第11話前編「北方の壁」
・戦争
複数集団間での暴力行使を伴う、自衛、利益目的での紛争解決手段。
■■■
文明圏を自称する富める南国人が北限の山脈という地形の向こう側、更なる北部に土地がある。鬱蒼とした森林が際限なく続き、北へ下る川を辿ると樹木すら生えない酷寒の荒野に行き着く。気候の悪さから、なるほど文明の灯すら怪しい。その地にはデーモン族の領邦が割拠し、南国に居場所を失ったゴブリンの大群を筆頭に蛮族、邪教徒の烙印を押された者達、不幸な放浪者から流刑者も集まって隷属している。
数多あるデーモン領邦を治める各公王は、古代より同種で貧しい資源を取り合っていたのだが、その古代から数えれば最近になって貴族の連邦共和制国家として統一を果たし、輪番で統領を定めるに至る。その統一の偉業を成し遂げた英雄、終身元首こそ竈神が欲しがる首の持ち主、冬の魔女である。
傾城曰く”冬の魔女こそ異常気象の元凶”である。その拠点は旧北帝国の水晶の城。北の遥か向こうの空で常に白く渦巻いている暴風雪を無敗の城壁とする。資料、言動から明示されていないが、神々でも容易に手が出せない様子。
英雄的終身元首の首を取る方法は数多あるようで限られる。
「災厄の元凶! 我々を寒さと飢えに苦しめた冬の魔女を討伐する! 暖かい気候を取り戻し、平和と繁栄を! そしてオーガ族の諸君は族長ヤハルの解呪のために!」
遠征軍将兵が、大将軍チャルカンが大声とともに鉄岩剣を掲げる動作に合わせて武器を振り上げ喚声を天地に響かせる。
戦って死ぬためには大義がいる。世界を救うために諸悪の根源である冬の魔女を討伐すれば良いとは実に馬鹿でも分かりやすい。十二神を奉じぬまつろわぬデーモン族とその配下の首魁とあらば聖戦の正義を見出せる。今や帝国の勢いに迫るガイセルの遠征軍が、大軍を動員して僻地へ平和と発展に不要な犯罪が日常動作と化した乱暴者共を追いやって生贄としても恥多くない戦争である。
選ばれし自他共に認める戦の中でしか己を見出せない真の、太平の世に不要な獣の如き戦士達。彼らは戦い、死ななければならない。作ることも育てることも苦手とする、壊して殺すしか能が無い不穏分子達。それとガイセルの帝国支配に対して最後まで反抗した勢力の男総出。反乱分子への寛容は慈悲のようでいてしかし、後に騒乱を巻き起こし悲劇を呼ぶ無慈悲である。
帝国勃興戦争の最終仕上げは戦神へ血塗れに捧げられるのだ。
この戦場には玉体となり突撃など許されなくなったガイセルはいない。王の中の王は新帝都にて役目を果たす。勿論、政務は信任された官僚が行っているので安心だ。その役目とは拡大した領域を支配する正統性に霊力血脈を通わせるための、各勢力から送られてくる大量の妻の相手だ。黎明期からのアピス、ドゥルーカ両夫人は別格筆頭として、有力勢力から迎えた正室が少数、その他の勢力から迎えた側室が多数。種族違いから形式的な妻という名の人質も含まれるが、後の世のことを考えて正室から健康な男子を最低でも一人は出さないと戦乱の世に戻る。弱小の側室の子では威光が足りず面倒が多い。古代の大帝国の例に習い、側室には手を出さずとも良いので正室から男の嫡子を出さねばならない。戦場にあの元気な若者を連れて来る余裕など無いのだ。
まず破るべきは、古代に旧北帝国との国境線を確定するために建てられた長城の一つ、旧東帝国が遺した”東壁”。その向こう側に連邦が広がる。
攻城戦を仕掛けるに当たって軍事基地が雪や強風に見舞われる中で建設される。広く作られ、地ならしをして広場が設けられる。大軍を編制するため、長期駐留を見越して練兵するためである。
襲撃から守るために塹壕を円に張り巡らし、同時に攻撃のための塹壕も縦に進める。便所用巨大穴も、綺麗なら飲料水、汚いなら雑用水の井戸も掘られる。
攻撃は多正面の方が良い。地上だけではなく地下からも坑道を掘り、城壁崩しや背後への回り込みを画策。そこまで掘れなくても壁の直前まで掘れれば奇襲的に運用可能。
長丁場となれば居住地は必須。天幕、あばら屋では士気も健康も持たない。野積みにしては痛む生活用品、食糧などを長期保存するための倉庫も建てる。
道路が建設されている。遠征軍が出発したその時から、ここに至るまで樹木に藪の伐採、岩の除去、丘の切り崩し、湿地干拓、堤防建設、地均しから砂利敷きから石畳へ順に整えて、橋の建設が応急の木造から石造へ。
建設作業と平行して兵士達は前線配置勤務、予備配置勤務を交代で行って攻撃に備える。
遺跡であった”東壁”は修復されて要塞として生き返っている。容易に切り込んで攻撃は出来ない。前準備に、定期的に大型投石機の砲撃で修復箇所を崩し、増強中の施設があればそれも崩す。一番に脆かった門であるが、到着前から塞がれて壁の一部になっている。
劣り優れず愚かで醜く臭い汚いと南国で蔑まれるゴブリン達はまめに働き、火炎砲弾を打ち付けられる度に崩れる城壁を決死で補修し続けている。彼らはデーモンの連邦では良き領民で働き者。デーモン族のような圧倒的な上位者を主に持つことにより真価を発揮している。思考はほぼ完全に放棄し、指図は賢く頭の回転が速い上に根気強いデーモン族に委ねて忘我の域に達して奴隷に労働することが本領だったのだ。
砲弾を叩き付けて攻撃準備を断続的に行い、夜襲を中心に細かく妨害の襲撃を受けながらも遠征軍の基地建設は進行する。
砦が方々に配置され、その間を城壁が埋める。そのような大規模施設のための資材確保は後方からの補給に依存せず、伐採所、採石所の設置から、必要な資材と道具作りのための工房も充実し、非戦闘員の数も増える。
非戦闘員の割合が増えて商店が軒を連ね始め、銀行業も活況、通信のために郵便局も出来上がった。
人が集まって増え続け、酒場が出来てそのための醸造所が出来て、娯楽に劇場から売春宿も増えて女性人口すら増える。治安も悪化して公開処刑場が、娯楽を兼ねて設置。皆で罪人を殺す石打ちが人気を博す。軍楽隊が太鼓を連弾する予告の後の斬首刑は誰が一番上手いかと批評対象になった。
衛生環境が悪化し始める。便所穴の拡大だけでは足りず、公衆浴場の建設に病院の設置もされる。土葬が禁止されて火葬場が整えられ、まずは葬式のためににわかの神官が働く。それからは十二神の神殿が作られ、信者の精神の安定を本職が図る。たまに結婚式すら行われる。
士官宿舎が別個に建設され、無学な雑兵の割合を減らすための士官学校も立てられ、信頼される士官が有望な一兵卒の教育係に就く。武器も続々と到着、現場でも作られて遠征軍は”東壁”の傍で増強され続けた。
兵士達の勤務は人員設備が安定して二交代制から、前線、予備、後方、休暇の四交代制となり、交代要員がやってくれば一時帰郷すら認められるようになってくる。
軍事基地から発展を遂げた”東壁”隣の軍事都市は西への延長を続けた。進出する塹壕が壁に覆われ、土塁で補強され、陣地になって更に伸びて彼我距離が縮む。日進月歩の這い寄る攻撃。
圧倒的に巨大で防御力の高い”東壁”を破るには、圧倒的に巨大で攻撃力の高い攻城兵器が必要だ。今現在築かれ、伸びて城壁に迫る軍事都市こそ攻城兵器その物。植物のように侵食し、壁に到達して張り付くのだ。
燃料は広大な森林の伐採で賄われ、食糧は本国からの補給もあるが、最大の物は竈神の暖かく、飢えず渇かぬ祝福である。その奇跡の代償となる生贄は、ガイセルの帝国支配に対して最後まで反抗した勢力の女子供達が担う。その儀式を、呪いに苦しみ萎えた身体で懸命に巫女ヤハルが精神を削って行うことで相乗効果があり、良く遠征軍の身に染みる。特に暖かさは北国では死活問題。
緩急こそあれ長く、終わり無い冬の中、帝都包囲時の何倍もの時間が過ぎる。
来たる決戦の日をエリクディスは待つ。積極的に望んではいない。良心が咎める。しかし、必要なことだ。
■■■
総攻撃決行日。天候は晴れ、雪が地面に積もっているが然程に厚くもない。
土を盛った高台に多数設置された大型投石機。巻き上げられた錘りの落下に振られた大腕が、油布巻きの点火された火炎砲弾を放り投げて”東壁”に激突、震わせ、脆い箇所に当たれば内部に転がり込んで火災を起こす。
不死宰相エリクディス考案の新兵器、余りの大重量から、設置個所で鋳造された青銅製の巨大な金属筒、射石砲が投石機ではとても放り投げられない巨大砲弾を雷の薬の炸裂によって、馬どころか人も驚いて逃げ出す轟音を鳴らし、”東壁”の何処かに激突して外壁どころか内壁、中の部屋まで粉砕して大穴を開ける。余りにも強烈な衝撃に壁の脆い箇所は命中しなくても振動で崩れ始める。
激しい坑道戦で妨害されながらも、敵に察知されなかった地雷が爆破されて壁の基礎が点々と破壊される。余りにも巨大で支え合う箇所も多く一撃で崩れはしなかったが、そのわずかな歪みが砲撃への強靭性を失わせ、支えを失った壁の上部構造物が崩れる波のように、落ちる水のように煉瓦を流して潰れる。潰れた瓦礫の山になってさえまだ背が高い。
魔法を良く知る長寿ですら見聞することも稀な轟音、煙に火、大衝撃の砲撃。作業するゴブリン兵も肚の座っているデーモン指揮官に再指導されなければ持ち場を放棄して逃げ出す。
決行日のために攻城兵器は故障することも見越し、大量の砲弾と共に万全の予備が確保されている。この攻撃準備の集中射撃で”東壁”を崩壊させるのだ。
火炎砲弾と大砲弾によって”東壁”は埃と炎に塗れて壁としての姿を無くしつつある。
遠征軍の先鋒、置き盾を持った弓矢に弩を持った散兵が前進。崩れても尚、蜂の巣のように設けられた”東壁”の銃眼から槍に石、矢玉の雨を受けつつ、射返す。
遥かに高い壁の上には取り付けないが、銃眼や砲弾で崩れた壁の穴、瓦礫の山から行ける通路を目指して攻城梯子を持った雑兵が軍楽隊の太鼓の音に送られて切り込む。散兵が敵の射撃を反らしている中、一部は屋根付き車に隠れて前進。目指す場所に次々と返し腕付きの梯子を掛けては盾を手に突入を始める。崩れた煉瓦を投げつけられ、盾で防ぐか、踏み損なって転落して仲間を巻き込む。油を掛けられ、火を点けられ丸焼けになり、やはり転落して仲間を巻き込む。長い籠城生活で溜め込んだ糞尿も浴びせられ、またもや転落して仲間を巻き込む。デーモンが駆使する十二行の精霊術も猛威を振るい、放たれる数は少ないものの確実に兵士達の命を奪い、攻撃を無力化して最期の努力と惨めな一生をふいにしていく。
散兵に雑兵が”東壁”全体に張り付いて敵を忙しくしたところで攻城塔が前進する。押して歩き、中に入っているのは散兵、雑兵よりは格の高い、長槍より重い短剣と良い出来の盾に持ち替えた鎧兜の重装歩兵。士気も練度も高く、雑兵とは価値が十倍、二十倍と違う。攻城塔の中からは訓練された強弓が放たれ、壁に張り付けば跳ね橋でもある扉が開き、砲弾に開けられた穴へ突入経路を架ける。穴の開きが完全ではない、全く開いていない箇所には、塔の中から安全に中吊りの破城槌で叩いて崩す。
”東壁”の敵守備隊が飽和攻撃で対処が出来なくなってきたところで大型投石機を設置していた高台が利用され、攻城塔が縦に連ねられ、橋が渡されて予備の雑兵が投入される。
”東壁”各所でデーモンの旗が下り、ガイセルの旗が翻り始める。占領区画が増えていくのが見える。
しかし内部は広い。敵も”東壁”を都市と化していたようで、奥に入る多数の雑兵達が沼どころか海に投じられているのではないかという程に飲み込まれている。一見して快進撃に見えるが、壁外の迎撃装置とは比べようもない殺戮装置が内側に設置されていた。踏めば足の甲を抜く針床。正面、上下左右の銃眼から弩砲を含めた射撃、槍突きがされる一方通行の狭い通路。繰り返し利用できる開閉式落とし穴。吊り上げては落とされて圧殺する吊り天井。防火仕様の侵入者焼殺用の油部屋は、硫黄や砒素や糞も混ぜられることで毒の気が侵略側へ流される。これら全ての仕掛けにはデーモンの魔法使いが精霊術で相乗効果を出している。足止めされている内に魔法で殺し、魔法で罠を察知させない。
死傷者膨大、人を食う壁。死ねば死ぬほど死体が通路を塞いで肉の壁と化す。
命懸けなら臆する者は多くはない。決死ならば士気があって督戦がされれば前に出られる。しかし進むに進めない程に死体が溢れかえった必死の戦場で戦い続けられる者は少ない。
雑兵達に重装歩兵すらも連鎖するように逃走を始めた。督戦に控えるチャルカン大将軍を先頭に立つ近衛隊が、味方を殺すために長槍の壁を構えて前進を開始、穂先で脅し、時に突き殺しては突撃の再開を強要。
「整列!」
鉄岩剣で重装歩兵を鎧兜ごと両断しながら大将軍が号令。雑兵とは格が違う散兵が配置を転換し、鏃の先を敵から味方に変えて脅迫。雑兵達が血塗れ、過労、恐慌の中で隊列を雑に整えていく。軍楽隊が太鼓を連弾し、突撃準備を知らせる。斬首刑の予告と同じ。
「突撃!」
太鼓が敗退した雑兵、重装歩兵を再度突撃に前進させる。掲げるだけで鉄岩剣は数多の首を刎ねられる。
雑兵より貴重な攻城兵器は集中射撃の後、整備中であり、そして再度の突撃は準備も士気も整わずに失敗した。
■■■
軍事都市に厭戦気分が広がる。脱走兵、命令違反者の処刑量は膨大で、斬首絞首などしていたら間に合わないので棍棒で頭を雑に殴りつけるようにすらなった。埋葬も生き死にの確認もいい加減になって、死んだはずの者が墓場で目を覚まして負傷の激痛に叫ぶ程。
この敗戦を見て敗退すると見た商人を中心に非戦闘員達が一斉に逃げ出そうとしたが、近衛隊が封鎖した。抜け道から逃げる者は道路沿いに警戒するケンタウロス族や遊牧騎兵が殺し、そしてこれから軍事都市に赴こうとした者達は追い立てられて都市へ閉じ込められた。
敗色濃厚、処理し切れない死臭が漂う。理不尽な大将軍の判断に人々は疑念を抱くどころではなく恐怖一色となる。
この弱みを待ったように、精霊術を複合して行動を隠蔽したデーモン軍の夜襲が始まった。正面の”東壁”から、そして南北の伐採したがまだまだ広がる深い森林から包囲するように。周辺警戒、野営で都市外にいた遊牧騎兵は奇襲で殺戮された。
複合運用された精霊術が破壊と構築で突破口を開き、軍事都市に閉じ込められた者達は虐殺される。士気は無く、折角築いた防御施設は思ったような用を為さず、後は屠殺される豚のように泣き喚くだけ。腹いせのようにゴブリン達は滅多打ちに嬲り殺す。南国世界の記憶がある者達ならば、あちらで行われていた、かつて受けた拷問を再現する。またデーモンが統制して収めさせたが、都市の焼き討ち、攻城兵器の破壊も物まで憎しと行われた。
この光景を、夜襲を予知して遥か後方に退いていた近衛隊は傍観している。
ただ一人傍観していないのは、十二ある神殿の内、戦神の神殿にて祈祷していたエリクディスのみ。
『戦場と猟場、闘争を司る戦神よ。多くの兵士、従軍者、兵器、物資、労力、気分を捧げました。我が友、己を捧げて使徒戦乙女となったフミル族の王兄”短慮”ベギルガレンの息子、”脳削り”エダハート……』
省略。
神殿に侵入したゴブリンが、跪いている死体を触って、何だこれ? と首を傾げる。
『……”千人斬り”スカーリーフの召喚を何卒お許し下さい』
夜空に緑光の幕が降りた。
空の異常にゴブリン達が騒ぎ出し、異常を察知したデーモン達が乱痴気騒ぎを中止させ、円陣を組ませた。口を開かず祈祷の言葉を紡ぐエリクディスを変な置物と思って小突いていたゴブリンも急いで外に出て円陣に参加する。
軍事都市はエリクディスの計画で建設された。それその配置は全て計算された祭壇であり、戦死者、落城して殺戮される軍民、使われて欠けた武器、使われず死蔵される兵器、食べられこれから放置され腐る食料、掘られた土や建てられた防御施設から、恐怖や怒りに悲しみ、痛みに苦しみ、未来の帝国に不要と処分される理不尽さが捧げられる。ここで営まれた生活で育んだ友情やそれを越えた愛、兵卒からの立身出世の望みに語り合い秘蔵した将来の夢、望郷や幸せだった過去にこれからの未来、酒を飲んで騒いだ楽しさ、賭け事や競技への熱狂、良かった事柄も全てを覚えている者もわずかな、意図して語られぬ記録に貶めることで捧げられた。既に嘘で固められた武勇伝が吟遊詩人を通して帝国に流布されており、それもまた贄となる。
「アッキャッキャッキャッキャ!」
天高くから響いて近づいて来る、懐かしいあの気が違ったような笑い声を聞いてエリクディスは外へ出る。
俗称金エルフと呼ばれるフミル族出の彼女は、黄金の髪を靡かせて空から降り、デーモンの前線最高指揮官の頭を蹴り砕いて降臨。羽飾りの兜を被り、鎖帷子の上に極光の外套を着て神器”竜頭通し”の槍一本、脱力に片手回し、雑兵殺しに突きなど繰らず刃先で切り捨て、弱い者虐めを楽しむ。ゴブリン雑兵を肉盾にデーモンが放つ矢玉に精霊術が飛ぶが、もう片手の神器”捻じくれ鏡”の小盾が容易く受け流して同士討ちを強要。攻めて殺し守って殺す。
”千人斬り”スカーリーフ。エリクディスの旧友、六人いたかつての冒険仲間の一人。老いるのが嫌で戦場単騎駆けでの千人斬りの後、過労と負傷で死に、死神を介さず戦神に己の魂を捧げて転生、陪神となった。
『チャルカンよ、狂戦士達を』
音の精霊術にてエリクディスは合図を出し、半獣狂戦士達を送り出させる。
スカーリーフが笑ってデーモン、ゴブリンを槍で撫で斬り、盾で頭を潰し、蹴りで内臓を破裂させ続け単騎にてデーモン軍を皆殺しにせんと形勢が傾いたところで獣の咆哮が止めを刺しに来襲。
人であり獣であった理性と暴力を伴う半獣狂戦士達は、暴力一色となって武器を使うことも忘れた獣人となり、短剣の如き爪を持つ掌で撲殺斬殺を始めた。
スカーリーフを中心に、彼女は戦乙女の権能にて戦神の呪いを受けた獣人を操り、囲み、追い、陽動の戦術を交えて逃さぬ殺戮効率を上げていく。
恐怖に士気が砕けたデーモン、ゴブリン達が降伏に両手を上げて膝を突く様子は見られるが認められない。デーモンとゴブリンが崇めているのは神々ではなく冬の魔女。
デーモン軍はまとまりを失って撤退を既に始めており、崩れた”東壁”、南北の森林へと悲鳴を上げて走り出している。無論のこと戦乙女と獣人達は追撃に出るのだが、突如として低い気温が更に痛む程下がり、風が吹き降り、大粒の雪が渦を巻いた。
「おっとぉ!」
スカーリーフは追撃を、地面を蹴って止めて全力で後退。同時に後退指示、退避が遅れて深追いになってしまった獣人の一部が空模様と無関係に現れた暴風雪に飛び込んで消えた。吹き飛ばされたり、魔法の極低温に凍り付いたというのならばまだ理屈に合うが、まるで神の呪いを受けたように隠されてしまった。
「おーい!? あっれー?」
スカーリーフが戦乙女の力で消えた獣人達を呼び寄せようとするが音沙汰無しである。返事や己が身の不幸に怖じけ付く鼻鳴きすら聞こえない。負傷に足掻いて地面を引っ掻く音も無く、暴風の鳴き声だけ。
まつろわぬ彼らの守護者として冬の魔女は振舞い、己の根拠、水晶の城を守らせていた最強の城壁を取り払って救い出したのだ。
『スカちゃんや、あの魔法はどうだね?』
「おわ、おっさん! あんたも使徒になったの?」
シャハズにガイセルからジジイ呼ばわりは仕方が無い。少しだけ年下の彼女からはお兄さん呼ばわりが適当である。
『このような出来損ないは末席にも及ばんわ』
「あららー……えーとね、ちょっと待っててね! たぶん、大丈夫だから! あれはえーと……うん!」
顔を七変化させたスカーリーフが、喋りたくても喋られないことがあると表情に描いて説明をした。今のエリクディスならばそれで十分に納得出来る。神々のおそらく秘密に関わる何かだ。知ろうと考えることすらいけない。
■■■
師匠というより恩人であるエリクディスに、アプサム師も学び事は習って半分、教えて半分と言っていた。
「大変良く出来ました」
シャハズ先生は教えた精霊術を良く再現した上で独自の調整を加えたデーモン族の子を褒めた。
「良く出来ました」
シャハズ先生は差別せず、教えた精霊術を正確に真似たゴブリン族の子を褒めた。
「もう少し頑張りましょう」
シャハズ先生は根気強く、精霊術に関しては覚えの悪い人間族の子に結果が出るまで諦めないようにと告げた。森の共同体でならば切り捨てられるところだが、ここは違う。
シャハズはチッカをエルフの森へ送り届けた後、エリクディスのところへ一旦戻ってから今後を決めようかと考えていた。そんな時に世界樹の樹上方面にある高地にて猛吹雪に遭い、精霊術で難なく凌いでいたところで雪の女王と出会ったのだ。そこでその巧みな魔法の扱いを見込まれ、彼女から国の者達に精霊術を教えてやってくれないかと依頼され、自らの学習を完成させるためにも受諾した。
雪の女王と彼女は呼ばれる。分かる呼び方であれば何でも良いとのことで、他所では冬の魔女で通る。
北の湖に注ぐ河口、デーモン連邦の首都の練兵場にて精霊術指導に勤しんでいるシャハズは、生徒達が離れ島にある水晶の城を守る暴風雪が止んだことで動揺を見せたのも意に介さず「集中しましょう。精霊憑きの危険はこの前説明しました」と手を叩いて鳴らす。
今は戦争中である。厳しい森エルフの世界観で生きるシャハズにとっては死ぬも生きるも仕方が無いことなので、教え子が倒れても心に引っかかりはしないのだが、生徒達は現在進行にて友人家族をガイセルの軍勢に殺されている。そしてその状況が非常に悪化した証拠が暴風雪の移動。戦場となっているだろう空の下へ白く渦巻く雪の女王の加護が移動したのだ。おそらく十二神の暗殺を防ぐためだったと思われるあの大魔法の変化は戦況の劇的な悪化を意味する。
シャハズのところに一人のデーモンが翼で飛んで訪れる。やってきて、立ったまま何も喋らない。
「なんで?」
シャハズが答えて首を傾げると、そのデーモンはやはり立ったまま何も喋らない。
「授業中だから」
「とても重要だとのことで、最優先です」
「ふうん。分かった」
やっと口を開いたデーモンの言葉にシャハズは首肯した。
古くから十二神を奉じないまつろわぬデーモン族は他種族と大いに異なる点がある。肌の青いはそれ程でもない。人型に翼が生えて飛べることは見て分かるが鳥も同じ。最大の特徴は角を通して音ではない会話が出来ることだ。普段は言葉を使わない彼等なので意思疎通は難しいが、精霊術を複雑に用いて慣れれば、上級者ならば問題無い。
歴史的にデーモン族はその慣れを他種族相手にしない、させないを繰り返してきたので今、世界から客観的に孤立している。言葉しか使えない者を劣等種と見做し、他種族は意思疎通も出来ぬ怪物と見做してきた。それが神々を信じる者達との乖離にも繋がったのかもしれない。
シャハズは手を二回叩いて注目を集める。
「先生はこれから用事があるので、皆さんは自主練習を続けましょう」
生徒達は口と角で、はーい、と声を合わせた。そして一番優等生のデーモン族の子が「先生、私が皆を見ても良いですか?」と言葉で言ったので「えらい」と指導を託した。それから「よしよし」と頭も撫でた。
優秀なシャハズは選民意識の高い彼らからも尊敬されている。貴種たる優等生が頭を撫でられただけで素直に喜んでしまう程に。
シャハズは金の精霊術を使い、どうやっても凍らぬ湖の離れ島へ、水面上に橋を築いて渡って山頂にある城へ赴く。
水晶の城、旧北帝国の首都と言われた場所の造りは戦城ですらなかった。名の通り水晶のような無色透明の結晶体が乱杭に重なって洞穴の様相となっている。政務を行うには通信連絡の便が悪すぎる。内部も乱杭が隙間を作っているだけで詰め物と床板が張られなければ歩くこともままならない。そして加工は金剛のごときそれに出来ない。人が拠点とするには不便が多く、おそらく城ではない。
住居としては非効率極まる構造、その中で食堂に相応しい広い部屋にて主人の席に座り、熊一頭を刺身で短刀一本、一人で食べているのは顔料染めのごとき青毛で、服からはみ出る程に毛深な大女。雪の女王の姿である。
「シャハズ、あなたの到来は予言通りでした」
「予言って?」
女王は前置きも無くそう言う。その話を手短に進めたいのだなとシャハズは聞く。
「我々が予言の隠者と呼ぶ、何者かの言葉です。突然耳打ちに聞こえます。私も意味わかんないです」
「聞き逃したら大変?」
「ぞわっ! と来てそんなことありません」
予言とは、魔の砂漠最奥部、不可思議な場所にてロクサールも言っていた言葉だ。理解するには情報が不足。
「魔の砂漠でロクサールに会いましたね?」
「うん。死んだけど」
「その時に精霊の卵巣にも会ったのではないですか?」
「魚か虫の変な色の卵みたいなやつ?」
「へえ……私と神を騙るタイタン達とは別の、便宜上旧神と呼んでいる者達、もしくは物体、自然現象か何です。意志があるかも分からないです。とりあえず七ついる、在ることまでは分かっています。もしかしたら一つの存在が複数兼ねていて数え間違っているかもしれないんですけど」
「神を騙るタイタン?」
「そうです。古い我々は魔法、呪術と精霊術を発明して世界を分割支配しています。呪術っていうのは一般的に奇跡と呼ばれている不思議なあれです。私の他の十一人は嘘を吐いて世界を創った神様だってことにしています。あ、小人たる新しい人間を創ったのは巨人たる古い人間タイタンなので、今の人間にとっては神様みたいなもので、解釈次第では間違いないですよ。私は創ってないですけど」
「十一? 十二じゃないの」
「間違いなく私含めて十二人です。誰か、偽者が混じってるんでしょうね。それか一人二役。あの人達、平気なんですかね。それとも気づけないように騙されてるんでしょうか」
「変なの」
「変ですね」
「変なのは急にそういうこと喋ってること」
「ああ、そうですね。こんなことを知ったらどうなるか。知ってはいけないことを知ったあなたはもうこちらに組するしかありません。知の者にこの記憶だけ消されれば良いほうですが、敵認定受けちゃいますよね」
雪の女王の謀略に今、嵌められたのだった。雑談しただけで嵌められる罠とはシャハズにも察知出来なかった。
「他の十一ともう一人の呪術からは私が守りますので大丈夫です。頑張りましょう!」
えい、おー! と拳を振り上げつつ熊肉をもぐもぐ食べる女王の態度には逼迫さがまるで感じられない。
「えー」
「ぶー。死の者がいるので死んでも逃げられませーん」
幼児相手の気さくさに、魂以上のものを奪う邪気が潜みすらしない。
なってしまったものは対処するしかないと行動するのが森エルフである。女王の首を差し出せば赦免もあり得ると考えつつも、やはり十二のあれ等は信用ならないと結論が出る。どこまで嘘か、騙すための真実混じりなのか知れたものではないが、退路が無いことは勘が告げる。
「今になって何で襲撃されてるの? 何かした」
「気候を抑えて大陸を暖かい状態にしていれば私のことは黙認するってことでしたけど、飽きたんです」
「何で?」
「え? 飽きたんですよ」
「飽きた、で、戦争するの?」
「えっと……?」
理解不能と首を傾げる古き種族タイタン。この大いなる存在たる巨人の本性が見えたかもしれない。庇うとすればその飽きたの度合いは、尋常の者ならば発狂する程だったのかもしれないが。
「この寒い異常気象ってタイタンの呪術ってやつなの?」
「これは異常でも何でもありません。ただの自然の摂理。それを捻じ曲げ、今の皆が思う”普通”の季節の廻り合わせに調節していたのが呪術です。この自然現象を前に昔の生物は南下や北上をして、狭くて短い夏が来る土地で争って強い者が生き残りました。ただそれだけのこと。本来の状態に立ち返るんです。まあ、他の人達が今、頑張って抑えてるんですけどね。どこまで維持出来るのやら」
「ふうん」
じゃあ飽きずに続ければと思うものだが、タイタンの精神構造は得体が知れない。
「シャハズは皆を率いて逃げて、十一ぐらいのタイタンが管理を放棄している南の大陸に向かってください。実はこの世界、この大陸だけじゃなくてもっと広いんですよ。海の者が阻んで閉じ込めてるから普通は分からないですけど。あ、道はですね、私が気候抑えない分、呪術で隧道掘ったんで大丈夫です。海を渡らなくても平気! 私って準備、良いですよね?」
「えー」
穴掘りの巨人の首を差し出せば何か、絶大な報酬が約束されるのではないだろうか。最低限の欲しか持たぬシャハズでも考える。
■■■
・デーモン
山羊角、蝙蝠翼、尻尾を持つ六肢の人型で肌色が青。他種と比べても異形の度合いが強い。
目、耳、肌、舌、鼻以外に角で魔法に依らない会話をし、物体と熱を感知出来る。
十二神を奉じぬまつろわぬ種族。見放されたゴブリンを筆頭に奴隷とし、互いの欠点を補い共生する。
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