第3話〜気分屋〜

「しっかしお前、さっきどういうイメージをした? 」


 さっきの戦いの反省を、師匠と家路を辿りながら話す。

 イメージか……


「そんなの簡単だ。絶対勝つ! って気持ちを持ったんだ。

 するとなんだかわかんねーけど、身体から力が湧いてきて、これなら負けねーって思ったから、走り出したんだよ。

 まさか自分でも、あの距離を助走無しで、一足飛びできると思ってなかったし、木剣を折るなんて想像の範囲外だったよ」

「そうか……」


 師匠の反応はイマイチだった。

 だけど、この感想、このような言葉でしか表現できない。

 自分でも驚く程の跳躍力に筋力だった。


「あ、でも今はそんなこと無いぜ。力が湧いてくるなんて感覚」

「もしかしたらお前のそれは、ウィーク特有の個性かもな」


 ウィーク特有の個性。

 魔術が使えない変わりに、ひとつだけその分野では、誰にも負けないような能力が宿る、らしい。

 らしいというのは、全てのウィークに発生する訳でも無いからだ。

 しかし個性が発生したウィークは、普通のウィークより良い生活ができる。

 師匠もその1人だった。

 師匠は鍛冶師として超一流である。

 師匠曰く、“剣の才は3流だ。だが鍛冶なら負ける気は無い”とのこと。

 いや、魔術師を殺せて、魔術師からも恐れられる3流剣士がどこにいるんだよ。

 師匠が3流なら、俺は5流より下だぞ?泣ける。


「お前のは、イメージや、気の持ちようで身体能力が大幅に上昇する、みたいなやつだろう」

「みたいなやつって、んな曖昧な」

「曖昧にしか答えられん。俺みたいな鍛冶や、他に裁縫、建築みたいな技術なら、呼び名もある。

 だがお前のは、気の持ちようで能力が上昇する。意味わからん」


 なるほど。俺も説明を聞いて意味わからんと思った。

 気持ちが大事、なんてどんなことをするのにも大事だもんな。

 うーん、この個性になにか名前が欲しい。


「なにか名前付けてくれよ」

「そーだなー。お前、さっきの以外で俺と対峙した時は、いつも以上の力は発揮できてたか? 」


 いつも以上の力か。

 負ける恐怖というものが刷り込まれていたから、実際心の何処かで、弱腰だったかもしれない。


「多分、できていない。いつもの1/10も発揮できなかったと思う」

「そうか。なら……」


 師匠は暫し考えていた。

 そして思いついたように、冗談言うみたいに、言ってきた。


「『気分屋』なんてのはどうだ?」

「気分屋なんて、俺が調子悪かったら弱くなるみたいじゃねーか」

「実際その通りだろう? 」


 実際その通りだった。

 さっきは絶対に勝つ、俺は最強!だと言い聞かせたから、強くなれた。

 だが逆に、無理、勝てないと思っていた時は、弱かった。

 実際その通りでも、その名前は嫌だ。


「なにか他の無いのかよ」

「うーん、今は思いつかん。とりあえずその名前でいっとけ」


 とりあえず俺の能力は『気分屋』って名前になったらしい。

 とりあえずだから。(仮)だから。


 *


「帰ったぞ〜」

「ただいま〜」

「おかえりなさい、アガツさん、シキ」


 カレンが料理の支度をしながら返事を返してくれる。

 そして何故か、イスに腰掛けている人が1人。


「よぉー、早いお帰りで」

「なんで、エリーゼが居るんだ! 」


 アガツが1番に反応する。


「なんでも何も無い。あたしはカレンの師匠で、今日は食事に呼ばれたから、カレンの家に来ただけさ」

「ここは俺の家だ。そしてお前は呼んでいない。帰れ」


 お、強気に出たアガツ。でも多分無理だと思うなー。


「カレンちゃーん。あたしに帰れって言う奴が居るんだけどー」

「アガツさん、今日のご飯抜きか、エリーゼさんも一緒に食べるか、どっちが良いですか?」

「……今日だけだぞ」


 やっぱり無理だった。

 それほどまでにカレンの料理は美味い。


「ありがと、ア、ガ、ツ! 」

「……ぐぬぬぬぬ」


 ニヤリと笑うエリーゼさんと、悔しそうなアガツ。

 やはり、エリーゼさんとカレンの女性コンビには勝てなかった。

 エリーゼさんはカレンの魔術の師匠である。

 エリーゼさんは強い魔術師で、アガツと一緒にダンジョン攻略をしていた1人らしい。

 容姿は、長い蒼色の髪に、切れ長の青い目。特徴として、いつも青いローブを纏っている。

 美人で評判だが、アガツにとっての天敵らしい。

 またアガツと共に現役を引退して、今では街の見回り隊に所属している。

 見回り隊とは、街の警備や、喧嘩の仲裁、落し物の処理など、言わば街の便利屋みたいなものだ。

 冒険者ギルドから、引退した者に依頼している。なんでもかなりの強者で無いと依頼されないらしい。

 冒険者ギルドとは、ダンジョン冒険者をサポートしてくれる場所である。

 ちなみにアガツも依頼されたらしいが、アガツ曰く、「俺はウィークだから無理だ」の一点張りで、見回り隊にならなかったらしい。

 都合のいい時だけウィークという盾を出す。

 しかしエリーゼさん曰く、「見回り隊って名前がダサいから、ならなかった」とのこと。

 実にアガツらしい。

 結構給料良いみたいなのに。

 エリーゼさんの適正属性の魔術は容姿からイメージできる青魔術。

 この世界には、魔術に属性があり、赤、青、緑、白、黒の5属性に分かれている。

 ちなみにカレンは5属性全てに適正を持つ。

 さすが10年に1人の逸材。俺とは違う。

 でも俺にも個性が発現したんだ。

 もしかしたらカレンにも勝てるかもしれない。

 するとエリーゼさんがずっとこっちを見ていることに気付く。


「え、えっと、どうしたんですか、エリーゼさん」


 俺はこの人が苦手だ。

 何も考えてません、みたいな顔をしておきながら、1番周りを見ていて、常に何かを考えている。

 はっきり言ってよく分からないから苦手だ。

 ちなみにアガツは超が付くほどの苦手。

 さっきから苦手ってオーラ放ちまくってるもん。そんな露骨なのやめて!

 そんなこと考えてるとエリーゼさんは質問してくる。


「いや、なんだか今日はいい顔してるなって思ってね」


 俺は直ぐに食いつく。食いついてしまう。


「はい! 今日初めて師匠に勝ったんです! 」

「ほう、アガツに勝ったか。それは凄いな。おめでとう」

「え! ? シキ勝ったの? おめでとう! 」

「ありがとう、カレン。それにエリーゼさん」


 カレンとエリーゼさんに祝われた。

 祝われるのは嫌な気分じゃないな。

 その後エリーゼさんはアガツに話しかけていた。


「アガツお前腕落ちたんじゃないのかい? 」

「いや、さっきのは腕がどうの、技術がどうの言っても意味が無い。なんたって、木剣を破壊されたからな」

「ヒュー、それはまた力技だね。そんなヒョロい身体の何処から力が生まれるのか、気になるね」


 これだ。この目が苦手なんだ。

 目を細めて、口元を緩めて優しい微笑み。

 でもその裏には、全て知りたいという、貪欲な知識欲。

 これくらいなら、魔術師らしくて良いが、それ以上に、全て見透かしてやるという、目が苦手。


「もしかして個性に目覚めた? 」


 この人、本当は全て知っているのでは無いか?

 驚いた表情を出さないように…


「そうだよ。こいつは個性に目覚めた。それも自身の気の持ちようで、身体能力が飛躍的に上がるっていう、意味のわからん個性がな」


 全部アガツが言いやがった。俺が言いたかったのに。


「気の持ちようで身体能力が上昇……」


 ボソッと呟くように言うエリーゼさん。

 しかし直ぐに調子を取り戻す。


「良かったじゃないシキ。おめでとう。これでいい職につけるわね」

「はい。でも俺冒険者になりたくて…」


 そこで言葉を止め、アガツの方を見る。

 するとアガツは、ため息を1つ付き、口を開く。


「わかってるよ。明日にでもギルドに届けよう。それで晴れてお前はダンジョン冒険者だ」


 カラーン。


 キッチンから、何かが落ちる音が聞こえてきた。

 カレンがスプーンを落とした音だった。

 カレンの方を向く。


「冒、険、者? ? 」


 カレンは悲しそうな表情を浮かべながら、呟いた。

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