第8話〜甘さ〜
カレンの脇腹に俺の右手の拳が当たることは無かった。
いや、殴れなかったと言った方が正しいだろう。
何故なら、カレンのあの体勢なら、拳をカレンの脇腹に当てて、殴ることができたから。
今俺は右手の拳を寸止めして、カレンを左の腕で支えている体勢である。
「どう、して? 」
カレンがどうしてと尋ねてくる。
何故最後に殴らなかったのか、殴れば勝てる勝負であったのに、と。
だから俺は答える。
「どうしても何も無い」
「カレンは大切な仲間で、家族で、敵じゃない。だからカレンは殴れない。傷付けられない」
「甘いわよ。私は今からでも術を唱えて、あなたを倒すことが出来る。トドメを刺さないあなたは甘いわ」
「だろうな。こんな事ダンジョンでやったなら、俺は死んでいる。
今倒されても文句は言えない
だけどここはダンジョンでは無いし、目の前にいるのはカレンだから、多少甘くても大丈夫だと思ったんだ」
そう、カレンは敵じゃない。仲間で、家族なんだ。
だから目の前の敵、いやカレンに勝つなんてイメージは湧かなかった。
俺のイメージに湧いたのは、寸止めだけだった。
「それに、カレンだって甘いぞ」
「どういうことよ」
「水の魔術に不利なファイアーボールから初めて、次はファイアーアローを多用。
極めつけは最後のハイランク・ファイアーアロー。
どうして不利な魔術を選んだ?
風や氷の魔術を使えば、俺は簡単に負けていた」
まぁ実際、カレンは風や氷の魔術を使ってきた。
しかしそれは牽制や、足止めレベルで、本気で倒しに来た魔術は最後の、ハイランク・ファイアーアローしか無かった。
「それは……そうよ。
だって、シキに怪我なんて、させられないもの。
シキは……私の……家族なんだもの」
恥ずかしそうな、弱々しい声で言うカレン。
更に上目遣いと来たもんだ。
いつもお姉さんの様な態度を取っているのに、この弱々しい生き物はなんだ?
上目遣いの威力半端ないな、おい!
「はは、いや、まぁ、俺たち似たもの同士って事だな。
お互い本気でやれなかった」
「そう、ね。でもこの勝負あなたの勝ちよ、シキ」
「そ、それで良いのか? 」
「ええ。あの体勢でシキに殴られてたら、対抗策は無い。その上更にもう一発食らってたと思うもの。だから……」
そう言って、カレンは少し笑い……
「あなたの勝ちよ、シキ」
そう言った時の顔は、確かに笑顔だったけれど、悲しそうな表情が混ざっていた。
*
「よくやったな、シキ」
「ありがとうござい……」
「なんて言うとでも思ったか! !
今から反省会だ反省会! 」
「ひいいい……」
俺はカレンとの勝負に勝った後、アガツにこってり絞られていた。
「ちょ、ちょっとくらい褒めてくれても良いじゃねーかよ」
「この勝負のどこに褒める要素があるんだ?
カレンが手加減してくれたから、勝てた様なものじゃねーか。
テンションが上がるのも遅い。
初めからテンションMAXなら、楽に勝てただろうが」
「いや、初めからテンションMAXだと、相手の動き分からないし……」
「相手が動く前に殺れ。それで十分だし、それが最強だ」
「いや、でも……」
「言い訳するな! お前はまだカレンに勝てたわけじゃねーからな」
「ひいいい……」
初めからテンションMAXって難しいんだよな。
相手がどんな駒持ってるか分からないし。
それに、俺の動きに対応されたら、俺に勝ち目は無い。
知らない相手なら尚更、恐怖が勝ってしまう。
心が負けてしまう。
俺の場合、刀とかの鍛練よりも、心を鍛えないといけないのかもしれない。
でもそのためには、色々な敵を倒して、自信を付けて……
あああああ! もう訳わかんねぇ!
とりあえず褒めてくれても良いじゃねーかよアガツ!
それが自信に繋がることだってあるんだよ!
「ま、最後の体術と刀の使い方は良かったがな」
「師匠! 」
その一言で俺は泣きそうになった。
「だが他は丸っきりだ。手数が増えると直ぐに止まってしまう。そして刀に頼ってしまう。
刀に自信があるのは結構だがな……
もっと動け! 躱せ!
体術の訓練はしっかりしてたのか?
木刀貰ったのが嬉しくて、その練習しかしてないんじゃないか? えぇ? 」
全て図星だった。
つまり、俺はまた泣きそうになった。
*
一方カレンはエリーゼと反省会をしていた。
「距離を離して、詠唱を唱える。シキ君に対して、これは良かったと思うわ。
しっかり対策してたのね。
それに牽制としての魔術も上手く使えてたと思う。
足や腕を狙っていたでしょ? 」
「はい」
「それと遊びも入れていた。わざと外すものを入れたりしてて、上手く使えてたと思うわ。
でもそれをしっかり見極めたシキ君が1枚上手だった。
何発かダメージを入れていれば、あそこまで速く走れなかったと思う」
「そう、ですね」
カレンは牽制をして、距離を離そうとしていた時を思い出す。
確かに距離は離せていた。
そして、あわよくばその魔術で仕留められるのでは無いか、とも思っていた。
仕留められずとも、ダメージくらいは入れられた可能性は十分あった。
近距離では圧倒的に不利な為、遠距離からの魔術でどうにかしようと思ったのだ。
しかし、魔術は躱され、有効打は木刀で切られ、ダメージと言えば掠った物だけ。
それではエリーゼの水の防御魔術で、ほぼ無効にされるだけ。
結局、距離を離す目的以外は無駄打ちさせられただけだった。
「彼、回避と剣術が相当上手いのね。いつもそんな風には見えなかったけど……」
「そうですね。私も今日は当たらないと思ってました」
「ま、これも個性の発現の影響の1つなのかな?
全部その言葉で終わらせるのはちょっと癪だけど」
個性とは、発現し、敵に回ればここまで厄介なものなのか?
いや、シキだけが厄介なのか?
「ま、躱されたことは仕方ないとして、詠唱の魔術はどうしてあれを選んだの?
私が赤魔術の中でも、火だけにしなさいと言ったから? 」
「シキに怪我させたくなかったので……」
「ふーん。でも他の魔術でも良かったじゃない。
『ハイランク・ファイアーブレス』なんかだと、あなたでも、私の水の魔術を蒸発させるだけの威力はあったでしょ?
でもカレンちゃんはあれを使った。
それって、カレンちゃん初めから勝つ気あった? 」
エリーゼに睨まれるカレン。
舐めた真似をするな、と言われているように感じる。
実際カレンは白の魔術が1番得意であり、次が青。赤の魔術はそこまで得意ではない。
白魔術が得意なのはカレンの適正である。
また師匠のエリーゼが青魔術師であるため、影響を受け、青の魔術が得意になることは、不思議ではない。
それでもその辺の赤魔術師に勝てるくらいには、赤の魔術を扱えるが。
しかしエリーゼの青の魔術はとても強力であり、今のカレンの赤の魔術では『ハイランク・ファイアーブレス』くらいしか歯が立たない。
それを分かっていたはずなのだが……
「手数で勝てると、思ってました。それにもっと離れているものかと……」
「甘い。甘すぎる。蜂蜜より甘いわ。
こんなにも手加減された事をシキが知ったら、悲しむ所の話じゃないわよ。
今あの子はアガツに絞られているから、こっちの話は聞こえて無いと思うけど。
カレン」
「はい」
さっきまで睨んでいた目とはまた別の真剣な眼差しを、エリーゼはカレンに向ける。
そして一言言い放つ。
「あなた、ダンジョンで死にたいの? 」
「……死にたく、ありません」
「でもその甘さは命取りよ。
シキ君と一緒に行きたいのかもしれないけれど、今のあなたの心持ちでは、ダンジョンに行かせられない」
「……」
「あの子もまだまだ甘いけれど、本気でカレンにかかって行った。最後はあなたを傷付けられないと言った感じだったけれど。
あなたは終始本気じゃなかった。
本気だったら、あんな不利な魔術使わない。
最後に殴れなかったシキの気持ちを利用して、魔術を撃つこともできた。
もっと反省しなさい。
自分の弱い心に」
「……」
エリーゼは全てお見通しだった。
カレンは何も言えなかった。
その後皆で、食堂にご飯を食べに行ったが、カレンは終始下を向いたままだった。
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