第9話〜共に〜

 夜。

 俺はカレンの部屋の前まで来ていた。

 というのも、今日の対決でカレンが負けてからずっと様子がおかしい。

 皆で食堂に行った時も何も話さず、俯いてばかり居た。

 家に帰ってきたと思えば、すぐさま部屋に入り、何の音沙汰も無し。

 流石に心配する。


『コンコンコン』


 ドアを3回ノックして、カレンの反応を待つ。


「はい」

「シキだけど、入って良いか? 」

「……どうぞ」

「お邪魔します」


 ドアを開けて、カレンの部屋の中へ。

 カレンの部屋には、ベッドと魔術の本がびっしり有り、更に服も掛けられていた。

 カレンはというと、部屋の隅で膝を抱えて、膝に顔を当てていた。

 さて、どうしたものか。

 カレンの部屋に入った、それ自体は良い。

 しかし、どう切り出したものか……

 直球聞くしか無いか。


「カレン? 」

「……」

「な、なぁ、今日どうしたんだよ」

「……」

「俺に負けたのがそんなにショックだったのか? 」

「……」


 何も、反応がない。

 仕方なく俺はカレンの隣へ座る。

 そしてどうでもいいことを話し始めた。


「カレンの部屋に来るの久しぶりだな」

「子供の時はよく来てたけど、最近はめっきり減ったな」

「……それが、どうしたのよ」

「カレンはよく俺の部屋来るのになって思ってさ」

「あんたが寝坊助なだけよ」

「はは、そうだな」


 俺は少しだけ笑った。

 カレンは未だ俯いたまま。


「でも、カレンが起こしに来てくれるの待って起きてる俺も居るんだよな」

「嘘よ。いつも行ったら寝てる」

「狸寝入りだよ」

「嘘よ。涎垂らしてるもの」

「え? マジ? 」

「……嘘」


 クソ。

 やられた。

 まだカレンには勝てない。


「……ありがとう」


 ボソッと言ったカレンの言葉。

 聴き逃したわけじゃない。

 でも、聞かなかったフリをする。

 だって、励ましに来た訳じゃないから。


「ごめんなさい」


 次は謝罪の言葉だった。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「どうしたんだよ、急に謝り出して」

「今日、本気でシキとできなかった」


 なんだ、そんなことか。


「そんなの、俺だって本気でできなかったよ。

 大事な仲間で、唯一の家族を傷付けることなんてできない」

「違うの! 」


 カレンは急に大きな声を上げた。

 俺は黙るしか無かった。


「違うの……今日のは、違うの」


 そのまま、またカレンは黙ってしまう。

 どうしたものか、なんて考えても仕方ない。

 カレンが話したくなるまでここを動くわけには行かない。

 俺はカレンの話を聞かなくてはいけない。

 そう思った。


「わた、し、は……」


 カレンが口を開き始めたのは、30分程してからだった。


「私は、この3日間、考えたの。考え続けたの」

「うん」

「守るって、なんだろうって」

「うん」

「私はシキがダンジョンで危ない目に会って欲しくないの」

「うん」

「でも、だからって、シキのやりたいことを取り上げるのは、また別の事だ、とも考えたの」

「うん」

「シキをダンジョンに行かせたくない私と、行かせてあげたい私。

 もう、どうすれば最善なのか、分からなくなった」

「うん」

「そんな気持ちのまま、シキとの対戦が始まって……」

「うん」

「でも、私が決めた事だから、意地を貼り通さないといけないと思って……」

「うん」

「でも、シキを傷付けたくないと思って……」

「うん」

「意思も、意地も、弱くて……」

「うん」

「手加減して……」

「うん」

「シキに、悪いことした……」

「……」

「私を倒してからにしなさい、なんて言った割に、私、本気出せなかったの。初めから最後まで」

「そっか」

「シキが、こんな私倒しても意味無かった」

「そんなことは……」

「あるのよ。シキを侮辱しただけの対決になったのよ」

「そう思われているのは、心外だな」

「え? 」

「それだと、カレンは今日の俺を倒しても、意味が無いって言ってるのと同じだぞ?

 俺はカレンを侮辱したって言ってるのと同じだぞ? 」

「どうして? 」

「だって、今日俺は最後寸止めした」

「でも、それは……」

「それに、今日俺は木刀だった。本気でやるなら、鉄の刀じゃないとダメだ」

「で、でも、それだと怪我じゃ済まない……」

「そうだな。でもそれはお互い様だ」

「……」

「お互い、本気でやるなら、お互いに怪我じゃ済まないってことだ。

 だから俺もカレンを侮辱したってことになる」

「シキはそんなこと……」

「だから俺も謝らせてくれ。

 カレンを侮辱してすまなかった」


 そう言って俺は頭を下げた。


「頭上げて」

「うん」


 そう言われたので、俺は頭を上げて、カレンの目を見る。

 その茶色の瞳は、さっきみたいな追い込まれた様な目をしていなかった。


「私、エリーゼさんに言われたの。甘いって。

 そんなだとダンジョンで死ぬって」

「……え? ダンジョン? 」

「そ、ダンジョン」


 どうして、ダンジョンの話なんか出る。

 俺はダンジョンに行くけど、カレンは…


「シキは、ダンジョンに行くんだよね? 」

「え?あ、ああ。行くぞ、ダンジョン」

「なら、私もついていって良いかな?」

「え?いや、でも……」

「ダメなの? 」

「いや、俺としては嬉しいけど、でもどうして急に……」

「急じゃない。この3日考えた。もし私が負けたら、シキと一緒にダンジョンへ行くって、決めてたの。

 万に1つも無い可能性だと思ったけど、色んな要因が絡まって、そうなったから、仕方ない」


 いや、仕方ないって。

 万に1つの可能性って。

 確かにカレンが本気じゃ無かったからこその可能性なのかもしれないけど、それはあまりにも酷くない?


「だから私もシキと一緒にダンジョンへ行く。

 シキと一緒にパーティを組む。良いでしょ?

 回復と防御が得意な魔術師の1人くらいほしいでしょ? 」

「いや、でも、カレンはそれで良いのか? 」

「良いも何も、私がシキの傍に居たいの。

 シキの傍で、シキを守りたいの」


 守りたい、か。

 その言葉を出されたら弱い。

 実の所、俺だけダンジョンへ行こうとしていた。

 というか、カレンのことは頭数に入っていなかった。

 あれだけ、俺がダンジョンへ行くことを嫌がっていたから、カレン自身も行きたくないと考えていた。

 それに、俺もカレンが危険な目に合うことは嫌だった。

 危険な目に合うのは俺だけで良いと思っていた。

 でもカレンはそれを許してくれないらしい。

 仕方なく、折れた。

 いや、実際、とても嬉しかった。


「わかった。俺もカレンを守る。だから一緒にダンジョンへ行こう」

「ありがとう、シキ。嬉しい」

「こちらこそ。俺もカレンと一緒にダンジョンへ行けると思ってなかったから、嬉しいよ」


 魔術師としてのカレンはとても優秀で、カレン以上の魔術師はそうそう居ない。

 多分同年代だと、1番だと思う。

 それに、精神的にも俺はカレンが一緒に来てくれることが嬉しかった。

 カレンを守る。

 だから死ねない。

 最後まで足掻く。

 その原動力になる。

 何か守るものがある人は強くて弱い。

 でも俺には、テンションが上がる最大の要因になった。


 *


 結果的に、カレンを励ましたことになった俺は、夜も更けてきたことも有り、部屋へ戻ろうとした。


「じゃあ俺は部屋に戻るから、また明日」

「待って」

「ん? 」


 まだ何かあるのかと、カレンの方を向いた。


「ねぇ、シキ。今日は一緒に寝てくれない? 」

「はぁ! ? 」


 驚いた。ものすごく驚いた。

 子供の頃はよく一緒に寝ていたけど、最近はめっきり。

 ここ数年は1度も無かったはず。


「だめ? 」


 だーかーらー、その上目遣い反則!

 許しちゃうじゃん!


「いや、ダメじゃないけど……」

「やった! 」


 小さく可愛らしい声を上げて、喜ぶカレンは笑顔で可愛かった。

 俺はそんなカレンを直視できなかった。


「わかったから、枕と布団持ってくるから、ちょっと待ってろ」

「……枕だけで……いいよ……」

「は? 」


 は? は? は? は? は?


「昔は、さ。一緒の布団で、寝てたし……」

「それは昔だからだろ? 今2人にカレンのベッドは無理だろ……」

「今日だけだから、お願い! 」


 だからだからだから!

 上目遣いは禁止だって!

 その大きくてクリクリした目で見つめられたら、断れないだろうが!

 結局俺は枕だけを、自分の部屋へ取りに行き、再度カレンの部屋へ。

 もうカレン、布団の中入ってるし。

 てか布団で顔を隠すくらいなら、こんなことしなきゃ良いのに。

 そう思いながら俺は、枕を置き、カレンに背を向けて寝転がる。


「シキ、こっち向かないの? 」

「無理だ。いい加減にしてくれ。これでも精一杯だ」

「ごめんね。私のわがまま聞いてくれて」

「はぁ……まぁ良いけど」

「ありがと」


 そう言ってカレンは俺を抱きしめてきた。

 あのー、そのいい形の双丘をですね、早急に離して頂かないと、色々と不味いんですが…


「シキ。今日は……ありがとう。

 私の……わがまま……聞いてくれて。

 私を……励まして……くれて。

 今日……心が……ぐちゃぐちゃ……なっちゃった……けど……これで……元通りに……なる……から」

「うん」

「シキ……」

「ん?」

「ありが……とう……」


 もう一度、カレンは俺に感謝の言葉を伝えた後、寝息を立て始めた。

 俺が寝れたのはそれから3時間程経ってからだった。

 それも自分の首を自分で絞めて、気絶することでしか寝れなかった。

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