第7話 2つ目の謎〜質問編〜

 外から差し込む光で目を覚ます。いつものような金属音ではない、自然のもので目を覚ますことがこんなにも気持ちの良いことだという事に久々に気が付いた。

 私は、ベッドから立ち上がって、大きく伸びをする。スマホの時刻を確認すると朝の八時。おとなしく、準備でもしよう。

「あぁ~。もうひと眠り出来たら最高なんだけどな~」

 大きなあくびをしながらそんなことをつぶやく。

 この部屋は、ビジネスホテルみたいに、部屋の一つ一つに、お風呂も、トイレもついてる。部屋の洗面台で、顔を洗って、歯を磨く。そして、鏡に映る疲れた自分を見て、ここ数日の自分の労をねぎらいたくなった。

 いつものように、手早く化粧を済ませるが、目の下だけは、コンシーラーで、丁寧に疲労を隠す。化粧を済ませると、昨日のスーツ姿よりは、動きやすい黒色のTシャツとジーンズに身を包む。一応、ラフな格好も入れておいて正解だった。

 色々と準備をしているうちに、時刻は八時五十分になっている。髪の毛は、爆発しないタイプなので、軽く手櫛で整えて、部屋を出る。髪の毛のセットをしなくてもある程度まとまることが私の唯一の自慢かもしれない、なんて思いながら、他に自慢するものがないことに、ちょっと落ち込んでしまった。

 部屋を出ると、ちょうど先生も部屋を出るところだったようで、偶然にもでくわしてしまう。上から、スカートの先にかけてだんだん桜色が濃くなっていくような色合いのワンピースに身を包んでいる。ところどころに、桜の花びらのプリントがなされているのが、どこか先生の少女らしさを表しているように感じる。先生は、少し眠そうに目をこすっている。

「あぁ。編集さん。おはようぅ」

「お、おはようございます。昨日は、よく眠れましたか?」

 旅館の女将か、私は? 

「えぇ。まだ眠いけれどね」

「そうですか。じゃ、じゃあ談話室に行きましょうか」

「えぇ」

 よかった。私、まともに会話できてる。

 そんなことを思いながら、談話室に入る。私達以外の人、全員がもうすでに揃っていた。いや、相も変わらず、大向先生は姿を現していないが……。

 私の目線を見て何かを察したのか、野呂さんは苦笑いを浮かべて見せた。本当にお気の毒だとは思う。

 これまでと同じように、大向先生を除く全員で、朝食をとる。昨日と同様に一切の会話もなく、ただ料理を食べる音と、料理内容、紹介の声だけが、部屋に響いていた。

 *

「さて、本日のツアー内容ですが、大向先生が部屋から出てこられないので、昨日の問題の続きではなく、別の問題をご用意させていただきます。ただ、これ以上皆様をお待たせしても申し訳ありませんので、お昼を過ぎても大向先生が出てこられない場合は、大向先生の部屋に置かれているカードと同じものをこちらで用意いたします」

 野呂さんは、問題が書かれている、であろうメッセージカードを配りながら説明をする。想定外ことが起こっても、これだけ冷静に対処が出来れば、仕事なども上手くいくのだろうな、と思いながら、メッセージカードを受け取った。

 全員にカードを配り終えると、問題の説明を始める。

「皆様は、水平思考クイズはご存じでしょうか? 有名な問題で言えば、『ウミガメのスープ』というものですが」

 周りを見ると、全員知っているようだ。小説家の間では有名なのか? 

「あ、あのぉ。ちょっと分からないです」

 私は、小さく手を挙げて、小声でそう言った。

「なるほど。では、まず水平思考クイズの説明からさせて頂きます。私の出す問題に対して、皆様はイエス・ノーで答えられる質問をしてください。そして、その質問の答えから皆様は、私の考える回答を推測して、答えていただくというものになっております。今回は、皆様が平等に質問できるように一人一回ずつ質問した後に、全員に回答権が与えるという形になります。回答しても良いですし、パスをしていただいてもかまいません。

 順番としては、秋月先生、雨音先生、来弥さん、詩樹先生、澄空先生の順で質問をしていただけますか?

 どうでしょうか? お分かりいただけましたか?」

 野呂さん含め、全員の目が私の方に集まる。

「は、はい! 分かりました! ありがとうございます!」

 私の慌てた様子に、野呂さんは相貌を崩して優し気な、孫を見るような笑顔を浮かべている。できない子ほどかわいいとはこういう事かもしれない……。

「では、そろそろ問題に移りましょう。メッセージカードをご覧ください」

 メッセージカードを見ると、問題がこのように書かれていた。

『とある国の将軍が旅の途中、山で遭難した。

山の中を右往左往しているうちに山小屋を見つけた彼は、中にいた主人に頼み込み、一晩泊めてもらうことになった。

 山小屋の薄ぼんやりとした灯りの中で主人であるお爺さんの顔をみた途端、彼は涙を流し、自ら命を絶った。

 何故だろうか?』

 全員が吸い寄せられているかのように目線をメッセージカードからずらさない。こういうところを見ると、全員、こういう謎解き問題を解くのが好きなんだろうな、と思う。

 数分の静寂が流れ、野呂さんが口を開く。

「では、そろそろ質問の時間に入りましょうか? 秋月先生、お願いできますか?」

 秋月先生は、軽く微笑みを湛え、その特徴的な綺麗な黒髪を右耳にかけながら、質問をする。

「そうですね……。では、この山小屋の主人と将軍は過去に面識はありますか?」

「はい、ございます。では次に、雨音先生、お願い致します」

「うーん。この将軍の旅と自殺には関係があるのかな?」

「いいえ、関係ございません。来弥さん、どうぞ」

 あっ……。私の番か!? えーっと、どうしよう……。何も考えてなかったや……。

「ええっと……。この話は、現実に起こりうる話ですか?」

 野呂さんは、少し難しそうな顔をして、手を顎の下に持ってくる。

「そうですねぇ……。起こりうる話ではあります。少なくとも、フィクションでなければ成り立たない類のものではありませんね。では、詩樹先生、お願いします」

「……。その二人の関係性は、家族?」

「いいえ、家族では、ございません。最後に、澄空先生、お願い致します」

 先生は、相変わらずメッセージカードから視線を逸らすことなく口を開く。

「……そうね。この山小屋に明かりが灯っていなかったら、この将軍は自殺していないのかしら?」

「はい。彼は、主人の顔が見えたからこそ、自殺を図りました。はい、これで、皆様、全員の質問が出されましたが、今の段階で、お分かりになった方がいらっしゃいましたら、挙手をお願い致します」

 野呂さんが、全員をゆっくりと見ていくが、誰一人として、手を上げようとはしなかった。流石の澄空先生でも、これくらいのヒントでは解けないようだ……。彼女も、人間の一人だと認識できて、私は、少し安心した。

「それでは、次の質問の時間に参りましょう。秋月先生、お願い致します」

「……将軍が自殺を図ったのは、主人を見て、他の人のことを思い出したからでしょうか?」

「いいえ。他の人は一切考えておりません」

 乙ヶ崎さんは、野呂さんが答え終わると間髪を入れずに質問を始める。

「主人はもともと、軍人だったのかな?」

「いいえ、軍人ではございません。……来弥さん。次の質問よろしいですか?」

 明らかに次の質問に困っている私に優しく野呂さんが問いかける。

「ご、ごめんなさい。……ちょっと、待っていただいていいですか……。えぇ……っと……。涙を流したのは、悲しかったからでしょうか……?」

「えっと……。そうですね……。もう少し複雑な感情だったかと思います。詩樹先生、次の質問をお願いいたします」

 詩樹先生は、椅子の上で体育座りをしながら、上を見上げている。

「うーん。主人はもともと、山小屋に住んでいたのかな?」

「いいえ、山小屋暮らしではありませんでした。澄空先生、お願い致します」

先生は、さっきとは打って変わって、メッセージカードを右手に持ち、その手で机に頬杖をついている。

「その二人の立場は、面識があった時と比較して逆転しているのかしら?」

「ええ。昔は、主人の立場の方が上でありました」

 野呂さんの言葉を聞いて、明らかに場の空気が変わった。全員が大体の答えを把握しているのだろう。

 しかし、回答になっても誰も手を挙げて回答することはなかった。おそらく、細かなところまで、まだ詰めることが出来ていないのだろう。

果たして、後、どれくらいの時間で、この問題は解かれるのだろうか……。

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