第4話〜魔術師の天敵〜

「冒、険、者? ? 」


 俺はカレンが何を呟いたか、分からなかった。

 その為スプーンを落としたまま、動かないカレンを見て、不思議に思い、キッチンに行き、声をかけた。


「どうしたカレン? 」

「シキ……」


 カレンの不安そうな顔が見て取れた。

 不味いことをした。

 しかし何が不味いことか分からなかった。


「シキ……冒険者に……なるの? 」


 小声で弱々しい声が聞こえた。


「あ、あぁ。ずっとなりたかったんだ。冒険者に」

「どうして……冒険者に、なりたいの……? 」

「どうしてって……」


 どうしてだ?

 ウィークだから、冒険者くらいにしかなる道が無かった。それ以外だと、奴隷だ。

 だからなりたかった。冒険者になって、働いてカレンや、アガツを守るために。


「ウィークだからだ。それくらいしか働き道が無いからだ」


 だから正直に言った。

 するとカレンは、


「なら、働かなくていい」


 こんなことを言い出した。


「はぁ? 」


 俺もこんな声を出すくらいには驚いた。

 2人も驚いていた。

 でもカレンは、本気で言っているみたいだった。


「ならシキは働かなくていい。私が魔術師として、働く。エリーゼさんも、見回り隊に入ってもいいって言ってくれてる。私がシキを養う」


「ちょっと待ってくれ。なんでいきなりそんなこと。それに見回り隊だなんて、あそこはギルドに依頼されてじゃ無かったのか? 」


「エリーゼさんの鶴の一声があれば、私も入れる」


 はぁ? 鶴の一声?

 いや、ちょっと待て。エリーゼさんに確認を。


「あの、エリーゼさん。カレンが見回り隊に入って働くって言ってるんですけど、それってできるんですか? 」


「ん? あぁ。私の推薦があって、一定以上の魔術が扱える試験を通過したなら可能だ。ま、カレンなら、落ちることはまず有り得ないな」


「そ。だから、シキは冒険者にならなくていい。働かなくていい。私が養う。それでいいでしょ? 」


 本気なのか?

 見回り隊って。

 それに働かなくていいって。

 でも……


「それでも、どうして冒険者になっちゃいけない。俺も働けば……」

「これだけ言って、どうしてわからないのよ! 」


 カレンは怒鳴って、そのまま家を出ていってしまった。

 料理も途中で放ったらかし。

 俺は直ぐに動けなかった。


「あーあ、怒らせちゃった」


 こう言ったのはエリーゼさん。


「シキ、追いかけなくて良いのか? 」


 こう言ったのはアガツ。

 その言葉でようやくハッとした。


「追いかけてくる! 」

「さっさと連れ戻してこい。メシが食えん」

「頑張ってきな〜」


 2人にケツを叩かれてようやく駆け出した。


 *


「あの反応の悪さはダンジョンじゃ命取りだな」

「誰に似たのかしらね」


 カレンとシキが飛び出した後、家に残された、アガツとエリーゼは雑談をしていた。


「そうそう、そう言えば、シキの能力は結局どういうものなの? 」

「一言で言えば、気の持ちよう、テンションで身体能力が上下する能力だ」

「ふーん。どれくらい? 」

「そうだな。今日は少し手心を加えてやっただけで、約5メートルを助走無しに、1歩で跳んだ。

 それに木剣を木剣で折る腕力まであった。木剣を折られた時は、腕まで折られたかと思ったぞ。直ぐに反撃したったが痺れて腕が動かなかった。白旗を上げるしか無かったよ」

「それは……凄い、わね……」


 魔術師のエリーゼは凄いと同時、恐怖していた。

 仮にエリーゼがシキと1体1で対峙した際、その能力を出され、急に距離を縮められたら、魔術の詠唱は、止めざる負えないだろう。

 アガツにはそれ程の足は無いため、近距離に来られる前に魔術を放ち、倒すことができるが。

 また木剣を折る力は、即ち木製の魔術杖も折られる、ということだ。

 木製より頑丈な、鉄製の魔術杖もあるにはあるが、使っている者が少ない。

 動きが遅くなることと、木製より重いので、疲れやすいからだ。

 しかし鉄製の杖ですら、折られないといった保証は、今何処にもない。

 実際、杖を折られない為に、防御魔術を杖に施しても、防御魔術が破られる可能性がある。

 近距離での防御をどうすれば良いか分からず、咄嗟の時は杖で防御をしてしまう魔術師が殆ど。

 術の安定性と威力の調節を杖に頼っている魔術師が殆ど。

 エリーゼもその1人である。

 つまりシキと近距離での対峙は、術を放てない、かつ、杖が折られる可能性がある。

 杖を折られる、ということは早い話、死あるのみ……

 殆どの魔術師には脅威である。


「それに、あの能力、まだ底があるだろう。今日ようやく正体を知ったところだ。これから鍛えればもっと強くなる」

「それは普通の魔術師じゃ手に負えないね」


 普通の魔術師なら。

 基本的に近距離での対人戦など、この世界では殆ど無い。

 剣士や槍士もいるにはいるが、数が少ない為である。

 母数の少ない敵に対応する時間を取るより、母数が多い敵に時間を取るのは当たり前。

 つまり近距離での戦い方が分からない。

 今まで対人戦は魔術の撃ち合いであり、強力な魔術は詠唱が必要である。

 そのため詠唱時間を稼ぐ目的から、遠距離での戦いになることが多い。

 アラタ村襲撃時も、王国軍は遠距離から、火の術を唱え、村を火事にした。

 この世界に近距離の攻撃に対応した魔術師がどれほど居るのか。

 体術を極めた魔術師なら、どうだろう。

 あるいはカレンなら、とエリーゼは考えていた。


「ま、あの能力がこれから鍛えられ、開花し、覚醒するかは、シキがカレンを説得できるかどうかにかかっている。ってところか。ダンジョンは色々なことを学べる」

「ていうか、ダンジョンに行くことをカレンに言わなかったシキも悪いし、働かなくていいとか、養ってあげるとか、突拍子も無い提案をしたカレンも悪い。それに乗ったあたしも悪かったけど、アガツ、あんたが1番悪い」

「どうしてだ? 」

「カレンになーんの相談も無く、今日シキに負けたから、どうせ勢いでOK出しちゃったんでしょ?

 あの場でシキに難癖付けてまだ早いって言って、とりあえず家に持ち帰れば、シキはカレンに相談してたかもよ? 」

「シキは相談しないだろう」

「ならあんたがカレンに言いなさいっての! シキが冒険者になりたいって一言言ってれば、カレンは今みたいに動揺しなかったはずよ」

「俺が言うわけ無いだろ」

「それでも言うのが親の役目でしょーが! 」

「俺はあいつらの親じゃねー! 」

「親代わりみたいなもんでしょーが! 10年も一緒に暮らして、養ってるのに!まだ意地張るか! 」

「何を! 」

「何よ! 」


 2人っきりになるといつもこうなってしまう。

 それをエリーゼも、アガツも、お互い嫌っているのだが、どうしても直らない。


「「はぁー」」


 同時に溜息をついてしまう。そして…


「なによ」

「お前こそなんだ」


 またこうなってしまう。

 どちらかが素直になれば、あるいは。


「あと、アガツ。あんたあの2人にダンジョン行って欲しいの? 」


 エリーゼがアガツへ質問を投げつける。

 アガツは困った顔をして、うーんと唸っている。


「うーん、俺としては、あいつらには危険なことをして欲しくない」

「ならそう言えばいいんじゃない? シキはあんたの工房継いでもらえばいいし、カレンはそれこそ、どこでも働き口あるわよ、あの子」

「ああ、そうかもな。それで平和に暮らせれば1番かもな」


 でも、とアガツは話を続けながら、遠くの月を見ていた。


「でも、あいつらの意思が1番重要だ。やりたいことをやって死ぬか、やりたくないことをやって、死ぬか、どっちかだ。人間いずれは死ぬからな」


 その月には、かつて夢見ていた景色が広がっているのだろうか。


「そうね。魔物みたいに、寿命が長ければ、やりたいことを全てできるかもしれない。でも私たちにそんな時間は無い。ならやりたいことをやることが1番ね」

「ああ。それに……」

「それに? 」


 少し言葉に詰まるアガツだったが、エリーゼに促される形で言葉を紡ぐ。


「それに、俺たちが夢見た景色が、どんな風景なのか教えて欲しいという、俺の我儘も入っている」


 フフ、とエリーゼは笑い、そして、


「そうね。それは私も賛成ね。私たちの夢をあの子達に託す。それも師匠か」

「そうかもな」


 2人は笑い合う。

 かつて夢見た景色を、2人が見せてくれると、期待しながら。

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