その後のお話

 ――これは、吹っ切れた私こと三波真希の、個人的なごたごたがあった翌日の話だ。対して面白い話ではないが、ぜひ聞いていってほしい。私が楽になる。


 自分の中で押し殺していた『本来の自分』と向き合い、すっかり調子をよくした私。

 ジリリリと耳をつんざく目覚ましの音も、今日に関しては殺意が一切湧かない。むしろ今までご苦労様とねぎらう余裕すらある。


 起きてすぐ洗面台で顔を洗い、さっぱりしてから着替えを済ませてリビングへ。すると、朝食の用意をしていたおかーさんが私を見てギョッとした。そして一言、「今日は大雪と雷かしら」。


「ちょっ、なにそれ! たまには爆速で準備することもあるって!」

「徹夜してそのままなんでしょ。じゃなきゃありえないわ」

「ちゃんと寝たし! おかーさん今日酷くない!?」

「――おはよー。朝から真希姉うるさいけど、なんかあった? ふぁ……ふぅ」


 ないないと首を振るおかーさんに抗議していると、ナツナがあくびをしながらリビングに入ってきた。そのまま自分の分の皿を出して座る。……いや自分のだけかい、ちょっとは気を利かせてくれんかね。


「おはよーナツナ。いやさぁ、早起きしただけなのにおかーさんがー」

「……? ああ、確かに変だね。ねぼすけ鈍足真希姉が早起きしてるわ。おかあさん、今日大雨?」

「お前もかよ! せめて『わーすごーい』とか『さすが姉さま!』とかさぁ?」

「わーすごーいさすがねーさまだー」

「ひっでぇ棒読みだな! ナツナに期待するだけ無駄だったなちくしょう!」

「ご飯できたよー」


 熱くなってるのが私だけで完全に浮いてる。ここは食べて気持ちを落ち着けるべき。食は全てを解決するのだ、お腹いっぱい食べよう。


 皿を並べ、料理を盛って、いただきますを言うと同時に箸をつける。

 なんてことない普通の朝の食卓。おかーさんと妹とで囲む日常の一コマ。


 最初はただおいしいおいしいと言いながら食べるだけだったが、ナツナと箸がぶつかった時「ちょっとそれ」と訊ねられた。


「真希姉、いつから左利きになったん。昨日まで普通に持ってたじゃん」

「……本当ね。真希、どうしたの?」

「どうって、普通だよ。つうか元々左利きだし」

「そうだっけ?」

「小学一年くらいの時に先生にムリヤリ矯正されてたから、実際に使うのは久しぶりだけどね」

「言われてみれば……最初の頃は左でフォーク持ってたわね。今度アルバムで確かめてみるわ」

「へー。真希姉って左だったんだ。どういう心境の変化?」


 どういう、ね。結構難しい質問だな。


 ――昨日までの出来事を話しても、どうせ信じてもらえない。信じてもらったとしても即時心療内科に送られかねない。私は正常だがね、いやちょっと前まで不安定だったのは認めるけど。


 そういう時は適当にしのぐに限る。深く追求されたら、その時に全部話せばいい。


「やっぱり左の方が都合よくてね。これで勉強にも集中できるっつーわけよ」

「そうだね、そろそろ万年平均点台抜けないとね。あっ、私が教えよっかー?」

「一学年下に教えてもらうほどバカじゃねーっての! ねぇおかーさーん」

「まあ頑張んなさい。じゃあ食べ終わったらさっさと片付けてね」

「アッ、めんどくさくなったな。もういいや」


 時間に余裕があるけど、余裕をもって登校することも大事。ご飯をさっとかきこみ、食器を片付けて歯磨き。髪と制服を整え、カバンを持っていざ出発。


 一足先に出ていたナツナに追い付き、肩を叩いて隣に並ぶ。


「ナツナー、たまには一緒に行こーぜ」

「ん、いいよ。……つか、並んで歩くのも久しぶりだね」

「朝出る時間違うからなぁ。なんだ、お姉ちゃんが恋しいか」

「んなわけあるかバカ。――あと、さ」

「なんじゃ?」


 ナツナは言葉を詰まらせ、制服のすそをぎゅっと握り、そっぽを向きながらぼそっと言った。


「――ナツナって、外であんまり呼ばないでね」

「……えぇ? なんで?」

「真希姉だからいいの。他の子には呼ばせたことないんだから。だから、さ、この間は怒ってゴメン」


 今日に限ってかなり素直だ。いつもの辛辣さを考えるとかなり貴重。


「あー……まあ、そんな日もあるよ。気にしてないから」

「ホントに?」

「お姉さんは寛大だからね。それにしても、私だけにかぁ。ちょっと嬉しいなぁ」

「特別なのも必要だし――さ、先行く。用事思い出した」


 最後の最後までこっちを向かないまま「あとでね」と言い残して走り去ってしまった。下手な照れ隠しだな、バカの私でも分かるくらいだ。


「眼福眼福……次はこれをゆすりのネタに使うとしよう。弱みを見せたが最後だぞナツナ……」

「――何が最後って?」

「うおぉう!? っおいおい、ユズさんですか。びっくりさせんでよ、もぉー」


 突如背後から聞こえてきた声。その主は最近できた友達ユズちゃんだった。


 ……あれっ? ユズちゃん家の方向違うのでは? どうしてここに。


「なんでって顔してる。だよね、方向違うの昨日知ったんだもんね」

「じゃあ答えてよ。なんでなん」

「一緒に歩きたかったから。そんだけー。なんにでもちゃんとした理由があるわけじゃないし、気にしない気にしない」

「おっ、おう。そうか……じゃあ、行く?」

「そのために来てるんだから」


 うーん……どうにもユズちゃんがどういう子なのか理解できない。自由でいて、自分なりの芯がしっかり通っている。ただ若干つかみどころがないのはなぁ。悪い子じゃないけど、ペースに乗せられて振り回される未来しか見えない。


 ――いやでも、たまには悪くないか。


「ふへっ……」

「え、なにいまの」

「なんでもねっす。ささ、行きましょ」

「おっけー」


 そう言ってユズちゃんはしれっとさりげなく私の手を握ってきた。

 突然すぎる行動に物申そうと彼女を見るが、ニコニコ笑顔の圧がすごくて何も言えなくなってしまった。ゆるっとした子かと思ったが全然違うじゃないか……。


「……にひひー」

「急にどうしましたユズさん」

「べっつにー。楽しいなーって」

「手ぇ繋いで登校してるだけなんだけど」

「友達といるだけで楽しいの。三波さんにはこれからその楽しみをたくさん教えてあげるね」

「そっかそっか。ならよろしく頼んます」


 友達。甘美な響きだな。


 私にできた新しい宝物。それを今後、ウザがられない程度に大事にしていきたい。こんな私にここまでしてくれる子はそうそういないし。たとえユズちゃんが妙なことを企んでいたとしても、私は全然構わない。

 一緒にいた時間と、できた思い出は確かなものだから。それを信じていればいい。


 だったら、私からも一歩、踏み出してかないとな。


「ねぇねぇユズちゃん」

「なんですかぁ三波さん」


 私だけ「ちゃん」呼びってのも悪いからね。


「三波さん、じゃなくてさ、下の名前で呼んで。私だけ名前で呼ぶのは不平等じゃん?」

「うーん……うん、それもそうだね。じゃあ、えっと――マキちゃん、でいいのかな?」

「オッケー! つーわけで、改めてマキちゃんをよろしくぅ!」


 少しずつ変わっていこう。昨日までのダメダメな私から、よりよい、本来あるべき強い私へと。


 ――鏡の私。あんたのことは忘れちゃいないよ。あんたが気付かせてくれたこと、ずっと心の中で活かし続けていくから。


(だから、いつも見守っててくれよ。うまくいくよう祈っててくれ)


 ――別の世界に行くんじゃない。別の私に生まれ変わるんだ。


 強く決意を固め、私は歩みを続ける。


 とりあえず、次のテストでいい点取れるように頑張りたいね。


「あっ、そうだユズちゃん。前のテストで何点とれた?」

「わたしぃ? 確か……九〇くらい?」

「……勉強教えてくださいお願いします」


 私は早速、友達を活用する道を歩むことにしました。友達は助け合いだからね!






「――そいえばさー、最近うちの学校、オカルト関係の事件多いんだって」

「オカルトの事件? たとえばどんな。結構気になる」

「夕焼け通りってあるじゃん、あそこで人が消えたり、『とっかんこうじ』ってところでタイムリープしたりとか。全部噂だけどねぇ」

「こっわ! それマジ? シャレになんないね」

「他にも封鎖された場所にあるはずのない神社があったりとか、花を配る死神がいるとか……まだあるらしいよ」

「へー……七不思議とかできそうだな」


「マキちゃん、なんかそういう話知らない? それっぽいのでもいいよ」

「いやーさすがにそれは…………」

「あるっぽいじゃーん。聞かせて聞かせて?」


「しっかたないなぁ……

 ――なら、こんなのはどうかな。つまんない話だけどね」


【一過性怪異奇譚 心層映写ドッペルゲンガー】 了

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