第57話

「よいか?ご主人、その訓練の主な目的は魔力量を増やすということじゃが、きちんとそれ以外にも効果はあるのじゃ」


「ふぐぬぬぬ……」


「魔力の解放をするということは、今まで適当に使って、適当に魔力が吸い込まれて発動していた魔法が、己自身でコントロールできるようになるのじゃ」


「ぬぬぬぬ……」


「練習はしてはおらんが、ハインケル砦に行くまでには、練習せずとも、意識すれば使えるようになっておるのじゃ」


「ぬぬぬぬぬぬぬ………」


「…………聞いとるかの?」


「お……う?」


回想終了。全くもって覚えていなかった。


………まじ?本当にこんなこと話したっけ?全く記憶が無いんだけど………。


でも……シトラスが言っていたんだ。それだけで信用する価値はあるというもの。


魔法を発動させるには、イメージが大事だったが、今回は魔力解放をも体全体から出すのではなく、筒の中を通すようにして、魔力を魔法陣の方へと流し込み、威力を大きくしていく。


今放っても絶対に当たる予感はしないので、最初の作戦通りに、ちょこまかと魔法を断続的に放ちながら、ひとつの魔方陣に少しずつ魔力を流していく。


「くっ……威力はないが、そこそこうぜぇな……」


と、呟きが聞こえるが、遠慮なくバカスカと魔法を放っていく。上からも、真正面からも、横からも、下からも、後ろからも。


空間360度を使い、縦横無尽に襲いかかる魔法に対し、アスタロトは焦るように顔を顰めている。


いくら俺の魔法が、アスタロトの防御魔法で跳ね返される威力だとしても、生身でも喰らったら流石に魔族の体でもヤバいのだろう。正確にアスタロトの体を狙う魔法に対し、守ることしかアスタロトは出来ていない。


……そろそろ頃合だな。


アスタロトの足が完全に止まり、注意力も散漫としてきたので、ここでためにために貯めまくった魔法を発動させる。


喰らえ!火球だ!


俺が一番最初に覚えて、ほかの魔法と比べたらコントロールもできるし、多少だったら起動の調整もできる火球。初級魔法だが、先程でた大きさからしたら、上級にも引けを取らないのではないか?


3mほどの大きさの火球が、素晴らしい速度でアスタロトの方へ向かっていく。


「なにぃ!?」


と、アスタロトが火球をみて驚いた顔をした。


「クソっ!俺の結界魔法がーーーこんな……こんな初歩的な魔法に!」


「初歩的だからって舐めんなよ?」


よく言うだろ。基本は大事だって。そういうことだよ。


俺の魔力をたっぷり含み、威力の上がった火球は、結界魔法ごと、アスタロトを吹き飛ばした。


「がはっ……」


火球に押されるように、勢いよく壁にたたきつけられるアスタロト。後方支援なので、物理的な防御力は弱いようだ。


「……ちっ、負け、か……殺れよ。一思いにな」


「………普通は命乞いとかみっともなく足掻くんじゃないの?」


「馬鹿野郎……負けたら素直に認め、それが戦場なら命を差し出すのが誇りってもんだろうが……そんなブライドのねぇのと一緒にするんじゃねぇ」


と、完全に背中を壁に預け、目を閉じてしまったアスタロト。


「……参ったな。俺は今、アンタを殺す気なんてない……というよりも、とある事情で殺せないんだが」


「甘ったれた事言ってんじゃねぇぞ異世界の勇者。そんな心意気じゃ死ぬぞ」


「いや、甘いとか本当にそんなんじゃないんだけど………」


俺は、少し話すのを迷ったが、アスタロトに今この世界がひっそりと危機に陥っていることを話した。


「……んな話信じられるわけねぇだろうが」


「ですよねー」


うん。まぁ分かってるさ。そんな話、突飛すぎるってな。


「だが、少し……確かに、ある時を境に魔王様の間から邪悪な気配は感じていたが…………」


「ーーーそれじゃあよ。お前の命、今は預かっておくからちょっと確認しに行ってくれない?」


「………お前バカか?俺は魔王軍だぞ?確認し無いかもしれないだろうが」


「お前は四天王ということに誇りを持ってるんだろ?そんな誇りがないことはしないよな」


さっきも、潔く俺に命を差し出そうとしていたんだ。そんなくだらないことをするはずがないだろう。良くも悪くも、こいつ真っ直ぐだし。


「………確認に行くだけだ。終わったら俺の命貰ってもらうからな」


「分かった分かった。早く行ってこい、でないともうすぐ本当の勇者が来るぞ」


五条達の気配はすぐ下まであるので、あと5分もしないうちにこのフロアへなだれ込んでくるだろう。


「………はぁ、お前は不思議なやつだな」


と言って、壁に穴を開け、多分魔王城のある方向へ、羽を出して飛び立つーーーそのまえに。


「あ、そうだーーーーお前、アリアドネっていうお嬢さんは知っているか?」


「……アリアドネ?聞いたことはねぇな。誰だ?」


「いや……なんでもない。気にしないでくれ」




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