第16話〜地下〜

 ここはある場所の地下室。

 地下と言っても、ジメジメしていたりするわけでは無い。

 そして薄暗いということも無く、むしろ明るいくらいである。

 その地下室には、複数のモニター、キーボードがあり、モニタールームとなっていた。

 その地下室だけが、人間が住んでいる街や国の何世代も先の未来を表していた。

 そのモニターには、最西のダンジョン内の様子が、写し出されていた。

 そのモニタールームに1人の男。

 名をエクメリウスという。

 その男は現在、最西のダンジョンの管理を任されているものである。

 この世界には7つのダンジョンが存在している。

 最西のダンジョン。

 最東のダンジョン。

 最北のダンジョン。

 最南のダンジョン。

 海のダンジョン。

 空のダンジョン。

 火のダンジョンの7つである。

 既にこの最西のダンジョン以外は、制覇されている。

 しかし制覇されているからといってダンジョンの価値が無くなる訳では無い。

 ダンジョンでは様々な資源が手に入り、それを探して生計を立てる者がいる。

 そのためそれぞれのダンジョンの付近には街ができ、賑わっている。

 この最西のダンジョンも例外ではない。

 付近には街ができ、冒険者も多く、資源もよく取れる。

 ダンジョン街の中では1番賑わっているのが、最西のダンジョン街である。

 最西のダンジョンが制覇されていないというのも、魅力の1つであり、制覇しようと多くの冒険者が、世界中から集まる。

 中にはとても良いバランスで、とても強いパーティも居た。

 このエクメリウスもそのパーティの1人であった。

 パーティの名はドミネーター。

 その名に相応しく、彼らのパーティは、最西のダンジョン以外全てのダンジョンを攻略したのだ。

 ダンジョン制覇者は数いれど、6つのダンジョンを制覇した者たちは、歴史上でも彼らしか居ない。

 そんな彼らでさえも、最西のダンジョンは制覇できなかった。

 最西のダンジョン9層で、彼らはボスに負け、全員が死ぬはずだった。

 しかし彼、エクメリウスだけは何故か生き残った。

 そして目の前に居た女が言ったのだ。


「お前は気に入った。死なすのはもったいない。私の傍で働かぬか? 」


 エクメリウスは藁にもすがる思いで、その女に懇願した。

 死にたくなかったのである。

 そしてエクメリウスはその女神の血を分けてもらい、死なずに済み、今も目の前で、最西のダンジョン内を観察し、管理している。

 管理と言っても、死んだ魔物やボスの魔物を、魔力を使用し、補充をするだけの、雑用である。

 これを500年以上もずっと行っているのだ。

 エクメリウスは最近、あの時死んだ方が良かったのではないかと、思うようになっていた。

 一時期の死の恐怖に抗えなかった自分。

 それが今では死への渇望へと変わっている。

 しかしどれだけ望んだとて、死ぬことはできない。

 あの時に、あの女、いやあの女神に半神半人の体へと改造されたからである。

 もしあの時に戻れるのなら、今の俺なら確実に死を選ぶだろうな、などと自嘲しながらも、モニターを眺めていた。


「はあ〜い、エクちゃ〜ん。調子はどうかしら〜? 」


 エクメリウスがモニターをぼーっと眺めていた時に、エクメリウスのことをエクちゃんという、声の主はどこからともなく現れた。

 エクメリウスは聞くのも嫌なその、鈴のような声のする方へと向く。

 黒い長髪に黒い目、しかし整った顔立ちは、人間であった時には出会ったことの無い程美人であり、やはりこの世のものでは無いと悟る。

 また服装は黒のドレスという、なんとも全身真っ黒で、どこかの魔女なのかと思わざるおえない。

 いや、この女が魔女であればまだ良かった。

 この女は女神であり、死神だ。

 死神と言うのは、人間を死に導くだけの存在では無く、生をも操ることが可能である。

 故にエクメリウスは、この死神から、血を分けてもらったので、生物の生死を操ることができる。

 つまり魔物を生き返らせ、補充させることができるのだ。

 ちなみにエクメリウスは金髪で、顔立ちはそこそこ整っており、人間時代のローブは未だ手放さず、白のローブを身にまとっている。

 この嫌いな女神ではあるが、一応上司である為、会話を無下にすることはできない。


「別に、何も変わり無いですよ」

「あらそう〜。残念ね〜」


 何が残念なものか。

 この女神は一体何がしたいのか。

 面白い人間を探せと、500年前に言われ、初めのうちは、何かある度に報告していた。

 しかしそのどれもこれもこの女神の琴線には触れず、ボツになってしまった。

 そしてたまに彼女が見に来た時、エクメリウスから見れば面白くもない人間を面白いと言うのだ。

 エクメリウスには、彼女が何を求めているのか全く分からず、結局ここ200年程は何も報告していないのである。


「でも〜、私が見たら誰かいるかも〜」


 そう言ってこの女神はモニターのチャンネルを切り替える。


「ん〜、なかなか居ないわね〜。

 この前の人間も〜、もう10年くらい前になるかしら〜、ねぇ〜エクちゃ〜ん? 」

「15年前ですよ」

「あらそうだったかしら〜。私にしてみれば誤差だからわからない〜」


 なーにがわからない〜だ。

 悠久の時を生きるあんたには、そりゃ5年の違いなんて誤差で、5年なんてあっという間だろうな!

 なんてエクメリウスは思いつつ、エクメリウス自身も5年という歳月が一瞬で過ぎ去ることをまだ理解していないのである。

 そして女神はん〜ん〜唸りながらも、モニターを切り替える。

 人間を見て、探して何が面白いのか。

 女神レベルになると、暇つぶしというくらいのものなのだろうと、エクメリウスは思っている。


「ん〜ん〜、ん〜? 」


 突然、女神の反応が変わった。

 それを合図にエクメリウスはモニターに目をやる。

 モニター画面上には、2人の男と女。

 男の方はどこかの誰かさんを放物線、短髪の黒髪で、全身が真っ黒。

 女の方は栗色の髪に、白のローブを身にまとって居た。


「ん〜、この子達いいわね〜」

「はぁ……」


 エクメリウスには何が良いのかさっぱりだった。

 どこにでも居そうな風貌の2人組み。

 更にはまだ1層目なのだ。

 冒険者を初めたばかりか、それとも弱いだけなのか。

 エクメリウスがよく分からないという顔をしていると、女神は怒ったように言ってくる。


「どうしてあなたにはこの面白さが伝わらないのかしらね〜」


 どうしても何もわからないからだ、とはエクメリウスの心の言葉。

 しかしこの女神、15年前も1層目で面白い人間を見つけた。

 確かにその者はエクメリウスの目から見ても面白く、強かった。

 しかしその者が所属したパーティでも、結局9層のボスは攻略できなかった。

 その者ともう1人はどうにか9層のボスから逃げ、その後ダンジョンで姿を見ることは無い。

 ダンジョン内に来なければ、姿を見ることは叶わず、今その者たちが何をしているのか、エクメリウスや女神に知る術は無い。


「ね〜、この子達〜、ブルーファルコンに見つかっちゃったわよ〜」


 ブルーファルコン。

 1層のボスには及ばないものの、その強さは1層の道中最強。

 更に飛ぶということで、シルバーウルフよりも、戦い難いと思う冒険者も多い。

 そんなブルーファルコンに見つかり、戦いを挑むは、黒髪の男と、栗色の髪の女。


「あら〜この男の子〜、1人で戦うみたいよ〜。

 それに〜魔術も使えないみたいよ〜」


 魔術が使えないのに、地べたを這い蹲ることしかできない人間が、飛ぶ敵をどうやって倒すのか。

 エクメリウスは少し興味が沸いた為、モニターを見ることに。

 彼を掴むために降りてきたブルーファルコンに対して、刀で防御していた。

 そのことを何度か繰り返した後、人間とは思えないスピードで、ブルーファルコンから距離を離す。

 そしてそのスピードで、ブルーファルコンへと突っ込み、真上に跳んだ。

 その跳躍距離、上に10m程。

 そして落ちてきた男を安全に降ろすため、女が魔術を使って安全に降り、ブルーファルコンの首を斬った。

 そして彼は魔術無しでブルーファルコンに勝利した。


「は? 」

「あら〜どうしたのエクちゃん〜? 」

「いえ、人間が跳べる距離では無いと思いまして……」

「そうね〜」

「もしかしたらあの女の魔術師が能力上昇系の魔術を男にかけていたのかもしれません」

「ん〜、それは無いんじゃないかしらね〜」


 そうなのだ。エクメリウスの目から見ても、女が男に魔術をかけた形跡は無いのである。

 最後の風の魔術のみであった。


「すごいわね〜彼〜。

 ってことで〜、お願いね〜エクちゃ〜ん」


 そう言って女神はどこぞへと帰っていった。

 モニタールームに残されたのはエクメリウスのみで、さっきの女神の言葉は、彼らを観察して欲しいということだろう。

 エクメリウスはそんなこと言われなくてもわかっている。

 というより彼がしたいのだ。

 500年退屈だった彼が、あの男と女のこれからを観察したいのだ。

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