第27話 ウミノイエ サチエ 1
ウミノイエ サチエは東北の裕福な家庭に生まれた。とはいえ彼女が裕福だったのは中学生までで 父親の経営する会社が倒産してからは毎月借金取りが家にやって来る暮らしだった。経営が傾いたそもそもの原因が金庫番であった母の使い込みであることは娘のサチエにもなんとなくわかっていた。母の浪費癖は娘からしても常軌を逸していた。まるで父の会社を経営困難にさせたいのかと思うほどの使いっぷりだ。だがそれを口に出すのはタブーであるということもサチエは充分に理解していた。母の言うとおり問題は父親のギャンブルにある。そういうことにしておけば波風が立たない。サチエの母は夫を窮地に落とすだけでなくそれよりずっと以前にも周囲の人々の人生をいくつか破壊していた。母だけでなく祖母も同じく複数の人間の人生をそれとなく破壊してきた。彼女の家系はそうやって何代にもわたって女性が身内の男性を磨り潰してきた。曾祖母も、その前の世代もさらにその前の世代もそうやって生きてきた。そうすることで彼女達は心のバランスを保ってきた。男の暴力、不条理な扱い。無理解。大昔まだ人が原始人だった頃オスは身体が大きくて筋肉が発達していた。一方でメスはオスよりずっと小さく華奢だった。人権などという言葉はずっとあとの世代が苦労の末に獲得したものであって彼女達の時代にはそんなものは存在していなかった。それに加えて時代時代で飢饉や災害や戦争などがのしかかった。その度に彼女達は耐え、それからずっとあとに誰もがそんな屈辱があったことさえ忘れた頃にそっと男達にあるいはその子達に復讐を始めるのだ。誰もが加害者で同時に誰もが被害者だった。連綿と続く負の鎖は容易に断ち切れるものではない。他の誰かをスケープゴートにしなければ自分のほうが死んでしまう。
母と一緒に津軽海峡を渡って札幌に引越したのは父の配慮からだった。離婚した妻と娘のもとに借金取りが訪れないようにと。それでもどうやって調べてくるのか月末になると必ず母娘の住むワンルームに借金取りが訪問した。高校にあがるとサチエはアルバイトを掛け持ちして家に金を入れ、一方でいくつものミスコンに応募してはいずれも最終審査まで勝ち進んだ。優勝は権力者の娘と相場が決まっていたのでサチエはかなりの実力者といえる。彼女は決して人前に出ることを好むタイプではなかったがそれでもミスコンに応募し続けたのは離れて暮らす父親に元気な姿を見せたかったからだ。
それほどまでに目を引く彼女が東京に出ることもなく札幌のどちらかというと地味な中堅会社に就職したのは母親がスケープゴートの娘を目の届く距離に置いておきたかったからに他ならない。
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