第8話後編「高原の決闘」
・ケンタウロス
半人半馬、両腕に四本脚の組み合わせである六肢という特徴を持つ。
狩猟遊牧生活を送る北の草原の戦士。武勇に優れ、広大な平原では敵無し。
厳しい環境に生きる遊牧民は環境の変化と激しい競争に勝つか、負けて移住するかしなければ生きていけない。
■■■
「始め!」
見届け人エリクディスの号令にて二対一の戦いが始まり、ナーガ族の王は早々に初手から戸惑った。
決闘相手のガイセルが晴れの昼間であるのにも拘わらず暗闇に包まれたのである。発光ならぬ吸光と言うべきか、闇の霧のようなものに隠れている。隠れているというのは正確ではなく、居場所は明るい周りから暗闇に浮き出していて人型と分かる程度だが、神器の槍に備わる魔眼が獲物を認識しないので一撃必殺が出来ない。
闇に沈み、己の目が利かないガイセルには打開策がある。要領は簡単で、頭上のチッカが闇から頭を出してナーガ族の王の方向を確認、ガイセルの頭を叩いて方向で示すのだ。大体の位置が分かれば後は、巨狼の毛皮を被って半獣と化し、目より鼻が利くその身がオークの剣術で、獣の咆哮を上げて襲い掛かる。
困惑の解けぬナーガ族の王が繰り出す槍の一刺しは音で察したガイセルが大上段の一撃で叩き落し、そこから続くオーク流の滅多打ち。受けに回ったナーガ族の王は大盾を割られ、反撃の体勢を取る暇も無く割れた盾を持つ腕を落とされ、兜割りに頭蓋骨ごと砕かれ、崩れ落ちる前に胸も割られ、倒れたことに気づかぬ空振りを持って戦いが一つ終わる。
この決闘、老獪なる策士エリクディスの計略による主導権がガイセルとチッカの組に握られた。
まずはチッカの存在。決闘が始まってもその小さな姿はガイセルの懐に忍び込むことによって隠蔽された。これにより、両王は二対一の決闘なのだと勝手に勘違いをした。
次にガイセルの挑発は「二人掛りで来い!」である。何度も決闘を行い、ある種の友情が芽生えている両王はこの部外者に怒り、戦士の矜持が一騎討ちを望んだ。そして護風の衣さえなければ必殺の一撃を何度も繰り出せる魔眼の槍を持つナーガ族の王が「一人で十分」と先に戦い、本来の実力を発揮する気構えをする暇も与えられず、鍛えた槍と盾の捌きをろくに見せることもなく敗死。
決め手は天才シャハズが事前に闇の精霊を宿したマナランプ。それをガイセルの腰からぶら下げ、精霊術使いチッカが利用した。世界樹の橋渡りの時に強い日差しを遮るために考え出した術の応用である。
手の内を晒さず、勘違いをさせ、相手の行動を操り、意表を突く戦術。戦いは始まる前に終わっているという言葉もあるが、まずこの第一段階はそれが該当した。
「卑怯な!」
ケンタウロス族の王が怒鳴り、ガイセルは魔眼の槍を手に取っての、闇の霧が晴れてからの投擲一閃にて回答。両神器は定例の決闘のようにぶつかり合い、一撃必殺と絶対防御という相反する理を維持出来ずに力を一時失った。
第二段階はナーガ族の王の手から魔眼の槍が離れたところから既に始まっている。
この決闘において勘違いは言い訳にならぬ。そのような戦い方を好んだとしか見做されない。小さなチッカを勝手に員数外と思う頭が悪いのだ。
無敵の護風の衣は無力化されたが、俊足のケンタウロス族の王は遠巻きに、弓矢を手に攻撃の機会を窺い仕掛ける。機動力に勝り、遠隔戦闘においても勝れば奇跡の力など無くても十分に無敵であり続ける。
ガイセルは手を出さない。多少は使える程度になった弓の腕程度でどうにかなるとは考えておらず、助言されている。
速度を乗せたケンタウロス族の王による突撃射撃、ガイセルは巨狼の毛皮を脱いでそれを手にして盾にする。同時にチッカがマナランプに宿す精霊を木の精霊へ変えることにより、接近した矢の木製の軸が変形させて軌道を変えて明後日の方角へ、もしくは減速して鎖帷子仕込みの毛皮を貫けない。限りある矢を破壊し、士気を削ぐのだ。
であるならばと、ケンタウロス族の王は曲刀を持って突撃を仕掛ける。今度はマナランプにチッカは光の精霊を宿して目眩ましを行って狙いを外し、ガイセルは余裕を持って走って突撃経路から外れる。
矢の射ち合いではなく剣の戦いならばガイセルに勝ち目があるかもしれないが、師チャルカンからの助言でそれは最終手段としている。四つ足のケンタウロスの戦闘能力は同じ体重のオーク二人掛りで一人が死に、三人掛りでようやく死人を出さずに勝てると。ならば経験と武器の差という話になるが、遥かに熟練で落ちぶれた蛮族とはいえ格別の甲冑を纏うその王の姿は若造を凌駕することは一目瞭然。相手が己より強いか弱いかの眼力においては分別のある蛮族の若者は消極策を選択した。
何度か突撃が繰り返されるが、勢いがつけば馬の如きに急停止が難しく、旋回が困難であり、遂には光の精霊無しでも避けることに苦労しないとガイセルは学習する。突撃は集団戦術にて生きる。
突撃が駄目ならばとケンタウロス族の王はにじり寄り、ガイセルは同じ速度で後退して距離を取る。
「戦え臆病者!」
ここにて千日手を再現する。ガイセルとチッカの凸凹組が歴戦の勇士、戦士の王を翻弄する。
ガイセルはひたすら防御に徹する。弓矢を手にすれば木、曲刀を手にすれば光とチッカは精霊を切り替えて対応。
「青二才の小童が! 所詮人間はこの程度ということだな」
などという挑発は無視する。
そしてガイセルは、何と決闘中に皮袋から水を飲み、シャハズが作り置きをしていた魚の干物を食べた。そう、攻撃して倒せないのならば飢えと疲労を待つのだ。
ガイセルはチャルカンより戦術を学んでいる。力攻めの出来ない要塞は包囲して飢えを待つのである。短気なガイセルでも、師匠より学んだ戦術によって勝利を目指すのならば挑発に乗らない。
時折、いや頻繁に血管が浮く程に血圧があがるが、チッカがダメダメ! と鼻をぺちぺち叩いて正気を取り戻させる。
「所詮、オークの剣術など相手にならぬわ」
こういう時は秘蔵のエルフの気付け薬をチッカが小さな道具袋から取り出してその鼻に嗅がせ、平常時ならば引っ繰り返るような衝撃を与える。
双方、睨み合いが続く。冷涼な高原であるが直射日光は暑さを感じるに十分で、体力を、水分を削る。
定例の決闘ならば膠着状態と見做されれば天神より終了の合図が示されたが、今回はされない。飢えと疲労を待つという戦術が認められたということになる。
ケンタウロス族の王は飲む物も食べる物も持たない。
ガイセルにチッカは飲む物も食べる物もあり、交代で眠ることが出来る上に、寒ければ火の精霊を宿したマナランプで暖を取り、最終手段としてエルフの覚醒剤も所持している。
昼が過ぎ、夕方になり、夜になってもこの決闘場は無風に晴天が続く。
夜が開け、朝になりまた一日が繰り返されても同じ様相。
膠着は静かなものとなるが双方油断は出来なかった。隙があれば矢を放ち、剣を持って迫り来る。緊張状態が二対一で、水と食糧の有る無しで続く。
ケンタウロス族の王は打てる手はほぼ封じられている。護風の衣が力を取り戻すまで待っても仕方が無いが、地に転がる魔眼の槍を拾う手もある。ただ神器の力が戻るのは一日二日待てば良い程度ではない。ガイセルの集中が切れるまで待つしかない。
ガイセルはまだ奥の手がある。エルフの覚醒剤があり、集中の途切れなどはチッカが補佐し、その逆も然り。
老獪なるエリクディス、天才シャハズ、意表を突くチッカが練った秘策はこの決闘を始める前に終わらせていた。
ケンタウロス族の王が感じる餓えと乾きは辛い。ただでさえ栄養が足りておらず、水に不足する生活で欠乏しており、長期戦を想定しなかったので腹に物を詰めて来なかった。そして立ったまま居眠りをするようになって不利を悟って逃げの一手を選んだ。これは戦術としては合理的である。戦って勝てないのならば逃げて態勢を立て直すなり、戦わない選択をすれば良い。
しかしこれは戦争ではなかった。
ケンタウロス族の王の足が浮く。不眠と飢えで転倒したのではなく、完全に地から足が離れたのだ。その四つ足が宙を蹴るが虚しい。理性を失わせる程に乾いた喉は声を発することも難しい。
天神が見守る決闘から逃げる不届き者はその怒りを買い、無限に高い天へ落とされたのだ。飢えと乾きは恐ろしい呪いのことすら忘却させる。
これは法神の公正なる決闘ではなく、天神の恣意的な決闘である。その天秤の作りが偏りなきものということは無かった。
そして白鷹が目に留まらぬ速さで飛び、不届き者の体から護風の衣を剥ぎ取って倒れて眠ったガイセルの頭に落として去った。
「勝負あり!」
予め天神に祈祷し、決闘の成り行きを見守れるように集中力を得る奇跡で覚醒していたエリクディスは役目の一つを果たした。
■■■
丸一日寝続けたガイセルには次の使命がある。魔眼の槍と護風の衣の両神器を持って天神へ捧げること。祈祷の類ならばエリクディスに一任するのが定石だが、捧げるべき祭壇があるのだ。祭壇のある霊峰へと登らなければならない。幸いというべきか既にこの高原は標高が高いので、霊峰へ至る道は大冒険をするほどに高くなく、遠くない。
問題がある。二つの神器を捧げた者をこの地の王と認める、という御言葉の通りに、両神器を決闘の末に獲得したガイセルから奪って捧げても良いのだ。両王の決闘のおかげで両族は決闘に勝った者が王になると勘違いしている者が多いが、まだ争奪戦は続いている。
見届け人エリクディスは工夫を凝らした。両族に布告を出す。
「決闘とその結果は神聖である」
と。まるでガイセルが両神器を捧げに行くことを邪魔する者は天神に呪われると宣言したかのようだが、単純に一般論を述べただけである。天神の名を騙り、脅せばエリクディスの方が呪われる。両族共に、大羽根の老人の放った威厳ある言葉に感服し、邪なことをしてはいけないと良心を強めた。
後はガイセルを祭壇に向かわせるとして、他三人の役目が重要である。
見届け人エリクディスは更に工夫を凝らした。両族にまた布告を出す。
「我々はこの結末を見届ける義務がある」
と。ガイセルが一人で祭壇へ赴き、その他の者は結果が出るまで静かに待つべきだと言ったのだ。何の強制力も呪いも働かないのだが、両族共にそうするべきと納得をさせた。
舌の上手い見届け人エリクディスの更なる見届け人してチャルカン、シャハズの両族住居への駐留は続行される。抜け駆けに何かしないようにと監視の目をつけたのだ。それは根拠と正義がある行いに見せられた。
小さなチッカは先の決闘と同じくガイセルの懐に潜んで単独を装い、祭壇への行き帰りを補佐する。
一人に見えるガイセルは堂々たる姿で両神器を持って祭壇への道を進んだ。
登山道へ入る前の平原地帯にて苦難が訪れる。それは狼の群れとそれに追われるケンタウロス族の姫である。
何故彼女が? ガイセルにあれこれと悩む頭脳は無かった。巨狼の毛皮を被り、半獣の咆哮を上げて突進して狼を剣にて斬り伏せる。
飢えたりとも賢き狼、不利を悟って逃げる。一瞬で勝負はついた。
「助かりました!」
四つ足の姫は美しく微笑んだ。チッカに頬を叩かれても若造は鼻の下が伸びる。
祭壇への道へ行く者が三名になった。
ケンタウロス族の姫は父の埋葬という名目で住居を離れることをシャハズに許されていたのである。その遺体は天の彼方であるが、遺品を埋めた墓が建立された。この行為を妨げる正義は無い。
登山道と平行する川の道にて苦難が訪れる。それは父の仇と憎悪に燃えるナーガ族の姫である。
何故彼女が? ガイセルにあれこれと悩む暇は無かった。川の中から投石紐を回し、骨も砕くような石を高速で飛ばして来た。
エリクディスより、両族を救うのが試練であり決闘以外での殺傷はならぬ、と馬鹿でも覚えるぐらいにしつこく言われていたガイセルは走って祭壇を目指した。チッカはマナランプに風の精霊を宿してその投擲攻撃を防ぐ。
「殺してやる!」
無足の姫は目を吊り上げて叫んだ。ケンタウロス族の姫は彼女へ矢を放ちつつガイセルに続く。矢は水中へと容易に逃げ隠れするナーガ族の姫には届くことはなかった。
祭壇への道へ行く者が結果的に四名になった。
ナーガ族の姫は父の埋葬という名目で住居を離れることをチャルカンに許されていたのである。その遺体はオーク剣術にて惨殺の様相を呈しており、野に晒して鳥に啄ばまれるのは不憫であった。その行為を妨げる正義は無い。
一族総出で打ち掛かられることは防いだが女二人の抜け駆けは防げなかった。老賢者にも限界はある。
ガイセルは山道を進む。
「私が足止めをしてきます!」
と止める間も無く走り出したケンタウロス族の姫が山道を下りてしまったのだ。異種族とは言え美女の匂いがしなくなって残念な顔を露骨にしたガイセルはチッカに鼻を叩かれる。
追いかけても仕方が無いのでそのまま進み、地鳴りがした。
チッカが飛び立ち、指差す。その方角を見れば山の斜面が動き出していた。大岩も転がる土砂崩れは道沿いの川を潰す。
ガイセルは連勝記録が目覚しい本能に導かれて山道を駆け上がった。飲み込まれる前にその被害範囲から逃れようというのである。
チッカはマナランプを持って飛び、風の精霊を宿して強力な追い風をガイセルに当ててわずかでもと後押し、難を逃れる。半獣の脚力あればこそだった。
ガイセルは崩壊した来た道を見下ろして朗らかに笑った。本人が思ったよりも長い坂道を走り抜けたのだ。
「やったな!」
笑いはしないがチッカはそれに応えて、巨狼の頭にマナランプをコツンと当てた。
危機よりもそれを脱した成功経験に気を良くしたガイセルは浮いた気分で先へ進む。
『強く押し流せ!』
今度はどうやって先回りをしたのかガイセルには見当がつかぬ位置、山道を横断する川より少し上流にある滝の傍にいるナーガ族の姫が水の精霊術を使い、石を巻き込む鉄砲水で狙い撃ちにして来た。少し下流の位置にはまた滝があり、落ちればただではすまない。
今、川に膝まで漬かったガイセルには土砂崩れを逃れたような走行力は期待出来ない。
ここで活躍するのはチッカ。マナランプに水の精霊を宿らせ、周囲に水が浸入しないよう脇に逸れろと対抗術を掛けた。
ガイセルの足元からは水が無くなり、目前に迫る洪水も左右へ。押し流しは防いだ。
しかしまだ脅威は続き、水流に流されぬ落石が転がり来る。あえて軽傷程度で済む石を受け、中でも甲冑とその肉体でも防げないような致命的な大石だけを狙ってオーク剣術の大上段で打って砕き、落とし、返す。
洪水が止んだその時にも両足は地についていた。アダマンタイト合金の剣と鎧とそれを扱う肉体は難を凌いだ。
「おっしゃあ! もっぺん来てみろや!」
両腕を振り上げて気勢を上げるガイセルを、ナーガ族の姫は睨み付けてから上流へ去った。
祭壇へ繋がる山道は、この川を越えた後は川沿いではなくなる。
チッカはこの状況を何とか説明しようと全身を用いるがガイセルには理解不能であった。地面に文字を書いても文盲相手に意味はなく、絵で表現してもやはり理解不能だった。因みに絵心は無かった。小さな目が捉える世界は人と異なったのである。
■■■
火の精霊をマナランプに宿して暖を取り、雪を溶かして湯を沸かし、干し魚を煮たり、エルフの鉄板を齧り、二日掛りで二人は遂に霊峰の頂にある天神の祭壇へ到着した。
祭壇は石積みで、木が差されていて青布が巻かれている。その中には武器や装身具、骨や羽根に毛皮までが捧げられている。この地点だけ風が吹かず、雪も積もらず、空気も濃く、上空には雲も近寄らない。
「捧げるってどうだっけ?」
三歩歩けば怪しいガイセルは両神器を手に首を傾げた。賢いチッカは魔眼の槍を指差し、地面に刺す動作、その後に護風の衣を指差し、巻く動作を見せて教える。
「そうか!」
ガイセルは魔眼の槍を石積みの祭壇に突き刺し、護風の衣を槍に巻きつける。
「あれ?」
ガイセルは首を傾げる。これで捧げたはずと思ったが、天神に対してお受け取りくださいとの文言を忘れている。チッカが両手を合わせて拝め、と動作で見せて教え、流石にそれは分かるガイセルがえらいえらいとその小さい頭を指先でぐりぐりとやる。勿論、エルフと違って雑な手つきなので嬉しくない。
学は無いが戦神に対する素朴な信心があり、それが転じて他の神々にも何となくの信心を持つガイセルが、自己流に跪いて剣を地面に突き立てて祈りの姿勢を取ると「待った!」の声が掛かる。
ここにエリクディスがいたならば待ったの声など聞かずに天神に御報告を上げて解決する方を先にしろと言っただろう。
「ナーガ族のドゥルーカ!」
「ケンタウロス族のアピス!」
「お前だけは!」
「王にさせない!」
少し前までは血を流し合っていた両族の代表者が、今では声まで合わせて行動を共にし、一つの目的に向かっている。救いの試練達成は近い。
「じゃあ来いよ。オークの勇士チャルカンの弟子ガイセルだ」
鎧兜の両姫に応え、改めて名乗ったガイセルは剣を地面に刺したまま抜かず、巨狼の毛皮も脱ぎ、拳を向ける。殺してはいけないというエリクディスの言葉は忘れていなかった。
徒手空拳のガイセルにドゥルーカは槍を、アピスは弓矢を構える。
「殺す!」
「女と侮ったか!」
精霊術により穂先に水を纏った槍を繰り出すドゥルーカと、そしてその陰から影矢の要領で矢を放つアピス。父王の死から山の道中までにどれ程親交を深めたかは知れぬがその時間差攻撃は驚異的。
マナランプの宿った精霊の風が水と矢を弾き、そして腹に突き立つ槍は切っ先が触れるまで両目を開いて堪えたガイセルが掴む。ナーガの繰り出す鉄板も穿つ突きは両手の握りと鎧の受け止めにて踏ん張って殺した。
ドゥルーカの得物を失ったとの判断は素早く、槍を手放して鎌刀を抜きつつの逆袈裟切り。これをまだ目を閉じぬガイセルは小手での受け流しで滑らせ、返す袈裟切りも小手で受け流す。
その父王の仇の視線、注意が上に向いたところで足払いの強靭な尾撃がされ、それも先読みにガイセルは跳んで避けるが、またそのナーガの剣舞の陰から影矢が放たれ、アダマンタイト合金の鎧が弾き、加えて思いもよらぬは、発射は異なれど命中は同時となる下の方角から地を跳ねた矢が脇の下、装甲の無い急所を捉えた。
鎌刀と尾撃の時間差攻撃と、直射と地神の奇跡を受けた地跳ねの矢の時間差攻撃の二重時間差。
この動作一つで止まらない。次に尾撃の動作を使って更に速度と体重が乗った上に水を纏った仕掛けある鎌刀の逆袈裟切りと、その陰から発射動作が隠されて放たれる影の矢が重なる。
ガイセルは脇の矢傷など無いかのように跳び込み、頭で鎌刀を持つドゥルーカの拳を受けつつ組み付いてからの裏投げ。ドゥルーカが顔から地面に叩きつけられる。精密な影矢は戦友に当たらぬ配慮により外れる。
そしてガイセルは口と鼻に精霊に操られた水が入り込んで来ることに構わずドゥルーカの青い鱗の尾に指が食い込んで出血する程握り込み、振り上げて棍棒にして地面を叩く。地均しのように繰り返し叩いてのめす。水の精霊術を使う姫の意識が飛んで脱力したところで最後のもう一振りを加える。全身強打により死体のように大人しくなった。
ガイセルは窒息寸前でこれ以上の叩きつけが出来なくなったところで気道を塞ぐ魔法の水がただの水になって咳き込み、失神を免れた。その隙にアピスの矢が再び放たれるが、注意深いチッカが風の精霊術にて弾き反らす。
危険を冒し、跪く無防備な姿勢を取ってアピスが地神に奇跡を祈り出す。風の魔法に妨げられない何かの一撃が予測されるが、息の苦しいガイセルは本能すら危ぶまれる程に行動不能。回復に時間が掛かるのは明白。
祝詞を紡ごうとしたアピスは突然に悲鳴を上げて地面に転がって暴れ出した。チッカが風の精霊術にてエルフの気付け薬を飛ばして吸わせたのだ。薬品を禁じる決闘の理は無い。
祈りは中断され、薬害よりも早く復帰したガイセルは拳を握り、腹を向けてもがくアピスに近寄り、涙と鼻水に汚れたその顔に拳骨を叩き込んで大地に挟んだ。反撃のために短刀へ伸ばした手も踏みつけにし、再度その美しい顔に拳骨を叩き込んだ。そう言えば土砂崩れはこの姫の仕業かと今更になって気付いたのでもう一度拳骨を叩き込み、狼との遭遇も最初の友好的な態度も詐術かと気付いてもう一度拳骨を叩き込んだ。泡を吹いて痙攣しているので、殺さずの言いつけに従ってもう一発は宙に軽く振るだけで収めた。
美女に大して特別容赦するような教育を蛮族の青年は生まれてこの方受けたことはない。
一切の容赦を知らぬエルフの森で育ったチッカは、腕の筋は切っておかないの? と動作でガイセルに聞き、また頭を指先でぐりぐりと撫でられた。
手加減は為された。
■■■
新王万歳! と戸惑い混じりに両族居並ぶ中、前両王が決闘繰り返した場所でガイセルは称えられた。
両族統合の象徴たる新王ガイセルの両脇には、エリクディスの手により民への印象対策も兼ねて、先んじて豊神の奇跡により体の傷を癒されたドゥルーカとアピスが王の代理、つまり妻として控える。
天神により両族はこの地にて祝福され、ガイセルの奴隷となった。元より強い者に従うのが戦士の両族でもあり、逆らう理由がほぼ無くなっている。
王の務めはぶち殺すだけではない。両部族の住み分け、土地の配分をしなくてはならない。それは知恵者エリクディスが決めて、権威であるガイセルが裁可して下知する形で決着する。元より争う余地は無かった。
両族は足りないものは交換、つまり商売をして成り立たせることになる。この土地だけでは足りないのならば他所から持ってくる必要がある。
「まずは偵察だ。商売相手、略奪相手、同盟相手、征服相手、それから相容れぬ宿敵! 周辺勢力の状態を見て調べろ!」
両族を真に救うためにガイセルがエリクディスの助言を得て行動を開始する。チャルカンが満足げに弟子の大成に頷いた。
王の仕事は民を守って食わせること。商品が行きかう交易所を把握しなければならない。人と物に困ったら奪いに行く他人の畑も、利害の一致から協力が出来る国も、服従させて兵士や税金を定期的に取る体制を維持できる属国も、絶対に戦わなければならない敵の確認も全て必要。
蛮族の若者と、森エルフの天才の教育は両立可能とエリクディスは見ている。
水域に長けたナーガ族、草原に長けたケンタウロス族の助けを借りられればロクサール師のいる地への旅も格段に楽になろう。その対価としてガイセルやその臣下を老いたる知識と経験にて教育すれば良い。
元よりエリクディスは新米冒険者の指導を終の仕事としていた。仕事に関しては昔より半端なことはしてこなかった。年齢的にも最期となる二人の送り出しは本懐である。
■■■
・天神
太陽と大空、天候を司る男神。
太陽にて昼の長さを、大空にて風と雲の量を調節し、気候が決まる。
怒りに触れれば空に落とされ、この世界から排除される。
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