第4話 雪乃の恋
雪乃の恋
丹波篠山から江戸に戻った清十郎は、暫く道場へ通う日々を過ごしていた。
秋も初冬に向かい、木枯らしが吹くその日、駿河台から用人寅乃助が屋敷を尋ねてきた。
「若はおいでか」
式台に立った桐は、初めて見る寅乃助に戸惑いながら
「今は間宮道場へ行っております」
「ん、楓はおらんのか」
「あの、どちら様で」
「駿河台の寅乃助じゃが、そなたは」
玄関の問答が聞こえたのか兎ノ助が出て来た
「おお、兎ノ助いたのか」
「どうした、若に用事か」
「殿様から、若に書状を持ってきた、渡してくれ」
「急ぎの用事か」
「いや、そうでもないらしい。ところで、この娘は」
「初めてだったかの、楓が懐妊して郷へ帰ったから、代わりの世話役で、桐と申す」
「さようか。では頼んだ」
寅乃助が去った後、桐がどなたか尋ねたので
「殿様の用人をしている寅乃助じゃよ。殿様からの用事は、あやつが伝えに来るで、覚えておくといい」
道場の帰り、柳原土手の古着屋が並ぶ道を歩いていた清十郎は、前から小走りに来る同心と捕方を見た。
脇に寄ってやり過ごそうとしたが
「おお、夏目ではないか。丁度いい、手を貸せ」
一度しか話をしていないはずだが、妙に馴れ馴れしい山田同心に閉口ながら
「手を貸せとは」
「浪人が暴れておるで、捕物に向かってるんだが、浪人とは言え刀を振り回してるから危ねえんだ。」
「それはお主の仕事であろう」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、手を貸せ。どうせ暇だろ」
暇とは何だと思いながら、後を付いて行った
米沢町の中ほどにある酒屋で浪人が女中を盾に刀を振り回していた
「南町奉行所だ。神妙にしろ」
「町方には用はねぇ」
「何が目的だ」
「そんなもんはない、仕事もねぇ、金もねぇ、むしゃくしゃしてるだけだ」
「女を離せ」
「やかましい」
こりゃ手こずるなと離れて見ていた清十郎だったが、山田が寄ってきて
「おい、夏目。手を貸せ」
「貸せと言うてもな。人質を取られてるからの」
「どうにかできんか」
「無茶を言うな」
捕方は遠巻きに見ているしかなかった
「山田、後ろ側に隙間を作れるか」
「どういうこった」
「わしが後ろに回れる隙間を作れるかと聞いておる」
「そしたら何とかなるか」
「多分な。いくら払う」
「なに、金を取るつもりか」
「当たり前だ。わしは奉行所の役人ではないゆえな」
「こんな時に金の話をするな」
「ならば見て見ぬふりをしよう」
「くそっ。分かった、金は払うから、何とかしてくれ」
山田同心は、浪人の右手に捕方を集め、向きを変えさせた。後ろに隙間ができたところで、清十郎は野次馬に紛れて左手へ回りこむ。
およそ四間。
清十郎が懐から棒手裏剣を取出し、浪人の右肩に向けて投げた。
「ぐわっ」
という声とともに刀を落とした隙に、捕方が梯子で押え込み縄を掛けた。
浪人の肩口から棒手裏剣を抜きながら
「山田、一両な」
「な、なにぃ。一両だと」
「さよう。払えなければ今後一切手伝い無しじゃ」
「くっ、伊勢屋んとこじゃ手下ニ十人使って、町方に合力してるじゃねぇか」
「あれは商家から金を貰っているからの」
「少しまけてくれねぇか」
「お主も商家から、たんまり袖の下を貰っておろう」
「くそっ。ほれ一両」
受取った清十郎はくるりと踵を返し、手をヒラヒラさせながら日本橋へ帰って行った。
屋敷に戻ると桐が寅乃助が来たことを伝え、書状を見せた。
「急ぎの用向きか」
「いえ、急ぎではないとか」
読み始めると、先の篠山の件で、丹波守が礼をしたいとのこと
近々屋敷を訪ねて欲しい旨であった。
「面倒くさいの。桐、少し横になる」
と書院で寝てしまった。
清十郎が帰って来た様子に、兎ノ助が台所に顔を出した
「桐、若は書状を読んだか」
「はい」
「それで」
「何やら、面倒くさいのとか」
「面倒くさい」
「はい、それで寝てしまいました」
「また、面倒なことが起こったかの。しかし・・・寝てしまったか」
と、腕組みをして奥へ消えた。
三日後の午後、城下がりの伊豆守が清十郎の屋敷を訪ねた。
「これは殿、おいでなさいまし」
「清十郎は」
「いま髪結に行っておりますが、そろそろ戻る頃だと」
「そうか、待たせてもらおう」
桐が、挨拶を兼ねて茶を出した
「初めてお目にかかります、桐と申します」
「おお、楓の代わりの」
「はい。宜しくお願い申し上げます」
「うむ。この茶はうまいの、宇治か」
「はい、篠山の帰りに求めて参りました」
「桐も行ったのか」
「はい」
その時、清十郎が戻ってきた
「父上、前触れして頂けましたら留守にしなかったのですが」
「よいよい。して書状は読んだな」
「はぁ」
「丹波守はいつか、いつかと待っているようだぞ」
「はぁ、殿様の命じた事とは言え、家臣を殺めたので、お礼と申されましてもなぁ」
「責められるべきは、丹波守ご本人じゃ、お主ではない。早い内に行ってやれ」
「はぁ、では明日にでもと、前触れをいれまする」
翌日、気は進まないまま丹波守の屋敷を訪ねた
「おお、よう来られた。二度に渡り難儀をかけてしもうたな」
「いえ、父の御用でございますれば」
「よう狸共を探り出してくれた。見逃せば藩を二分する騒動になっておった。重臣を失うことは大変な痛手ではあるが、もし、この事で藩が改易になれば、わしは兎も角、家臣が路頭に迷う、引いてはその家族もな。そなたは、それを救ってくれたのじゃ」
「はぁ」
そこに、正室、篠の方と嫡男、松丸、娘の雪乃が腰元に茶菓を持たせて入ってきた
「奥の篠と松丸、娘の雪乃じゃ」
「初めてお目にかかります」
「伊豆守殿のご子息、夏目清十郎じゃ」
「此度は、色々と世話になりました」
「いえ」
「あの、伊豆守殿は酒井様と申されたはず、夏目殿は養子に行かれましたか」
「まだ独り身じゃよ。清十郎は側室の子での、正室に子ができぬ故、側室を設けたのじゃが、不思議と同時に懐妊しての、お産も同じ日。だが、側室の方は肥立ちが悪く亡くなってしもうて、正室に育てられたのじゃ」
「まぁ、それは可哀相に」
「長じて正室と折り合いが悪くなり、家を出たのじゃよ、それを折りに母方の姓を名乗っておる。なぁ清十郎」
「はぁ、その通りで」
出自を詮索され何やら居心地が悪い
「幾つで家を出られたのですか」
「十三の歳です」
「まだ、子供ではないですか。それでどうされたのですか」
「京へ剣の修行へ」
「まぁ、十三で一人で修行ですか」
「はい」
「清十郎はな、元々酒井家に伝わる剣術を習い、京では鞍馬流、今は江戸で無外流を学んでいるそうだ」
「よくご存知で」
「父君からな、全て免許皆伝とか。上様の危難を救ったことも聞いておるぞ」
「え、上様に災難がございましたので」
「まぁ、それは内密な話で」
「殿、お礼の品は差し上げたので」
「おお、忘れておった。清十郎、此度の礼にこれを受けてくれ」
と、ひと振りの太刀を差し出した
「これは、来国光二尺二寸九分じゃ」
「いや、それほどの名刀は受け取れませぬ」
「佐々木家を救ってくれたのじゃ、この程度では足りぬが、剣術家が持ってこその太刀であるからの」
そう言われて断わると失礼に当たるかと
「では、忝なく」
「そなたが、嫡男なら雪乃を嫁がせるのだがのう、残念じゃ」
話を聞いていた雪乃の目がキラキラしているのを丹波守も篠も気付かなかった
丹波守の屋敷を辞して、屋敷へ帰るかと足を向けたが、貰った太刀が気になり間宮道場へ歩いていた
稽古は済んでおり、門弟たちは道場の拭き掃除をしていた
「夏目さん、稽古は終わりましたよ」
夏目に気が付いた門弟が汗を吹きながら声をかけた
「先生は奥か」
「はい」
奥へ通り、書院の前で座り声をかけた
「先生、清十郎でございます」
「おお、どうした。中に入れ」
「お休みの所申し訳ございません」
「よい、ん、それは太刀か」
「はい、先程お礼の品と頂いて參りましたが、我が手には余ると悩んでおります」
「どれ、見せてみよ」
懐紙を咥えて太刀を抜いた間宮は、身幅は細いが反りは深く、刃紋広直刃に溜息をつき、鞘に収めた
「来国光か」
「のようで」
「良き物を頂いたな、大事にせよ」
「私の様な若輩者が持っていて良いものかと」
「お主の技量ならば、荷が勝ち過ぎることもなかろう」
頭を下げ道場を辞した
屋敷に戻り書院に入ると、四斗樽と反物が一つ置いてあった
「これは」
清十郎が尋ねると
「永冨町の呉服問屋、山形屋と申しましたか、番頭の茂吉という者が過日のお礼と置いて帰りました」
「はて、なんであったの」
「心当たりはございませんか」
「あったような、無かったような」
そこに商家の主風の者が訪ねて来た
「こちらは、夏目清十郎さまのお屋敷で」
「そうですが、何用で」
「私、芝口愛宕下、日影町で札差を商いしております越後屋宗右衛門と申します。夏目さまはご在宅で」
「暫くお待ちください」
「若、日影町の札差が来ておりますが」
「札差。わしには縁の無い者が何用かの。通してくれ」
「お目通り頂きありがとう存じます」
「札差とか、わしは知行取りでは無いゆえ、回せる米は無いぞ」
「いえいえ、それは良く存じております。今日は、そういう話ではございませんで」
「左様か、では何用かの」
「夏目さまは、前の伊勢屋さん一帯の用心棒をされているとか」
「日影町辺りにも聞こえているのか」
「はい、これまで盗賊を三度捕らえられ、以来盗賊の姿が見えないほどと」
「それで」
「私共の日影町でも同じように用心棒をお願いできないものかと、伺いました次第でして」
「ほう。しかし高いぞ」
「如何ほどでごさいましょう」
「日影町に大店は何軒ある」
「十五軒ほどございます」
一旦、奥に下った清十郎が、日影町の町割り絵図を持って来た
「越後屋、この町割りは偽物かの」
「え、いや・・本物でございます」
「大店を数えてみよ」
「・・・申し訳ございません。ニ十軒ございます」
「すぐ分かるような嘘をつくとはの」
額に汗をかきながら、頭を下げた越後屋は
「数が少なければ、お引受けくださるのではないかと・・・」
「一月三百両かの」
「さ、三百両とは法外な」
「法外とは」
「いや、あまりに高うございます。ニ百両では如何でございますか」
「それは無理じゃ。お主らの町を守るには三十人が必要。安売りするつもりは無い。こっちも命懸けだからの」
「しかし三百両とは・・・少し算段を間違えました。この話は無かったことに」
何やら怒りを含みながら帰って行った
隣の部屋で聞いていた子之助が清十郎に尋ねた
「若、なぜお断わりになられたので」
「心根が好かぬ。店の数を誤魔化し用心棒代を値切るようではの、始めは三百両払っても、後々値切って来るのは目にみえておる」
「なるほど、日影町の越後屋と言えば、やり手と聞いております。ここ数年で扱う年貢米も倍増したとか」
「浪人の用心棒が似合っていよう」
それから七日後のことである
南町奉行所同心、山田慎之介が訪ねて来た
「夏目はいるかい」
声を聞いて清十郎が出た
「なんだ、また手伝えか」
「そう言うな。昨晩な、日影町の越後屋に賊が押し入ってよ。蔵の金ごっそりやられたらしい」
「ほう、主と奉公人は無事なのか」
「縛られてはいたが、無事だった」
「不幸中の幸いであったな」
「千両箱五つも持ってかれて、越後屋は店を畳むしかねぇって落ち込んでたぜ」
「左様か。それで何の用向きじゃ」
「近所の店に聞いたらよ、数日前にお主のとこに来て、用心棒を頼んだが断られたと聞いてな」
「話が逆じゃ。断ったのではない。断られたのじゃ」
「どういうこった」
「用心棒代一月三百両と言ったら、高いと申しての、帰って行ったまで」
「さ、三百両。そりゃ高けぇ」
「あの一帯は大店がニ十軒ある。一軒当たり月に十五両じゃ。越後屋は最初十五軒と嘘をついた。すぐに分かることだが、日影町の町割り絵図を見せたら、少なく見積もったことを認めたわい」
「それでどうした」
「ニ百両でどうかと言われたがの、こちらも命懸けだ、まけられぬと申したら帰って行ったよ」
「月に五両をケチった挙げ句、五千両無くしたってことか」
「越後屋の話をしに来たのか」
「いやそうじゃない、その盗賊だがよ、天狗党って言ってな、最近江戸で続けて押し込みをやってる奴らでな」
「天狗党。そう名乗ったのか」
「いや、天狗の面を被っているんで、そう言われてる」
「それで」
「お主も知っての通り、定町廻り同心の数は南北合わせても三十人。手下の岡っ引きを入れても百人がせいぜいだ」
「そうだな」
「毎日、聞込みに走り回っているんだが、一向に手掛かりが見つからねぇ」
「それで」
「だからよ、お主のところの忍びを加勢に貸してくれねぇかと思ってな」
「いくら出す」
「また金の話か」
「当たり前だ、我らは町奉行所の役人ではない」
「此度は、捕縛ではない。探索だからよ、少しまけてくれねぇか」
「広い江戸で手掛かりを見つけるのは、容易いことではない。人数をかけねば見つからぬ。その間、配下の者は父の御用も務まらぬのだぞ」
「そりゃそうだが、天狗党のことをお奉行も気にしておってな。お奉行にお主の事を話したらよ、清十郎に手伝ってもらえと言われたのよ。お主、お奉行と知合いか」
「今の南町奉行はどなたじゃ」
「安倍上総守忠盛さまじゃ」
「安倍殿か」
「やはり知合いか」
「父と仲が良い」
「ならよ、加勢してくれねぇか。これ以上、天狗党をのさばらしておく訳にはいかねぇんだ」
暫し黙考した清十郎は
「仕方ないの。いくら出す」
「一人頭三両。三十人分は用意した」
「百両。お奉行は、それぐらいは用意したであろう」
「しょうがねぇなぁ。ほれここに」
袱紗に包んだ切餅四つが置かれた
「確かに、引き受けよう」
「助かった。何か分かったら知らせてくんな」
同心が帰ったところを見計らい、子之助が入って来た
「若、良く引き受けましたね」
「実はの子之助。父上から密命があっての。上様が幕府の財政改革に手をつけられてな、天領を増やしたいとの仰せじゃ」
「ということは、大名家の改易を」
「うむ」
「それと、天狗党の探索に関わりがございますので」
「盗賊が金を手にすれば、酒、女、博打が相場であろう」
「そうですな」
「大名家の下屋敷には賭場を開いている所が多い。口の軽い中間どもに酒を飲ませ大名家の噂も拾える。一石二鳥であろう」
「なるほど。では今宵から大名家の下屋敷に潜入させます」
「酒場と岡場所もな。探索には、この金子を使え」
と、先程の切餅四つを出した
その頃、江戸城謁見の間では、吉宗の前に側用人、加納久通(通称孫市)と目付を管轄する若年寄、佐々木丹波守、大目付、酒井伊豆守がいた
「伊豆よ。大名家の探索は進んでおるか」
「はい、石高の小さいところを主にやらせております」
「なぜ、石高の小さいところじゃ」
「大きいところを改易しますと、江戸に溢れる浪人が増え、治安が悪くなりまする、よって小さい家をと」
「なるほどな。清十郎も動いていよう。ニ十万石程度で良いからの」
「はっ」
「丹波よ、大名だけではなく、旗本、御家人にも不行跡があらば改易する所存じゃ、目付に厳しく探索させよ」
「はっ。しかし、いま目付に欠員が出ておりまして、些か時がかかります」
「補充はできぬのか」
「目付に就けますには、人品骨柄を厳しく調べあげた上で、お役に付けておりますが、なかなか人材が見つからず欠員のままになっております」
「やむを得ぬな。暫時進めるように」
「ははっ」
「ところで、入ってくるものは、ほぼ決まっておる、出て行くものを抑えたいと考えるが、幕府内で出費の多いものは何じゃ」
「・・・」
「何じゃ、忌憚なく申せ」
「恐れながら申し上げますと、大奥ではないかと」
「そうじゃな。あのように女子が多い必要は無い。世継ぎを産むのに、あれほどはいらぬ。減らす手立てはないか」
「・・・」
「あの」
「何じゃ丹波、何か方策があるか」
「中臈を里に帰すには、それ相応の理由が入りまする」
「それで」
「見目麗しい女子であれば、里に帰ったとしても嫁ぎ先に困ることは無いかと」
「ほう、そうじゃな。孫市、大奥にな見目麗しい女子を選び出せと伝えよ」
「畏まりました」
廊下に出た伊豆守に丹波守が呼び止めた
「伊豆守殿、ちと良いか」
「なんぞあったのか」
「うむ、娘の雪乃のことでな」
「雪乃殿に何か」
「実はの、雪乃も十六になり嫁ぎ先を探しておっての、まぁ嫁に欲しいと言ってくる家もあるのだが」
「もうそんな歳に」
「それでな、いくつか候補を上げて雪乃に選べと申したのよ」
「はぁ」
「そしたらの、嫁ぎ先は決めておると言いよっての」
「ほう、自ら決めておるとは」
「どこじゃと聞いてみたら」
「聞いてみたら」
「清十郎と申すではないか。先日、屋敷に来てもらった際に一目惚れしたらしい」
「なんと。清十郎に・・・」
「いや、清十郎がお主の嫡男であれば、喜んで嫁がせるのじゃが、如何せん次男坊であろう。嫁がせる家が無い」
「まさしく」
「そういい含めてあきらめさせようとしたのじゃが、家が無くとも嫁には行けると。清十郎以外には嫁がぬと聞かぬのじゃ」
「それはまた困りましたな」
「何か諦めさせる良い手立てはないかの」
「一つ・・・無いこともない」
「おお、教えてくれ」
「我が家では、三河以来の忍び一族がいるのは知っておろう」
「うむ、忍びに何かさせるのか」
「いや、我が家に男子産まれた時、元服の折りに忍び一族から世話役の女子を付けることになっておってな」
「世話役か」
「世話役と言うても、身の回りから、夜伽までじゃ」
「なに、夜伽もさせるのか」
「左様、若い時分は悪所にも目がいこう、悪い病を貰わぬよう、それを防ぐためもある」
「なるほど、それで」
「清十郎には既に二人目の世話役がついておる。一人目は懐妊して忍びの里に帰したで」
「子ができたのか」
「左様」
「それゆえ、正室はおらぬが側室みたいな者がおると話せば、雪乃殿も諦めるのではないか」
「なるほどのう。それは良い手だ。しかし、産まれた子はどうなるのだ」
「忍び一族の子として育てる掟になっておるで、世継ぎ問題にはならぬのだよ」
「ほう、お主にもいるのか」
「そろそろ隠居しようと考えておる歳じゃ。おらぬよ」
その夜のことである。屋敷に帰った丹波守は篠に雪乃を呼べと伝えた
「雪乃、本日城中にて酒井殿と面談した」
雪乃は清十郎のことかと上気した
「それでの、酒井殿が申すには、酒井家には掟というものがあっての」
「どのような掟ですか」
「酒井家に男子産まれる時、元服の折りに家臣の忍び一族から世話役の女子を付けるそうだ」
「世話役・・・ですか」
「左様、その世話役は身の回りの世話は勿論のこと、夜伽もなすらしい」
「まぁ、それで」
「清十郎には既に二人目の世話役が付いていての。一人目は懐妊して忍びの里に帰っているそうだ」
「それは真で」
「真じゃ。まぁ、正室ではないが、側室みたいな者がいるということじゃの」
「産まれた子はどうなりますので」
「うむ、それは忍び一族の子として育て酒井家の世継ぎにはしない掟と聞いた」
「それはようございました」
「なに」
「父上にも側室がございましょう。此度、我が佐々木家は世継ぎ問題で揺れました。産まれた子が世継ぎにならないのであれば、何も言うことはございませぬ」
「それは、どういうことじゃ」
「私は、その世話役など気にしませぬ」
「気にせぬとは・・・諦めぬということか」
「はい」
「清十郎には継ぐ家は無いのだぞ」
「家は無くとも嫁には行けます」
「お主のその頑固さは誰に似たのかのぅ」
横で聞いていた篠は笑いだしてしまった。
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