第322話 ぐちゃぐちゃの感情

「……で、付いてきたわけだが」


 俺は外川に言われるままに結局、以前と同じ場所までやってきてしまった。


 外川は特に何も言わずにただ、窓の外を眺めている。


「……お前、俺をどうしたんだ?」


 俺は思わず外川に聞いてしまった。外川は何も答えない。


「……なんで俺に構う? 俺のことなんて放っておけばいいだろう?」


「言ったじゃん。後田君と僕は、似ているって」


 振り返らずに窓の外を見たままで、外川はそう言った。


「……似ているからなんだ? 似ているからって俺を……どうしたんだよ」


「別にどうしたいとも思わないよ。あえて言うなら、僕は君を試しているだけ、かな?」


 そう言って外川は俺の方に振り返る。その顔はどこか嬉しそうだった。


「……俺が真奈美じゃなくて……お前を選ぶかもしれない、ってことか?」


「ん~……まぁ、そんな感じかなぁ」


「……そんなのあり得ない。真奈美は俺に好きだって言ってくれたんだぞ」


「でも、今、君はここにいるよね?」


 そう言われて、俺は何も言い返せなかった。


 そうだ、俺は真奈美に先に帰ってくれと言って、外川とここに来てしまった。


「……そうだな」


「それを君は裏切りだと思っている……。でも、本当はそうじゃない」


「……は? どういうことだ?」


「君は、自信がないんだよ。自分が愛される……好かれる人間じゃないって思っている」


 そう言って外川は俺の方に近付いてくる。


 俺はそこから動けなかった。


「自分が好かれるはずの人間ではないから、前野さんが告白してくれたっていうのに、君はそれを完全に信用できない。だから、少しでも前野さんが自分から離れるかもしれないと思うと、怖くて仕方ない……。そうでしょ?」


 ニンマリと嬉しそうに、俺の顔をすぐ近くで笑みを浮かべる。


 ……俺は何も言えなかった。まるで、外川の言葉が直接自分の中に入ってきて、感情をぐちゃぐちゃにされているような感覚だった。


「本当は楽になりたいでしょ? 裏切られるくらいなら、こっちから裏切ればいいんだよ? 僕が協力してあげるよ? 僕と君は……似た者同士だからね」


 そう言って外川は俺の肩に手を乗せてくる。


 俺は……なんとか力を振り絞って、外川の近くから離れた。


「……そんなことはない。俺は……真奈美のことを信じているし、怖いなんて思ってない」


「へぇ~。そう」


 と、いきなり興味を失ったかのように、外川はつまらなそうな顔をすると、そのまま俺に背を向ける。


「まぁ、僕はどっちでもいいよ。どちらかといえば、君が前野さんのことを信用しきれない方が面白いけど。だから、僕はこれからも、君の感情をぐちゃぐちゃにするよ」


 そう言って、扉を開け、外川は俺に笑顔を向ける。


「じゃあ、せいぜい頑張ってね。後田君」


 それだけ言って、外川は去っていってしまった。


 言いたいことだけ言っていなくなりやがった……。だけど……反論できなかった。


「……俺は、大丈夫だ」


 自分でも情けないと思いながら、俺は自分にそう言い聞かせたのだった。

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