第6話前編「蛮地の鉱山」
・希少金属
ミスリル銀:輝銀色。マナ石を若干含有する銀。加工難易度が高すぎて金の精霊術が必須の最軽量金属。
アダマンタイト鉄:赤銅色。神性を帯びる程古い錆鉄。引っ掻きと衝撃には無類に強いが高熱には溶ける最重量金属。
オリハルコン金:鈍金色。旧南帝国が生み出した不腐不壊を謳われる合金。合成加工技術はオアンネスが独占している。
マナ石:漆黒色。化石が採掘出来るような古い地層に多い。精霊術の燃料となるが金属として優秀ではない。
エーテル結晶:薄光虹色。本来不可視不可触の奇跡の源、神々ですら求めて止まないエーテルが結晶化したもの。
■■■
「我々は鉱山に立ち入り、障害を排除し、復興しなければならない」
「ここは我々の安住の地とする」
廃鉱山の中腹に築かれた蛮族の野営地にて、骨や牙、毛皮や羽毛で飾った蛮族の長老である祈祷師と、魔法使いのとんがり帽子姿のエリクディスが焚火を挟んで胡坐を掻いている。
双方共に顔の皺が深く、白い髭が長い。片や雪の照り返しにて、片や南海の日差しにて肌が黒くなっている。
「鉱山には地権者がおり、その者に断わりなく居座れば争いとなる。ここは安住の地ではない。移住されよ」
「その時は戦う。生きるために死ぬ」
「この鉱山には更に、閉山に追いやった怪物が存在する。地権者が手を下さずともいずれ一族に致命的な害を成す。移住されよ」
「その時は戦う。生きるために死ぬ」
「悪戯に死ぬ前に、別の土地へ移るべきだ。ここは良い土地ではない」
「我々の故地に比べれば楽園のように暖かく、良い土地だ」
長老が指差す先、遥か彼方には薄ぼんやりと白く、しかし巨大な万年雪を被った北の山脈が連なる。彼等はあそこを、人を減らして越えてきた。
「南の土地は人が多く、戦士も魔法使いも数多くいる。そして残虐な者も多い。獣を狩り、武勇を誇るためにいずれ襲ってくるだろう」
「故地でも同じこと。どこも変わりはしない。ならば暖かい土地が良い」
決められない。農耕の出来ぬ極寒の北の森深い蛮地から来た者から見れば、辛うじて耐寒作物が育てられるこの地は楽園のようであろう。
「やんのかゴラ?」
「あんだてめぇあ?」
知恵者の長老とは別の指導者、赤髭の族長とガイセルが噛付かんばかりに睨み合っている。
別の地方出身の蛮族の若者は成長していた。背が伸び、肉が太くなり、髭も少し生えた。目つきも眉根が寄るようになって武士の面構え。装備品は雑兵ながら勇士のように重装備が不揃いに揃い、勇者の証に相応しい巨狼の毛皮を外套にしている。あのアダマンタイト合金の鎖帷子もまだ片外套として身につけている。
「ジジイ、まだ決まんねぇのかよ!」
「まだだ」
話し合いよりはあえて果し合いにて武を研鑽する旅をしていたガイセルには歯がゆかった。実際的に噛付きたいぐらいに。
「話し合いなんか無駄だって! やっちまっていいだろ!?」
「いかん! 無益な殺生をするな!」
「師匠なら!」
「そのお前の師匠がそうしてどうなった!?」
「ぐぬぬ……」
ガイセルの師匠チャルカンは刃傷沙汰の結果呪われてしまった。わざわざ北の辺境にまで南海で元気を取り戻した老魔法使いが足を運んだ理由がそれである。
「殺さなきゃいいんだろ!」
族長へガイセルが殴りかかる。巨大な拳が赤髭の面にめり込んで打ち抜き、首を伸ばす。常人なら顎が外れて砕けていた。
常人ではない族長が殴り返す。巨大な拳が髭の生え始めた面にめり込んで打ち抜き、鼻血を流させる。常人なら激痛で腰が引けていた。
蛮族達が歓声を上げ、エリクディスが助っ人に呼んだ旧友のドワーフも「やっちまえ!」と煽り尚且つ酒を片手に、いつの間にか作った飲み仲間と鍋や石を叩く。
「ぬう、なんてことだ」
「むむう、しょうのない」
老人同士唸った。馬鹿二人が殴り合って勝負がついたところで何か決定を下す気は無い。
始まりは交互に一発ずつ顔面に拳を打ち込むしのぎ合いであったが、ガイセルは自分の番に一発打ち込んでから距離を取って構えを変えた。
剛体だからこそ僻地で生き抜けた蛮族の中でも、体格と腕っ節で族長となった男は負けん気にて、しかし洗練されぬ大振りの拳を繰り出し、反撃の掌底打ちを顎に受けて力が抜け、前に出たガイセルの肘打ちをこめかみに受けて膝を曲げ、下がった顎に膝蹴りを受けて失神。脱力し切ったところで喉輪からの払い腰で地に伏せる。
ガイセルは若く、体力に満ち溢れ、猛っている。ただ力任せに殴り合わぬオークの徒手格闘術を学び、殺し方を心得ている。
「それまでぇい!」
エリクディスが怒鳴る。伏した族長の首を踏み砕こうとしていたガイセルの動きが止まらなかったが、ドワーフの旧友が体当たりで吹き飛ばした。そしてまた起き上がって戦おうとする若者の胸倉を掴んで頭突きの一撃で倒した。
「人間にしちゃ固い頭だ」
ドワーフの頭骨は他の種族より大きく分厚い。そして彼、ゲルギルの首はその頭より更に太い。
戦士にして神官、そして鍛冶職人のゲルギル。短躯ながらオークと拳闘で勝ったこともある。叩き割った頭はそれより多い。
「族長は決闘で倒された。そちらに従おう」
「良いのか長老」
「南にはあのような戦士が無数にいるのだろう」
「いる」
長老が降伏するように頭を下げた。蛮族の移住が決定した。
「移住先を探す手伝いはしよう」
「何と、まことか?」
当たり前だが一族の移住先を探すなど簡単な話ではない。世の土地は人が住めるところには人が住み、後は住めないのだ。
「おいエリクディス、そんな約束してどうする気だ? 耄碌したか」
ゲルギルの指摘は尤もである。出来ぬ約束をした場合の混乱は、特に命が懸かれば手酷いものになる。先程の殴り合いで済まない。
「鉱山が再開した時に人手は必要だろう。あの寂れた村に若者が残ってるのか?」
廃鉱山の麓には、その昔は鉱夫で賑わっていた街があり、今では村の規模に落ちている。
「じゃあ村に連れてくのか?」
「まだだ。山が開く前に移住しても稼ぎ口も無い。それこそ殺し合いだ」
「お前、頭良いな」
「当たり前だ」
エリクディス、ゲルギル、先代チャルカン、それに他三人合わせた六人の冒険者仲間を組んでいた若い時代、知恵者の役割は魔法使いが担っていた。
■■■
このような事態に陥ったのはチャルカンが匠神に呪われて石像になったことに始まる。
チャルカンは匠神の使徒一つ目が作った神剣を持つ半神英雄の剣士と決闘を行い、鉄岩の大剣にて神剣諸共砕いて一太刀で斬り殺した。その半神英雄の死は法神の定める決闘契約に基づくのでともかく、己の作品を砕かれたことへ理不尽に怒った一つ目の呪詛を介して呪われたのである。
ガイセルが解呪の仕方を匠神の神官に尋ねて神託を受けるに、長らく採掘が止まっているドワーフが開いた鉱山を復活させよとの試練が下ったのだ。真っ向から神の怒りを受けたならば救いようもないが、理不尽で情状酌量の余地があれば何とかなることもある。
ドワーフ鉱山を復興させるにはどうしたらいいか? 腕っ節だけで頭は頭突きに使うのがせいぜいのガイセルは悩んだ。鉱山には怪物が出て以来採掘が中止され、最近ではそこに蛮族が住み着いているという。怪物と蛮族、二つの脅威を最低でも排除しなければならず、もっと何か別の脅威の可能性もあるとも推測した。チャルカンに学び、全てを短慮で終わらせなくなった。
ガイセルはチャルカンと修行の旅に出て知った。決闘と戦争の違いである。決闘の時には剣一本で名乗りを上げて半裸であるチャルカンも、戦場となれば鎧兜に全身を固め、盾に飛び道具を用意し、壁を築いて穴を掘り、朝駆け夜襲に煙幕張りに騙まし討ちを躊躇しない。寡兵で戦わず大軍で当たるように心がけ、突出せずに雑兵に先陣を切らせて盾にすることもあり、あまつさえ死んだふりに降伏したふりまでと形振り構わぬ戦い様を見せた。戦場には見える脅威と見えない脅威がある。何でも出来ないと死んでしまう。
個人の武勇には限界がある。そこに頼れる仲間が要ればこそようやく互角の戦いが出来て、後は運と戦争を指揮する将軍の智謀が物を言う。
ガイセルは蛮族と怪物、それを相手取るのは間違いなく決闘ではなく戦争と見た。であるから唯一、文無しでも頼れる冒険の先達、エリクディスに指名依頼をした。
ガイセルには手持ちの武具以外に金目の物は無い。匠神の神官に尋ねた時に払った礼金は多額で、今まで貯めたアダマンタイト合金の甲冑を造り直すための資金が無くなった。師チャルカンの手荷物には手を出していない。
指名依頼の手紙を出すために食費も削って獣狩りで腹を満たした。盛り場での拳闘試合で金を稼ぎ、挑発を進んで行い決闘で武具や金を奪い、暴力集団の対決に用心棒として参加。そして人目無くば辻斬り強盗にて形振り構わず稼いだ。全て師匠に学んだ通り。
チャルカンに譲ったとはいえ弟子の苦難である。銭より義の男は応えた。可愛いではないか。
才あるシャハズの寝台はエリクディスの家にあり、授業料も生活費も十分。ヒュレメもたまに顔を出し、錬金術の師匠も海底都市の経緯で学生に対する以上に親身である。遠出をしても心配なことは一つもない。エリクディスは依頼に応じて現地へ行き、ガイセルから事情を聞いて対応する。
まずは討伐に必要な軍隊を揃える前に、その兵力がどの程度必要であるかを見定めるために少数にて偵察する必要がある。揃え過ぎては費用が青天井、揃えが不足ならば血の泥濘。見極めなければならない。そして、手ではなく口でどうにか解決出来るのならそれに越したことはない。
少数精鋭に、そして出来るだけ安く済ませるためにガイセルがエリクディスに縁で頼ったように、エリクディスも縁に頼った。それが旧友にして戦友、老ドワーフのゲルギル。戦士、神官、鍛冶職人という三輪を満たすため、冒険に出ては自作の武器の試し切りを行いつつ見聞を広め、得た手応えと広めた知識で優れた武具工芸品を作り上げては匠神に捧げた男だ。たまたま近くにいた。
ガイセルの殴り合いが結果功を奏し、蛮族問題は解決の糸口が見つかった。次は鉱山の怪物である。
廃山前の鉱夫に事情を聞ければ良いのだが、その廃山は遥か昔のことである。事情を知る者は寿命が尽きており、その語りを聞いていた子孫も各地に散って行方不明。元鉱山街の村の住民といえば後から移住してきた蛮族であり、彼等は鉱山の怪物を恐れて近寄らず、聞き取り調査をしても彼等の知識が浅くて要領を得ない。つまり詳しいことは実地調査をしないと分からない。
鉱山の入り口、横穴の坑道からは鉱水が湧き出している。かの蛮族達がここに拠を定めようとしたのはこの鉱水があるからだ。地下水は温度が安定しており、冬でも湧き出した地点周辺ならば凍らない。鉱毒の有無は不明だが、即効ではないらしい。鉱石屑で造られた貯水池で蛮族の子供達が水遊びをして、その傍らで女達が洗濯をして、男達や家畜が水を飲んでいる。
エリクディスは飲み水は上流、遊びは中流、洗濯水は下流、もし排泄するのなら最下流にするべきと指導しておいた。老婆心である。
村の建物は北部からやってきた当時のまま、毛皮の天幕である。坑道に住まず、荷物すら置かないのは落盤で塞がっているのだ。鉱水以外通さぬ崩れよう。
エリクディスは良識の人。ここで懸念したのは落盤、岩石除去による水源汚染。ゲルギルは蛮族にさほど同情はしていないので「落盤で汚れてないもんが今更除去で汚れるか」と経験に基づくもいい加減に言う。
最終目的を見失ってはならない。この蛮族を村の方へ移す計画が成ればこの鉱水に頼る必要はなくなる。そして何よりチャルカンの解呪が優先される。であるから無知なる蛮族にその危険性を教えずに坑道の復旧が開始される。中に入らなければ怪物の正体も掴めない。
疲れ知らずの怪力ガイセルは岩石を運んでは外に捨てる。
鶴嘴の扱いに熟練した豪傑ゲルギルは大き過ぎる岩石を砕いて持ち運べる形に砕く。
体力を取り戻したとはいえ強力には遠いエリクディスは、腰の不安もあって怪物警戒に目と耳を研ぎ澄ます。そして瓦斯漏れ検知の小鳥の世話と光源の維持だ。
『このマナ鉱石を適度に光らせろ』
エリクディスがそう光の精霊に命じたのは、シャハズがアプサム師の指導で製作した魔法道具、マナランプ。その内に仕込まれた純度の高いマナ鉱石が光りだす。あの海中用ランプの模倣である。しかも金の精霊術に熟達しなければ加工不能な、精霊術と相性が良いミスリル製なのだから天才にも程がある。
エリクディスは魔法使いだが、情けないことに長時間独力で坑道内を照らせるだけの才能が無い。光量を安定させる神経も無い。無理をすれば精霊憑きになる。それを助けるのがこの傑作マナランプだ。松明では鉱山の瓦斯に引火して爆発する可能性がある。だからこの熱無き光が頼りだ。
ゲルギルには坑道堀りの経験はあるものの専門的な鉱山技師ではない。専門家であっても失敗して鉱山事故を起こして大量の犠牲者を生むことがある。あらゆる願いを叶える可能性を秘めている神への奇跡だが、それが咄嗟の事故に間に合う可能性は低い。だから火を使わず、基本的に本来通じている道以外の場所は掘らない。既に掘られた場所から、落盤箇所から瓦斯は噴出しない。瓦斯溜まりがあってもそれは噴出した後だ。勿論、落盤で瓦斯が噴出する前から抜け口が別の落盤によって塞がれていることもある。それを警戒するのが頭を使う老人の仕事。
復旧していた坑道がわずかに揺れ出す。小鳥も小動物の危機察知で騒ぎ出す。
「手を止めろ!」
ゲルギルは手を止め、ガイセルは首を傾げる。岩石砕く音が止んで揺れや音が際立つ。
「逃げろ!」
逸早くエリクディスは小鳥の籠とマナランプを持って走って逃げる。何かあってからでは遅い。ゲルギルも長年の経験から良いことはないと逃げ、ガイセルは手に持った岩石を落としてゆっくり後ずさり、何が起きるか無謀に確認しようとする。
震動が強まり、細かな破片が天井から落ち始める。
「離れろ馬鹿たれ!」
ゲルギルの言葉にガイセルは動かない。
「何しとるか!?」
エリクディスも戻って怒鳴る。
そして岩盤を砕いて怪物の頭が出る。
「ワーム!?」
ワームは頭と胴、尾だけの蛇か芋虫の如き怪物。
「殺せば!」
「坊、無理だ!」
地中の怪物は岩盤であろうが砕いて進み、崩れる大地に潰れない強靭な体を持つドラゴンの亜種。円状異形の顎がそうは見せぬが。
ガイセルがオーク剣術の大上段を一撃加えるが硬質の鱗に刃は通じず、厚い肉に弾かれる。
「糞!」
先代チャルカンが試し切りに動かぬその遺体へ斬り込んだが弾かれたことがある。常套手段にて太刀打ち困難。
ガイセルの一撫でなど何も無かったかのようにワームは顎で岩盤を砕き、鼻先を捻じ込んで穿ち潜り、落盤が始まる。ワームは三人のことなど三対の眼中にないが、掘削に巻き込まれて潰されかねない。地形は圧倒的に不利。
「逃げるぞ馬鹿もんが!」
諦めがつかないガイセルの手をゲルギルが引き、やっと後退の決意がつく。
落盤が奥から連鎖して続く中、入り口まで三人は走って戻る。折角撤去した岩石と同程度の落盤で坑道がまた塞がった。
「参ったな」
■■■
ワーム退治は一先ず先送りになる。あの怪物を退治するには剣や矢は通じない。殺すには名うての魔法使いが何人も必要で、まず戦うように仕向けるまでに大人数が、山を掘って鉱床を当てるような努力がいる。今はどうにもならない。
ゲルギルの奇跡にて坑道を再度開くことは不可能ではないが、規模と人数に鑑み、地神への祈りを何年も根気強く続けねば実現しない。現実的ではない。
次は山を登り、頂上の露天掘りの方から調査を行う。横穴が駄目なら縦穴の方からだ。
山道は曲がりくねって何度も折り返す。歩いて、車を引いて登れる角度の坂で山頂を目指して削るとそうなる。
この山は禿山だ。その周辺にも大きな木が生えていない。鉱業の発展と引き換えに伐採が進んで禿げ上がって未だに周囲ではそれが復活していない。豊神に祈る者と捧げるだけの犠牲があればまだ何とかなったのだろうが、その二つが欠けていた。
この山には隠れる場所が無い。侵入者と防衛者が居れば迷わず即座に出遭う。
怪物の鳴き声、武器を構える三人、上空から現れたのは鳥に酷似した骨格の腕無きドラゴンの亜種ワイバーン。
「逃げ……られんか!」
ワイバーンは飛んで回り、巨体に比して素早い。曲がりくねって折り返す山道は無視出来て、狭い足場に頼る必要が無い。
ガイセルが選んだ手段は、巨狼の毛皮を被り、獣のごとき雄たけびを上げること。すると薄かった髭が、肌の産毛も太く伸び、筋肉が膨れ上がる。戦神に拠った半獣の加護を降ろしたのだ。
ワイバーンの一撃は猛禽に似て、高所から滑空して繰り出される鉤爪の蹴り。
「大陸と地下、土を司る地神よ。大地の槍衾にて守り給え!」
ゲルギルが地に、血が出るほどの衝撃で身を投げ出す五体投地で起こした奇跡、岩石の乱杭が伸びた。
突撃するワイバーンは咄嗟にその勢いを殺し、その足を若干傷つけながら杭を蹴り崩して致命傷から逃れ、羽ばたいて姿勢を立て直す。猪突ではないのだ。
「これを突き刺せ!」
エリクディスが半獣化したガイセルに渡したのは新武器、天才シャハズ考案の雷の槍である。効果的であるのは疑いない。
「う……」
半獣でも理性はまだ効いている。効いているからこその半獣。ガイセルがチャルカンから学んだ技は剣ばかりではない。何でも出来るように、投槍もその技の一つ。
「……がぁ!」
助走から足腰肩腕が連携した投槍一閃、亜種とはいえ、身の軽い飛行種とはいえ、ドラゴンの鱗と皮と肉の厚さを持つワイバーンの腹に槍が突き刺さる。
「浅い!?」
「良うやった!」
槍先は刺さったが、とても内臓に達した深さではなかった。かろうじてすぐさま脱落しない程度である。
『杖の筒の中をほんの少し燃やし……』
雷声、煙と火を上げて弾かれた槍先が腹に飲み込まれ、雷の杖が分離して落ちる。
『……槍の中をほんの少し燃やせ』
複雑な火の精霊への語りかけに眩暈を起こしたエリクディスをゲルギルが支える。そして二度目の雷声はくぐもり、かなり小さく聞こえた。しかし、腹の小さな傷から血を噴出して絶叫を上げてワイバーンは墜落。岩肌に叩きつけられ、首に翼に足を折りながら血塗れになって転がり落ちていった。
雷の槍、中抜き型の槍の穂先であり不壊のオリハルコン製。中抜き部に雷の薬を仕込み、エリクディスでも使える簡単な金の精霊術にて卑金属で皮膜にすると薬の脱落防止になり、爆発させると皮膜だけが破片として飛び散る魔法の武器。
雷の槍を雷の杖の先に付けて連動して炸裂させると、杖の炸裂で穂先が射出されて奥深く突き刺さり、そして槍の炸裂で怪物の一撃必殺を狙える。シャハズが私掠党の烏賊を討伐した時に、急所ではない場所を急所にするにはどうすればいいかと思い至ったのが発明のきっかけである。
エリクディス、シャハズ、ガイセル三者の力が合わさることで亜種であるがドラゴンですら一撃で仕留めることに成功した。
冒険者として世に名を残すに十分な快挙である。一度ここでワイバーンの死体を持ち帰って村で祝杯を挙げてその首を切断して諸国を引きずり回して討伐話で金や飯や酒をたかりまくって、その腕を武家にでも売り込んで仕官先を値踏みしても良い程。
ガイセルは勝利の雄たけびを上げる。声が伸びて、毛まで更に伸び、巨狼の毛皮と顔が一体化するように牙と鼻すら伸び始め、目が黄金に輝く。
「獣化!? まずい!」
「工場と採掘場、技巧を司る匠神よ、我が身に装甲を!」
ゲルギルが己の金飾の首飾りを千切って掲げて祈りと共に捧げ、一瞬で鋼の鎧武者と化して狂戦士と化したガイセルに組み付く。
「魔法使い、なんとかせい!」
獣のガイセルがめちゃくちゃに唸りながらゲルギルを殴り蹴り、アダマンタイト合金の剣で切るのではなく殴りまくる。大人の男をも一撃死させる駄々っ子の大暴れ。
エリクディスは相応しいと思う祈祷の姿勢を取る。片膝を立て、短剣を抜き、柄に両手を添えて刃先を地面に突き立てて頭を垂れる。
「戦場と猟場、闘争を司る戦神よ。後に必ずガイセルに御柱様への感謝の素振りを捧げさせますのでどうか、かの者の狂える獣をお鎮め下さい」
祈りが通じ、段々とガイセルは落ち着いて、無用に伸びた牙も鼻も縮んで毛も抜け、毛皮と分離、元の髭の薄い大男に戻った。
「あれ?」
記憶を一部喪失したガイセルは首を傾げ、祝祭日の鐘より乱打されて頭が痛くなったゲルギルは大の字に倒れて「のわぁ……!」と呻く。
「やれやれ」
エリクディスは祈祷の姿勢を解いてガイセルに約束を果たさせる。
「坊、戦神に対して感謝の素振りをやるんだ。お前の獣化を静めて下さるように祈った代償だ。きちんと、一回一回戦神に感謝して剣を振るえ」
「あー、どのくらい?」
半獣のあたりまでは記憶があるので、巨狼の毛皮を最初に脱ぎ、そして鎖帷子など素振りに邪魔になる装備を外しだし、戦神相手ならばと全裸になる。戦神を称える闘技等では原則、参加選手は全裸である。
「ありがとうございますと全霊を込めて叫び、一万回」
「いつ?」
「今」
「嘘だろ?」
「何だ出来んのか?」
「へっ、楽勝だ」
「過労で喉も腕も酷いことになるだろうから終わってから治療だな……ゲルギル、治療用の生贄だ。ワイバーンなら死体でも豊神も喜んでくれよう」
ドラゴンは神々と敵対とまでいかないものの、まつろわぬ種の代表格である。その分、並の生贄とは扱いが違う。
「おう……」
ゲルギルが装甲の不要を念じて解除、消滅させ、肉で固めたような樽の短躯で「よっと!」の掛け声で身軽に跳ね起きる。
「ありがとうございます!」
剣先を振るわせたガイセル、感謝の素振り一万回が始まった。
■■■
祈祷の素振りで声が枯れて血を吐き、腕に肩に足腰が内出血で腫れて変色したガイセルをゲルギルが担ぎ、落下死したワイバーンのところで豊神へ、死んでしまったが価値のある贄を捧げる儀式の祭壇築いたエリクディスが祈祷にてその過労の負傷に倒れた若者を癒した。ワイバーン一頭の死体は贄には過剰と、討伐の証として鉤爪が一本残った。
麓の村へ戻り、癒えたとはいえ体力が尽きたガイセルの回復を待った。
鉱山は異常事態に陥っている。神々に従わぬまつろわぬドラゴンの眷属の内、ワームとワイバーンという生態の異なる二種が同時に住み着くということは、それらをまとめる力の強いドラゴンが住み着いている可能性があるのだ。そして両亜種共に一頭ずつということは無いだろう。ドラゴンの群れの討伐など国の軍隊ですら生半に出来はしない。
討伐は後回しにし、二種の群れが発生した原因を特定するのが先決とエリクディスは判断した。先の蛮族のように原因が分かれば討伐しなくても良いかもしれないし、原因を匠神にご報告すれば手助けがあるかもしれない。試練の内容があまりにも困難極まり、尚且つ神の利権に関わることであれば助力が得られることもある。匠神の影響ある鉱山が増えれば、神々が争う信者の数にも若干の影響があろう。
ガイセルの回復が確認出来たら再び、夜を待って登る。
「星月と暗闇、夜間を司る夜神よ。一時、我々をその優しき暗闇で襲撃者の目から隠匿し給え」
エリクディスは夜神に銀貨を捧げ、その奇跡の力で夜空の下、更に暗闇の幕で姿を消して三人で再び露天掘りの頂上を目指した。
マナランプには光に指向性を持たせて足元だけ弱く照らしながら行く。隠匿は襲撃者の目からのみなのでこちらの見通しは、夜相応に利く。
露天掘りの窪地は、ワイバーンが各所から集めた雑草灌木で積んで編まれた巨大な寝床になっていた。積雪こそまだだが、既に夜は寒く、親も子も翼で庇い合い、首に尾を絡ませて身を寄せ合っている。
この露天掘りは人造の穴なので道が道と分かる痕跡が残る。道なりに進めば、今度は縦からの坑道入り口が見つかる、かもしれない。鉱床がどこまで続いているか確認用の縦穴くらいはあってもおかしくない。そしてゲルギルが、ドワーフの掘り方の癖を思い出しつつ痕跡を追って発見した。
縦穴の入り口は、かつては昇降機があった場所だが今では朽ちて錆の塊が残っている程度。
「ゲルギル、足場」
「任せろい」
「坊、命綱」
「おうジジイ」
昇降機があった縦穴へ、命綱を太い胴と股下に股間を潰さぬよう二股に巻いたゲルギルが吊るされ降ろされる。綱の端は、壁面に穴を穿って作った柱に巻きつけ、降ろしに綱を繰り出すのはガイセルの手である。
吊られたゲルギルは縦穴壁面に手とつま先をつけて平衡を取りつつ、予め匠神に祈りを捧げて置いた祝福の釘を腹鞄から取り出し、祈って杭を巨大化させては金槌で打ち込んでいって足場にする。その手元はエリクディスがマナランプで上から照らす。
縦穴は深く、どの辺りから綱を垂らせば杭打ちを省略出来るか簡単には分からない。少しずつ杭打ちを続ける。
「坊主、疲れたら言っていいぞ」
「軽いぞデブジジイ。女の子か?」
「ふん」
今まで二本目以降は出来るだけ片手で杭を掴むようにして作業をしていたゲルギルは、その短躯から想像もつかぬ重体重を完全に命綱へ預けて作業を始めた。杭を打つ速度は上がったが、ガイセルの表情が歪む。
杭打つ作業は止まらず長い。匠神の奇跡にて杭を量産するゲルギルも祈祷が雑になりかけて「休憩だ!」と言い始めるぐらい。ガイセルも維持に腕が追いつかない。一度、上で食事休憩など挟む。もうこの縦穴内で夜や昼などワイバーンの目を気にする必要は無いのでガイセルは食べたらとっとと、エリクディスに鎮痛抗炎症の湿布薬を体に張って貰ってから寝始める。
再び作業を再開、作業縦穴の下で小さくなっていくゲルギルを照らしつつ見ていたエリクディスが、あの手元まで届くよう『もう少し強く光れ』と光の精霊に語りかけて調整する己の技量の限界を感じ始めたころ、遂に杭打つ手が止まり、綱を結んで垂らす手際が見えた。
「底か!?」
声が反響しながら下へ。
「降りて来い!」
同じく反響しながら上へ。
エリクディスとガイセルは縦穴の杭を手に掴み、足に掛けて壁面を降りる。食い込んだ杭の深さと固さは確かで抜ける気すらしない。加護があり、刺さった後に癒着しているのだ。杭を見れば植物の根や菌糸のように金属が細く壁面に枝分かれしてへばりついている。
縦穴は深かった。途中に横穴、中継地点が無いのが不思議なほどである。自然洞穴、ワームの進んだ跡ならともかく、昇降機跡である。
最後に綱を掴んで握り、足で挟んだ摩擦で速度を調節しながら降りて着地。朽ちて落ちた昇降機を踏みながら地面に降りる。
縦穴から今度は横穴を進む。背の高いガイセルは窮屈そうに屈んで、手で天井を触りながら進む。エリクディスのとんがり帽子も先端が引っかかるので半ばで折る。ゲルギルは快適に進んでいる。
耳を澄ませば、遠くで削っている音が聞こえる。地中に反響しているので位置など特定出来ないがワームだろう。
「かなり深い。不自然にな」
「俺もそう思うわ。こりゃ何かあるぜ」
「何かって何だよ?」
ゲルギルが手を天井に、背伸びして、ちょっと跳ねるて手を伸ばすと届く。
「最初に入った坑道はこんなに天井が低くねぇ。石取るのが目的だからな、道具運んだり石出したり、鶴嘴を縦に振り上げたり、ランプ吊るしたり、作業するには良い高さってのがある。鉱床に当たりゃ高く掘って足場組んで、採石場の崖削りみたいになることもある。だがここはどうだ? ドワーフが歩いて行けりゃ十分だって作りだぜ」
「じゃあ何だよ」
「石じゃない何かがあるってもんだ」
憶測をそれぞれしながらひたすら進む。
「止まれ」
エリクディスが二人に向かって手の平を向ける。その目線の先に、通路に反射して明かりが見える。遥か先に照明がある部屋の存在が疑われる。無人の廃山された坑道の昇降機が壊れたその先にである。
「何かがあったな」
「どうして止まんだよ?」
「二人はここで待て。ワシが死んだら、助けるのは無理かもしれん」
「は? ジジイ、ボケたか」
「多数で行ってもどうにもならん……」
エリクディスが先行する。納得いかぬガイセルはゲルギルが先輩風を吹かす手で抑える。
横穴の奥へ行くほど光が増し、眩くなる。灼熱は感じないが太陽に向かって歩いている気にすらさせる。
光は強過ぎて肌をひりつかせる。汗拭き、包帯、手袋、とにかく布で肌が露出している部分を隠す。目だが、帽子を前傾に被り、つばの陰から足元を見るようにする。
そして眩いどころか太陽を直視するような目を焼く光に至る。
『我が目を射す光を和らげろ』
マナランプを介して光の精霊に己の目を守らせつつ先に進み、遂に広がる空間、部屋などではなく巨大な空洞に出る。空洞内には無数の穴が開き、そこからワームが出入りをしている。
そして空洞の中央に鎮座するのは、揺らめく虹に煌く結晶の山のような姿のドラゴンであった。
「”宝石”!」
地底でも輝き、陽光のように眩い者の名である。
■■■
・ドワーフ
頑強な骨格と、肥満傾向にある短躯、男女共に生える立派な髭が特徴。
寒冷気候に適した体で寒くて乾いた寒帯を好み、暑くて湿った熱帯を嫌う。
貧しい雪国住みの割には強欲で、鉱山開発と加工業で装飾を楽しみ、一儲けを企んで世代が経つ。
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