Ⅵ 逆襲の闘士(2)
「――さあて、皆さまお待ちかねえ! 今宵の熱き闘いを締めくくるのは、昨今稀に見る大注目のカードです! なんと、先日まさかの敗北に終わったあの〝黒豹〟が、復讐を誓って再びこのリングに戻って来たのです!」
わんわんと割れんばかりの観客達の歓声が木霊する闘技場に、あの赤いジュストコールを着たダンディなレフリーの唸りが響き渡る。
いまいちモチベーションの上がらない露華とは対照的に、ジャンの予想通り、このリベンジ・マッチは大いに盛り上がりを見せていた。
「もうこれ以上、しのごの説明する必要もありますまい。それではさっそく呼んでみましょう……遥か南方海の彼方、オスクロ大陸よりやって来た〝黒豹〟、ミカ~ル・テ~ソぉ~っ!」
「キャ~っ! ミカル~! 待ってたわ~っ!」
「ミーカールっ! ……ミーカールっ…!」
レフリーの呼び出しに緞帳が上がり、ミカルがその黒い巨体をリングに現すと、彼のファン達の応援の声が一気に沸き起こる。
やはり見た目からして強そうなその容姿……これもジャンが言っていた通り、一度負けたとはいえ彼の人気は不動のようだ。
「そして! 対するはこちらもご存知! 見た目とは裏腹にまさかの勝利を重ねる戦闘少女、〝東方のアマソナス〟・
「ヒュ~っ! 愛してるぜ、マドモワゼル!」
「L・O・V・E、らぶりールゥファ!」
続くレフリーの言葉で反対側の緞帳が上がり、ミカルとは対照的に小柄な姿を露華が現すと、こちらも通なファンやロリ少女好き達が各々に声援を彼女に対して送る。
「ジャンのクソ野郎が! 今日こそ地獄を見せてやるぜ! ざまあみやがれ!」
「言ってろ、このサリュックのアホウが! 地獄に堕ちるのはてめえの方だ!」
観客達の歓声に混じり、各々の選手の傍に控えるサリュックとジャンも互いに汚い言葉で罵りあっている。
「もう、おとなげない人達だなあ……」
また、同じくジャンの隣に立つマルクは、そんな品性の欠片もない大人達に渋い顔を作っていた。
「オレ、今日ハ負ケナイ……」
「悪いケド、こっちハ今日
一方、リング中央へ歩み寄った当の本人達も、お互いの目を鋭く見つめ合いながら闘志を顕わにする。
「さあ、お集りの
そして、いつも以上に気合の入ったレフリーの掛け声で、露華VSミカルの再戦が開始された。
「ウオォォォォーッ…!」
威嚇のためだろうか? ミカルは両の拳を高々と振り上げると、その場の空気を震わせて獅子のような咆哮をあげる。
「陽拳ガ効かないのハ承知ノ上ネ。ナラ、最初カラ陰拳デ仕留めるネ……」
だが、露華は微塵も臆することなく、そんなミカルの懐へ素早く飛び込んでゆく。
「コォォォ……ハァっ!」
そして、前回同様、今度も奇妙な呼吸法をするや、無防備なミカルの腹へ勢いよく拳の一撃をめり込ませた。
「如何なる屈強な肉体デモ、陰拳ノ衝撃ハ不可避……これデ終わりネ」
露華が嘯くように、体内を衝撃波で破壊する彼女の陰拳は、たとえ分厚い筋肉の鎧で守られていようとも防ぐことはできない……まるで
「我ガ陳家秘伝ノ双極拳ニ敵なしネ。申し訳ないケド、何度やあってモ同じ…っ!?」
ところが次の瞬間、油断していた露華は強烈なミカルのパンチを食らい、一瞬でリングの隅にまで吹っ飛ばされる。
「よし! いいぞ、ミカル!」
「なっ……まさかそんな……露華が殴られるとこなんて初めて見たぞ……」
思いっきり殴り飛ばされ、床の上を転がる露華の姿に、ワーワーと客席から歓声が巻き起こる中、サリュックは拳を握り締めて歓喜し、ジャンは信じられないというような顔で唖然とする。
「くっ……どうなってるネ? 陰拳ガ効いてナイ? イヤ、そんなハズハないネ。じゃ、痛みヲ感じてナイのカ?」
あえて飛ばされることで力を背後へと受け流し、辛うじてさほどのダメージを受けずに済んだ当の本人の露華も、切れた唇の血を拭いながら立ち上がると、やはり何が起きているのかわからない様子である。
「ミカルっ! そのまま一気に潰しちまえ!」
「ウオォォォォーッ…!」
主人の檄に再び雄叫びをあげたミカルは、立ち上がったばかりの露華めがけて猛牛の如く突進してゆく。
「陰拳モ効かないナラ、陰陽カラさらニ発生した八種ノ拳、双極拳ノもう一つノ奥義〝八卦拳〟ヲ使うネ……」
対して露華もすぐさま戦士の顔に戻ると、両拳を腰の横に、これまでに見たことのない構えを見せた。
「八卦ノ内、〝離〟ハ〝火〟ヲ
そして、ミカルが殴りかかるよりも一瞬早く、まさに烈火の如き猛攻を仕掛け始める。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! ハイっ…!」
途切れることなく繰り出される、拳打と蹴りの連続攻撃が容赦なくミカルの黒い巨体に叩き込まれる。
「フン! 無駄ダ! 俺ノ鋼ノ体ニハマルデ効カン……」
だが、筋肉質の太い腕を交差して防御をするミカルは、その激しい猛攻も蚊ほどにすら感じていない。
「そんな事ハ承知ノ上ネ……目晦ましデキれバそれでイイ……」
しかし、そうした相手の反応も露華にとっては織り込みすみだったようだ……彼女はミカルが防御に徹した隙を突き、一瞬、小柄なその体を縮こめると、反動でゴム毬のように上空へと跳躍する。
「……? 消エタ?」
通常、格闘戦において、自分の頭上より攻撃を受けるということはまずないため、自然と注意を払わない大きな死角となる……殊にミカルのように長身の者であればそれはなおさらだ……。
「八卦ノ内、〝乾〟ハ〝天〟ノ象……天ヨリ飛来スル鉄槌、ソレガ乾拳ネ!」
続けざま、天井近くまで飛翔した露華は体を捻り、オーバーヘッドキックの要領で彼の脳天へと必殺の蹴りをお見舞いした。
「ウゴッ…!」
筋肉の盾で覆われていない頭部への一撃に、さすがのミカルも脳震盪を起こし、白眼を剥くと倒木のようにしてバタリと床へ倒れ伏す。
「今度コソ終わったネ……」
わずかな時間差で地上へと舞い降りた露華は、歓声とブーイングの巻き起こる中、倒れ伏すミカルを冷たい瞳で見下ろしながらそう呟いた。
「よしっ! 俺達の勝ちだ! ったく、露華のやつ焦らせやがってえ……サリュックめ、ざまあ見やがれ!」
その光景を前に、当然、勝利を確信したジャンは歓喜の声をあげる。
「立てっ! ミカル! おい、悪魔! 何やってやがる! 約束が違うぞ!」
一方、気絶しているミカルに対し、サリュックは負け惜しみにしか聞こえないような怒号を真っ赤な顔で叫ぶのであったが……。
「……フン。慌テルナ下郎……本番ハコレカラダ……」
完全に沈黙したかに思われたミカルが、もそもそと動き出したかと思うと、そのまま首をポキポキならしながら立ち上がったのである。
しかも、なんだかそれまでとは纏っている雰囲気が違う……声は確かにミカルの者だが、その口調は片言の彼のものとはどこか違うし、何よりその目は白眼を剥いたままなのだ。
「どういう事ネ? 今のハ確かな手応えガあったネ……一体、何ガ起きてるというカ……」
それにはさすがの露華も驚いた。普段は細いその眼を皿のように見開くと、譫言のようにその心情を正直に吐露している。
「よーし! いいぞ、ミカル! こっからはこっちの反撃だあっ!」
「キャ~! ミカル、ステキ~っ!」
「いけーっ! 東方人なんてやっちまえーっ!」
対して主人のサリュックをはじめ、ミカルサイドの観客達からは、再び立ち上がった彼の雄姿に一際大きな歓声が沸き起こる。
「チッ…相変わらず頑丈な野郎だぜ……かまわねえ! 露華、もう一度眠らせてやれ!」
「……悪魔? ……それに約束って、まさか、あいつら……」
一方、苦虫を潰したような顔で舌打ちをするジャンの傍ら、この会場ではただ一人、マルクだけはその言葉を耳聡く拾うと、ミカルの復活にある疑念を抱いていた……。
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