第9話前編「魔の砂漠」

・精霊

 陽の光木火土金水、陰の闇腐熱気音冷の十二行がある。陽行は陰行に比べて感覚的に捉えやすい。

 精霊にはそれぞれ無垢なる意志があり、人は彼等に語り、働きかけることによって精霊術と呼ばれる魔法を行使出来る。

 精霊の術とは己ではなく他の力であり、それを勘違いして揮う者は精霊憑きとなって己を失い、彷徨う災害と化す。


■■■


 旧東帝国が沈んだ砂漠、精霊の力により気候も何もかもが狂った地。そこには精霊憑きとなったジンが人ならざる力と思考と魔法によりゴーレムを、精霊術の大家ロクサール師曰く、作り出すのではなく繁殖行為として産み出し、その末裔である魔法生物が生命の法則に反した形で生息しているそうだ。

 シャハズはエリクディスの薦めによりロクサール師へ砂漠にて師事した。初めに課された特訓はこの、魔の砂漠にて陰陽十二行――師曰く、と思われる――の全精霊を見て、感じて、触れて、それらが引き起こす現象を理解し、感覚的に捉えられれば精霊術使いとして格段に上を目指せるとのこと。

 精霊術は物質に依らない錬金術とも解釈出来る。神々の奇跡のような理不尽は無い。アプサム師からの薫陶を受けたシャハズならば格段の上どころから特段の至りになれるやもと期待がされた。ロクサール師と己の限界を知る賢者エリクディスは本人の目の前では口には出さなかったが、成果が出たならば舌が回るだろう。

 そしてシャハズの、それぞれの精霊へのそれぞれの対応が試される。不安定ではなく、複雑な法則に支配される難所にて。

 一つ目。

 天も地も周囲も暗闇に、闇の精霊に支配されながらも異分子たるシャハズのみが浮き上がる異空間。ここは目に頼らず、音と触覚で進まなければならない。

 踏み出す足は慎重、爪先が何か段差を蹴飛ばす前に反響測位で割り出した地形に沿って進めば、ざわめきのような、軽く擦るような虫歩きの音が無数に重なって波になって襲い来る。

 強烈な閃光を発して一瞬この精霊の闇を払う。光が当たって尚光の反射に白い部分を見せることのない完全なる黒、闇蟲シェイドの群れが砂上に、自然堤防の段差の如きに重なって浮かび上がった。シェイドは光を吸収して返さない闇のような黒以外を食い、覆って無かったことにする。闇を好み、作り出す習性がある。

 ここで闇の精霊を使って自分を闇に染めれば、とも考えるのは素人である。この特定の精霊が支配する場で言うことを聞かせられるわけがない。不測の事態しか待ち受けない。

 手を下さずにいればシャハズは蟲の波に生き埋めにされ、全身を跡形も無く腹に収められる。

 閃光に怯み、全てを照らされてどこを襲えば良いか分からなくなっているシェイドの姿を捉えたシャハズは水中でも呼吸できる工夫をした後、行く道を護岸するよう、前後左右に火柱を壁に立てて、内に熱が伝わらぬようにして進む。シェイドは火柱に誘われ、阻まれて無限のように焼けて消える。

 二つ目。

 天も地も周囲も白光一色に、目を開けてはいられない光の精霊に支配された砂上に進む。ここも目に頼らず、音と触覚で進まなければならない。尚且つ、火傷すら負わせる眩い光から身を守るため闇衣を纏って進まねばならず、反響測位を使う時は精霊を二重に使わなければならない。神経を使う。

 ここで近寄ってくる魔法生物に音も無く、しかし闇衣を通して熱を肌に感じる光を放っている。焼かれる前に遮りの砂嵐を障壁に舞わせて凌ぐ相手は光蝶ウィスプ。影あればそこに近寄って照らして消す習性があり、その強烈な光は炎のよう。

 シャハズは反響測位でどこを目指せばいいか頭に入れ、感覚で覚えてそちらへ向かってその魔法を停止。後は地面の砂を硝子に変えるような凝集光を気まぐれに放つウィスプに対して砂嵐を維持しながら進む。

 三つ目。

 砂漠に突如出現するのは見上げる高さの、エルフの森の中央部を想起させる密林。木の精霊が支配している。ただ密度の具合が尋常ではなく、チャルカンに鉄岩剣で削らせながら進んでも三十数える内に一歩進めるかどうかという密生ぶり、ほぼ壁である。自然ならばこうなる前に育たず、枯れるなりするものだがここは違う。精霊の力が暴走する超常たる魔の砂漠だ。

 壁を登ろうかと思ったシャハズは、小手調べに杖で密林を突いてみると枝葉が伸びて噛み付こうとするので炎で焼き、引かせた。その悪食の木蛇ドリアードに捕まってはこの密林の一部にされてしまう。ハイエルフの成れの果てと思われる世界樹の、人を真似るかの怪物とは趣こそ違うが同種の脅威だ。

 焼いて朽ちるかと試しに燃やせば、焼ける先から生木に葉に蔦がドリアードになって伸びて際限が無い。瑞々しさから煙に湯気が上がるばかり。ならばと密林を越える砂と氷の柱を立てて登り、薄い金属の掴む翼を作り、風に乗せて滑空。真下から伸びる、枝葉のドリアードを焼いて潰しながら密林を越える。

 四つ目。

 鼻に刺す悪臭漂う毒沼に、雪のように胞子が舞う茸の森。腐の精霊の場は並の生物を寄せ付けぬ様相。まず呼吸器を胞子で汚染しないように空気を内外で分離してからではないと進めない。吸う空気、吐く息、纏う空気を完全に外と分離する。予備に水幕の障壁も纏い、水による視界の悪さは光の屈折を調整して透過させる。

 踏む足場が無いので毒沼の上、茸の足場と足場を埋めるように無害な氷の道を作って歩く。

 そして氷の道に乱入者。足の裏が平らなせいか氷上に滑って転ぶ姿が滑稽だが、相手取るならばおそらくガイセル、チャルカンのような武人では手も足も出ない茸人マタンゴ。

 マタンゴへ燃える木の矢を弓で、目や脳が、感覚器官がありそうな笠の下に射ち込んでみるが怯むそぶりすら見せずに歩み寄ってくる。そして拳を振りかぶって殴ってきた。俊敏なシャハズは余裕を持って避けるが。あの拳、衝撃力などより触れた後の株の擦りつけが怖い。

 それから一体に留まらず群れで現われた。サハギンを転ばせたような濡れる氷の地面を作って駆け抜けることにする。しかしどうしても行く手をマタンゴが阻む時は中枢無き芯丸ごと加熱、焼いて進む。

 始めに火で炙ってみたが、全身を万遍なく芯まで焼かねば動きが止まらなかったので赤を超えて白熱した金属矢を射ち込んで中に火を通しやすくしてから焼いた。料理の応用である。


■■■


 旧東帝国を築いたジン族はあらゆる感覚に優れ、精霊術の達人であった。陰陽十二行全てに通じる者も、稀ではあるがしかし珍しいという程でもなかった。

 古代、人の労働を代行するための、精霊術を原動力にして動く機械のゴーレムが流行っていた。これは車だとか鍬だとかの延長線上の物と見られていたので神々が特別見咎めることはなかった。

 しかし知性を宿す種の習性か、力、効率を求めるあまりに十二神の奇跡によらぬ奇跡のような技術を生み出してしまった。それが魔法生物。尋常ならざる、精霊術を用いて生み出された機械ではない生物。自分の意志で動き、子を成し、成した子がまた子を成せるまさに生物をゴーレムとして使役しようとした。

 神々は意図せぬ埒外の存在を認めず旧東帝国を神罰により崩壊させ、ジン族の繁栄を永久に粉砕し、魔法生物の拡散を防いだ。その時に抵抗したか、呪われたのか、それとも魔法生物達の逆襲を受けてしまったのかジン族はほぼ精霊憑きとなって人ではなくなった。

 その時、赦すためではなく責任を取らせるため、旧東帝国があった魔の砂漠を監視し、駆除し切れぬ魔法生物達の脱走を防いで殺傷するためだけにロクサール師の祖先の一族だけが残された。

 この魔の砂漠は拡大を防ぐために包囲されて久しい。

 五つ目。

 生命を寄せ付けぬ場。砂漠とは何であったかと思わせるような炎を上げ続ける、自然界の物とは性質が異なるであろう溶岩の沼は火の精霊が支配する。ここを渡るためには船が必要。橋を架ける対岸、柱を立てる地面が無い。空には強烈な火柱が伸び、見えぬ熱も更に立ち昇っている。

 渡るために必要と考えたのは砂を液状にする灼熱に負けぬ金属船体。冷却水を常に注入、尚且つ熱水を排出し続けられる構造。加えてシャハズが乗っても足や尻が焼けぬ席は木製。天才の加工技術はマナランプどころではなくなっている。

 金属帆が立った魔法の船に風が送られて、溶岩と火柱どころではない火層を掻き分けて進む。船体は冷やされ、冷却水が回り、蒸気となる前に強制排出されてまた注入される。シャハズも火に炙られた吸えない焼ける空気を避ける魔法もかけているので、ここまでで一番に精霊を多重に使って神経を削っている。

 シャハズは進みながら、音が共鳴するように響き続ける金属矢を左右に放って溶岩に突き立てながら進む。そしてその矢に溶岩の中から食らいつくのは火蜥蜴サラマンダー。

 音鳴りの金属矢で陽動しながら船は進んだ。時に船へ襲い来るサラマンダーもいて、金属矢の一刺しでは痛がりもしない。そこで空気を断ち、水を掛けて燃焼出来ないようにすると引っ繰り返って溶岩に沈む。

 六つ目。

 光と闇以上に察知しがたい熱の精霊が支配する場は不可思議であった。地の底というべき、支配する場の限界点に至る底が見えるのだ。横と奥の広がりほど深くないのは地神の力あってのことだろうか。

 そこには何もない。光の精霊とは違う発光があり、眩いが全てを照らすものではなく、点々としているようでもある。生物はおろか物体の存在を許さぬという熱の力。まるで神々が見せる破壊の奇跡かそれとも。

 並の魔法使いどころか天才でも諦めるような光景である。先ほどの溶岩渡りの船の応用程度でどうこう出来はしない。しかしシャハズは出来が違った。

 熱の精霊に対し『通るよ』と言い、無造作に精霊術も用いずに熱に抉れた斜面を滑り降りた。そして真っ直ぐ歩き、斜面に杖を突いて登った。その動作の度に少し剥がれたり、盛り上がった砂は熱に融かされ、目に見えなくなり、発光した。

 底に転がる熱貝カロルはゆっくり動き、口から炎を超える発光を吐き出すが大人しいものである。避けて通れば良い。

 これは精霊術の初歩の初歩、対話である。お話し、お願いするのだ。凡人と天才の違いがあるとすれば、通るよとの言葉に対し、熱の精霊がいいよ、と返答したことを確認、確信出来るかどうかだ。博打の習性はシャハズにない。

 七つ目。

 各精霊との対話だけでどうにもならないのが各魔法生物の特性である。カロルのように転がっているだけならば苦労はしない。

 地の精霊が支配する場はそのまま砂漠であった。見た目におかしいところはない。しかし一本足を踏み入れれば地面が揺れ、土小人ノームが土塊の体で下から這い出て、群れにて引きずり込みに掛かる。

 シャハズならば音を拾って這い上がってくるノームを察知して避けることは可能だが、相手も狩人か工夫をしてくる。突如足場が崩れ、擂鉢状に地面が凹む。蟻地獄の戦術、その中心部にはノームが群れを成して待ち構える。殴るか抓るか齧るか、いずれにせよ捕縛されれば小さくても集られて嬲り殺しにされるだろう。

 崩れる足場は複雑に地に食い込みつつ上にも伸びる木にて固め、尚且つ登って距離を取って金属矢を射ち込む。ノームは土塊の体を貫通されても尋常の生物ではないので痛がりもしない。むしろ強引に矢を仲間が引き抜くのではなく横振りに外し、胴体を半ば切断される形になったが直ぐに再生した。ならばと成長途上の木の矢を射ち込む。ノームの腹の中で木が成長して根を張って絡めて行動不能にした。

 工夫がついたら後は木を生やしながら樹上を渡るだけ。木を崩そうとするノームは高所より闇の霧を底に広めることでかく乱可能だった。

 八つ目。

 風乙女シルフが女児のように笑ったり泣いたりするような声を鳴らして遊んでいるように聞こえるのは風の精霊が支配する場である。改めて何を食って活力にしているか不明な魔法生物達である。実体すら怪しい。

 ここは暴風地帯などと生易しくなく、竜巻が合体分裂を繰り返しており、砂は既に撒き散らされた後で岩盤が剥き出しになっていて、その岩盤でさえも竜巻に削られて縞が刻まれている。

 シャハズは良く気がつく。試しに風を抑える金属の壁を立て、その散らされぬ内側に水を撒いたところ一瞬にして乾いて消えたのだ。程なく金属の壁は風に巻かれて曲がり、飛んでいった。挑戦を受けたとばかりにシルフも集ってくる。

 水分は即座に奪い取られる乾きの極地の風は、おそらく吸う空気も吐く息も思い通りにしてくれず、準備無く踏み込めば窒息させられ、干されると予測がついた。

 シャハズは工夫がついた。岩盤の下を場の外から縦穴を掘って潜って、横穴で場を縦断、掘りながら進む。坑道は木によって補強する。地上と空気が触れぬようにすれば安全だから、わずかな空気漏れもしないように金属で滑らかに鍍金した。漏れる穴が出現するかを察知するために、毒瓦斯検知の小鳥のように、異常があれば消滅を始める水入りの桶を用意して危機管理を行い、冷や汗が出たがそれで数度救われる。

 シルフ達が悔しそうに地上で騒ぐ。シャハズの姿が追えないので悪戯する隙も無い。


■■■


 ロクサール師はジン族最後の生き残りである。精霊憑きとなったジン族の誰かがもしかしたら魔の砂漠を彷徨っている可能性はあるが、それは既に知性を失って久しい者で、意思疎通が図れる相手ではないだろう。

 魔の砂漠に対する使命は最後の独りだけになっても消え失せていない。神々は容赦せずに種族の責任を彼に求め続けた。

 ただ、いくら達人中の達人たるロクサールでも魔法生物狩りには単純に手が足りぬ。そこで彼は古代式、神々が認めている機械ゴーレムの軍団を率いている。その中にはかつては旧東帝国の都の役目を果たした、機械ゴーレムの最大傑作である機動要塞も含まれる。

 あの巨躯が八本足にて蜘蛛のように地響きを立てて歩き、砂漠より脱出を試みる、単一の精霊が支配する場にしか生きていけない魔法生物達とは違う、尋常に近い獣達を薙ぎ払う姿は心をくすぐって揺さぶった。この特訓を乗り越えたならば乗せてくれるどころか兵器の扱いもさせてくれると約束がある。珍しくシャハズはその時に”おお!”と声を張り上げた。

 シャハズはこの修行が終わった後、特に行くところも定めていないので魔法生物狩りの仕事も案外悪くはないのではないかとすら思っている。

 エルフの森を自分の意志で出るように追放された時から、人と群れるのは好きではない。それに気ままなエルフなので気に入らなければ魔の砂漠からも去ればいい、程度に軽く考えていることは否定出来ない。

 九つ目。

 美しくも寒気がするような光に乱反射する金属の森が見えた。金の精霊が支配する場。

 幾何学的に針や剣のような多面体が無数に地面から突き出ており、入り込んだ者を鏡面反射に前後を不覚にさせるだけではなく、歩くだけで全身が切り裂かれ、足が穴だらけどころか切断されるか、更に体内の金属分ですら結晶化させる危険も予測される。他の場と同様に何の工夫も無しに通ることは適わない。

 シャハズはまず金属の森を錆びさせ、輝かず脆くするところから始めた。金属の森の危機に、金属の足で金属の地面を引っ掻きながら重々しく金蟹アウラが現われて、錆びに巻き込まれ、足先から自重に耐え切れずに折れて転がる。接近が早いようであれば高熱を加えて融かすまでに至らずとも高温に柔らかくして自重に耐えられずに曲げて足止め。

 ここは今までの苦労が嘘のように簡単であった。使い手の腕が良いとこういうこともある。後は錆びた森を、木の足場を組みながら安全に進むだけであった。

 十、残りわずか。

 砂地がおかしなことになっていた。震えて跳ね回っているのだ。ここは音の精霊が支配する場である。耳どころかその奥、脳髄まで破壊するような体の調子を著しく悪化させる重低音と高温の組み合わせは発狂に値する。

 シャハズは泥で耳を塞いで固め、流れ続ける水幕を周囲に張って防音措置を施し、それから木の足場を作って震える砂に触れないように進む。試しに土の足場を作ったら崩壊、金属の足場は共鳴が酷く、振動も全身を微細に、血管を破壊するようだったので駄目だった。木でもかなり酷い。

 流れる水幕は震える砂から木の足場を守るように分厚く強力に絶えないようにする。進行方向がこれでは分かり辛いので光の屈折を透過に調整。

 この目立つ水球には音鳥フォノンが飛んで寄ってきて、直接聞いたら鼓膜が破れるような鳴き声を上げながら穴を開けようとする。嘴を入れずとも音で水が震えて形が崩れる。

 閃光にて追い払えるか試す。どうやらフォノンには目が無い様子。であればと単純に火炎を放ったところ焼けて落ちた。空から逃げ惑うような付き纏うような行動に出たが、腐敗の風を振りまくことで喉を潰して撃退に成功した。

 十と一つ目。

 水の精霊が支配する場は、巨大な湖かと思ったら更に凄かった。半球状の水塊である。先例から考えてこの水に触れると水分が奪われるか、もしくは伝って全身に入り込んでくる。肺や胃を満たすような可愛げのある入り方ではないだろう。溺死体のように膨らむと思われる。

 観察していると水魚ウンディーネが寄ってきている。あれ等も噛むか、体の穴に頭をねじ込んでくるかと思われ、友達にはなれそうにない。

 まずは水を腐らせる。ウンディーネ達、数匹腹を上に向けてから退散を始めた。そうしたら冷やして固め、削り、金属の通路を作りながら直進する。水の重量に潰されないよう頑丈に作らなければならないので時間が掛かった。

 ウンディーネが上で円陣を組んで渦を巻き始めた。その影響で金属通路が歪む。水流で腐り水が届かないなら水を熱し続け、暖かい水が昇る性質を利用。届かない。ならばと闇にウンディーネ達を閉ざして連携を防ごうと試みたところ、成功。

 十と二つ目、最後。

 冷の精霊が支配する場は砂上に降る雪が積もっている以外は普通に見えたが、勿論のこと尋常ではない。あの雪は水ではなく、空気が凍ったものなのだ。まずは雪を熱で融かしてみる。融けて、蒸発したと思ったらすぐに雪になって落ちた。

 空気の層を作って極低温の空気にそもそも触れないようにして進む。雪に触れてしまってはいけないので、土で隧道を作りながら掻き分けて道を作って進む。

 冷狐ミオンが隧道に穴を開けて雪とともに侵入。邪気の無さそうな顔と仕草で、人懐っこさすら感じる姿でしかし、そして駆けて寄ってきた。あれが突進して空気の層を破ったら死ぬ。

 閃光の目眩ましでまず一旦牽制、火炎が通じるか怪しいので凝集光で焼いて撃退。音を感知して侵入してくると思われたので、隧道の外で陽動の音を発して襲撃をかく乱した。


■■■


 ロクサール師曰く、十三番目の陰陽に属さない時の精霊がいると昔言われていたらしい。東帝国が滅びる前に研究がされ、成功に至っていない。

 精霊とは属性を知らなければ感じ取ることも難しいもので、感じ取れなければ語り掛けることも出来ず、魔法として使えない。時を意識するという出来そうで、誰も出来なかったか、記録に残っていないことはジン族の悲願であった。

 世界最高峰に至っているロクサール師でも感じ取ったことはない時の精霊術。もし操れるのならば神々にも抗えるのではないかという危険な魅力を放っている。十二神ですら時を操ったなどという記録は無い。

 才に溢れるシャハズには、噂か嘘かもしれないが頭の隅に入れておくように、もしかするかもしれない、とロクサール師から魔の砂漠へ入った時に助言がされている。十二の精霊以外が存在するのならこの魔の砂漠の特訓中に遭遇出来るかもしれないからだ。

 十と三つ目。

 遂に最奥部へとシャハズは到達した。そこは精霊が支配する場なのか何なのか、不可思議な、例えるなら森であった。

 大小様々な草木のような艶が無かったり鏡のように光沢のある植物が並んで蠕動し、脆くなって崩れて泥になったかと思えばまだ成長する。

 植物の葉や成る実は陽炎のように揺らめいて、滴り落ちて風に吹かれたように掻き消えてはまた発芽する。

 天には太陽と空は無く、灰色の粉塵が地には下りずに舞っており、その影響かこの場の色は消え去り、陰影だけが残るようになっている。ただ視界は悪く無い。

 ここの空気は暖かくも寒くもない。そして地を踏み、草に足を擦ると山彦のように反響し続ける。

 その奥には、膜の無い魚卵のような、唯一この場では色を持って虹に変色を続ける何かが鎮座していた。大きさは低木程か。

 その傍らにはロクサール師が待っていた。彼は肌の黒い、一見普通の人間。この場では肌の黒さは分かりかねる。

「良くここまで来た」

 ロクサール師の声が反響する。精霊の悪戯か。

「うん」

 シャハズの声も反響する。

「これに触れれば合格だ。以前より精霊が良く分かるだろう」

「うん」

 シャハズは手を伸ばし、ロクサール師が手を掛けている卵のような何かに、感触がおぼろげなそれを掴んだ。

 ロクサール師が高笑いをし、その声が段々と低く、間延びし始めた。

「予言通……りにす……るの……は……」

 止まった。


■■■


・ゴーレム

 精霊術を動力にした機械。姿形は用途に合わせて様々で、道具であり、労働者や家畜の代替。

 精霊術にて産み出された魔法生物もゴーレムの一形態であったが、神々からは秩序に対する反逆と見なされた。

 魔法生物は純粋要素の極限生物と、複合要素の尋常生物に二分。尋常生物達は最早ゴーレムとは呼べなくなっており、獣とするのが適当。

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