Ⅱ 路地裏の邂逅 (1)
たくさんのランプに照らし出され、一見、高級キャバレーのような雰囲気を醸し出した秘密倶楽部〝
その闇の中に独り静かに現れた露華は、暗い裏道をそのまま進み、モン・パルナッソー地区でもサン・ソルボーン大学へ通う貧乏学生や、売れない芸術家などがたむろするカルチェ・レカンドラ側へと向かって行った。
ケチな雇い主ジャンが貸し与えているオンボロ下宿が、その界隈にあるからだ。
モン・パルナッソーでも一番の盛り場を離れるにつれ、辺りはだんだんと静かになってくる……裏道とはいえ、浮かれ騒ぐ男女の声が聞こえてきたり、時折、酔っ払いが倒れているのも見かけたりなんてこともあったが、今はもう人っ子一人、露華以外に人影も見えることはない。
そんな漆黒の静寂に支配された寂しい夜の街を、露華は怖がってびくびくすることも、また逆に陽気な鼻歌を唄うようなこともなく、ただ黙って黙々と進んでゆく……。
と、その時だった。
「へへへ、お嬢ちゃん、夜道を一人で歩くなんて危ないぜえ?」
「悪い人達に襲われたりしたらどうすんのお?」
「俺達が家まで送ってってあげようかあ?」
不意にそんな男達の声が聞こえたかと思うと、暗がりから三つの人影が姿を現した。
両側にそびえる建物の、連なる軒の隙間から差す微かな月明かりに照らし出されると。それは小汚い格好をした人相の悪い男達だ。
しかも、彼らは逃げ道を塞ぐようにして露華の前後に位置し、さらに各々の手には闇にキラリと白刃を輝かす鋭利な短剣が握られている。
「何者ネ? オマエ達の方コソ、その悪い人達に見えるネ」
狭い道で自分を取り囲む男達を見回しながら、やはり淡々とした声の調子で露華は問い質す。
「そいつは人聞きが悪いなあ。俺達は真面目な仕事人だぜえ?」
「そうさ。こうして金をもらって、ちょっとばかし調子づいてる拳闘士のガキにお仕置きしてやろってんだからよう」
「東方人のガキなんかに幅をきかされちゃあ、この街の興行界も体裁が悪いってもんだ。なあ、ガキでもそんくれえの常識はわかんだろ?」
その問いに、悪どい笑みを浮かべた男達は手にした短剣をちらつかせながら、そう答えてじりじりと間合いを詰めてくる。
「ナルホド。サリュックガ負け惜しみで差し向けたチンピラネ。どうせ逆恨みするナラ、ジャックの方ヲ痛い目ニあわせてほしいネ……」
だが、刃物を手にした男三人に取り囲まれてもまるで動じることなく、本気なのか冗談なのか? とても迷惑そうな顔をした露華はちょっとブラックな言葉を彼らに返す。
「デモ、調子乗ってるのハオマエ達の方ネ。そんな刃物持ったダケデ本職ノ拳闘士にかなうとデモ思ったカ? やめておけ…って言ってモやめそうニナイカラ、おとなしくここデぶちのめされるネ」
そして、小さな拳を合わせてポキポキ鳴らすと、そのカワイらしい黒い瞳にわずかな殺気を宿した――。
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