第4話
※黒滝茉莉視点
「私が夏休み前に告白して、振ってくださりやがった男の子だったりします」
どうにかこうにか大人の女性を演出しながら、そう言い切った私は、天理君の鼻をつつくつもりで、指を指した。
残念ながら、届かなかったけれど。
「………………」
天理君は黙りこくって、視線を机の上に落としてしまった。
………………あれ。
……………………………あれ?
こんなつもりじゃ、なかったんだけど。
予想だと、私の魅力に気づいた天理君が、『やっぱり付き合ってくれ!』とか言ってくれるんじゃないかなって淡い期待もあったのだけれど、結果は真逆。
むしろ、重々しく口を閉ざさせてしまって、陰鬱な顔をさせてしまっている。
おかしいなぁ…………。
男の子は、大人の女性に魅力を感じるって、ブログに書いてあったのだけれど。
今の私は、まだ天理君の好みになれていないということかな。
一度告白を振ってしまった手前、素直になれないのかもしれない。
やっぱりお医者さんになるためには、恋人なんて重荷と考えているのかも。
色々と考えられることはある。特に3つ目とかは、すごくありそう。
でも、私は天理君じゃないから、その答えが何なのかなんて、わかりはしない。
聞かなきゃわからない。
話さなきゃ伝わらない。
それは、十二分に反省したつもり。
だから私は、口を開いた。
「聞いたよ、お医者さんになりたいんだって」
「…………ああ」
「すごいね。尊敬しちゃう、本当に」
これは私の本音だ。お医者さんとは一部の限られた人が必死に勉強して、それでもなお、なれないかもしれない職業だと、私でもわかる。
というより、天理君が目指していると知って、調べたのだけれど。
それは金銭的な面もあれど、直近だと大学入試、その後だと6年間は医学生として勉強して、さらに国家試験にだって合格しなきゃいけない。
言葉では簡単に言えるかもしれないけれど、その道のりは途方もないものだろう。
「どうして、なろうと思ったの?」
これも、率直な疑問。
以前から話はあったみたいだと、お父さんとお母さんは言っていたけれど、どうしてお医者さんじゃなきゃいけなかったのだろうか。
お医者さんじゃなくても、学校の先生だとか、警察官だとか。男の子だったら消防士さんかもしれない。最近だと、ぶいーちゅーばーとか。
「…………お前の」
「私の?」
はて。
天理君がお医者さんを目指すことと、私に、何か関係があるの?
私はゆっくりと開かれる天理君の口元をみて、続きを待った。
「お前の、腹を治したいと思ったから」
「………………お腹?」
私のお腹が弱いとか、そんなことはない。
むしろ、偏食に偏食を重ねてきた私のお腹が、何か不調を訴えてきたことすらない。
お墨付きだ。
「俺の爺さん、小さな病院を開いてるんだ」
「うん、それは知ってるよ。お母さんから聞いたから」
「その病院は…………、その、皮膚科も、やってる、らしい」
「………………………え?」
皮膚、といわれて、ピンときた。
むしろ、お腹と皮膚と言うキーワードを聞いて、私がわからないわけがない。
10年前、つまりは私が7歳の頃だった。
天理君が得意げに灯油ストーブの上にのったやかんを指さしたと思ったら、そこに手を伸ばした。
天理君は「見てて!」としか言わなかったから、何を思ってのことかは知らないけれど、男の子だし、何か格好つけたかったんだろうなと、今ならわかる。
でも、それはうまくいかなかくて、やかんに入った熱湯は、私のお腹にぶちまけられた。
熱くて、だんだんと痛くなって、そこから先のことは苦しすぎて覚えていないけれど、とにかく病院に担ぎ込まれたか、その後は救急車で運び込まれたのだ。
多分、痛みで気を失っていたのだと思うけれど、気づいたら病院のベッドの上だったから、それはわかった。
一番に目に入ったのは、天理君の辛そうな顔だった。
そう、丁度、今のような。
「そっか」
私はそれだけ呟いて、天理君に顔が見えないように俯いた。
お腹を治したいって、きっと、そういうことだ。
お腹に残る、赤黒い火傷痕のことだろう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
――――――――嬉しすぎて、どうしよう。
◆ ◇ ◆
※天理誠人視点
「そっか」
それだけ言って、黒滝は俯いた。
その肩は心なしか震えていて、胸中は怒りで満たされているのかもしれない。
それはそうだろう。一生消えないであろう傷を、俺はつけた。
いつまでたってもクソ餓鬼で、多分、黒滝の火傷の痕が消えない限りは、俺はいつまでも大人になれない。
前に進めず、うだうだと足踏みを続けるだろう。
医者を目指すのは、その一歩を踏み出すための、土台作り。
勉強のために付き合えないなんて、ただの言い訳で。
本当は、それをしてしまえばきっと忘れて、クソ餓鬼のままになるだろうと、思ったから。
「ねえ、ちょっと、そっちに行ってもいい?」
「え?」
顔を上げたと思ったら、黒滝がそんなことを言い出した。
「別に、良いけど」
「じゃあ、奥側に失礼します」
立ち上がった黒滝は、俺の側まで来ると、立ち上がるように促してくる。
俺が立たないと、位置的に奥に座れないだろうから、俺も特に抵抗することもなく、奥の椅子に置いておいたリュックサックだけを残して、黒滝に席を譲った。
「じゃあ、隣に座って」
ぽんぽんと、黒滝は隣を叩く。
「……………?」
何がしたいのかも分からないまま、俺は言われた通りに手前の席、つまりは黒滝の隣に座った。
黒滝の姿は、席の周りを囲う仕切りも手伝って、俺の身体によって周りから隠されているような状態だった。
多分、異様な光景に見えるだろう。普通は反対側に座るところを、二人そろって隣あってるのだから。
「ねえ、ここ、見て?」
「え――――――!?」
黒滝は指を下に向けて、ちょんちょんと指し示す。
誘導されるように、俺がそこを見ると――――――、黒滝がシャツをめくって腹を出していた。
「ば、お前、何を…………!」
反射的に顔を背ける俺。
我ながら意気地なしというか、男らしくないとは思うけれど、唐突にそんなことをされれば、誰でも同じような反応をするだろう。
「見て」
だが、黒滝はそれを許してくれず、もう片方の手を俺の頬へと回して、物理的に無理やりと、俺の視線を誘導してくる。
急なことで、抵抗する間もなく、俺の視界にそれが入る。
服で隠れて、途中で途切れてはいるけれど、そこには確かに赤黒く痛々しい火傷の痕が残っていた。
「っ……………」
やはり、というべきか。
俺は無意識にそこから目を背けようとしてしまうけれど、黒滝がそれを許さないとばかりに抑え込む。
「醜い?」
「そんな、ことは…………」
ない、と言いたかったけれど、それはきっと、嘘になる。
黒滝に嘘をつきたくは、なかった。
「…………見れたもんじゃ、ないな」
けれども、できるだけ軽口に聞こえるように努めるくらいは、許してほしい。
「そっか」
黒滝は自嘲気味に笑って、
「でも、私は全く持って、気にしておりません」
俺の軽口に合わせるように、ふざけた口調で言った。
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