第8話前編「高原の決闘」
・神器
奇跡の力を宿した物体、主に工芸品。特に強大な物は王権の象徴とさえなる。
多くは匠神の工場にて作られるが、他の神々も創り出し、既存の物に力を与えて神器化することもある。
祝福に力を授けてくれるか、呪いに災いをもたらすかは信心と扱い次第。
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威光ある白き大羽根を雷の杖の筒先に差し、見届け人を務めるエリクディスの眼前で決闘が行われる。照覧されるかのように如何なる天候であってもこの時だけは空が青く晴れ渡る。
捉えた敵を一撃で屠る必殺の、魔眼の槍を投擲するのは半人半蛇、ナーガ族の王。脚が無いゆえのくねる動作が作り出した体幹は束ねた鞭のよう。
いかなる攻撃をも防ぐ護風の衣を纏って回避に走り込むは半人半馬、ケンタウロス族の王。その臀部。草原を疾駆するために発達して大きい。
双方、餓えの訪れにより贅肉が消え、しかし萎える程にはまだ食べ物に困っておらず筋肉が残り、滅ぶ寸前の輝きのように筋が張って美しい。
相反する神器がぶつかり合い、そして無効化された。
放たれた魔眼の槍は一撃必殺の役目を果たせずに持ち主の手に戻り、力を失ってしばらく眠りにつく。
必殺の一撃を竜巻の防壁で防いだ護風の衣は過剰なる役目を終えて、力を失ってしばらく眠りにつく。
双方、責任ある王である。同族、異諸氏族を束ねる者であり、死すれば結束が瓦解すると確信している。であるから死ねない。
今日もまたナーガ族の王は槍と大盾を構え、ケンタウロス族の王は弓矢を構え、隙を見せぬ長い睨み合いの末に晴れた空が過ぎ去る決闘中断の合図が訪れて両者退いた。法神ではなく天神の名の下に行われたこの決闘ならではの光景である。
エリクディス等一行の面前には両族からの、裁定には何も影響しないと言っても送られて来る食べ物がある。
ナーガ族が渓谷地帯にて採取してきた果実はシャハズとチッカが種を器に吐き出しながら食べている。種は後で栽培に使うのでお返しする。魚の方は開きにして干している。
ケンタウロス族にとっては財産の指標である牛の肉は、チャルカンとガイセルが遠慮せずに火の精霊を灯したマナランプを熱源とし、剣を熱して鉄板焼きにして食べている。山岳地帯にて取れた岩塩を振れば味も良い。
「むーん……」
老賢者と云われるエリクディスの知恵でもってもこの試練、容易に膠着の域より脱せられない。
ガイセルが対案を出しているがそれは保留としている。それは単純にして案外馬鹿に出来ぬ決着方法であるが、その解は正解の一つであっても、解法が無謀極まりなかった。
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一行は倒れた世界樹の橋、幹の森を渡り、山のような荒れる天候を凌ぎながら遂に葉が枯れ落ち、飛んだ後の枝に分かれる樹上へ到達。世界の屋根である高原へ降り立った。
その高原の一角では争いが起こっていた。
豊神の怒りによって沃野から北方へ逃げて来たナーガ族。
気候変動や部族闘争で東方へ追われて来たケンタウロス族。
民族移動して来た両族が、決して豊かではないが牧草が茂って貴重な岩塩が取れる山岳と、その半ばを切り裂く川が作り出した植物が育ち魚が獲れる渓谷で激突していたのだ。
水域の渓谷地帯はナーガ族が有利でケンタウロス族は攻め切れない。
広い山岳地帯はケンタウロス族が有利でナーガ族は攻め切れない。
両族は住み分けが出来そうなのだが、出会いの不幸で既に干戈を交わし、血を流しているので後に引けない。運命であろうか、両王子がその時に一騎討ちをして相討ちとなっている。
後継者さえいれば両王も遠慮無く戦えるところだが、いないものはいない。集団戦闘での決着は血が流れるばかりで両族の相互破滅の未来が予見され、互いにそれを理解しているので出来ない。
さて、そんな深刻な両族のことなど一行には関係が無いので無視して通り過ぎれば良いのだが、そうはいかなかった。
精霊術の大家ロクサール師の元を目指していると、晴れた青空が突如影に覆われたかと思えば、天神の使徒白鷹が行く手を阻むように舞い降りたのだ。これを無視することなど不可能である。
「両族を救え」
今までのような暗に仄めかされる試練、事態を打開されるために買った試練のようなものではなく、逃れられぬ呪いのような命令としての試練が与えられた。
「我が神はナーガ族の魔眼の槍とケンタウロス族の護風の衣、この二つの神器を捧げた者をこの地の王と認め、祝福するとされた。敗北した方は奴隷となる。上手くとりなせ」
方法は任せる、と言われれば自由裁量が利いてやり易いかもしれない。しかしこれは、どうにもならんから何とかしろ、出来ないなら出来るまでやれ、投げ出すなら呪う、という意味合いになる。
「お受け致します。ただ、畏れながら一つご助力を願いたい。御柱様の御威光を、我々の行いは白鷹様の言葉によって行われるという証を戴きたい。ただの通りすがりでは発言権も何もありません」
「それは道理だ」
そして最悪の中から最善を拾うエリクディスは白鷹が嘴で一つ毟った羽根を手に入れた。これを持ち、両王の何度も行われている千日手の決闘場へ赴き、見届け人を名乗り出たのである。今のところ、食べ物を分けて貰っている以上の働きはしていない。
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急に最終回答を求めても得られないとエリクディスは判断し、両族の住処を訪ねることにした。仲介人は公平性がなくてはいけないので、その代わりの使者を出す。
まずはナーガ族。チャルカンとガイセルが向かう。ガイセルはともかく、チャルカンならば伝令斥候の経験もあるので信頼が出来る。
ナーガ族は渓谷の川沿いに、泥の煉瓦と束ねた葦を利用した家屋を構えている。
彼等の家畜は豚や家鴨、鶏などである。自分達が食べるため、そして家畜に食べさせるための木の実や果実を採集して暮らしている。
天神の力が及ばぬ水域、川や湿地帯にいる魚の他にも海老や蟹、更には両生類までも彼等は漁猟しているが、それ以外の四つ足や鳥の狩りは天神の影響あってか努力が実らない。またどう頑張っても持ち込んだ穀物、果物の栽培の目処が立たない。土作りから始めなくてはいけないので早々に結果が出ないのは当たり前だが、豊神に祈っても、天神の力が及んでいるために良い回答が得られないという。
激憤する豊神であるが、犠牲を伴う祈祷ならば平常通りに応える。求める生贄が手に入るのならばその一時だけは信者に応えるのだ。神々にはそのような側面がある。
川沿いで採集出来る食べ物には限りがある。どうにかして天神の名の下に行われる決闘の決着を見なければ連れて来た家畜を全て潰すことになってしまう。
王は言う。
「何も奴隷にしたからと言ってケンタウロス族の者達を不当に扱うことなどしない。塩さえ使えれば山岳地帯は彼等の住居にして構わないのだ。我々は長い水域を早く泳ぎ回ることが出来る。この地が狭くなったなら他の新天地を探してやっても良いのだ」
衣装も鱗も美しい黒髪青鱗の姫より二人は、今となっては貴重な茶を杯に注いで貰った。蛮性により茶の湯を嗜むことはないが、共に出されたこれまた貴重な香辛料を塗した魚料理は大層美味である。
長らく師匠の拳骨ぐらいしか触れてこなかったガイセルの連勝記録が目覚しい本能に導かれ、露骨に手を伸ばして姫の尾を触ろうとし、頭からチャルカンに裏投げを受けて床に激突、失神する。どう考えても無礼である。
「あい済まぬ。後で折檻しておく故ご容赦を」
床に両拳を突いて謝罪するチャルカンに姫は苦笑いする。
次はケンタウロス族。これもまたチャルカンとガイセルが向かう。天才シャハズはチッカと共に秘策を練っているので忙しい。
ケンタウロス族は山岳の草原地帯に不織布の幕舎を構えている。
家畜は財産指標である牛の他にも羊や山羊、それを守る牧羊犬を飼っている。馬や駱駝は、彼等は体型的にも騎乗しないし食肉用にしては育ちが良くないために飼っていない。
この高原一帯には野生の家畜化可能な各種四つ足がいて、彼等は捕獲を試みているが天神の許可が得られないのか、不思議な力で必ず失敗してしまうという。
彼等は餓えそうになっている。四つ足や鳥でさえどう頑張っても狩猟出来ないでいるのだ。どうにかして天神の名の下に行われる決闘の決着を見なければ連れて来た家畜を全て潰すことになってしまう。
王は言う。
「何も奴隷にしたからと言ってナーガ族の者達を不当に扱うことなどしない。水さえ使えれば渓谷地帯は彼等の住居にして構わないのだ。我々は広い大地を早く駆け回ることが出来る。この地が狭くなったなら他の新天地を探してやっても良いのだ」
衣装も毛並みも美しい金髪白毛の姫より二人は、今となっては貴重な牛乳蒸留酒を杯に注いで貰った。久しぶりの度の高い酒にお代わりを強請ってしまうほど。
これで酔う程ではないが、長らく鉄板少女しか見てこなかったガイセルの連勝記録が目覚しい本能に導かれ、露骨に寝転がって下側から姫を覗こうとして、頭にチャルカンの拳骨が落ちて床と挟まり威力相乗、失神する。野獣ではないし、防寒や軽傷対策からも男の見たい部位は隠れているのでやや無意味だが無礼である。
「あい済まぬ。後で折檻しておく故ご容赦を」
床に両拳を突いて謝罪するチャルカンに姫は苦笑いする。
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チャルカンが集めた情報を元にエリクディスは熟慮し、答えを導き出した。答えの結果、まずもってガイセルの折檻は保留となる。
チャルカンはナーガ族の居住地に赴いた。
弁舌が達者ではない彼だが、川端に鎮座する、ナーガの武具では破壊不能な岩石を鉄岩剣の大上段乱れ打ちで砕いて見せ、更にその中の巨大な塊を掴んで川へ放り投げて水柱を上げることで発言力を見せた。
「決闘場にてこちらの者と王は決闘しろ。さもなくば女子供も容赦しない」
戦士の一族はその豪力を前に言い訳を忘れた。
一方、シャハズはケンタウロス族の野営地に赴いた。
弁舌が達者ではない彼女だが、天高く舞うケンタウロスの強弓でも届かない位置の鷹を狙った。風で加速して耳をつんざく笛の音が鳴る氷の矢で射落として見せ、更に地に着くまで眩く光る火矢で燃やし、目印に円形に草を腐らせてそこへ落下させ、着地寸前に円の周囲の草を伸ばして円錐にして串刺しにした。
「決闘場にてこちらの者と王は決闘しろ。さもなくば女子供も容赦しない」
戦士の一族はその魔法を前に言い訳を忘れた。
見届け人を務めつつ神意を酌むエリクディスはガイセル案である「両方ぶち殺せばいいんだろ」を採用した。
まず、現状維持では決着がつかない。決着がつかなければどちらも餓えに倒れるか、痩せた体で食糧を奪い合って相討ち。多少は片方が生き残っても全滅に等しいまでに頭数が減るだろう。であるから待ち続けても両族を救うことにはならない。
天神が望まれる結果は両族を祝福すると同時にこの地に縛り付けて配下とし、勢力を拡大することにある。神々の争いには手駒が必要であり、その御心に適わなければならない。
であるならば、早急に両王を打ち倒してしまうことが解決となる。どちらか片方に肩入れする方が話だけは早いが、しかしエリクディスは見届け人という公正な立場を崩すことはならぬと考えた。公正なる法神を介した決闘契約ではなく、天神の益を追及した恣意的な決闘ではあるが、不公平は禍根となり、両族の未来に影を落とし、結果救わぬことに繋がる。平等にぶち殺し、悪役はこちらだけが請け負うことで両族の結束が成るという算段だ。
当のガイセルだが両王を殺した後に、その責任として王へなることに異存は無かった。二つの神器を手にするのは殺した者の権利と義務で、それは天神に捧げなければならず、捧げれば両族を奴隷、つまりは配下に加えることになる。深く物事を考える性質ではない蛮族の男はそれで良しとした。
両王はガイセルという人間の若造が相手と知ると異口同音に「あの王と組んだ上に二対一ではないか、ふざけるな!」と難色を示した。戦士の矜持が許さないと思ったらしい。
このような通過地点に足止めされるわけにはいかない一行は両王に決闘を強制させるためにチャルカン、シャハズという歴戦の勇士も震え上がる二人を派遣し、脅迫して決闘に持ち込ませたのだ。
照覧されるかのように如何なる天候であってもこの時だけは空が青く晴れ渡った。
しかし二つの神器、無敵を思わせる能力を持っている。
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・ナーガ
半人半蛇、両腕に無脚で強靭な尾という組み合わせである二肢の特徴を持つ。
漁猟農耕生活を送る南の湿地の戦士。武勇に優れ、複雑な水辺では敵無し。
豊神の加護の下で繁栄と衰亡を繰り返す農耕民はその機嫌に応じて土地を移動しなければ生きていけない。
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