第5話 夢の景色
一度でいいから桜の花を見てみたい。春を感じたい。冬を越えたい。
それが私の願い、この世界で生きる人々の願いだった。
春の訪れを告げる桜の花、それを見るのが私の夢だった。
お姉ちゃんに連れられて私は家の外に出る。お姉ちゃんに手を引っ張られてどこまでも続く雪の上を走った。
「ここらへんに広い場所はない?」
「え、えっと、そこの道を左に曲がった場所に広場があるけど…」
私の返事を聞きお姉ちゃんは広場まで私を連れて走った。
「ゆきちゃん、近くにいる人たちを集めて来てくれないかな?出来るだけたくさん」
「え、どうして…」
「桜の花を見るため、だよ」
お姉ちゃんは私にそう言いながら広場の中心に向かった。そこで、お姉ちゃんが雪に何かしているのが見えた。私はお姉ちゃんの言葉を信じて近くにいる人たちを集めることにした。
ゆきちゃんが広場から出ていくのを見送りながら私は雪の下にある地面に魔法陣を書いた。私の魔法は全然大したものじゃない。でも、私の魔法はゆきちゃんの夢を叶えてあげられる。そう信じて必死で魔法陣を書いた。
「ユメ、ここにいたんだ。探したよ」
「あ、ポーマ、起きたんだ。よかった」
「まあ、あの程度なら大丈夫だよ。それより何をしているの?」
「みんなの夢を叶えるの。ポーマも手伝って」
「わかった」
ポーマがやって来てくれたおかげで魔法陣を作るのが楽になった。ポーマの魔法で雪を溶かしながら地面を広げていき魔法陣を作る。そうしている間に広場に人がどんどん集まって来た。
「お姉ちゃん、近くにいる人はほとんど集めて来たけど、ほんとうに桜の花、見れるの?」
「うん。まかせて、私の魔法でみんなの夢を叶えてあげる」
ゆきちゃんにそう言いながら私は魔法を発動させた。私の魔法、夢魔法、人の持つ夢を叶えることができる私の魔法を…
私とポーマが描いた巨大な魔法陣に私が魔力を流す。すると魔法陣が輝き始める。魔法陣が輝き始めるのと同時に集まっていた人たちも輝き始めた。
「何…これ……」
ゆきちゃんだけじゃなく集まっていた人たち全然が驚いた。ゆきちゃんたちを包む光は魔法の光、光に包まれた者の夢の景色を読み取るための光、集まっていた人たちの中にある夢の景色、桜の花を読み取り魔法陣に夢の景色を流し込む。
私の夢魔法を発動させるためには夢のエネルギーが必要となる。当然、夢が大きければ大きいほど必要な夢のエネルギーは増えていく。今回、冬しかない世界に春を訪れさせる。春の訪れを告げる桜の花を咲かすにはかなりの夢のエネルギーが必要だった。夢のエネルギーを集めるためにゆきちゃんに人を集めてもらった。
この世界の人たちの中にはたしかに桜の花という夢の景色が存在した。桜の花とは程遠い桜の花をイメージしている人もいた。そんな人たちの夢の景色を壊していいのか、とも思ったが、本当の桜の花を見せてあげたいと思い私は魔法を完成させた。
夢のエネルギーは十分だった。いや、十分過ぎるくらいに集まった。それだけこの世界にいる人たちの夢の景色への思いは強かったのだ。
「夢魔法、夢の景色」
私が魔法を発動させると魔法陣が更に輝きを増し、消滅した。魔法陣が消滅すると同時にゆきちゃんの頭の上に一枚の桜色の花弁がヒラリと乗っかった。
気がつくと辺り一面真っ白だった景色が夢の景色に、桜の花だらけの桜色の景色に変わった。
そして、猛烈な寒さは和らぎ少しだけあったかい風が吹いた。暖かい風により桜の花弁は飛ばされていく。その桜の花弁が落ちた場所に新たな桜の木が咲き一瞬で満開になる。
この世界に春が訪れるのだった。
「お姉ちゃん、すごい、すごく綺麗、これが桜の花なんだね」
私ははしゃぎながらお姉ちゃんがいた方を振り向く。だが、その場所にお姉ちゃんはいなかった。
たぶん、帰ってしまったのだろう。お姉ちゃんがもといた世界に…渡り人としての役割を果たしてくれたのだから。
私は、渡り人が残す物語の1ページになれたのだろう。
「お姉ちゃん、ありがとう」
私は遠い場所にいるお姉ちゃんに聞こえるように大きな声で叫んだ。
周りにいる人たちは何が起こったのかわかっていない。だが、春の訪れと桜の花を見て喜んでいた。
お姉ちゃんが作った物語は私が必ずこの世界の人たちに伝えようと決めたのだった。
「みんな、お花見しよう!」
お姉ちゃんが教えてくれたお花見をしながら、この世界の春の訪れをみんなで祝ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます