第3話 ネタ探しの地、上陸
「いやー着きましたねー。金沢」
私は、ゆっくりと伸びをする。いい席だっただけに体が痛くなるという事はなかったのだが、何せずっと座っていたのだから無性に体を動かしたくなってしまうのだ。
え? さっきまでと違って元気になったじゃないかって? はは、空元気に決まっているじゃないですか。
「そうね、早くいきましょう」
そんな私に一瞥もせず、先生はホームから出ていこうとする。私も急いで先生の後を追ってエスカレーターに足をかける。
改札を抜けると、駅構内の広いスペースに出る。対面にはお土産の販売所や、観光案内所が見える。金沢駅の出口は東口、西口と二つあるようで、どちらに行くのか分からなかったけれど、先生は近くにある東口から迷わず外に出て行ってしまった。私は急いで先生の後を追う。まるで、先生の従者にでもなってしまった気分だ。まぁ、立場的にはその通りなんだけど……。
駅の構内から出ると少し離れたところには大きな門が立っている。金沢駅の名物、鼓門だ。
「あれが、鼓門かー。初めて見ましたけど、結構すごいですねー」
先生は軽く見上げて門の全体を見て「そうね」と一言つぶやいた。
「あれ? もしかして澄っちじゃないっすか?」
その元気のよさそうな声に私と先生は目を向ける。目の前に、両手でしっかりと一眼レフを握りしめた女の子が立っている。
ボーイッシュというにもあまりに短すぎる短髪の黒髪にTシャツとホットパンツといういかにも快活そうな女の子だ。そんな見た目の子が、どうして女の子か、否かを判断できたかというと、察していただきたいところではあるが、出るところはしっかり出ている子だからである。
「……誰?」
うわー。先生、容赦ねぇー!!
「澄っち」って言うくらいだから本当に先生のことを知っている人なんだろうし、そんな砕けた呼び方をしているからには、彼女的には、先生と親密さを感じているであろうに……。この対応……、不憫すぎる!!
彼女は、落ち込んでいるのか、顔を下げ、肩を震わせている。
「す、澄っち……。そんな、冷たい態度をとられたら、ボクは……。ボクは……。興奮して、濡れちゃう♡」
…………え? …………ええええええ!?!?
とりあえず「声を上げるのを心の中だけで、留めておいた私のことを、とりあえず称賛して頂きたい」だとか「あ、この人、ボクっ娘なんだ」だとか色々と言いたいことはあるのだけれど……。
それ以上にぶっ飛んだ属性を持ってらっしゃるよ、この人!! 何!? こんな超ド級のドM人間初めて見たよ!!
「はぁ~。 相変わらずね、雫。あ、編集さん。この子は、乙ヶ崎雫(おとがさきしずく)。私と同じ推理小説家よ」
乙ヶ崎さんは、ただでさえ発達した胸をさらに突き出しながら自己紹介をする。
「ボクの名前は乙ヶ崎雫。推理小説家。と言っても、最近初めて本を出したばかりなんだけどね。ちなみに題名は『霧に沈む街』だよ。年は二十一歳で、ペンネームは雨音(あまおと)だよ。よろしくね」
「センスのないペンネームよね」
「はぁう♡ 澄っち♡ こんな公共の場でボクをこんな風にして、一体どうするつもりだい♡」
また始まった……。先生も妙に楽しそうにしてるのだから、それなりに仲は良いのだろう。はたから見るとドン引きだけど……。
「えっと……。いいですか?」
「ん? ああ、もちろんだよ」
さっきも思ったけどキャラの切り替えはっや!!
「先日から、澄空先生の担当編集になりました。来弥凪と申します。よろしくお願いします」
「あぁ。君が澄っちの新しい編集さんだね。何代目だい?」
私は、顔にひきつった笑顔を浮かべる。割とそのことには触れてほしくないのである。自分がいつ四代目の死者になるか分かったものじゃないからだ。
「い、一応、四代目です……」
乙ヶ崎さんは私に向けていた視線を先生に移す。
「四代目か……。はぁ~。全く、澄っちは人使いが荒いから……。だから、編集が逃げていくんだよ~。そういうのは、ボ、ボクだけに……ぐふふふふ」
「近づかないで、気持ち悪い」
「はぁう♡」
そんな官能たっぷりの声を上げながら、乙ヶ崎さんは腰を抜かしたようにへたり込む。
「それで、雫はどうしてここに?」
乙ヶ崎さんはへたり込みながら、頭だけをこちらに向ける。
「おや? 澄っちの所にもこれが届いたんじゃないのかい?」
そう言って乙ヶ崎さんは先生の持っている手紙と同様の封蝋がされた手紙を私たちに見せてきた。
「なんだ、たいして売れていない小説家もどきも呼んでいるのね。このモニターは」
「ああぁん♡ 澄っちぃ♡」
乙ヶ崎さんは体をビクつかせながら、とうとうその場で倒れてしまった。
「せ、先生……。もう、やめませんか……。ま、周りの目が……」
先生はその言葉にようやくこの場が公共の場だと気が付いたようで、目の前で倒れている乙ヶ崎さんとそれを見てニヤニヤしながら通り抜ける通行人を見て、顔が発光しそうなくらい真っ赤にして、下を向いた。
…………なにこの生物、超かわ……ごっほごほ、いや、なんでもない。
「あの、乙ヶ崎さん。大丈夫ですか?」
私が手を差し出すと、乙ヶ崎さんは私の手を取って立ち上がった。
「いやー。失礼、失礼。澄っちの毒舌があまりにも気持ちよかったので、ついね」
やばい……今すぐこの手を振りほどいてしまいそうだ。私もそれなりに寛容な自信はあるけれど、この人は本当に無理かもしれない……。
救いを求めるように先生の方に目を向けるけれど、先生は先生でまだ絶賛発色中で、下を向いている。こちらの視線には一切気づいていないようだ。
「失礼いたします。少し、よろしいですかな?」
おや? 救いの神かな?
声の方向に目を向けると、スーツ姿で杖を持ち、顎に威厳深そうな灰色の髭を蓄えた、いかにも老紳士といった風貌の男性が立っていた。
「私の見立てが間違っていなければ、右から澄空黄昏様、乙ヶ崎雫様、そして澄空様の編集でいらっしゃる来弥凪様。ではありませんかな?」
「は、はい。そうですけど……。失礼ですが、あなたは?」
「これは、自己紹介もせずに失礼いたしました。私はこのミステリーツアーに皆様を招待させていただきました、野呂潤(のろじゅん)と申します」
「あ、初めまして、澄空先生の担当編集を務めております。来弥凪です。小説家でもないのに参加を許可していただきありがとうございました」
「いえいえ、澄空先生に『認めないのなら、私は参加しない』と言われてしまっては認めざるを得ないというものですよ。それよりもこんなところで固まっていては、往来の方々の迷惑にもなりますので別荘の方へ移動しましょう。車もこちらの方で用意しておりますので」
野呂さんはそう言って、反対側の入り口に向かって歩き始めた。どうやら駐車スペースというのは私たちが出た方向とは逆の出口の方にあるようだ。
野呂さんはずっとそちらの方で待っていたらしく、新幹線の到着時刻を過ぎても、姿を見せなかったため反対側の入り口の様子を見に来てくれたらしい。どうやら、電話で西口と伝えたらしいが、この二人が勝手に勘違いしたようだ。
私は、攻めるような視線を後ろの二人に向けるが、一人はバツが悪そうに苦笑いしながら斜め上に視線を移し、もう一人は、「一体、何が悪いの?」とでも言いたげなすまし顔をしている。
「こちらで移動いたします」
駐車スペースに置かれている車に野呂さんは手を向けた。それは二十人ほどが乗れそうなちょっとした大きさのバスだった。
「え? これってバスですよね? 野呂さんを入れても四人しかいませんよ?」
「まぁ、そうですな。我々だけでは少し大きすぎますが、これはあくまでもツアーのモニターですので、なるべく本番に近いものの方がよいのではないかと思いまして。さぁ、参りましょう。他の参加者の方々がお待ちですので」
私たち以外にも、人がいるんだ……。まぁ、モニターが私を含めて三人というのも確かに少ないので当たり前と言えば当たり前のことだろう。しかも、三人の内、一人はおそらくモニターとしての機能を果たせないであろう人物だしな……。まぁ何度も言うようだが、先生がいないとなると、私には仕事がないので、こちらの方が助かるには助かる。しかし、他の参加者の人たちも全員小説家であることを考えると、ますますアウェーな状態になりそうだ……。
「それと、バスに乗る前にもう一つ、乗車されましたら各席の前のポケットにアイマスクが入っておりますのでご着用ください」
バスに乗り込み、野呂さんの言う通りにアイマスクをつける。
それから、しばらくしてバスはゆっくりと目的地へ向けて走り始めた。
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