第7話〜カレンとの対決〜
「はじめ! 」
アガツの一言で始まった。
俺は約20mある距離を早めに詰めなくてはならない。
でないと、長距離から魔術で攻撃されてしまう。
俺は1歩踏み出して走り出した瞬間……
「ファイアーボール! 」
勢いのよい声と共に火球が飛んできた。
俺は足は止めず、それを左に最低限の距離を移動して回避。
後15m程。
しかしカレンは間髪入れずに魔術を放ってくる。
「ファイアーアロー! 」
火矢が飛んでくる。
それも1本では無く3本。
それも矢と矢の時間差が殆ど無い。
流石にこれは足を止めて、右へ跳び回避する。
くそ。
カレンに一気に距離を詰めて、一太刀浴びせるはずが、足を止められた。
それでも尚カレンは魔術を放ってくる。
「ファイアーアロー! 」
次は5本の矢が放たれた。
先程のように時間差が無いものではなく、少し間を開けて、火矢が飛んでくる。
2本は避け、3本は木刀で切る。
エリーゼさんの水の加護があればこその芸当であるが、流石に素の木刀であれば燃えている。
俺がモタモタしている間にカレンは俺との距離を離す。
──どうすれば良いんだよ……
距離を離される前に決着を着けたかった。
しかしシナリオ通りには行かず。
かと言ってここに居るだけでは、魔術の的にしてくださいと言っているようなものである。
結局俺はまたカレンに向かって走るしか無かった。
*
カレンの強みは普通の魔術師より、魔力量が多いことや、5属性全ての魔術が使えるということがあげられる。
しかし1番の強みは詠唱無しで魔術を使用できる点である。もちろん全ての魔術では無いが。
通常の魔術師であれば、簡単な魔術ですら、短い詠唱が必要である。
しかしカレンは詠唱が不要。
今唱えていた、ファイアーボール、ファイアーアロー共に、カレンにとって詠唱は不要である。
魔術師であれば、詠唱を唱える一瞬が、カレンを相手にする場合命取りになる。
エリーゼがカレンならシキに勝てるかもしれないと思ったのはこの強みがあるからである。
そして現状、シキはカレンとの距離を、試合が始まった時よりも離されている。
──もう少し離したい……
これはカレンの考え。
シキとカレンの距離は約30m程。
しかしシキの能力を考えれば、カレンが威力の低い魔術をどれだけ放とうが、躱され、斬られ、無にされる。
魔力だけが削られる。
いくらカレンの魔力量が多いとはいえ、無尽蔵では無い。
牽制だけで魔力が削られればたまったものではない。
また強力な魔術を放とうとするならば、カレンと言えど詠唱が必要である。
シキの脚、瞬発力がどれほどのものかわからない為、余裕を持って詠唱を行いたいため、もう少し距離を離したい。
できるなら40m。
今カレンが放とうと考えている魔術は、『ハイランク・ファイアーアロー』。
ファイアーアローの上位魔術であり、自身が止めるか、魔力が空になるまで、ファイアーアローを放ち続けるといった魔術。
カレンの魔力量であれば、数百、数千の火矢がシキを襲うことになる。
これではシキも避けられないはず。
それにエリーゼさんのウォーターディフェンスがシキを守っている為、そこまでの怪我はしないだろうといった考えの元、この術を唱えようとしている。
──また走ってきた……
そしてカレンはまた唱える。
次は赤の魔術では無く、緑の魔術。
「ウィンドカッター! 」
これはファイアーアローより少し速度が速い魔術である。
風の刃がシキに向かって行く。
しかしシキはこれを難なく躱し、また距離を詰めてくる。
なら、とカレン。
「アイスクラッシュ! 」
青魔術のアイスクラッシュを放つ。
無数の氷の欠片がシキを襲う。
ひとつひとつの氷の欠片の威力はそれほどでもないが、数が数なだけに、シキは立ち止まって、木刀を振るい、致命傷となるものだけを弾いている。
その間にカレンは更にシキとの距離を離す。
シキとの距離を取りながらも、魔術を放つ。
「ファイアーアロー! 」
今度は7本の火矢。
これはカレンが同時に放てる矢の最大数。
距離を取りながらのため、集中があまりできず、矢と矢の間に時間差があるものだったが、シキを足止めするには十分だった。
カレンはようやく、自身の目標である40mの距離を開けることができた。
ここからは詠唱。
詠唱中にシキが距離を詰めて来ることは明らか。
カレンが詠唱を唱え終えるのが先か、シキがカレンとの距離を詰めるのが先か……
*
くそっ!
くそっくそっ!
また距離を離された。
この距離がなら、カレンは強力な魔術を使用するために、詠唱を唱えるだろう。
カレンは初めから近距離でしか戦えない俺の弱点を分かっていて、徹底的に距離を取る戦法を取ったのだろう。
そして最後に強力な魔術を使用し、完膚なきまでに叩きのめされ、そして……
『これで分かった?シキは私より弱い。だからあなたは私に養われていれば良いのよ。か弱いシ・キ・君』
などと言うつもりだろう(全部シキの妄想である)。
ちくしょー!
でも徹底的に対策されている。
本当にどうすれば良いんだよ!
俺はカレンに勝てないのか……?
その時赤い外套が俺の視界に入った。
……アガツ。
この時ようやく知った。
俺の心が弱かった、ということを知った。
心の何処かで、俺はカレンより弱いと思っていたらしい。
初めから心が負けていた。
アガツの時もそうだった。
初めからアガツの方が強いと思っており、心の方が負けていた。
だけど……
その事に気づいたのなら、まだ戦える。
──思考や動作、表情1つで心は変えられる。思考の後に心が付いてくる。
笑え! 俺!
──大切なのはイメージであり、心の有り様。
勝てる! 俺は強い!
──最強の自分、無敵の自分、目の前の敵に勝つ自分をイメージすること。
カレンに勝つ!
そして俺は走り出した。
*
カレンは詠唱をしていた。
しかしシキの変化を感じ取っていた。
──笑ってる。
ここまで距離を離されて、強力な魔術を使用されると分かっていながら、シキは笑っていたのだ。
それがカレンにとっては不気味でならなかった。
シキは走り出した。
1歩で5m以上は進んでいるのでは無いだろうか。
それほどシキは速く、5歩目でカレンとの距離は残り10mとなっていた。
しかしその時カレンの魔術が完成した。
「ハイランク・ファイアーアロー! 」
無数の火矢がシキに襲いかかる。
しかしシキは足を止めない。
すんでのところで火矢を回避、また水の加護を纏った木刀で火矢を切っていた。
「くっ……! 」
カレンが今日初めて苦悶の表情を見せたと同時に、火矢の雨は止む。
実際カレンはハイランク・ファイアーアローの他にも、詠唱を必要とする魔術は使える。
しかしエリーゼの防御魔術が、水である為、火の魔術で無いと、シキに大怪我を追わせてしまう可能性があった。
そのためカレンは水に対して不利な火の魔術を使わざるを得なかった。
その事が、シキにここまで距離を詰められることになるとは思わなかった。
シキとカレンの距離は約5m。
後1歩でシキはカレンとの距離を詰めて、カレンに一太刀浴びせるだろう。
「ホーリーディフェンス! 」
そうはさせないと、カレンの1番得意な白魔術の、最も汎用されている防御魔術を使用。
カレン自身の身体を覆うように、淡い黄色の壁ができる。
構わずシキはその壁に、一太刀浴びせる。
──おもっ、どれだけ馬鹿力なのよ!
シキの一太刀はホーリーディフェンスでできた壁を一太刀で破る程の力を持っていた。
カレンは壁が破られたことにより、身体のバランスを崩す。
──まずい
そう思ったのも束の間、シキは更に一刀。
それをかれんは右手に持っていた杖で防ぐ。
杖には予めホーリーディフェンスを使用していた為、杖が折れることは無かった。
一瞬……
シキの木刀から力が抜けた。
同時にシキの手には木刀は無かった。
シキ自体がカレンの目の前から消えたように感じた。
カレンは混乱した。
その一瞬が命取りとなった。
シキの右拳が、カレンの左の脇腹を捉え…
しかしその右拳はカレンの脇腹に当たることは無かった。
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