Ⅵ 逆襲の闘士(3)
「力デ駄目ナラ次ハ速さネ……八卦ノ内、〝巽〟ノ象ルハ〝風〟……巽拳ハ速き事風ノ如しネ!」
そんな外野の反応はともかくとして、リングの上へ目を戻すと驚いた露華も気を取り直し、ミカルの変容も気にかけることなく新たな攻撃を仕掛けてゆく。
「ハァ~ッ! アータタタタタタタタタタっ!」
今度の露華はこれまで見てきた以上にとにかく速い。目にも止まらぬ速さでちょこまかと動き回り、四方八方より高速の拳と蹴りをミカルに対して繰り出してゆく……その残像から、まるで彼女が分身したかに見えるほどだ。
「フン……風ハ風デモソヨ風ダナ。生温イワ……」
ところが、その超高速の動きにもミカルはついていっていた。
ある時は余裕で避け、ある時は腕を盾に受け止めると、すべての攻撃を余すところなく防御している。
「何ネ? コノ動きハ!? さっきマデトまるで別人ネ……ならば、〝地〟ノ象の〝坤〟……地ヲ這う坤拳ネ!」
ミカルの変化をようやく問題視し始めつつも、露華は怯まずすぐさま戦法を変えて攻撃を続ける。お次は身を極限までに屈めて低姿勢をとると、地べたを這いずり回るようにして相手の脚を攻め立てるものだ。
先刻の頭上からの攻撃同様、ミカルのように長身のものは、逆に低い位置への攻撃にも肉体的な構造上不向きである。それにこれまで見てきたところからると、どうやらミカルは足技をほとんど使わないらしい……その弱点を、露華は突こうというのだ。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイネっ…!」
間髪入れぬ攻撃で執拗にミカルの脚を連打し、露華は相手を再び転倒させようと試みる。
「フン…
「…! アウっ…!」
だが、露華の読みは甘かった。不意にミカルは強烈な蹴りを繰り出し、攻撃を受けるなどまったく予想していなかった露華は再び吹っ飛ばされてしまう。
「くっ……油断したネ。今マデ足ハ出し惜しみしてたカ……ふぐっ…!」
派手にリングを転がった後、隙を作るまいと素早く起き上がる露華であるが、今度のミカルはそれに終わらない。減らず口を叩いている内にも距離を縮め、ここからは彼の猛攻が始まる。
「オラ! オラ! オラ! オラ…!」
「うく……」
雨霰の如く降り注ぐ、避ける隙さえも与えない怒涛の高速パンチを、露華は身を丸めて必死に受け止める。
「……くっ……〝山〟の象である〝艮〟の拳ネ……」
だが、彼女はただ殴られっ放しにされているわけではない。その体に〝気〟を張り巡らし、不動の山の如く肉体を強化する八卦拳の一つ、艮拳を用いて防いでいるのだ。
「…オラ! オラ! オラ! オラ! オララララッ…!」
「……んぐっ……コレ以上ハ防ぎ切れないネ……デモ、ようやく見切ったネ……〝水〟の象、〝坎〟拳……」
それでもますます激しさを増し、強化したその防御力をも凌駕するミカルの猛攻に、堪らず露華はさらに戦法を変化させる。
「…オララッ! ……ナニ?」
一瞬の隙を突き、丸まっていた露華はまるで流れる水のような動きをするとミカルの脇をすり抜け、彼の後方へと逃れて素早く距離をとる……八卦拳の内、流水の動きを模した坎拳だ。
「キャアっ…!」
「うわあっ…!」
一方、目標を見失ったミカルの拳は、勢い余って彼女の後方にあった背の低い壁――リングと客席を隔てる安全用の木製壁を木っ端微塵に破壊してしまう。
「コレハ、少々ヤバイネ……」
「ヤルナ……ダガ、逃ガサン……」
悲鳴をあげる観客達も無視し、振り返ったミカルは怪しく白眼を輝かせると、膝を突く露華のもとへ再び突進していこうとする。
「タぁぁぁぁーイムっ!」
だが、その瞬間、腕を〝T〟の字に組んだレフリーが大声を張り上げて試合を止める。
「お客様の安全確保のため、隔壁の修理が済むまで一旦、試合を中止いたします! 双方、それまでの休憩は自由。傷の手当をするなり、
続けてアナウンスするレフリーの言葉通り、観客達の安全を考えての措置だ。真剣勝負とはいえ、これは秘密倶楽部でのエンターテインメント。お金を払ってくれるお客様が第一なのだ。
「フン。一時トハイエ、命拾イシタナ……」
「フゥ……正直、助かったネ……」
予想外にも水が入り、ミカルと露華は異口同音のことを呟きながら各々のサイドへと帰ってゆく。
「おい、露華! どうしちまったんだよ!? いつもの調子はどこいった!?」
「痛ッ……ワタシニモわからないヨ。アイツ、この前トまるで別人ネ。なぜカ、こっちノ攻撃ガ全然通じナイネ……」
近づくなり蒼い顔をして問い質すジャンに、露華は痛そうにあちこち体を擦りながら、訝しげに首を傾げてそ答える。
「コノママじゃ、こっちガヤられるのモ時間ノ問題ネ……」
「おいおいおいおい! なに弱気なこと言ってんだよ!? 俺は今夜の試合、有り金全部おまえに賭けてんだぞ? もしもおまえが負けたら俺は破産だ! 明日からどうやって生きてけっていうんだよ?」
続く露華の不吉な物言いに、さらに焦りを覚えたジャンは唾を飛ばしながら彼女に詰め寄る。
「ウッ…汚いネ……そんなのハ自業自得ネ。物乞いデモ何デモするネ」
「あのう……ちょっといいかな?」
ジャンの唾に顔をしかめつつ、そんな身勝手な彼を冷たく突き放そうとする露華に対して、おそるおそる手をあげると傍らのマルクが話を切り出した。
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