Ⅲ 孤独の異邦人(2)

「……そういえバ、今、祖国言ったカ? スファラーニャ……聞いた事ない国ネ。それガオマエノ故郷ネ?」


 ふと、そんな記憶の中から戻ってみると、自身も淋しげな眼差しをしているマルクに気づき、興味を抱いた露華はそのことについて彼に尋ねた。


「ああ。知らないのも無理はない。エルドラニア王国に攻め滅ぼされ、今はその一部となっているからね。もう10年以上も前の話さ……エルドラニアの領土拡大の野望もあったけど、プロフェシア教国ではなく、魔導書の禁書政策もとっていなかった僕の国を教会側が邪魔に思っていたこともその理由にある。中でもプロフェシア教会を統べる霊的最高権威・預言皇はね……」


「エルドラニア言えバ、このフランクルと仲悪い超大国ネ。その国ト教会ニ故郷ヲ奪われたカ……じゃ、それからオマエハずっと一人デ旅してるネ? 家族ハいないのカ?」


 抱えた悲しみを包み隠し、自分すらも騙そうとする人間のさがなのか? 彼女同様、己の壮絶な過去をまるで他人事のように淡々と語るマルクに露華は重ねて問う。


「いや、家族は全員、エルドラニアの侵攻して来た時に亡くなったけど、しばらくは父親代わりだった人と一緒に医者としてあちこち転々としながら暮らしてたよ。その人もけっきょく、魔導書の不法所持の罪で命を落とすことになっちゃったけどね。その後は〝新天地〟に渡って僕も船医になったり……エウロパへ帰って来たのはごく最近さ」


「新天地……遥か海ノ彼方ニ発見されたという新しい大陸カ。フランクルからモ夢見テ渡ってく連中多いネ……そんなニイイ所カ?」


 その言葉にも、露華は興味を覚えて尋ねてみる。嘘か真か、自分と同じような社会の下層に生きる身分卑しい者達でも、新天地へ行けば人生が開け、良い暮らしができる…と、もっぱらの評判だったからだ。


「まあ、良くも悪くも自由はあるよ。しがらみや古い考えに縛られたエウロパよりはね。努力次第で誰にでも成功のチャンスがあるのは確かさ……でも、新天地の大半は最初に発見したエルドラニアの植民地だ。けっきょく、いい思いができるのは支配者層のエルドラニア人だけ。僕らそれ以外は肩身の狭い異邦人だよ」


「ナンダ。つまらないネ……所詮、何処ヘ行ってモ他所者ヨソモノハ他所者カ……ワタシト同じネ……」


 そんな下層民達の希望を打ち砕くかの如く、半分正解で半分間違いのように答えるマルクの話を聞くと、淡い期待を裏切られた露華は溜息混じりにそう呟く。


 だが反面、その未知なる土地へ渡ったはみ出し者達や、今、目の前にいるこの少年も、どこか自分と同じような存在に思えてくると、なんだか妙な親近感を覚え始めるのだった。


「ああ。僕らは似ているのかもしれないね……僕も故郷の国を失い、ずっと異国の地を彷徨い歩く根無し草だし……そういう君の方はどうだったんだい? なぜ、拳闘士に? ていうか、なんでそんなに強いの?」


 だいぶ話が重く小難しいものになったので、マルクは話題を変えるようにして、今度は露華のその後について尋ねてみた。


「武術ハ我ガ陳一族ニ伝わる〝陳式双極拳〟ヲ小さい頃カラ仕込まれたネ。交易ヲする者ハ野盗ニ襲われる事ガ多いカラナ。自衛ノ為ノ武術ハ必要不可欠だヨ。デ、それが幸いしてカ、独り残されて困ってたとこヲ拳闘士探してた興行師ノジャンニ拾われたネ」


「なるほど。芸は身を助けるってやつだね……まあ、それだけの武術身につけてるなら、むしろ活かさないのはもったいない気がするよ」


 彼女の話に先刻の悪漢三人を一瞬で叩きのめした様子を思い出し、このには天職だなと苦笑いを浮かべながらマルクは思ったりする。


「……あ、そうだ! すっかり忘れてたけど、辰国の魔導書を見せてくれないかな? 香辛料だけじゃなく、他にも必要な薬あったらお礼にあげるからさ」


 そして、ずいぶんと遠回りをしてしまったが、ようやくここへ来た本題を思い出すと、改めて彼女に頼み込んだ。


「アア、そうだったネ。じゃ、湯麵ヲ食べ終わったら見せるネ。てか、話ニ夢中ニなったせいデ、せっかく打った麺ガすっかり伸びてしまったヨ……ズズー……汁モ生ぬるいネ……」


 その言葉に露華の方も約束を思い出すと、そう言ってコシのなくなった麺を冷めたスープの中から啜って食した――。

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