第6話後編「蛮地の鉱山」

・ドラゴン

 神々にすら対抗出来ると謳われる強大な種族。有角有翼の蜥蜴を恐ろしげにした姿が特徴。

 その下位存在としてワイバーンやワーム等の数多の、出来損ないの姿をした亜種がいる。

 中でもエンシェントドラゴンと呼ばれる”宝石””合奏””焚火””吹雪””抹消””流血”など六頭は神々と同じくらい古いと云われる。


■■■


「人型が何の用だ?」

 強大なる存在、焼ける輝きを放つ古いドラゴン”宝石”が人間の言葉を話した。

 直視出来ぬながら、出来るだけ顔を上げてエリクディスは視力の低下も辞さずに口を開く。

「この鉱山の今の支配者は貴方でしょうか?」

「支配する価値はない」

「鉱石を譲る気はありますか?」

「物による」

 ”宝石”にはワームが噛み砕き、選んだ鉱石が供される。支配領域ではないが、譲ることは考えられない餌場であるようだ。

 話が通じることにエリクディスは安堵した。この、神が直接手を下しても滅ぼせるか分からないエンシェントドラゴンの退治など夢にも不可能である。交渉にて解決が出来れば良いのだ。

「目的の鉱石は?」

「ここには大きな宝石鉱床がある。金もあるな」

「鉄や銅は不要ですか?」

「卑金属は不要」

「山を離れる予定はありますか」

「知らん」

「山のワイバーンは?」

「あんなもの、我が威を借りて寝床を安全にしようと浅ましく考える寄生虫よ……ただそう、あれらが我が僕を害する可能性はある。退治すれば、相応に協力せんでもない。あやつら蝿のように飛びおる。僕共では荷が勝ち過ぎている。人型、お前らは既に一匹殺しているな。その調子で殺すが良い」

 お見通しであった。地の底から山の外の状況を掴んでいる。ワームに複雑な情報伝達が出来るようには見えぬから、何かドラゴンの魔法であろう。

 交渉により、ワイバーンを退治すれば卑金属限定だが掘れる可能性が高まった。出来なかったということもあるが、ワームを殺す努力をしなくて良かった。

「退治には全力を尽くしますが、そちらからもご助力を願いたい」

「蝿は地下から襲っても逃げるだけだ」

「そこは作戦にて」

 経験豊富なエリクディスは、真っ向から不可能でも搦め手を使えば可能な策が頭に入っている。

「いいだろう。僕共を遊ばせておくのは勿体無い」

「ありがとうございます。そしてお願いの次いでですが、後で返済するので金塊を前借りしたい。ワイバーン退治の軍資金にし、鉱山が再稼動した折にはその収入で少し多めにしてお返しします」

 ”宝石”があきれた様に鼻息を吹く。それですら小さなエリクディスを震わせるに十分。

「僕を使うどころか金まで無心してくるか、人型よ」

 しかしそれに臆する程に老賢者の肝は小さくない。

「これは博打ではなく戦争です。出来ることは全てしたい。もっと言うなら貴方様が動かないのは何故かとも聞きたい」

「我が動けば十二の連中が小うるさいだけよ。それにこの体で地上に出ればやれ予兆だ、奇跡か、などと有象無象共が夜の羽虫のように集ってくる。一々叩き殺していては寝る暇も無い」

 そのような経験があっての言葉である。地に太陽が現れれば何事かと地上の者達は動き出すのは必然。

「それは然り、浅慮な発言をお許しください」

「金は後で見繕って持って行かせる。その小さな体で運ぶのはことであろう」

「はは、ご配慮感謝申し上げます」

 エリクディスは礼を深くする。”宝石”、話せる上に気が利いているのだ。年長者でもあり、比べて若い老人は自然と頭が下がってしまった。

「ふむ、またワイバーン共の巣の横を通るのは酷だな。僕に運ばせよう」

「は、は?」

「暴れるなよ」

 エリクディスの背後に、ゆっくりと大口を開けたワームが這い寄った。


■■■


 山を出た後にエリクディスは諸方を回り、軍資金にて傭兵、冒険者を集めた。その時にワイバーンの鉤爪を見せびらかして名誉欲を煽ることも忘れない。また現地では不足している資材も集める。特に木材。

 ”宝石”の僕ワームが持ってきた巨大な金塊は、返済の日のために大きさと重量を計測して記録してから、持ち運びに不便なので商神に祈祷して若干の手数料と引き換えに全て商神硬貨へと両替した。

 ゲルギルは村と蛮族の者達に装備を自弁する。軍資金は無限ではないのだ。鍛冶のための鉄や石炭はワームに協力して貰った。戦闘に協力するつまりは戦闘準備にも協力するということ。

 ガイセルは村人と蛮族達を師チャルカンとの戦場働きを思い出して集団で動けるように訓練する。馬鹿だが体で覚えることに関しては天才だった。

 蛮族達はガイセルの力に屈服し、娘も差し出した程なので協力に積極的だが村人はそうではなかった。彼等は元鉱山街に住み、貧しく、狩猟と農耕に勤しむ者達で、鉱石がどうのと言われても勘も働かない。だからガイセルは蛮族を率いて包囲し、威嚇して脅し、自ら単身で殴り込んで村一番の力持ちを殴り倒して従わせた。ここは下手に老人のように知恵を働かせるより話が早かった。

 そしてワイバーン狩りの名誉と金で傭兵、冒険者を集め、村人と蛮族で軍隊を編制し、武器を揃えながら本格的な討伐訓練が始まった。北の地は貧しさ相応に職が無く、争いは多いので兵隊は集まりやすかった。

 一番危険な役目を負う勇士の装備も改められた。ゲルギルは神官にして鍛冶職人。その技術でアダマンタイト合金の甲冑を全身隙なく防御する型から、主要な攻撃を受けやすい箇所を重点的に守る型にして、大柄なガイセルでも着用出来るように改められた。帯で調整する方式なのでこれからまた背が伸び筋骨が太くなっても着続けられるようにもされた。

 そして片側だけの外套にしていた鎖帷子は、あの巨狼の毛皮の内側に仕込まれることになった。

 相次いで二つの集団を力で屈服させ、娘達まで出され、名の有る武家ですら揃えられるかどうかという武具を手にしたガイセルは気が大きくなり続けた。

 一人で討伐してくるなどと言い出した時はゲルギルが下段体当たりで転ばしてから金槌にて滅多打ちにして、エリクディスが豊神に祈祷するほどの重傷を負わせて防いだ。

 治療中、体が動かせないガイセルに対してはエリクディスが懲らしめるために説教を昼夜に渡って続けた。単純馬鹿な頭は老練な屁理屈の洪水に為す術が無かった。


■■■


「星月と暗闇、夜間を司る夜神よ。一時、我が軍勢をその優しき暗闇で襲撃者の目から隠匿し給え」

 大量の商神硬貨を捧げ、夜神に軍を隠匿して貰い、夜の内に登山をする。

 無事に頂上の露天掘り、ワイバーンの巣に到達する。そして密集隊形を取って準備をして、明け方を待って皆に大声を上げさせ、武具で地面を突き、楽器を鳴らす。

 当然ワイバーンが起きて首を上げ、威嚇に吠える。

 そして地面が崩れ、粉塵を上げてワームが顎を突き出す。ワイバーンは跳んで、羽ばたいて飛んで逃げるが、一部は噛付かれて地面の下に引きずり込まれる。

 ワームだけの襲撃なら地下を掘り進む音に気づいてワイバーンは無傷で逃げ散っていただろう。

 戦端が開かれる。荷車に載せた回転砲座の弩砲が槍を発射。攻城兵器の扱いになれた傭兵が使い、撃墜したワイバーンはワームが食いついて引きずり込む。槍が刺さったまま、吠えるが空を飛び続けるワイバーンもいる。

 強弓を使う傭兵と冒険者が矢を放ってワイバーンに突き立てても嫌がらせの範疇。時に名射手が目に当てるが殺せはしない。

 ワイバーンの滑空襲撃には村と蛮族の皆が長槍にて、傭兵の号令で槍衾をつくって迎え撃つ。亜種とは言えドラゴン、人の持てる長槍に驚いて少し勢いが鈍って、足を刺されても致命の串刺しにとはいかない。槍の鉤にて引っ掛けて再飛行を阻止しようとしても柄が折れ、人が持ち上がる。

 ゲルギルの五体投地の祈祷、土の階段が現れ、完全武装の半獣化したガイセルが駆け上がって飛び、突撃に失敗したワイバーンの腹に剣を突き立て、体重をかけて上下に振って掻っ捌いて内臓を抉り出して落とす。死に際に蹴られて吹き飛ぶが、仕立てた甲冑が致命傷を防ぎ、受身からの起立を可能にした。嘔吐までは防げなかった。

 軍勢が歓声を上げる。

 長槍の襖にてワイバーンを牽制し、引っ掛け、勇士ガイセルが補助を受けて突っ込んで止めを刺す。これで確実に頭数を減らすが、相手は群れである。

 精霊術を使う魔法使いが、光ではなく炎を宿したマナランプを手に、良質な触媒から発せられる炎の幕を張って群れによる一斉突撃を防ぐが限界がある。

 ゲルギルが顔面を血だらけにして五体投地の祈祷で大地の屋根を作り守り、気の利いたワームが柱のように身を立てて威嚇するが、混乱から立ち直って、集団突撃しようと隊列を整え始めたワイバーンに対してどれほど対抗出来るだろうか?

 だが時間稼ぎは成された。密集隊形の中央にてエリクディスを中心とする奇跡が使える魔法使いによる、時間をかけた合同の祈祷が成る。

 夜明け前から支度を整え、力の強まる日の出を過ぎ、時間が掛かった。その分強力。この現場に到着する前から準備の祈祷もされていた。

「太陽と大空、天候を司る天神よ。ワイバーン共をその御力で地に落とし給え」

 急速に山の上空に雲が集まり始め、積乱雲になり雷が轟く。

「総員、伏せて固まれ! 手でも足でも掴んで繋がれ!」

 エリクディスの号令に訓練された軍勢は従った。

 発達した積乱雲から一気に強風が吹き降りて粉塵を外へ散らす。槍は飛んで転がり、矢は風に乗って、弩砲は横転、服ははちきれんばかりに風で膨らむ。風を翼に広く受けるワイバーンは一たまりもなく地に落ちる。

 頂上に落ちればワームが食い、山の下に落ちれば崖を転がり全身の骨を折り、高く麓に落ちれば一撃死。

 ワイバーンは落ち、全てが死んだわけではない。伏して尚、密集隊形に這って突撃してくるワイバーンがいる。

 大口を開けて集団ごと噛み砕こうとする顎に巨狼の毛皮を投げ出し、反射的に噛ませ、引いた勢いでその頭に飛び乗って剣を眼球から脳髄に一撃で突き入れたのは勇士の身のこなしのガイセル。

 ガイセルは吠える。狂気に囚われていない半獣の咆哮。事前に戦神への祈願の素振り一万回を”お願いします!”とした甲斐があったのだ。

 勇士の声に軍隊は力を取り戻し、長槍にそれぞれの武器を手に、まだ生き残っているワイバーンへ槍襖で牽制し、射撃し、勢いづいたガイセルの突撃を支援して止めを刺し続ける。

 数が減り、怖気付き、恐慌状態に陥って抵抗力を失ったワイバーンの群れは、程なくワームの圧倒的な力によって全滅した。


■■■


 ワイバーン退治が済んだ。

 匠神神殿への報告にガイセルは走る。解呪がなったら放置されている師匠の石像の場所に走って状況を報告せねばならない。村と蛮族からの祝杯も受けずに飛び出していった

 エリクディスは”宝石”の元へ訪れる。ワームの口に入る輸送は、生きた心地がしないし、ワイバーンを食って生臭かったがかなり楽だ。

「良くやった人型よ。名を聞こう」

「エリクディスと申します」

「覚えておこうエリクディス。戦いはここからでも光で見えていた。ただの力ずくでなく、あらゆる手を使ったその知恵、褒めよう」

「ありがとうございます」

 ”宝石”が発する光、どのような魔法かは知れぬが見れるのだろう。

「具体的に契約をしよう。金と銀、白金に宝石、ミスリル銀とマナ石はこちらの物だ。多少の砂のような欠片なら目こぼししよう。そこまで厳密にしても振り分けなどしていられまい。いちいち手癖の悪い者のこそ泥に罰を下しても面倒なだけだ」

「それは寛大な!」

「貸した金塊だが時間を掛けてもいいから二倍にして返すように。僕どもに都度純金でも金鉱石でも混ぜ物でも渡せばこちらで量る。返済が終わったら通知しよう」

「至れり尽くせりです」

「ふん。そのくらいしないと人型共は約束など果たさぬからな」

 エリクディスは感動していた。なんと寛大で慈悲深い。十二神がいなければ信仰対象にしてしまいかねない程だ。まつろわぬ種族達は実際に、十二神よりもエンシェントドラゴンを崇拝しているぐらいだ。相応の威光が感じられる。

「こちらに来い」

「は」

 エリクディスは宝石の近く、口元に寄る。マナランプが無ければとうの昔に目が潰れている。

 ”宝石”が口をもごもごと動かし、一つの塊を吐き出す。

「褒美だ」

「ありがたく……」

 手に取った物は、透明がかって薄くオパールのように虹に発光した塊。

「エーテル結晶!?」

「我々ドラゴンには不要なものだ」

「あ、ああ、ありがとうございます! もうなんと感謝申し上げればよいか!?」

「よい、やかましい。そろそろ帰れ」

 エリクディスは己の上げた大声を恥じる。

「失礼しました」

「この界隈は光で見ている。くれぐれも不正などせぬように、忘れっぽい人型共に教えておくように」

「承りました」

「ではな、エリクディス」

「は」

 迎えのワームの口にエリクディスは乗り込む

 このエーテル結晶、シャハズの教材になろう。老いた己には無用の長物だ。

 村に戻れば早速、見事なワイバーン狩りの像が立っていた。像の下に転がっている削り屑を名工ゲルギルが下働きのようにせっせと片付けている。

 これは人の手では有り得ぬほどの早業。彫るにしても運ぶにしても早過ぎる。

 そして像の回りを歩いて仕上がりを確かめているのは左に寄った大きな独眼、匠神の使徒一つ目!

 一つ目がエリクディスを手招きして呼ぶ。勿論小走りに参じて膝を突いて頭を垂れる。

「そこの白髭の、今”宝石”と会ってきたな」

「はは、その通りにございます」

 エーテル結晶を入れた懐がざわつく。

「具体的に契約してきたんだろう。教えろ」

「はい。金と銀、白金に宝石、ミスリル銀とマナ石の権利はドラゴン”宝石”の物。多少の砂のような欠片なら、振り分けの手間もあるのでお目こぼし下さるとのことです。また窃盗犯程度にはあちらからは罰を下さないとのことです」

「それで?」

「借りた金塊の返済二倍の量です。ワームに都度、純度に拘わらず返済を続け、規定量に達したならば返済終了の通知をして下さるそうです」

「あとは?」

「光にて、この周囲は常に見張っているとのことです。以上でございます」

「分かった」

 ぶっきらぼうに応えて一つ目は、今度は近くの地に半ば埋まっている巨岩を片手で持ち上げ、ワイバーン狩りの像の隣にエリクディスの証言に基づく石碑を作り上げた。輝く鏡面の正方の出来栄えが、手で埃でも払うかのように作り上げられた。

「神殿はどこに?」

「は、少々お待ちを。村長と協議が必要です」

「早くしろ」

 もうここは匠神の領域である鉱山街として発展することが確約された。

 そうして麓の村の発展が始まった。

 蛮族は村へ合流し、採石から通商の経路は神官でもあるゲルギルが当分の間は仕切って、匠神の神殿直轄経営へ移っていくことになる。文字も商いも全く知らぬ蛮族達にはあまり自治権は無いが、あの北の山脈の向こう側のような生活は今後しなくて済むようになる。

 神殿の建設であるが、元々鉱山街であった時にあった神殿を改修することで決まった。

 仕事も終わり、宿にて一息ついたエリクディス。あの暑い南の故郷には、最後にガイセル、チャルカンと顔会わせをしてから帰ろうと思っていた。

 そして、人間にもドワーフにも出せぬ重低音の足音と共に、取っていた部屋の扉が吹き飛んだ。

「ウガァ! エリクディース!」


■■■


・匠神

 工場と採掘場、技巧を司る男神。

 工場にて主に神々のための神器や素材を作り、採掘場にてあらゆる原料を掘り出す。

 怒りに触れれば石像に変えられ、物言わぬ粗大なゴミとなる。

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