怪異再邂
この数か月間、色んなことがあった。
心から信頼できる友達ができて、新しい思い出たくさん作って……思い出と同じくらい不思議な体験をしたり、そんな話を聞いた。
……どうやら、あたしの学校は怪奇現象まみれらしい。
あたしは存在しない神社でお狐様に出会った。聞いた限りだと、夕焼け通りで異世界に実際に行ったとか、霧の中に現れる図書館があるとか。学校内に幽霊が出たなんて話もあったっけ。
いつのまにやら、うちの学校は『怪異校』なんて呼ばれるようになってた。別にそこまでのことじゃないと思う。不思議なことがあっても三日あればすぐ終わっちゃうし。まるで風邪だ、さっと被害に遭ってすぐ治る。それと一緒。
――それらはいつしかまとめてこう呼ばれるようになった。
『一過性怪異奇譚』、と。
◇
「――へー、香ちゃんそんなことあったんだ」
「まぁね。あれに凝りて危なそうなとこには近づかなくなったよ。今思うとケッコー怖かったわ」
ある日の帰り道。あたし――もとい篠香だ――は最高の親友、蘭とその友達の(ムカツクやつ)園崎と一緒に歩いている。
本当はみんな道が違うのだけど、今日は行きつけのカフェが『友人と来るとサービスセット提供』なるサービスをしてくれるらしく、せっかくだからと蘭を誘ったわけ。園崎はおまけ。正直蘭との時間の邪魔だから帰ってほしい。
カフェまでそこそこ距離があるので、その間に怪異話に花を咲かせていた。
「噂より面倒なことになってたんだ。あの時の騒ぎってそういう」
「多分影響してたんだろうな。ただ夕城の態度は変わったまんまだわ」
「最近絡まなくなってきたよね。私としては、蘭にたかるハエが減ってせいせいしてるけど」
「ちょっ! 園崎って結構口悪いよな」
「お前ほどじゃない」
「はぁーうっざ。蘭がいなかったらさっさと追い返してるとこだった」
「二人とも仲悪すぎだよ……」
もう、とぷくっと膨れる蘭。うん、かわいい。あざといが悪くない。蘭に免じて今回はここまでにしておいてやろう。
そうこうしているうちに、自然と話題は二人の話に移り変わる。
「そういえば蘭もあったんだって?」
「えっと、夢と現実を行き来してた話のこと、かな?」
「多分それ」
「もしかして、あの時具合悪そうにしてたり時々変な行動してたのって」
「幽霊絡みじゃないと思うんだけど、多分、そう」
「……違うかもしれないけど、胡蝶の夢って話がある。それに近い何かなのかもね」
「園崎物知りだな。なんだっけそれ、孫子だっけ」
「荘子。中国なのは合ってたなバカめ」
……こいつあとでぶん殴る。心底むかつく、なんやねんこいつ。
「そういう瑠璃ちゃんも」
「ああ、あったね」
「お前もかよっ。三人ともとかちょーウケる――で、どんな?」
「部室に生霊いた。昏睡状態の先輩の」
「よくもまぁ遭遇するねぇ」
「……もしかして最近早く帰ってたのって」
「稲井……先輩に会いに行ってる。もうじき退院できるらしくって」
「よかったね! 私、また会いに行っていいかな?」
「蘭は知り合いなんだ」
「何回か連れて行ってもらってね」
――仲間は意外と近くにいるもんだなぁと思わされる。
似た者同士、引き寄せられるんだなぁと。水と油なあたしと園崎だけど、一緒にいることが多いのってそういう事情もあるのかもしれない。面白いな、いい気はせんけど。
そうこうしているうちに目的のカフェに到着。案の定混んでいて、入るのに三十分くらいかかった。よくある行列と比べたら早い方だから我慢する。
席に着くと同時にセットを三つ頼み、来るまでうんとのびをして待つ。店内では古めかしい恰好のマスターがせかせかコーヒーを淹れ、古き良きメイド姿の店員さんが奔走していた。
「いやぁ早めに入れてよかったー!」
「イイ感じに先客出てくれたおかげだな」
「ねぇねぇ香ちゃん。教えてくれたサービスセットってどんなの?」
「実は知らないんだよね。この日の楽しみにあんまり調べないようにしてて」
「言ってたら来たぞ――っと、これは」
「……な、なんというか」
話していると「お待たせしましたー」と店員さんが二人でセットを持ってきた。
お盆からテーブルに置かれたそれは、想像をゆうに超えるもので。
「本日限定のサービスセットです。みなさんでシェアしながら堪能してください」
違う盛り合わせのパフェが三種と良い香りのコーヒーが目の前に並べられる。あたしはチョコ、蘭はフルーツ、園崎は和風。そのどれもグラスから溢れんばかりの盛られ方がされていて、写真映えが凄まじい。ちなみにあたしは撮らない派。
「すごいボリューム」
「食べられるかな?」
「行けるっしょ」
「「「じゃあ――いただきます!」」」
一緒に手を合わせ、あたしたちは甘味の山へと挑むのだった。
とりあえず一口食べた感想だけ。
「――めっちゃうまい! 余裕で食えるっつーの!」
あっ。あたしの好物はチョコなんで攻略確定っす。
十数分が経ち、あたしは空のグラスとコーヒーカップを眺めてお腹をさすっていた。一方二人は食べ終わったものの、数時間格闘したあとのようにテーブルに仲良く突っ伏していた。
「ふぅ、満足満足……ゴメン嘘。もうちょっと食べたい」
「あんた控えめに言ってやばいよ。この量どこに入ってんのよ……」
「胃だけど。糖分で頭溶けた?」
「かもー……美味しかったけどね」
「だよね!」
「それとこれとは話が別。晩御飯食べられないじゃん」
などと言う割に、園崎は園崎で満足した顔をしている。普段こういうの食べないんだろうか。今度時間があったらまた誘ってやるか、あたしら以外に友達いないだろうし。
ふぅと一息ついて園崎は残っているコーヒーを一口。
丁寧にカップを置いてから、そういえばと話し出した。
「これからどうするの。時間も時間だから現地解散?」
「だねー。さすがに夜まで出歩くわけにはいかん。まだ学生だし」
「へぇ、良心あるんだ」
「蘭のためだ」
「わ、私?」
「連れまわして補導されたら内申点下がるし、あたしがされる分にはまだいいけど、余計な心配かけたくないしね。園崎だってそうするでしょ?」
「そうね。そもそも、蘭じゃなくても友達に心配かけさせないようにするのが普通でしょう」
……それもそうか。
っつても、友達のサンプルが蘭(と、一応園崎もカウント)くらいしかいないからなんとも言えんけどな。はっはっは……さびしいねぇ。
「んじゃま出ますか。会計行くぞー」
「はーい……えっと、香ちゃん、いくらだったっけ」
「いいよ。二人の分も払うから」
「え、えぇっ!?」
「さすがにいいって。結構するんじゃない?」
「割引入るからへーき。だから大人しくおごられてくれ。あたしからの友達料な」
「そんな、いいのに……本当にいいの?」
「いいからいいから」
困惑している二人をぐいぐいと店外に追いやり、なにやら話している間にちゃっちゃと会計を済ませる。
平気とは言ったが、中坊の財布にはそこそこのダメージのある金額。でも、二人にありがとうを伝える方法はこれしか知らん。園崎には素直になれんし。
いい友達ができたな。と言わんばかりに微笑むマスターに頭を下げながら二人の元へ。若干申し訳なさそうにしてたけど。
「お礼がしたいなら、これからもあたしに付き合ってくれよ。また放課後誘った時にでもさ」
と肩を叩いて笑ってみせた。
あたしが望むのはそれだけだ。友達は少なくてもいい。心の底から楽しい、大事と思える人といられればそれでいいから。ただ、一緒にいてくれるだけで。
その思いが通じてくれたか、蘭と園崎は顔を見合わせ「うん」と頷くと。
「分かったっ。またみんなで来ようね!」
「仕方ないな……時間があったら来てやる。蘭も一緒にな」
あたしを見つめて、蘭は嬉しそうに、園崎は照れくさそうに頬をかきながらそう言った。……本当に、ありがとうな。
「くふふっ……それでオッケー。んじゃま、帰ろうか」
そう言うと二人は黙ってうなずいて、三人並んで歩き始めた。
しばらく行ったY字路にて、ちょうどあたしは二人と別れることに。ちょっと名残惜しいけど、今日が最後の日じゃない。
「また明日、学校でな」
「ああ、うん。また」
「またね香ちゃん。気をつけてね」
「そっちこそ気をつけろよ――じゃあ」
お互い小さく手を振ってから、それぞれの帰路につく。別れてすぐ、二人の楽しそうな話声が聞こえてきた。混ざりたい……けど我慢だ。
――ひゅぅ。と夕暮れの風が吹く。寒くはないにしろ肌がひりつく冷たさがある。あたしは寒いのは苦手だ。
手をさすり、頬をさすりながら歩き続ける。一人で歩く町は退屈で、誰もいないと分かっていてもつい隣を見てしまう。
「はぁ……いつから寂しがりやになったのかね、あたしは。そういうキャラじゃないでしょ……っと」
隣を気にしないように空を見上げよう……とした時、ふと、あるものが目についた。
――ああそういえばそうか。この道。どうりで寂しさがあるわけだ。
足を止め、そちらに身体を向ける。
そこにあるのは、注連縄の張られた、草木生い茂る石段の入口。一段目の近くには、元々あったであろう鳥居の根本が残っているのが分かった。いまや苔むして切り株のようになっている。
あたしは、この先に何があるか知っている。この身をもって知ったのだから。
階段の先には、そこにあってない、不思議な拝殿がある。そこを、一人の巫女が管理している。人を喰らう化け物を封じ続けるために。
「……七ちゃん、今どーしてんだろうな」
よくよく考えれば、あたしは巫女――七ちゃんについてはあまり知らない。あたしが知っているのは『七ちゃん』で、封じられてる『根無しの怪』の伝承だけで、深いところまでは知らない。
もしあの時、あれ以上踏み込んでいたなら、あたしは今ここにいないだろう。蘭や園崎とカフェに行ってなくて、そもそも無事でいたかどうか。
――でも。
「あたし、ちゃんと決めたから」
あの日、最後に見に行った時に、振り返らないと決めた。
昔の自分をあの場所に置いて、よりよい生き方をするために、と。
七ちゃんのことは残念だけど、彼女も覚悟をもってあたしを送り出してくれた。
あたしは……それに応える義務がある。
「心配しないでいいからね、七ちゃん」
この場所に未練がないと言えば……ちょっとは嘘になる。
でも、いつまでも過去に縛られるほど弱くもない。強がることも大事だ。
だからあたしは立ち寄らない。それが、あたしの意思の証明。
「怪異がなんだ。簡単に喰われねーって教えてやる」
そう考えると清々しい気分になってきた。今日はスヤスヤ眠れそうだ。
覚悟を改め、新たな一歩を踏み出そう。
――とした時だった。ええい間が悪いなぁ。
「もし、そこのお姉さん」
「おぅっ!?」
急に声を掛けられ思わず変な返事をしてしまった。
慌てて声主の方に振り返ると、あたしより一回り……いや二回り小さな子供が、時代錯誤な笠をくっと下げながら言った。
「道を聞きたいのじゃが、よい……ですか」
「ああ、うん。いいよ、知ってる範囲でね」
じゃが? これまた爺さん婆さんみたいな口調で……。
(…………ん?)
――この声、もしかして。
「お狐様のおる神社まで案内してほしい……です。た、たしか、幸運にあやかれるって評判の……」
「…………あの、さ。きみ」
「――ええいっまどろっこしいのぉ! やはり素直、正直に行くのがわしのやり方じゃわいっ!」
――バッ!
と笠を放り投げるその子。
あまりのことに、目の前の光景がスローに見えた。
――紅白の巫女服、その上に桜柄の羽織――多分半纏ってやつ――を着ている。
――笠が舞うのに合わせ、長い銀の髪がはらりと踊る。
その姿、一度見たら忘れない。写真から切り出したかのような、理想的で創作的な巫女姿。それを昔見たならなおのこと。……忘れられるわけがない。
「この顔、姿、忘れたとは言わせぬぞ。さあ――わしの名を言うてみぃ」
やけに自信満々で、見た目のわりにずうずうしくて。
なのに目を引き付けてやまない姿は。
――もう会うことはかなわないと思っていた。
「憶えてるに決まってんじゃんっ……お狐様のお七――七ちゃん」
「ようできた! お七、使命を終え現世に舞い戻ったぞよ! わしも、忘れたことはなかったぞ、香よ」
――お互いに名前を呼び合って、どちらからともなくひしと抱き合う。
振り切ったといえど、やっぱり、再会は嬉しいもの。
たとえこれが夢幻だったとしても、あたしは……。
この一言を七ちゃんに贈る。
「おかえり……七ちゃん!」
「ああ、ただいま、香」
この温もりは、あの日の思い出と同じ。
この瞬間に、あたしはこう思った。なんでそう考えたか分からない、直感が告げたんだ。
全部、終わったんだな、って。
「あたし、七ちゃんにたくさん話したいことある。七ちゃんのおかげだから、聞いてほしくね」
「そうかそうか……そのあとにわしの話も聞いてくれな」
「おっけ、全然聞く! ええと、じゃあまず、あたしの大事な親友のこと」
「前にのろけておった浦波という少女じゃな。なんじゃ接吻でもしたか」
「ちっがぁーう! なに言ってんの!? それここでする話題じゃないじゃん! ほら行くよ、こっち!」
「あいたたっ! すまん、すまんかったから耳は引っ張らんでくれ!」
せっかくだ。土産話をお互いたくさんするとしよう。これっきりでも、せめて日が沈むまでは。
七ちゃんと歩くあたしの町は、いつもと変わった色をしていた。蘭と見た色とはまた違う、穏やかな色。
いつまでも、夕陽はあたしたちを見つめていた。冷やかしに風を吹かしながら。
――これで本当に、終幕だ。
「せっかくだから七ちゃんに話してあげるよ。今学校で怪異奇譚ってのが流行っててー」
「そっ、それは分かったから、頼むから耳をっ……!」
「安易にからかった罰だからダメ。ほら行くよー」
「か、勘弁してくれ……」
【一過性怪異奇譚 完】
一過性怪異奇譚 四十九院 友 @lily_writer_49
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