第7話前編「旅中の森」

・冒険

 目的のために非日常的な危険に身を置くこと。成果を上げられる可能性は低い。

・旅行

 住所を離れて他所の土地へ行くこと。冒険を伴うことがある。


■■■


 乾燥地帯の建築様式で異国情緒漂う港町の市場には東方物産が目立つ。海神の都市に比べれば当然の如く見劣りはする。

 行きかう人に店の売り子はエルフが目立ち、衛兵は全てエルフ。ただし色白で頑迷な森のエルフではなく、色黒で卑劣な砂漠のエルフ。その中間の粗暴な草原エルフもいるが馬に乗っているか喧嘩しているか酒を飲んで酔っ払っているかその組み合わせ。現地在住の他種族の多くは砂漠エルフの奴隷で、服装から奴隷の中でも階層が様々にあると分かる。

 この地の商人は容赦が無い。美人の売り子に引かれたガイセルの手が、理性を吸い取る乳房に埋まる。そして何やら絵つきの陶器類を見せられているのでシャハズが膝の裏に蹴りを入れて体勢を崩し、救助。

 その売り子、シャハズが森エルフだと分かると露骨に態度を悪くし、瞬時に営業の顔に戻して別の通行人に声をかける。

「あいつら糞だから、お馬鹿なガイが口利いたら尻の毛まで抜かれるよ」

「マジでか?」

「ぼったくり」

「殴るか」

「衛兵来て罰金絞られる」

「殺す」

「無視しなさい」

「おう」

 適正な売値を中々明かさぬ商人を相手に必要な物を見繕っていたシャハズは苛立っている。砂漠エルフは話にならないので草原エルフの商人をようやく見つけて物を揃えた。

 若者二人は宿に戻った。人間の解放奴隷が経営する、砂漠エルフ嫌い向けの宿で需要がある。

 賢者とまで謳われたことがあるエリクディスは今、何をどう賢く選択を間違えたのか腹を下している。若い頃は平気だったと言っているので免疫力か判断力かその組み合わせが加齢で落ちている。

 シャハズが市場で買い集めた薬草を混ぜ、煎じて飲ませる。エルフの薬草術は故郷で習ったものだがこれも錬金術。下痢続きで痔も切れているので塗り薬も作って渡す。

「俺が塗ってやろう! 任せるんだ」

 親切心の塊であるチャルカンが太い指を立てて言う。呪いを解かれて以来、このオークは恩人に対して非常に親切だ。汚物塗れになった衣服の洗濯も率先して行っている。処置の様子など見る気の無い若者二人は宿の一階の食堂へ降りる。

「尻を突き出せ。赤子のケツを撫でるようにやればいいんだろ」

「ぬぐぅ!」

 などと遠慮はばかりの無い声が薄い扉を通して響く。遅めの朝食を摂っていた他の泊り客が顔をしかめ、愛想の良い女将が掃除をしながら苦笑いをする。

 あの下痢ジジイの体調が戻らないと一行は先へ行けない。病の身で冒険旅行など自殺同然。しかも年寄りならば尚更冥府への道が下りに見える。

 これでエリクディスが回復しても数日はここで足止めされる。腹下しが収まったらしっかり食べて体力の回復もしなくてはならない。ここからは陸路で行くので船の出港予定は気にしなくていい。

 シャハズは過去最短期間にてアプサム師の大学を修士号にて卒業した。博士となるためには学会に入って研究論文の発表に実証に後援者の獲得から研究室の確保と何からと、都合にはよるが面倒が多いのでそこは省略、次の目的である精霊術の大家ロクサール師の下へ向かっている。エリクディスが念入りに立てた旅程ならばまだまだ海路移動中なのだが、事情があって陸路に変更された。

 海神の都市にて驚くほどの額で穀物の先物買いをしていた大商人ヴァシライエが、情報通の商人が跋扈するかの地で誰よりも早く情報を知り、教えてくれた。老冒険者念入りの旅程は途中で、普段は温厚で侮辱されても呪うことのない豊神が激憤し、暴れて火山噴火に大地震、大洪水から疫病、蝗害を引き起こしていて、それを鎮めようと豊神の使徒達が生贄を求めて血眼になって惨禍を広めていて寸断されているというのだ。

 豊神は定期的に溜め込んでいた物を発散するように荒ぶる。それが何年、何百年と続くかは神のみぞ知るところで、沈静化を待っていればある程度長命なエルフのシャハズでさえ年寄りになりかねない。

 商売敵にはならぬので親切なヴァシライエは、容易に抵抗出来ぬと分かってシャハズを撫でながら別経路まで提示してくれた。それはエルフの森に入り、その中心部、神々の怒りに触れて滅びた旧帝国の一つ、ハイエルフの世界樹伝いに東方へ出るという近道だ。滅びの日に倒木となった世界樹を橋に見立てて渡ると東の高原に出るので、そこからならばロクサール師の居地へ回り道をせずに向かえるという良質な情報である。通商路には使えないが連絡路には使えるとも付け加えつつ頬から腹まで撫でられた。

 それから更に親切なことに、研究にも加工にも使えず誰が狙って来るか分からない、エンシェントドラゴン”宝石”から貰ったエーテル結晶の、夜神の力を借りての保管まで請け負ってくれた上に一応それが担保ということで、融資次いでにと為替手形まで寄越して来たのだから何か企んでいる。エルフの乙女とはいえ肌を撫でただけでその代金にならぬだろう。

「なあシャハズ、弓教えてくれ」

「いいよ」

 ジジイの下から上に抜ける苦悶を聞いていてもアレにもならないので若者二人は宿の裏庭にて弓術の稽古に入る。チャルカンより弓を習っていたガイセルだが、それは雑兵の弓術程度に留まり、シャハズのような一撃必中が前提の優れた狩人に及ばない。

 チャルカンにガイセルもこの長旅に同行する。異国の地を見たいという好奇心、見知らぬ強敵との出会い、呪いから解き放ってくれた恩人への金では不可能な、血でなければ返せない恩を返すためだ。エリクディスにもシャハズにも豪力が足りていないので何かと困難が待ち受けている道中に二人は必要。

 ガイセルが弓を構える。色々とエルフの物は試したが、森の弓も砂漠の長弓も性に合わず、草原の短弓に落ち着いた。剣舞で戦う時に最低限邪魔にならぬ大きさが丁度良い。

『柱と矢』

 シャハズが水と気と冷の精霊へ一言同時に語りかけ、乾燥した空気の中、的になる氷柱と、ガイセルの足元に練習用の氷矢が出現。弓射の練習が始まる。あっさりと脅威の精霊術が披露された。

 ガイセルは必中の距離、槍を使う距離から徐々に当てながら下がって行き、外れ始める。これで命中出来る距離と出来ない距離を理解し、距離感を覚える。出来ることが分かれば立ち回りが分かる。

「当たる時に放てば当たる。当たらない時に放てば当たらない」

「それが分かんねぇよ」

「喋って分かれば皆名人」

「だよなぁ」

 店主が氷を見ているのでシャハズは「練習終わったら消す」と言った。

「宿代は結構です」

 それで桶に氷塊を作ってやったら共同経営の話を持ちかけられたので断った。解放奴隷の頭の中は腹の黒いエルフと同じである。まともに話してはならない。


■■■


 一行はエリクディスの体力の回復を待って港町を陸路にて出発した。賢者得意の神への祈りで早めにどうにかならないかとも提案がされたが、敬虔なる者はこの穢れた身で祈祷など出来んと突っぱねた。そう思い込むからいけないのだが。

 目指す森エルフの領域は世界樹を中心に、放射状に八部族へ分かれる。

 ここより最短の南西の部族は砂漠エルフと極端に仲が悪く、砂漠の領域から近づくだけで攻撃される。砂漠エルフは奴隷も傭兵も使うので当然の警戒であろう。接近の警告に白骨死体が木から暖簾のように吊るされているそうだ。

 南の部族は、南東のシャハズの出身部族と隣接しているだけあって仲がそこまで良くない。ここは地縁を頼ってシャハズの故郷を目指す。要らぬ揉め事が避けられるのなら遠くはない距離だ。

 大河沿いに北東方向へ向かう。この川は豊神の祝福を受けており、定期的に大洪水に見舞われるがその破壊の恩恵に大いなる実りが約束されている大穀倉地帯。そこで労働しているのは砂漠エルフ所有の他種族の奴隷達ばかりではあるが、並の奴隷達より肥えて肌艶が良い。良く食べているのだ。

 一応はこの地にまで豊神の怒りが及んでいないようだが、それが何時まで続くかは神のみぞ知る。畑ごとにある豊神の祭壇には食べ物や金銭、奴隷の男女が供えられているので今すぐにどうにかなりそうにはないとエリクディスは見解を、やはり神のみぞ知ると前提した上で述べた。意味が無い。

 大河には川幅の広いところと狭いところがあり、中でも狭い上に両岸に高い崖が迫り出しているような、船舶交通の邪魔にならず洪水の直撃を受けない場所には橋が架かっている。

 川下りならともかく、船曳き人夫が要る遡上する船は砂漠エルフの金銭感覚もあって高い上に、黒い腹によってどこで下ろされるか信用ならないので橋から北岸に渡ることにした。シャハズがいなければそうでもなかったが、最優先で行くべき人物が宿敵森エルフなのだからどうしようもない。だからここまで歩いた。

 橋は陳腐なものではなく、石で作られてしっかり太い木材が骨に入っている城塞の規模で町が隣接している。交通の要衝であるから手が抜かれていない。塔の上には射手が常駐しており、通行人よりは略奪に来る草原エルフを睨んでいる。

 そのような橋であるから衛兵が道に立っており、不審人物がいないか検問をしている。検問ついでに相場はともかく通行税を取っている。砂漠エルフの隊商は通行手形を見せるだけで通過するが、そうではない種族だと懐から硬貨を出して少ないだとか贋金じゃないだろうなと難癖をつけられている。

 橋の下に渡し舟があるが、あちらも城の管理下で、衛兵が見張っている。料金に変わりは無さそうだ。

 一行の旅の資金は潤沢である。多少は法外な値段でも払う心算で来たので四人はそのまま衛兵の指示に従おうと正面から進んだが、状況が変わった。

「通行手形は?」

 と問う衛兵の首がずれて浮かび上がった。何の予兆の無く、橋に降下して滑空して行ったのは首や手や腰、頭の派手な飾りに連なる鉤に人の生首をぶら下げた蝙蝠に近い人型、両手に片手鎌を持った異形。

「首狩りの双子!? 何たることだ!」

「ジジイ?」

「使徒だ」

「ヤベぇな」

 チャルカンとガイセル、剣を抜いて構える。シャハズは弓に矢を番える。そうしている間にも戦闘体勢になっていない者から優先的に、橋の上の衛兵から通行人から、風に綿毛が飛ばされるように首を狩られて飾りにされていく。衛兵が集団戦法に槍、弓矢で応戦して多少は傷をつけているが何とも梨の礫に見える。塔の上の射手もあっという間に飛び掛かられて首が飛ぶ。

「豊神に捧げる生贄が足りんとここまで来たようだ」

「呪いはどうだ?」

 最近呪われたチャルカンが当然、懸念を尋ねる。

「こちらから害するのではなく、あちらからの害を払う程度ならば例え陪神への行いでも呪いの可能性は低い。それに豊神は個人を呪わずに激怒して当り散らすように災害を起こすから……」

 安心と言うには語弊があった。

「ジイ、逃げれそう?」

 橋の反対岸にもう一柱の首狩りが、双子の通りに降り立つのが見えた。あちらでも混乱が巻き起こる。

 こちらの岸に降り立った首狩りの目線、次の狙いはこちら四人。

「ガイセル合わせい!」

「おうよ!」

 躍り掛る首狩りの鎌振りの間合いに合わせ、チャルカンが大上段に振り下ろした鉄岩剣が後の先に届く、寸前に相互に弾かれ合う。

 時間差でガイセルが大上段に振り下ろしたアダマンタイト合金の剣ももう片方の鎌で弾かれ合う。

 その隙を逃さぬシャハズの『最速』矢が風を弾く音を立てて首狩りの目に刺さって『爆破』で鏃の付け根が弾けて頭部に内に潜り込んで『もう一回』っと再度弾けて首から上の穴全てから血が噴出す。錬金術を理解したその精霊術は以前と質が異なる。

 並の生物なら即死だが、その状態で剣豪師弟が繰り出す大上段の時間差連撃を両手の鎌で交互に安定して弾き続ける。その安定の防御が崩れるまでひたすら反撃の隙を与えずに心身を削り続けるのがオークの剣。

 シャハズの並なら一撃必殺の魔法矢がまた首狩りの目に突き刺さり、爆発二回、潰れてまた血が噴出すが剣の弾きは続く。

 首狩りの潰したかのように見える眼球、並なら機能しない程に損傷しているが確実に機能している。大上段を繰り返し弾き続ける。

『目を眩ます光を射せ』

 エリクディスはマナランプに光の精霊を宿し、指向性の光を首狩りの潰れているように見える目に当てる。すると鎌での弾きをしくじり、体勢が崩れて大上段が肉と骨を断って内蔵に至り、二の太刀三の太刀で骨交じりの挽き肉に変わり出すのだが、そんな致命傷など無いかのように余裕の動きで羽ばたいて飛んだ。

「冥府と地獄、魂を司る死神よ。死せる砂漠エルフの兵達を戦列へ戻したまえ。この杖にて願います」

 エリクディスは骨の杖で死せる砂漠のエルフ兵を動かし、首無しの槍兵と弓兵を動員。全滅しかけていた対岸の衛兵も死せる体で動き出す。

 そして傷つき、魔法矢をその後も受け続けて更に体内をかき回され続けた首狩りの飾りに掛けた首が一つ、溶けて崩れた。瞬く間に奇跡の力で元の姿に戻る。

 この戦い、語り継ぐものがいれば英雄譚になる可能性があった。

「首狩り様、ここで我々から手をお引き下さい! 戦い続ければ捧げ物を無用に散らすことになります」

 そしてエリクディス、あろうことか振り返ってまだ首の繋がっている、怯え竦んで逃げ出せないでいる通行人や事情が把握出来ていない町の人々までを指差す。

「手強い獲物に固執せず、手頃な獲物を狩られるのが良策! 目的は闘争ではなく、御柱様のお怒りを鎮めることにあるのでは?」

 首狩りが争いの構えを解いて橋に降り立ち、会話の距離に詰め寄る。

「弁の立つ人間よ。その通りだな。お前ら四人は見逃そう」

 そうして一行に背を向けた首狩りは仕事を再開する。首無しの衛兵達は数を見せるという役目を終えて倒れた。

「……どうにもならんことはある」

 怨嗟の声を聞きながら、一行だけが生き残ることを許された。

 これから虐殺の狩りが続くこの場でするべき仕事がある。骨の杖の代償、動かした衛兵達の埋葬である。

 身の安全は保証され、悲鳴を聞き、首無し死体を運んで集める。塔や、対岸の遠くまで足を運ぶのは時間が掛って長時間作業になる。

 チャルカンより容赦の無い、民間人に手を掛けるのが常套ですらある戦の作法を習っているガイセルは、それでも若くて作業が中々手につかない。女子供が助けを求めに走ってくれば動きそうになり、それは怜悧で抜け目無いシャハズが氷の矢で女だろうが子供だろうが膝を撃ち抜いて止めて「ガイ、仕事しろ」と言い放つ。無論、足が動かなくなった者は簡単に首が飛ばされる。

 飾りに掛けるには増え過ぎた首が道端へ四角錐に積み上がる。隠れ潜んでいても千里眼に看破され、屋根だろうが壁だろうが床だろうが草のように切り崩されて首が飛ぶ。遠くへ逃げようとすれば真っ先に追われて首が飛ぶ。

「説明しよう。聞け、理解は後でもいい。まず聞け。この襲撃、試練と言い換えてもいい。それを我々は退けた。しかしこれから、またあの者達の死の運命を変えようなどと挑めば挑戦になる。神の陪神たる使徒への挑戦だ。無事で済むはずがない。しかも今時期、豊神はお怒りになられている。慈悲や仲介などまったく望めぬ。たとえ他の神々に助力を乞うても不可能かとんでもない代償を強いられる。出来ぬことは出来ぬのだ。これは形は違うが洪水や地震、山火事のようなことなのだ。それに対して怒っても悔やんでも仕方がない」

 エリクディスの説明に納得出来なくても、黙々と師匠が死体を運ぶ姿を見たらガイセルもそうせざるを得なかった。

 埋葬方法、弔いの方式は世に幾つもある。

 今回一行が行った方法は、船に死体と持ち物、薪や藁などを積み、旗を被せて人数分と、足りぬ頭部の補完に三倍数の商神銀貨相当額を死神に捧げるために添えて、下流に流してから火の矢を当てて燃やすことであった。火の矢は名射手シャハズではなく、三射目でようやく当てたガイセルが放った。

「冥府と地獄、魂を司る死神よ。お力添えに感謝申し上げます。彼らの次なる生が幸福でありますように……」

 船が燃え上がるより前に人の声は周囲より失せた。


■■■


 一行は以前より口数少なく、川を渡って北東方向へ向かって進んだ。

 道中、羊や山羊に馬の群れを見つけたら周囲を見渡し、草原エルフの宿営地を探し、吠え立てながら近寄って来る大型の牧羊犬に見つけて貰って「誰かいないか!?」とエリクディスは声を上げる。そうして騎馬の草原エルフがやってきたら挨拶をして、泊めて貰う。お代は長年溜め込んだ冒険話である。

 エリクディスは話題が豊富で主人を飽きさせず、長逗留させられそうになるので「道中、お話をしましょう」と抱き込んで宿営地を渡り、馬まで無料で借りる。

 ガイセルは草原エルフに道中、短弓を訓練して貰い、強弓を近距離で当てるのはそこそこ良くなった。

 チャルカンは体重が重くて馬を頻繁に替えた。

 シャハズは各種精霊術で道中、器用に働いて回った。

 度の強い酒を何度も勧められつつ、エリクディスが同じ話を何度もしなくてはならない程に日が過ぎた。そして空気の壁に霞む程遠くなのに大きく見える一本の世界樹が半ばから折れ、東へ倒れている姿が見えて来た。

 乾いた空気が湿ったものに変わるまで長かったが、遂に世界樹外周のエルフの森の内、南東の部族、シャハズの故郷へ近づいた。今まで地面に転がっている骨といえば動物のものだったが、その目印のように傷の入った人骨が混じる。

 草原エルフとは、森エルフとの境界線を示す石の道標がある場所で別れる。次に旗竿に合図の信号旗を揚げる。そうしないで近寄れば攻撃される。作法を知っている知らないかは関係が無い。無知は森エルフにとって十分に殺傷に値する害である。

 しばらく待機していると牡鹿に乗った森エルフの騎兵が一○騎余り、木の精霊が宿った歩く大木が三体に、それに乗った弓兵が三○以上。

 森エルフの軍隊が物々しく現れた。訪問の作法を分かっている者に対してですらこの有様である。

「何者か!?」

 騎兵が声を張り上げる。

 シャハズが代表してエルフ作法に、みぞおちに右手の平、腰に左手の甲を当てて目を閉じて顎首は動かさず腰だけを若干前に曲げる。

「カガル族の、イェノスラン族の”鷹の目”ハルザディルを祖に、”草伏”シュレメテルの……」

 とシャハズが先祖の名前を、他文化の者には辟易するぐらいに遡って言い始める。

「……エイダンの息子で”柱通し”シャハズの息子……」

 エリクディスは思った以上に名のある先祖の末裔なのだと感心。

「”青い左手”エルハルザディル王の娘婿のノージャ……」

 チャルカンは族と親父かそのまた親父ぐらいで十分じゃねぇかと尻を掻く。

「……アノラス族の”黒い舌”メセルフィティの義弟にして……」

 ガイセルは脳が麻痺していた。

「……”串刺し”マジールの娘、シャハズ」

 騎兵が出所確かな人物であると頷く。

 省略するとカガル族のマジールの娘シャハズで良い。

「マジールの娘よ、追放の身で戻って来るとは何用か?」

「世界樹を渡ります」

「酔狂な」

「分かっています」

「よろしい」

 エルフの森に入るには作法がある。宗教的な意義があるわけではなく、実利のみである。

 まずは裸になって荷物を預け、湖を通る。

「やっぱシャハズ胸ちっ」

 ガイセルはチャルカンの拳骨で沈んだ。

 次に熱い薬湯で全身を洗うのだが、これは森エルフの兵士が行う。いい加減に洗って汚れが残っていては意味が無いのだ。

 シャハズは女性兵士が「あんた生きてたのねぇ」と仲良くやっている。

 チャルカンより遥かにしつこく洗われているガイセルは「辛っまずっ!」と騒ぐ。

 そして用意された服を着る。チャルカンの大きさに合った物が無いので敷布で褌が作られた。

 これで終わりではない。それからしばらく、そこそこ美味しい薬湯だけ飲まされ、糞が出なくなるまで待機を強いられる。

 その間、同じ内容を繰り返す質問を何度も受ける。事情聴取である。

 また衣服、装備は洗って薬湯に浸して厳重に梱包され、食べ物、薬草、薬品類は携帯禁止。兵士に預け、出る時に通行料と引き換えに返して貰う流れになる。砂漠エルフではないのでそれは必要経費である。


■■■


 一行は時間をかけてようやく通行権を得た。

 エルフの森は普通の森と違い、草花は食べられる物か、繊維に染料、薬物として有用な作物ばかり育っている。木も食糧、木材として有用なものばかりで、雑草雑木を文明的な生活の何の役にも立たないものとするなら、ここにはそれらが一切無い。あってもそれらは他の動物、虫を生かすためのもので、川も湖も法則に沿って整備され、動物も鳥も虫も管理された種のみが複雑に厳選されている。森の生態系がそっくりそのまま農場で牧場だ。

 森の管理は難しく、外の者が出入りすると植生が乱れ、病気になる。そうすると食糧自給率が大幅に減り、口減らしや略奪行に出ないとならなくなる。であるから出入管理が厳しく、周囲に骨が転がる。

 何かと道端の草や枝を毟りたがるガイセルの腕をシャハズが弓でミミズ腫れが出来るぐらいに叩きつつ森の道を行く。王へ挨拶して世界樹への通行許可を取るためだ。

 通りがかる村にはシャハズの知り合いがいて、気軽に手を上げて挨拶する。

 森を追放されるのにも色々と種類があり、シャハズの場合は円満追放といったところ。

 森のエルフの人口管理は厳しい。扶養人口の限界が見られれば処置がされる。掟に逆らうような跳ね返りの性分の者は追放され、労働力として期待が少なく、将来子供を産むかもしれない女児は嬰児殺しの対象。

 シャハズが通りがけに歳の離れた兄と再会した時の会話が他所の者からすれば厳しい限りである。

「母上殺しておいたぞ」

「歳だしね」

「お前が出て行った後に産んだ弟も駄目だな。槍も弓も魔法にも才能が無い」

「他は?」

「生きてる。あ、父上は今年中だ」

「あっそ」

 と別れた。

 常日頃から、労働力として期待が薄くなった老いた者を背後から一撃に殺す風習がある。怪我病気で復帰の見込みが薄い者、生まれたばかりで障害が見られても、成長過程で何か遅れが見つかった子供も一撃。森のエルフには老人がおらず、外界では永遠の若さを保つ秘術をハイエルフから継承しているなどという噂が立っている程。自種族にも極端な選民主義を適用したハイエルフの伝統をゆるやかに受け継ぐ森エルフの術ではある。

 一行はカガル王に謁見する。森の湖に浮かぶ島に生える大木に築かれた城、の畔にある屋敷。城は戦城なので普段は使っていない。チャルカンとガイセルはご遠慮願われた。

 勿体ぶるというよりは、騎兵が事情聴取した内容を話して準備がされたという程度に待たされてから謁見をする。

 シャハズが代表してエルフ作法に、みぞおちに右手の平、腰に左手の甲を当てて目を閉じて顎首は動かさず腰だけを若干前に曲げる。

「カガル族の……」

 省略。

「……シャハズ。王よ、世界樹を渡ります。許可を」

「渡ってどうする?」

 枝組みの玉座に座るカガル王は若い。老人を排除した実力主義の結果である。

「精霊術をロクサール師より学び、更なる高みを目指します」

「なるほど、その先は?」

 シャハズは何も考えていなかった。しかし答えには窮さず「生きます」と言う。

「人間のご老体、エリクディス、外界でのシャハズの指導者とのことだが、今、彼女は彷徨いの冒険者としてはどの程度に成長したのか。第三者から聞きたい」

「はは。精霊術の才能に関しては稀代で、おそらくは間もなく陰陽十二行全てを操れるようになるでしょう。錬金術はアプサム師より短期間でほぼ学び終えました。一度覚えたことは忘れぬ頭脳があります。危機的状況下での機転も利き、何度も救われました。身のこなしは使徒義賊の追走に、あと一歩及びはしませんでしたが努力の報酬にオリハルコン貨を頂いた程。また弓に魔法を組み合わせる才もあり、水中にて私掠党の大烏賊を魔法の矢で仕留め、砂漠エルフの領域で使徒首狩りに重傷を負わせました。不死の如きお方なので倒すところまでは行きませんでしたが。これだけでも語られ、名を残すに十分な程です」

 改めて師匠に讃えられ、痒くない頭を掻きたくなる手をシャハズは堪える。

「マジールの娘シャハズ、大成するとは天晴れ。称号を得るに値する」

 森エルフは名に称号がつく程に大成して初めて家長になり、結婚相手を選ぶ資格が得られる。選ばれるだけなら名前がつけられる成人だけで十分である。

「要らないです」

 シャハズは即答する。称号持ちになるということは森に帰還し、家庭を築き、部族の仕事を家族や部下を率いて分担する義務を負うことになるのだ。戦になれば一家が一つの部隊、戦闘単位になる。そのぐらいの能力を要求される。

「そうか。追放したのだから強いることはしない」

 王は残念そうに溜息、そして打ち消しに咳払いをする。

「王よ、質問をよろしいですか?」

「よろしい」

「才ある彼女を何故外へ?」

「それはなぁ……」

 エリクディスの質問に対して王が分け有りげに困った顔をする。

「共同作業面倒くさい」

 シャハズが先に答えた。それは狭い共同体では致命的な欠陥である。

「そういうところだな」

 王は苦笑いをしつつ、手を叩いて控えさせていた者を呼びつける。

 天井から降りてきたのは、ぼんやりとした蛍光の蝶羽が背にある小人、フェアリーである。広げた王の手の平に重量感無く立ち、不思議な笑みを浮かべて大仰にお辞儀する。

「世界樹に至る道は険しく危険で、その先の幹の大橋も厳しく長い。案内につけよう」

 フェアリーは羽ばたいて飛び、広げたシャハズの手の上に立ち、手を伸ばす。その小さい手の平に、比べて大きな人差し指の先をつけて握手。旧友との再会である。

「チッカ」

 フェアリーは人間のような舌は持たぬが、声が聞こえるような笑顔を作る。


■■■


・フェアリー

 空を飛べる蛍光の蝶羽、手の平大の人型の姿が特徴。

 言葉を話さないが人並みの知性を持ち、立ち振る舞いにて意思表示をするので動きが大きい。

 ハイエルフの使用人、森のエルフの友人として自由気ままに暮らしている。

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