第11話後編「北方の壁」
・タイタン
魔法を発明し世界を分割支配、相争って異形に成り果て、最後の十二人にまで減った古代種。
かつて巨人たる人間であったが子を成せなくなり、似姿の劣る小人を創って代わりとした。
破滅的な争いを避けるために強大な彼等は規則を作り、神を騙った。
■■■
かつては旧東帝国が国境を守るために西の長城とした、今の”東壁”。旧北帝国を継承するデーモン連邦が再利用して東方防衛の要とした。利用者が変われば向きさえ不動でも変わる。
近衛隊と後からやってきた生贄のためではない本隊は”東壁”前で待機。デーモン連邦自体の征服ならずとも、撤退時に追撃を防ぐための一撃を入れる必要があるかもしれない。エリクディスの退路を守るのだ。またもう一つ、攻撃の可能性を見せ続けることで魔法の暴風雪を”東壁”に固定させ続ける。魔女の守護対象たる連邦を人質にし続けるためだ。
エリクディスは傾城に冬の魔女の首を取れと言われた。知神に、爆発を空間範囲内で限定すると威力が向上する知識と交換に討伐方法を尋ね、その答えがスカーリーフの召喚。他人に頼るという行為も実力の内。これがエリクディスが振るえる、目下最強の断頭斧。
デーモン如きには不要な魔法除けの魔法をスカーリーフは使う。彼女が生前から戦神に祈って扱うことを得意としていたそれで、どんな大魔法使い相手でも白痴の殴り合いに持ち込んで撲殺していたものだ。それが陪神となってから更に強化され、尋常ならざる冬の魔女の魔法も除くことに成功した。魔法除けを施した狂戦士を一人、試しに”東壁”を守る暴風雪の中へ進ませると正体不明の消失攻撃が無かった。人を隠す暴風雪はただの雪と風になる。ということは悪天候に偽装した別の何かだったようだ。呪いのようだがさて。
スカーリーフは重武装で崩落した”東壁”の瓦礫と死体だらけの坂を身軽に駆け上がる。
狂戦士達は島にあるという話の、水晶の城へ行くための櫂船を担ぎ、足の遅いエリクディスは船の舳先側に座って飾り物になる。
今や崩れに崩れて無人と化した”東壁”を難無く一行は渡る。壁を越え、暴風雪の魔法程ではないが、悪天候が続く森を行く。
魔法除けの影響で竈神の加護、飢えと渇きと寒さから凌ぐ力が打ち消されている。狂戦士達は湯気を上げて不眠不休で走り続け、その減り続ける腹のためにスカーリーフが獣を狩って、肉を捌いて彼らの口に押し込んでいく。船に積んだ酒樽からも、魔法で更に厳しさを増す北の冬の外気に凍らぬ酒精の強さの酒を飲ませる。戦乙女は狂戦士達に配膳するのも仕事の内だ。
「おっさんって今食べるの?」
エリクディスは返事をしようとするが、魔法除けの影響でうんともすんと鳴らず、そうだ、とスカーリーフが魔法除け”除け”を付与。何とも都合が良いが、強力な魔法は使えなくなる。死賢者は強力な魔法など大して使えないので何とも都合が良い。
『食欲も何も無いな。内臓も干からびてそもそも物が入らんだろう』
「水は?」
『ふやけそうで怖い』
「干物」
『うるさい』
「おっさん、それじゃあお礼にヤハるんのおっぱい揉ませて貰ってもつまんないんじゃない?」
『そんな礼要らんわ』
「何で? 礼はそのデカ乳でいいっていつも言ってたでしょ」
『何十年前の話ししとるんだ。それにもうあいつはババアだ』
「私には、髪の匂い嗅がせろ、だっけ?」
『それは酔っぱらって、一回しか言ったことがない』
「あれとあれにあれ、五回言ってる。すっけべー」
使徒と化したスカーリーフは指折り、間違いなく数えた。転生前の時間感覚は無い。
■■■
水晶の城は凍らぬ湖の島にある。最短距離ではないが、船出に決めた地点、湖の畔は凍り付いた湿地で、その上を凍らぬ謎の液体が覆っている。エリクディスが試しに冷の精霊術での氷結を試してみるが凍らない。狂戦士の一人が試しに手で掬ってみたら直ぐに凍傷で変色した。とてもではないが泳いでは行けない。
凍った湿地に凍らぬ液体、その上に櫂船を置き、橇のように滑らせる。船を押す狂戦士達は次々と足が凍傷で壊れ、倒れて死に行き、船上から代わりが下りては押す。船上からも櫂で水底を突いて押し、出る。
櫂船は湖上に波を切って出た。漕ぎ手の狂戦士達が櫂を動かす。
島までは距離がある。目的地までのんびり船旅とは行かなかった。
凍傷になどならぬ手をエリクディスは水中に漬け、音の精霊術にて敵の接近を感知した。
『水中、来るぞ』
「へいへい」
戦上手は用意が良く、銛を持つスカーリーフは船縁に立つ。
水上からは分からないが、水中の音だけならば相当な大物。
『面舵一杯、右舷止め、左舷全速』
エリクディスの指示に従って舵は面舵、右舷では櫂の腹で抵抗を作り、左舷では増速。右へ急旋回。
水中から突き出たのは開いた巨大な口と揃った牙。毛生えの鯨のようで、獣のような顎長。閉じる音が櫂船を砕くに十分と知れる。
「うっひょー!」
スカーリーフが投じる銛、その目を柄が埋没するほど貫き、巨体が沈んで凍らぬ液体が飛び散り狂戦士達に凍傷を負わせる。戦乙女は盾で全て弾く。
「やった?」
『暴れている様子は無い。平気に泳いでいる』
「ウッキャッキャッキャッキャ!」
エリクディスが音で毛鯨の状態を捉えて伝え、相手の状態を見定めるのが得意なスカーリーフが笑って喜ぶということは、手強い相手なのであろう。
『両舷全速』
櫂船は全速力で直進。再度、目標を定めようと毛鯨が水中より追って来る。つまり、動きが単調と化す。
『後方、真っすぐ来ている。距離、百歩から、九十九、九十五……』
スカーリーフは次の銛を手に取る。その柄の末端には綱に繋いだ空の酒樽。
『……八十……七十……』
板を踏みしめ、櫂を漕ぐ狂戦士達が息と汗を流して白煙を作る。
『……六十……四十四、増速……』
湖面を舳先が切って、櫂が荒らす。船上からは、尋常の目では危機が見えない。
『……三十二、上がってくる、距離そのまま……』
「見えたっ……」
スカーリーフが「……ぞい!」と銛を投擲、水中を進んで毛鯨の頭に突き立ち、合わせた狂戦士が投じた空樽が湖面へ落とされて浮く。続いて、貫きが見込める彼我距離の内に釣瓶に銛を投げては突き立て、空樽が次々と投じられる。空にするため樽から酒が流され、狂戦士達の流し目も伴う。
痛みに耐えかねて毛鯨は銛が届かぬ深さへ、浮く空樽を伴って沈む。鯨漁ならばこれほど銛を突き刺せば水面が赤く染まるものだが、ここでは代わりに真っ赤な氷塊が浮く。
『暴れているほどではないが、大分疲れている』
「直ぐ浮いてくる?」
『取り舵、針路を島へ戻したら舵中央だ。うむ、少し考えているようだが、体力との兼ね合いがある。逃げるか、仕掛けてくるか、判断はそう遠くはない』
「うん」
空樽の浮力は沈もうとする毛鯨の体力を削ぐ。銛は返しが付いていて、例えあの怪物に自由になる器用な手があったとしても容易に抜けない。柄すら埋没させる程に身深く、一部は骨に達してそれ自体にかかる。取り除くならば大切開が必須。
櫂船の針路定まり、酒臭い船上にて待機のまま時間が経つ。ここで使い潰される勢いの狂戦士達はいっそ戦の方が楽な程に櫂走に体を酷使。飲む酒は全て捨てられ、救いは無い。帆走すれば楽だが暴風雪の魔法の影響か単純な気候の問題か帆を広げて目的地を目指すのは風向風速から難しいところ。スカーリーフは銛投げ待機のまま。
「逃げた?」
『真下』
「どうやってこっちの位置を掴んでるか検討つく?」
『定期的に反響測位をやっている』
エリクディスも手と音の精霊術にて行っていることだ。
「うん?」
『音で相手の位置を掴んでいる。精確だ。蝙蝠や鯨が得意にしている』
「あー、あれ! ヒュレメもやるんだっけ。あのおっぱい魚ちゃん」
『スカちゃんよ、わしはジジイでもおっさんでもすけべでも良いがあいつをそう呼ぶな……上がって来たな。両舷全速』
櫂船は速度を上げる。上げた速度に合わせ毛鯨も早く泳ぎ、空樽の浮力を借りて素早く上がって来る。
「そこ、そこ、立て」
戦乙女に指差された狂戦士の漕ぎ手が二人、手を止めて立ち上がる。
「叫べ」
獣の如き狂戦士の咆哮。
「意識途絶えるまで叫び続けろ」
そう言って立たせ、叫ばせた二人を湖に蹴り落とし、凍傷で死に行きながら戦乙女の命令を遵守して叫び続け、そのために足掻いて浮こうと立ち泳ぎ、謎の液体を口にして内臓も凍てつき始める。
『取り舵』
そして水中を雑音で満たしたところで変針、毛鯨は見当を外して浮いて、水上に頭を出し、投じられた銛に、残るもう一つの目を柄が埋没する程に潰された。
「よっし!」
毛鯨が暴れ出し、櫂船が波に煽られる。瀕死に近いだろうがあれに近寄れば撃沈は必至。
『止めは刺せそうか?』
「殺すだけなら相打ち覚悟。でも目的は別よね」
『了解した。面舵、針路を島へ戻したら舵中央』
毛鯨には無理をして止めを刺さずに櫂船は針路変針、島へ向かう。その島陰は一般的な山や建造された城ではなく、結晶塊の林立。尋常の城攻め知識は通用しないだろう。
「ねーおっさん。そんなに精霊使って頭、あっぱらぱっぱーにならないの? 前は一回ごとに目回してたでしょ」
『死んで大分、な。精霊も死体に憑きたくないんだろう』
「へー良かったねー」
『微妙だな』
「へー微妙なんだー」
■■■
櫂船は水晶の城のある島へ着岸。整った岸壁などは無く、強引に座礁する形で舳先から突っ込んで上陸した。風雪に跳ねた液体の凍傷と過労も合わさり、狂戦士は多数倒れた。限界まで動ける彼らは無理が利き、素直に死ぬ。それでも士気は衰えず、笑ったように牙を向いて息が荒い。
凍傷が酷い狂戦士を先頭に立て、一番に健常な者三名をエリクディスの護衛にする。これは予備兵力でもある。
まず一番に獣人化させた負傷者を城内へ突っ走らせる。鼻息荒く突入、爪を床に打ち鳴らして行って、咆哮と「吃驚した!」と女の声、衝撃音一つ、そして静かになる。
「どっち?」
『反響が複雑だが、こっちが勝ったなら静かにならん』
「だよねー」
『魔法除けは』
「効いてる」
『では単純に撲殺か』
「へっへー。手応えありそうね」
一行は入城。明らかに後付けで床張りがされた、水晶と呼ばれるが正体不明の鉱物が乱杭に突き出した通路を進んで、スカーリーフが”捻じくれ鏡”で弾いたのは、先頭に立った狂戦士の体を砕いて貫いた血塗れの水晶塊。それを投じたのは青い毛深の大女、冬の魔女。あちらもある種獣人の姿で見知らぬ種族である。
「そい、突撃準備」
合図で狂戦士達全員が獣人化し、待機。
スカーリーフは単騎駆け。”竜頭通し”を両手に持って精鋭の戦士でも、見えて分かっていても避けられぬ槍突きを繰り、冬の魔女の腹に刺してそれから柄を掴まれる。
両者捉え合って、次にスカーリーフの兜が拳骨で変形に吹っ飛び、皮が捲れて頭蓋骨を見せた頭から体が横転と同時に槍で腹を螺旋に抉り引いて腸を引き摺り出した。
戦馴れしていないのか冬の魔女、小さく悲鳴を出して驚愕に動きが止まる。スカーリーフは槍を手放し、開いた腹の穴に手を突っ込んで背負い投げ、青毛の顔が水晶の先端に突っ込んで刺さり、その顎を踏んで固定。
「エッヒャッヒャッヒャッヒャ!」
無様に足掻く巨体の開いた腹へ、笑って拳を胸の側へ幾度も叩き込んで直接心肺を殴りながら血を掻き出し、掴んで千切った動脈静脈を引き出し、広がる血溜まりが湯気を上げ、凍り始める。
これで生きている生物などいないだろうと言う程に痛めつけられた冬の魔女、息は肺が潰れて出ないが、まだ頭が潰された生命力の高い虫程度には身体が動く。
「さって、首首!」
血塗れの戦乙女は”竜頭通し”を片手に持ち、その大きな首を刎ねるために振り上げ、切断すると同時に腹の穴から血塗れの四足獣が飛び出し、血塗れ半消化の糞をスカーリーフの顔へ目潰しに飛ばしてから水晶の通路の奥へ走り去った。
「お! おっさん見たあれ!?」
糞を盾で弾いたスカーリーフはもう駆け出している。エリクディスも獣人も追う。
四足獣は床に血を残して逃げたのでその痕跡を追う。そして後付けの大扉の、脇の小さな隙間からその向こうの大広間に入ったことが分かる。
「そっら!」
スカーリーフが蹴りの一発で、施錠されていなくても重量から開かずに相応しい大扉を開放。そこは謁見の間のようでいて、水晶が玉座風の形を取っているところには誰かが座っている。それは誰か? 旧北帝国の皇帝の亡骸だろうか? 生きているような造形だが人形のように息吹は感じない。そして四足獣は大広間の隅の隙間から出て行ったことが分かる。
「あー! これ無理かな?」
スカーリーフはその隙間を前に、自分の腕は入っても肩から先は狭く、逆茂木のような水晶群は強引に入れたものを八つ裂きにする。幾つかの突起には青毛に皮膚に血が引っかかっていてあの四足獣でも危うい抜け道だったようだ。
武力共わぬ支援以外に出来ぬエリクディス、気になる玉座はまず無視してその隙間から音の精霊術にて四足獣の行方を探る。
『この先は外に通じている。見張りを城内に立てて外へ行こう』
「よし!」
頭から黄金の髪付きの剥がれた皮膚をぶら下げても愛嬌有りに元気に笑うスカーリーフ。笑いは攻撃精神の現れならば中身は既に獣人達と同類。
大広間に獣人を残し、何かあれば警報に叫べと命令して去る。去り際にエリクディスは玉座の者を観察しようと精霊術で全身を闇の視界と音で探ろうかと思えば(それに触れるな、見るな)と急に知神が告げ、驚いて魔法を中止する。
これは神も恐れる難物か? それを考察している暇も無いことは事実。後ろ髪は引かれるがエリクディスは水晶の城中に獣人を配置し、スカーリーフは先行して外へ。
エリクディスは冬の魔女の首取りを優先しなくてはと思いつつも、水晶の城を巡っている間にこの不思議の城と湖と玉座の者について考えてしまう。結果、神々が秘密にしたいような明かしても後悔以外にあり得ないだろう何かと結論が出る。水晶と呼ばれるこの城を構成する物質だけでも回収出来ないかと思ったが、唯一分離している物は冬の魔女が投擲したあの一塊のみ。懐に忍ばせる大きさではない。騒動が終わったら調査隊を派遣しようか? 神々のお怒りが無いと分ればだが。
エリクディスが城の外へ出れば、状況を即座に理解することは出来なかったが、武装を捨て兜に鎖帷子も脱ぎ棄てて下着一枚になったスカーリーフが「あれ無理!」と言って湖上を蹴って沈まずに走って対岸へ逃げていた。彼女は敵の得手不得手を見抜く能力に長ける。相手に合わせて戦う方法を心得ていた。逃げるも戦法。
”あれ”の方角、振り返れば小さかったあの青い四足獣が、水晶の城の頂上に四つ這いになっていた。熊というより貂熊、尾が鯨のように伸びて長い。その大きさは城の高さを差し引いても見上げる程。かつて海で見た鯨、湖にいた毛鯨など及ばぬ巨体。緩い地盤を歩けば、人が泥濘を踏んだように崩すだろう。
これ無理、とエリクディスは即断。城へ戻り、獣人達に音の精霊術で一斉に『冬の魔女に掛かれ』と命じる。
獣人達が咆哮を上げて、ほぼ無駄だが陽動にはなる攻撃を行っている間にエリクディスは死賢者、不死宰相のごとき衣装を捨て、骨の杖だけは手放さずに見すぼらしい褌一丁の干物姿になって城に幾つかある勝手口、裏門のような目立たない扉から出て湖に入り、生前会得した得意の泳ぎで脱出する。
あの銛だらけになって苦しそうな毛鯨が通りがかれば、枯れ木に擬態するように浮く。すると毛鯨は通り過ぎる。死んだふりなどお手の物。
獣人達は陽動に役立ったか不明だが、殺戮されるまでの間にエリクディスは対岸の、デーモン連邦の首都の岸壁に到着。冬の魔女もほぼ同時に到着。
巨大化した冬の魔女は理性が飛んだか、見当のつかない相手を殺すためか建物に石畳の道路を破壊して散らし、砲弾のように瓦礫を周囲へ飛ばして回る。首都は既に無人の様子。
スカーリーフならば既に郊外まで素早く走って逃げていることだろう。エリクディスは瓦礫の雨が当たらないように祈りつつ這い蹲って逃げた。
■■■
逃げ切った。
下着姿の戦乙女と褌一丁の死賢者は首都郊外、山の森の中で合流した。目印は温泉。尋常ならば毒気で昏倒するような硫黄臭漂う熱泉だが、尋常ではないスカーリーフは不思議の湖水で凍傷がかった足を温めついでに泳いで、遊びに硫黄の結晶を手でもいで投げたりしている。彼女は尋常ではないので、剥がれた頭皮も手で押さえて安らかに待つだけで癒着した。
「生きていれば何とかなるもんよ!」
『死んでる、死んでる』
エリクディスはあちらとこちらを指差す。
「そうだった! あー、でも、どうしよ」
『陪神、使徒戦乙女でも手が出ないか』
「あれ無理」
『ではまず、お伺いを立てようか』
「そだね」
スカーリーフは温泉に立つ枯れた木の枝を折り、木剣に見えるように素手加工し、跪き、剣先を地面に立てて瞑目して精神集中し、主神たる戦の神にお伺いを立てた。
預言が終わり、スカーリーフは笑った。
「いいから行けって仰せだったよ」
『戦って死ねとのお言葉か』
「死んでる、死んでる」
スカーリーフはあちらとこちらを指差す。
『そうだった』
エリクディスは久しぶりに笑ったつもりだったが、音の精霊が再現しなかったので干物が痙攣したように見えただけだった。
二人は覚悟を決めた。スカーリーフは木を石と素手で加工した大棍棒を作って、のんびりと森を歩いて昔話をしながら首都へ向かった。
首都は壊し終わったのか、破壊の音は止んで毛鯨と思われる鳴き声だけが響いている。
そして何故だか知らないが、巨大化した冬の魔女が血塗れに打ち倒されて横たわっていた。全く理解不能だが、二人から見えないところで神々の力が振るわれたと考えるべきだろうか?
『よく分らんが首を取るぞ』
「うん」
巨大な頭、その首の切断はスカーリーフが受け持つ。試さずとも分かる程に並みの刃では通らぬ皮に肉、骨なので、二人は首都から破壊を免れた船を探し出し、水晶の城に戻って装備、衣装を回収して”竜頭通し”にてちまちまと切断作業を始める。
回収の道中にて、首都でも水晶の城でも新しい血の足跡があった。神々が誰かを召喚したと推測されるが、知神の警告が思い出され、探る好奇心を抑えた。行動には移さなかったが口にだけは遠回しに出してしまった。
『戦乙女の姉妹達が召喚されたのかな』
「あうー? そう、あ、でもね、えっと、だから、あれだよ、きっと!」
スカーリーフは顔を七変化させて答えた。知る権利は無いが、これで良いと言うならば良し。
首の切断という役目を終えたスカーリーフに帰還の時が来た。夜空に緑光の幕が降りる、脅しの演出は省略される。
「ばいばい、また呼んでね! 楽しかったよ。ヤッハるんによろしく!」
また呼んでねとは、どれほどの生贄が必要かと思えば頭が痛いところ。
エリクディスは肉体を破壊されぬ見通しが立ち、死神に銀貨を捧げて遺体を埋葬する責任を果たせそうなので骨の杖で獣人を筆頭に死体を操り、巨大な青毛の獣首を移送する準備を整える。首都の廃材を利用し、魔女の首を載せる巨大な橇を作った。ここから遥か東の帝都、後宮の儀式の間まで運んで竈神へ贄に捧げなければならない。この場で捧げられれば楽だしヤハルも直ぐ楽になるのだが、そういう指定なのだ。エリクディスは、女は神でも厄介事ばかりだなと思ってしまった。別に男でも厄介事ばかりの者はいるので程度問題と脳内で訂正。ともかく口に出せば呪われる。
橇の作成中に風向きが変わって来て、急に暖かくなってきたか雪解けが始まる。北の地であるから南国のようにとはいかないが長かった冬も終わる。冬の魔女の魔法が解けたようで、橇が無用の長物となり、車輪作りに奔走。その頃には遠征軍も合流し、作業が捗った。
■■■
・戦神
戦場と猟場、闘争を司る男神。
戦士達には戦場で名誉を、猟師達には猟場で獲物を、そして双方で勝利と敗北を与える。
与える狂戦士たる獣人の呪いは場合により祝福ともなり得る。
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