第5話〜それぞれのエゴ〜

「くっそ、カレンの奴どこ言ったんだよ」


 俺はカレンを探していた。

 カレンが行きそうなところは、だいたい検討がつく。

 広場、教会、学び舎……

 しかしいずれを探しても居なかった。

 嫌な予感がしてきた。

 もう既に夜であり、月が見えている。

 カレンの魔術の腕があれば、その辺りのゴロツキくらいなら、倒せるだろう。

 しかし万一ということもある。

 焦る。

 殆ど閉まった商店街の中を走り回る。

 賢いカレンのことだ。こんな時間の裏道には行かないだろう。

 季節は夏。

 夜でも暑く、汗が出てきた。

 それでも、走る。


「ほんと、どこ行ったんだよ! 」


 *


「はぁ、はぁ、はぁ、見つけた」


 俺はようやくカレンを見つけた。

 そこは俺がいつも修行している森の手前だった。

 そこにカレンは、月明かりに照らされながら、膝を抱えて座っていた。

 顔は伏せている。


「急に、出ていくから、心配、したぞ、はぁ」


 とりあえず息を整える。

 カレンが顔を伏せながら、話しかけてくる。


「さっきはごめん。私、混乱してた」


 そりゃそうだ。

 そうでなきゃ、いつも冷静なカレンが、いきなり出ていくなんてことしない。

 俺はとりあえず、カレンの横へ座る。


「なぁ、カレン。どうして俺が冒険者になることに反対なんだ? 」


 さすがにあそこまで明確に働かなくていいと言われたら、冒険者にならなくて良いと言われるのと、同義である。

 カレンは俺が冒険者になることを快く思っていないことは分かった。

 しかし、その理由が分からない。

 カレンは、顔を上げて、話す。


「分からないの? 」


 そして睨みながら俺に言葉をかける。

 分からないの?か。正直分からない。

 でも無い頭で考えた結論を言う。


「それは、俺がウィークで、カレンより弱いからか? 」

「はぁー」


 カレンは溜息をついた。


「ご、ごめん。違った? 」

「ううん。違うくない。でもそれが本命の理由じゃない」

「本命? 」

「そ、本命」


 本命の理由とはなんだろう。


「私はシキに、危険な目にあって欲しく無いの。

 仮にシキが私と同じ力を持っていても、シキが冒険者になることを、私は反対する」


 俺が弱いからじゃない。

 俺を心配してくれている。

 尚もカレンは続ける。


「ね、アガツさんの工房を継ぐんじゃダメなの?

 工房を継いで、鍛冶師になることも、立派な仕事よ? 」


 工房を継ぐこと。これは何度か考えた。だが結論は出ている。


「俺にはそこまでの鍛冶師になれる程の技量は無い。アガツを見てたら分かる」

「アガツさんは、別物だよ。あそこまでの技術にならなくても、何とかなると思うわよ。

 それに私だって手伝うし」

「いや、でも、いつまでもアガツに頼りっぱなしって訳にも……」

「なら、私たち2人で、工房を作ればいいじゃない。稼ぎが足りないなら、私が見回り隊とか、ギルドの受付をしたりするわ」


 ダメだ、逃げ道が塞がれる。

 でも……


「稼ぎが足りないから、カレンに頼れって言うのか?

 俺は普通の職にありつけないウィークだからか? 」

「そんなこと、言ってないでしょ! 」

「でもそういう風に聞こえるんだよ……」


 2人とも黙ってしまう。

 何か考えろ。上手くいく落とし所。

 俺は冒険者になることを譲れず、カレンは俺が冒険者になって欲しく無いことを譲れない。

 くっそ、何か思いつけよ。

 でも、無い頭で幾ら考えても、何も思いつかなかった。

 だから、ありのままを言うしか、手が無かった。


「カレン」

「……なに? 」

「俺はさ、カレンを守りたいんだよ」


 カレンは無言で続きを促す。


「カレンだけじゃない。今はアガツやエリーゼさんを。

 それで、守る為に何をすれば良いか、まず何を守れば良いかすら分からなかった。

 守るってなんだろうってな。

 だから単純に笑顔を守ろうとした。

 働いて、少しでもアガツの足しにできれば、みんなの笑顔を守れるかなって」

「それが、どうして冒険者なのよ」


 カレンはやっぱり少し睨みを聞かせた目を向けてきた。

 それでも俺は、俺の言葉で返すしか無い。


「俺にできる仕事で、冒険者の稼ぎが1番良いからだ。ウィークの俺には冒険者より、優良な仕事なんて無いから」

「だからどうして、鍛冶師はダメなの?」


 さっきより、少し怒気が込められていた。


「鍛冶師の才は無いんだ」

「どうして分かるのよ」

「分かるよ。アガツ程の才が無ければ、ウィークの鍛冶師なんて見向きもされない。仕事として成り立たない。

 それくらいこの世界は、ウィークにとって残酷なんだよ。カレンも分かると思うけど」


 そう。本当にウィークにとって住みずらい、生きていくことすら辛い世界。

 殆どのウィークは奴隷で、何か恵んで貰う時ですら、魔術師に頭を下げなくてはいけない。

 普通に商売する時でも、ウィークの店だけは、ガランとしている。

 アガツは冒険者として名が通っていた為、そこまで酷い扱いは無い。

 しかし、俺が鍛冶としてアガツの弟子となったとしても、アガツ程の才が無ければ、あるいはあったとしても、実績が無いならば、見向きもされないだろう。

 この世界のウィークに対する差別は、尋常ではないのだ。

 あの時アガツに助けられなければ、どうなっていたか、分からない程に。

 だから、今この時、カレンと話せていることは、奇跡なのかもしれない。


「分かるわよ。だからシキが働かなくても良いって言ったのよ」

「それは流石にダメだ。そうなると俺は、生きながらに、死んでいるのと変わりないと思っている」


 また互いに沈黙してしまう。

 その間俺は月を見上げ、カレンはまた顔を伏せた。

 月が淡く揺らめいて、綺麗だ。

 あの夜の月はどんな月だっただろうか、覚えていない。

 ぼんやりそんなことを考えていると、カレンが口を開いた。


「私は……シキと……一緒に居たいの……」


 これはカレンの心からの言葉なのかもしれない。

 なら、俺ができることはひとつだけ。

 これからの話を真剣に聴くことだけ。


「シキは、私の、唯一の家族みたいな存在だから、死んでほしく無いし、これからも、一緒に居たい」


「シキは、私たちを守ろうとして、守る方法を今まで考えてたのかもしれない」


「でも私だって考えてた。あの日誓ったから。シキを守るって」


「シキが私を守りたい気持ちも分かるけど、それと同じくらい私はシキを守りたい」


「シキが冒険者になることを許して、もし死んじゃったら、ずっと後悔する。後を追って自殺するかもしれない。

 シキが守りたい笑顔が、シキの死によって奪われるの」


「だから私はシキが冒険者になることに反対する」


 カレンの言い分は最もだった。

 冒険者となり、ダンジョンに行ったら、生きて帰れる保証は何処にもない。

 常に死と隣り合わせ。

 売れない鍛冶師をするだけでも、死ぬ確率は格段に下がる。

 それに俺もカレンと一緒に居たい。

 ただ、それで本当に良いのか?

 俺は、生きながらに、死んでいて、それで本当に良いのか?


「そうだな。それもありかもしれない」

「シキ? 」

「それで、カレンを守れるなら、それもありかもしれない」

「シキ……なら! 」

「でも、俺は、そんな生きながらに死んでいるような生き方は嫌だ。

 これは俺のエゴだけど、カレンやアガツ、エリーゼさんに支えられて、生きていながら、何の存在価値も示せず、老いて死ぬなんて、嫌だ。

 生きているなら、やりたいことをする。

 それがカレンを守ることに繋がるなら、俺はそうする」


 俺はカレンを見ながら、必死に話した。

 何を言っているか、伝われば良いけど。

 カレンも俺を見ながら、話を聞いてくれた。

 そしてカレンが口を開く。


「やっと本音を言った。冒険者になりたいって。私のことは2番なんだね」

「いやっ、そんなことは……」

「良いんだよ。私のことは2番で。1番はやっぱり自分じゃないとね。

 だから私も1番を貼り通す」


 そう言って、カレンは俺を見ながら、俺を睨みつけるような、それでいて、暖かいような、複雑な気持ちを表した目を向けてきた。


「この分からず屋!

 私はシキが冒険者になることに反対!

 シキには居なくなって欲しくない!

 私のエゴだけど、シキと一緒に居たい!

 それでも冒険者になるって言うなら……」


「私を倒してからなりなさい! 」

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