てなく相手をするため、雄爺と同年代の人からのみならず、若者たちからも支持された。

「俺にも横文字のあだ名がつくとはね……」

 美幸が雄爺と初めて出会ってから半年が過ぎたある日の夕方、レストランのいつもの席で、雄爺は写真を見ながら呟いた。

「どうしたんですか?」

 仕事を終えた美幸が、雄爺の向かい側に座りながら訊ねた。仕事帰りに、こうして雄爺の席に立ち寄り、今日あった出来事や客の相談事の内容を聞くのが、美幸の日課となりつつあった。

 雄爺は返事をする代わりに、写真を美幸に差し出した。

 写真には、ギャル風の女性三人と雄爺の姿があった。この三人は、よく雄爺のもとを訪ねては、いつも他愛もない話を長々として帰っていくので、美幸も知っていた。

 さらに写真には、それぞれの名前がペンで書き込まれており、雄爺のところには「UG」と書かれていた。

「ユージー?」

 美幸は写真を覗き込み、思わず声を上げた。

「ああ。こいつらの仲間内では、それで通っているらしい」

「へえ……。でも、いいじゃないですか、UGって。ちょっとクールっぽくて」

「そうかねえ。まあ、何でもいいけどよ」

 美幸から写真を返してもらった雄爺は、右手でやや薄めの頭をかきながら言った。

「こいつらはな、駅前のデパートがあるだろ、若者向けの」

「ありますね」

「そこに入ってる服屋で働いてるんだとさ」

「ああ、確かにあそこは、こういう人たち向けのファッションのショップが多いですもんね。ふうん、ショップ店員なんだ。でも、どうして知り合ったんですか?」

「どうしてって……、こいつらも、俺に身の上相談しに来たんだよ」

「へえ、この子たちもですか」

 正直、写真からは、彼女らが、相談するほどの悩みを抱えているようには読み取れなかった。

 そんな美幸の思いを見透かしたかのように、雄爺は言った。

「あんた、こいつらみたいなのは、悩みとは縁がないと思ってるだろう?」

「い、いえ、そんな……」

 美幸は慌てて否定した。

「嘘をつくな。今、あんたの顔がそう言ってたぞ」

 雄爺は白い目でぴしゃりと言った。

「こんなチャラチャラしたやつらだって、今を懸命に生きてるんだ」

「どんな悩みだったんですか?」

「ああ。最初に相談に来たのは、こいつだ」

 雄爺は、写真の雄爺の隣でピースサインをしている女性を指差した。

「こいつは、ミナっていうんだが、相談に来たのは、確か二ヶ月前だったな」


 寒の戻りが厳しい三月のある日、写真のようなギャル系のファッションでレストランを訪れたミナは、まっすぐ雄爺の指定席まで来ると、話を聞いてほしいと申し出た。雄爺は他の客と同様に、まるで前から知っている間柄であるかの如く、二つ返事でミナを席に座らせた。

「どうしたんだ」雄爺は訊ねた。

「なんか、いろいろと面倒臭くなっちゃって」

 ミナは全く躊躇うことなく、タメ口で話し始めた。

「誰だって、時には面倒臭いって感じることがある。俺だって、そうだ」

「へえ、どんなとき?」

「犬の散歩、部屋の掃除、畑仕事、妻のご機嫌取り……、いろいろあるさ」

「奥さんのご機嫌取りって、確かに面倒臭そう」

 ミナが顔をしかめた。

「ああ、面倒だ。あれこれ手を尽くしても、にっちもさっちもいかないこともある。どうすればいいんだって、ああだこうだ悩んでいるうちに、馬鹿らしくなってやめちまうんだ」

「それじゃあ、奥さん、機嫌直んないじゃん」

「そうだ。で、俺が苛つくから、ますます機嫌が悪くなって、悪循環に陥るんだ」

「ダメじゃん、それ」

 ミナが苦笑した。

「ダメだな」雄爺も苦笑した。「まあ、もう歳だし、どうにでもなれって感じだよ」

 雄爺は暑くなったのか、被っていたニット帽を外した。

「で、あんたは、一体何が面倒臭くなったんだ」

 ミナは、友人や勤務先の人とのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の付き合いが、最近、億劫になってきていると話した。

「友達とランチに行くと、誰かが必ず写真撮って、それをSNSに上げるもんだから、ちょっと見てみると、そんなのばっか投稿されてて、うんざりするんだよね。お前の食ってるもんなんて、正直どうでもいいっていうか。あと多いのが、ヨガに行ったとか、英会話教室に行ったとかいう自分磨き系の投稿。勝手に行ってろってカンジ。あれって、辞めた途端にアップしなくなるから、すぐ分かるんだよね。そういう投稿が多い子に限って、長続きしないし。あと、家族がいる友達とかは、子育て自慢だとか、家事を頑張った自慢とかが多いかな。あと――」

「要するにあれだろ?」雄爺はミナの話が長くなるのを予感し、割り込んだ。「リア充の類の話が多いってことだろう?」

「そうそう、さすが雄爺、話が分かるぅ。やっぱ評判通りだわ」

 ミナは手を叩いて喜んだ。

 雄爺は表情を変えることなく、話を続けた。

「俺は、SNSの類はよく分からんが、そう言うあんたは、写真を撮ったりとか、そういう投稿をしたりはしないのか?」

「うーん、以前はやってたけど、最近は他の人の投稿を見てるだけかな。投稿には、内容を評価するボタンがついていて、それを押したり、投稿に対するコメントをしたりして、何らかのリアクションをしないといけないんだよね」

「そういうリアクションは、必ずしなきゃいけないのか?」

「必ずってワケじゃないんだけど……」

 そこでミナは、注文を取りに来たレストランのスタッフに、メロンソーダを注文した。

「なんか、やらざるを得ない雰囲気にさせられるというか、何かしらレスポンスがないと、人によっては、みんなが反応しているのにうちが何もしないと、投稿した本人が、無視したって誤解して、気まずいカンジになっちゃうこともあるんだよね。だから、仕方なくやってるってところかな」

「無理して相手してるのか」

「うん。心にもないことを書き込んだりしてる。さっきのランチの投稿にしても、大して美味しくもなさそうなのに『おいしそー!』って書いたりして」

「そうやって、いい人を演じていることに、嫌気が差してきたということか」

「まあ、そうだね」

「そりゃあ、面倒臭くもなるわな」

「でしょ?」

 ミナは我が意を得たりと言わんばかりに、雄爺を指差しながら答えた。

「事あるごとに、いちいち写真撮ってネットに投稿するなんて、あんたの周りの人間は皆、そんなに暇なのか? 他にやることがあるんじゃないか?」

「どうなんだろ。多分、暇だからやってるんでしょ。うちだって前は、暇なのを隠すために、わざわざどうでもいいことを投稿したりしてたもん」

「やめちまえばいいじゃんか、そんなもん」

 雄爺は呆れた表情でミナに言った。

「やめたいんだけどさ」ミナは下を向いた。「やめたいんだけどさ、やめたら、これまでの友達との関係が壊れちゃう気がして。ねえ、どうしたらいいと思う? 雄爺」

 頼んだメロンソーダが運ばれてきた。グラスに注いだばかりのせいか、まだ炭酸がシュワシュワと音を立てていて、上澄み部分がビールの如く泡で白くなっている。

「あんたの電話、ちょっと見せてもらえんか」

 雄爺は、ストローの入った紙袋を破いたミナに言った。

「いいよ」

 ミナは、ストローをテーブルに置くと、自分の脇に置いてあるバッグから、派手なデコレーションが施されているスマートフォンを取り出して、雄爺に、はいと言って渡した。

 雄爺は身を乗り出して、スマートフォンを受け取るや否や、テーブル中央に置かれているメロンソーダのグラスの真上で手を放し、スマートフォンをソーダの中に落とした。

「ああっ」

 ミナが目を丸くした。

 スマートフォンが入ったはずみで、ソーダが激しく音を立てる。

「何すんのよっ」

 ミナは大声を上げ、急いでソーダの中から、スマートフォンを引き揚げた。炭酸の泡が大量に付着している。

 ミナはスマートフォンをテーブルに置いた。

 その一瞬の隙を突いて、雄爺はそれを奪い取り、再びソーダの中に落とした。

「やめてよっ!」

 ミナは険しい表情でスマートフォンをすくい出し、テーブルに備え付けの紙ナプキンでソーダを素早く拭き取った。

「何してんだよっ」

 ミナは怒りをむき出しにして雄爺を睨みつけると、スマートフォンの側面の電源ボタンを何度も長押しした。

 雄爺はその間、腕組みをしたまま、ミナの様子を無言で眺めていた。

 ミナが何回試みても、スマートフォンの画面は黒いままだった。

 諦めたミナは、スマートフォンをテーブルに放り出すと、ソファの背もたれに力なく寄り掛かり、ため息をついた。

「壊れたし。どうしてくれんのよ、これ」

 ミナがスマートフォンを指差して問いかけても、雄爺は無反応だった。

「弁償してくれるの? ねえ」

 雄爺は、テーブルの隅に置いてあった水を飲み干すと、ミナのスマートフォンを手に取り、席を立った。

「ちょっと、どこ行くのよ」

 ミナが雄爺の前に立ちふさがった。

「クルマの中に工具があるから、直してやる」

「本当に?」

「いいから、ついて来い」

 雄爺は、杖をつきつつも、かなり速いペースで歩き、レストランの外へ出た。ミナが半信半疑の面持ちのまま、雄爺の後を追った。

 駐車場の脇を流れる小川の沿岸の柵の前で、雄爺は立ち止まった。

「クルマなんて、どこにあるのよ?」

 ミナが辺りを見渡しながら言った。二人の周辺の駐車スペースには、クルマは一台もなかった。

 雄爺は手に持っていたスマートフォンを、いきなり小川へ放り投げた。

「ちょっと、何してんのよ!」

 ミナが慌てて柵へ駆け寄った。

 スマートフォンは、小川を流れていき、その先の高速道路の本線下の暗闇へ消えていった。

「このクソジジイっ」

 ミナは肩をいからせ、雄爺に掴みかかってきた。

 その瞬間、雄爺は、平手打ちでミナの左頬を思い切り叩いた。

 ミナが短く悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。

 やがて、ミナの身体が小刻みに震え出し、鼻水をすする音が聞こえてきた。長く茶色い髪が顔を隠していて、表情が見えない。

 雄爺が低い声で言った。

「やめたいって言ったのは、あんただろ?」

 ミナは顔を上げて、雄爺を見つめた。幾筋もの涙が、頬から顎へと伝っている。

「こうでもしなきゃ、あんたはやめられないだろう? 友達との上っ面だけの不毛な付き合いを」

 ミナが涙声で反論した。

「だけど、あれがなかったら、友達と連絡が取れなくなっちゃう。バックアップだってとってないし」

「この期に及んで、まだそんなことをほざいてんのか! てめえ、いい加減にしろよ!」

 雄爺は、大声で怒鳴りつけた。ミナの身体が縮こまった。 

「あんたは、あの電話に登録されている人間を、友達だと思っているかもしれんが、そんな、インターネット上でのやり取りだけで成立している関係なんて、俺から言わせれば、友達でもなんでもねえよ! 『繋がる』とかなんとか、頭でっかちで心が通っていない馬鹿どもの言葉に踊らされて、どいつもこいつも勘違いしやがってよ。くだらねえ。相手の顔色を窺って、当たり障りのないことや心にもないことを言ったりして、そんなのは『繋がり』でもなんでもねえよ。繋がっている気になっているだけだ」

 雄爺は、つばを飛ばしながら、早口でまくし立てた。

「友達と連絡が取れなくなることが、そんなに重大なことか? 電話がなくなるくらいで、これまでの関係が切れてしまうような間柄の奴は、そもそも最初から友達なんかじゃなくて、所詮その程度の付き合いだったってことだ。本当の友達なら、あんなもんがなくたって、あんたが会いたいと思ったら、あらゆる手段や可能性を駆使して会おうとするだろうし、向こうだって、何とかしてあんたと連絡を取ろうとするだろうよ」

 雄爺はミナの前にしゃがみ込み、さっきよりも幾分穏やかな口調で、話しかけた。

「そんなに電話が大事なら、俺が買ってやる」

「本当に?」

 ミナはゆっくりと顔を上げた。雄爺は顔を大きく縦に振った。

「ああ。ただし、条件がある」

「何?」

「あんた、明日から仕事を一週間休め」

「はあ?」

 ミナは困惑の表情を浮かべた。

「一週間、仕事や身の回りのことを一切忘れて、どこか、旅に行ってこい」

「旅に?」

 ミナは呆気にとられた様子で、聞き返した。

「そうだ」

 雄爺は再び、顔を大きく縦に振ると、杖を使って立ち上がった。

「どこでもいい。国内でも、近場の海外でも構わない。いろいろなものを自分の目で見て、自分の耳で聞いて、本当の友達を探せ。現地の人と交流して、本当の友達を見つけろ。人数は多くなくてもいいから、一生付き合える本当の友達を作れ。あんた、どこか行ってみたいところとかあるだろ?」

「うん。まあ……。」

「そうか。ならもう、明日からと言わず、今からそこへ向かえ。善は急げっていうしな。ここへはクルマで来たんだろう?」

 ミナは頷いて、駐車場の方をちらと見た。視線の先に、水色の軽自動車があった。

「でも……」

 ミナが不安げな声を上げた。

「何だよ、さっきまでの元気は、どこに行ったんだ?」

 雄爺は笑いながら、ミナの頭を優しく小突いた。

「まあ、とにかく、行ってみろって。で、一週間後、旅先で見つけたあんたの友達を連れてこい。そして、旅先の話を聞かせてくれ。そしたら、電話を買ってやる。最新のやつをな。約束する」

「……」

 雄爺は、小川を見つめながら言った。

「それが嫌なら、嫌で構わない。俺も電話を買わなくて済むしな。だが、あんたの日常は、この先もずっと面倒臭いままで、何も変わらないだろうな。あんたは、そんな毎日が嫌で、俺のところに来たんだろう。違うか?」

 ミナは小さく頷いた。

「面倒臭いものは、全部俺に預けていけ。何、人間、その気になれば、何とかなるもんだ」

 雄爺は優しい笑みを浮かべ、ゆっくりとミナの方を向いた。

「じゃあ、一週間後、楽しみにしてるぞ」

 雄爺は、そう言うと、レストランの建物へ向かって歩き出した。

「ああ、それから」

 五歩ほど歩いた後、雄爺は立ち止まって振り向いた。

「間違っても、旅先で電話を買ったりなんかするんじゃねえぞ。いいな」

 雄爺はそう言い残すと、再びレストランに向かって歩き始めた。

 ミナは立ち去っていく雄爺の後姿を、じっと見つめていた。


「相変わらず、やることが荒っぽいですね」

 雄爺の話を聞いていた美幸は、半ば呆れ顔で言った。

「そうか?」

 雄爺は惚けたふりをして、コーヒーを一口飲んだ。

「そうですよ。相談に来た人のスマホを捨てちゃうなんて」

 美幸はテーブルに肘をつき、軽くため息をついた。

 雄爺は「だがな」と言いながら、コーヒーカップをテーブルに置いた。

「それくらいの荒療治をしなけりゃ、彼女は変わらないだろうと、俺ぁ思ったんだ。誰にでも言えるような生ぬるい助言や、誰にでもできるような甘っちょろい手助けをしたって、中途半端で意味がないだろう」

「意味がないことはないと思うけど……」

「まあ、いいじゃないか。俺は、そんなに器用じゃないんだ」

 レストランの空調が止まり、雄爺は暑くなったのか、シャツのボタンを一つ外した。

 美幸は、雄爺のコーヒーの脇に置いてあるさっきの写真を手に取り、雄爺に言った。

「でも、こうして今も仲良くしているということは、ミナさんは実際に旅に出て、スマホも弁償したんですか?」

 雄爺は「おう」と返事した。

 あれからミナは、自分の愛車で国内をあちこち走り回り、本当に一週間かけて、友達づくりの旅をしてきたのだという。ある地方都市で開催されていた祭りの会場で、同じように一人旅をしているヒッチハイカーの女性と出会い、意気投合して仲良くなり、一週間後、彼女を連れて雄爺のもとに帰ってきたのだそうだ。

「その時のあいつの表情は、旅に出る前とはまるで別人のようで、生き生きとしていたよ。約束どおり、電話を買ってあげたんだが、エスなんたら……、ほら、何だっけ?」

「SNS」

「そう、それだ」雄爺は手をぽんと叩いた。「それも今は、もうほとんどやってないんだそうだ」

「本当に?」

「ああ。以前よりも人づきあいは狭く深くなったが、身体も心も軽くなった気がして、かえって楽になったって、本人は言ってたな」

「そうなんだ」

 美幸は改めて、写真を見た。ミナの屈託のない笑顔が、美幸には少し羨ましく思えた。

 最近、こんな風に笑ったこと、ないな。

 美幸がそんなことを思っていると、ふと背中に、人の気配を感じた。

 振り向くと、目の前には、身長が百八十センチ以上あると思われる痩せ型の男性が、そこに立っていた。

 この近くにもある、ファストファッションの店で買ったと思われるポロシャツとチノパン姿で、顔はひげが濃く、頭にぴったりと海藻のように貼りついていると表現した方が合っているような髪型であった。テレビによく出ている「キモカワイイ」と周りからからかわれているお笑い芸人に似ている。男性を見た瞬間、美幸はそう思った。

「どうした?」

 雄爺は、男性に声をかけた。

「あなたが、雄爺、ですか?」

 見た目どおりの気の弱そうな細い声で、男性は訊ねた。

「ああ。俺ぁ雄爺だ。何か用か?」

「僕の話、聞いてくれませんか?」

「もちろんだ。座りな」

 雄爺は、美幸の脇を顎で差した。

「あ、じゃあ、私、そろそろ帰りますね」

 美幸が席を立とうとすると、まあ待てと、雄爺が制した。

「せっかくだから、あんたも話を聞いていけ。時間はあるんだろう?」

「え? あっ、まあ……」

 美幸は曖昧な返事をした。確かにこの後、予定は特に入っていないが、同席していいものなのだろうか。

「いいだろう? ここの店員だ。他言とかしないからよ」

 雄爺は男性に確認した。

「は、はい」

 男性は、あっさりと承諾した。

「よし、じゃあ座んな。詰めてやれ」

 雄爺に言われ、美幸はそそくさとソファの奥へ移動した。


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