第2話〜心の有り様〜

「シキー、早く起きなさーい」


 心地よい眠りだった。

 それなのにカレンの声が聞こえてきて、目が覚める。

 返事を返さなかったからだろうか、カレンが俺の部屋の前まで来ていた。


「シキー! まだ起きてないのー! 開けるわよー! 」


 ドアを開けて、カレンが入ってきた。


「何よ、起きてるじゃない。ご飯できたから早く降りてきなさい。冷めちゃうでしょ」


 そう言って、カレンは部屋から出ていった。

 はぁ、久しぶりに夢を見たな。

 弱かった頃の自分。

 初めて勇気を出した自分。

 俺がこの手で剣を初めて手に取った日。


「あの時、どうして1歩踏み出せたんだろうな」


 わからない。けど、結果として、俺もカレンも生きている。


「運が良かっただけかもな。よし! 今日も生きていることはラッキーだ! 」


 そう言ってドアを開け、階段を降りて1階へ…


「うわああああああ! 」


 ゴロゴロドッカーン! ! !


「いってー、足が滑った……」


 生きてるだけラッキーだよな?


「もう何やってんのよ」


 カレンが呆れたように言ってくる。


「いやー、カレンの作ってくれた朝ごはんが楽しみ過ぎてさ、あはは……」

「全く。冷めちゃうから、早くね」

「はいよ」


 毎食のごはんと洗濯はカレンが担当だ。

 それで俺は風呂掃除と湯沸かし、それにゴミの処理。

 アガツに住まわせて貰っているから、これくらいするのは当たり前だ。

 朝と夜は俺、カレン、アガツの3人で食べるのが、この家での当たり前である。

 昼は、アガツは鍛冶師としての仕事、俺は森へ、カレンは魔術師の先生の元で修行しているため、みんな別々だ。


「やっと来たかシキ。師匠を待たせるとは何事だ」

「悪かったよ。それより飯だ」

「それをシキが言う? まあいいわ。じゃあアガツさん、お願いします」

「うん。いただきます」

『いただきます』


 今日はパンにベーコンエッグ、ミルク。うんいつも通りのメニューで、いつも通りの美味しさだ。安心する。

 俺は急いで食べる。


「ご馳走さん! じゃ行ってくる! 」

「シキいつも早いよ〜。もうちょっと味わって食べてよ〜」

「おう、行ってこい。今日は仕事が一段落着いたら、顔見せてやる」

「本当か! よっしゃー! 気合い入るぜ! 」


 カレンにドヤされ、アガツに気合いを入れられ、俺は近くの森へ向かう。

 先ずは走り込み。

 何事も体力が無いとできない。

 次に目の前には、木に吊るされた丸太が5本。

 それ等を適当に揺らし、中へ。

 不規則な動きを避ける、回避の練習。

 次に木剣を持って、素振り、500回。

 次は丸太を相手に剣を振るう。

 この修行を初めて、既に10年になろうとしていた。

 歳で言うと既に16歳。

 周りに何をしているんだと馬鹿にされたことも、100や200じゃない。

 それでも、アガツが言ったことだから、続けている。

 少しは強くなったと思う。

 ただ、それでも並の魔術師にも敵わないし、カレンには到底敵わない。

 カレンは、アガツの知り合いの魔術師に、魔術を教わっているのだが、なんでも10年に1人の逸材だとかなんとか。

 その点俺はウィークだ。

 敵うわけがない、と思うのはもうやめにした。

 ウィークが個人としても、社会的にも、弱いことは知っている。

 それでも、アガツのように魔術師を倒せるレベルには到達できる。

 それにカレンは仲間だ。

 本気で殺し合う訳でもなし、勝つ必要が無い。

 負けっぱなしは悔しいけど……

 だから俺は今日も剣を振るう。

 アガツのようになるために。


 *


「おー、やってるやってる」

「師匠! やっと来てくれた」


 アガツが来た。

 それも木剣を持って。


「今日も手合わせお願いします」

「良いだろう」


 俺が数少ない実戦ができる相手、師匠アガツ。

 自慢じゃないが、俺はこの10年1度もアガツに勝てた試しがない。

 でも今日こそは。


「ほぎゃあー! 」

「まだまだだな」


 負けたよ負けたー。

 クソ。10戦0勝かよ。

 俺10回殺されてるのかよ、つら。


「ちょっと休憩するか」

「はい……」


 休憩中、俺はずっと考えてたことをアガツに話す。

 これはカレンにもまだ言って無いことだ。


「なぁ、師匠」

「なんだ? 」

「ダンジョンに行かせてくれねーか? 」

「ダメだ」


 師匠の雰囲気が変わる。

 鋭い眼光。気迫。色々なものに圧倒されそうだ。

 それでも俺は食い下がる。


「なんでだよ。師匠は俺の歳くらいには既に行ってたんだろ? 」

「行ってたさ。お前よりも、今の俺よりも強い俺が、魔術師3人とパーティを組んでな」

「なら、俺もパーティを組んで……」

「今の俺より弱いお前が相手にされるわけがない。

 カレンと一緒にお願いするなら別だろうが、それでも荷物持ちだ。

 お前にはまだ早い。少なくとも俺を倒してからだ」


 またカレンだ。

 ダンジョンに行くにも、カレンの力を借りるのか?

 それもカレンのおまけで?

 そんなの嫌だ。

 せめて俺も戦えるくらいには……


「なら、俺が師匠を倒せたら、認めてくれるのか? 」


 アガツは少し考えた後。


「良いだろう。俺を倒せたならな」

「よっしゃ! 今の言葉、後でなしとか言うなよ! ならもう1回勝負だ」

「師匠にその言葉遣いとは、なっていない」


 もう一度試合をする。

 相手は俺の師匠、アガツ。

 剣の構えは自然体で、隙がない。

 何処から打ち込んでも、対応されるだろう。

 それでも考え無しではダメだ。

 冷静になれ。

 ここで何故かアガツは口を開き、一言発する。


「シキ、お前、頭の何処かで俺に勝てないと思っているだろう? 」

「な! 」


 図星だ。

 どこに打ち込んでも、何をしても対応される。

 どうすれば勝てるか、全くわからない。


「目が迷っていたからな。その時点で勝負は既に決している。俺もダンジョンでは、返り討ちにあって、俺以外の仲間は全滅した経験を持っている」


 何故今そんな話をする?


「返り討ちにあった魔物はミノタウロス。出会った瞬間負けを確信した。だから負けた」

「師匠、なんで今そんな話をする。勝負の最中だ」

「勝負の最中だからこそ、しなくてはいけない。俺がミノタウロスと対峙した時の心情は、今のお前と同じだ。勝てるわけ無い強敵に対して、既に心が負けている」


 心が負けている。


「そ、そんなこと無い! 」

「いや、あるんだよ。現に俺がそうだった。だが、思考や動作、表情1つで変えられるんだ。思考の後に心が付いてくるんだ。今からお前に教えよう。これが最後の教えだ。力でも技術でも無い。心の有り様」

「心……」

「そうだ。よく聞け。


 イメージするんだ。

 最強の自分、無敵の自分、目の前の敵に勝つ自分を。常にイメージしろ。


 心の有り様1つで人は変わる」


 最強の自分、無敵の自分をイメージする。

 俺は、師匠を、倒す!

 テンションが、上がる!

 身体に力が湧いてくる!


「行きます! 」

「来い! 」


 間合い約5m。

 いつもならば2足といったところ。

 それを1足で詰める。


「な! 」


 驚いた声が何処からか聞こえた。

 俺も驚いている。この距離を1足で詰められたことに。

 しかし、そんなことに構っていられない。

 師匠に向かって剣を振るう。


「はああああ! 」


 師匠は剣で防御する。

 しかし、木剣が折れた。

 いや、俺が折ったのか?

 だが、油断するな!

 相手はアガツだ。

 素手でも攻撃してくる。

 俺は直ぐにアガツに向かって剣を構え直す。

 しかしアガツは両手を上げていた。


「はは、イメージ1つでここまで変わる人間がいるのかよ……」


 小声で何を言っているか聞き取れなかった。


「し、師匠? 」

「負けだ。俺の負け。ダンジョンでも何処でも行っちまえ」

「師匠! 」

「あ、でも晩御飯までには帰ってこいよ。晩御飯はみんなで食べるのが、家の決まりだからな」


 本当は寂しい癖に、素直じゃない。

 でもそれが師匠だ。

 ダンジョンへ行ける許しが出た。

 最後の教えも貰った。

 だから、この言葉で締めよう。


「師匠、ありがとうございます! 」

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