霧の中の図書館

 ――五年ほど前の話。


 私には大親友がいた。眼鏡を掛けてて、長い黒髪で、口数の少ない目立たない女の子。小学校の同クラの連中にはあんまり馴染めていなかったけど、なぜか私とはとても気が合った。


 本が大好きで、絵がほとんどない小説を特に気に入っていた。私も活字の本が好きで、当時趣味が合うのがその子だけだったのもあって、時間が空いた時によく話していた。本のことになると途端に明るくなる、よくいる文学少女だった。


 次第にお互いに惹かれ合って、きっとずっと親友のままで――いつかはその先まで――一緒にいられると思っていた。


 でもある日を境に、その子と会える時間は少なくなっていく。学校も休みがちにあって、たまに会ってもぼーっとするばかりで、それまでのような楽しい時間は減っていった。不思議なことに、会う度彼女は大人っぽくなっているように見えた。


 そして、私にある一言を残してばったりと顔を見せなくなった。彼女の家を訪ねたけど誰もいなくなっていて、後から引っ越したと聞かされた。



 ――それが、私の心に傷を残した痛い思い出。今でも頭から離れてくれない、嫌な思い出。



 時が過ぎ、私は中学生になった。周りに合わせて髪型も髪色も変えて、漫画で見るようなヤンキーのような見た目になった。新しい友達とカラオケに行ったりショッピングに行ったりしている。


 でも、それは本当の私じゃない。本当の私は、小説が好きで、好きな本について語る私だ。その相手はもういない、今の友達にはひた隠しにしている。みんな勉強が、本が嫌いだから。


 私は時々、とても寂しくなって、いなくなった彼女のことを思い出す。また会いたい、また話したい。

 そういう時は、彼女が残した言葉を思い出して、焦がれるのだ。


『図書館に行くの。霧の中の、大きな図書館に。待ってるから』


 ――彼女と一緒の場所に行けますように、と。


 私はずっと探している。あるかどうか分からない、霧の中の図書館を。


 彼女が今でも、待ってくれていると信じて。




【一過性怪異奇譚 霧の中の図書館】




「ミユー、お昼いこー」

「ちょ、ちょっと待って、まだ片付けてるから」

「じゃあ先に行ってるから。席とっておくねー」

「ごめん、おねがーい」


 授業がひと段落した昼休み。みんな弁当を広げたり食堂に行ったりと、各々ご飯を食べる準備を始めている。

 一方の私はノートや筆箱の片づけの最中。周りはあんまり勉強が好きではないらしいが私はそうでもない。ちょっとずつ知識が蓄積される感じが心地いい。というか好きだ。


「ねぇねぇ深優」

「んんーなにー? 今ちょっと手が離せなくて」

「急用じゃないよ。あとでノート見せてほしくて。いつも二つ書いてるでしょ、ね、お願いっ」

「人に見せる用じゃないけど……いいよ」

「サンキュー! 今度なんかおごったげるね!」


 ありがとーと手を合わせるその子に、普段使いのノートを手渡した。


「どもどもー! 借りるついでに聞きたいんだけど、そっちのノートってなに? 休んでる子用?」

「あー……まあ、そんなとこ。好きでやってるだけだから」

「そっかー。深優は偉いなー」


 偉い、か。別になんてことないのに。

 もう一つの、つとめて綺麗に使っているノートは、復習用であり、親友のためのものだ。どこか遠くに行ってしまった『あの子』のための。……どうせ渡せないのに。


 ――あの子は一体、今どこで、何をしているんだろう。


 ……考えるのはよそう。彼女のことを考え出すといつも沼に落ちる。今すべきことを思い出せ私。片付けた後にやることはなんだったっけ?


「たしか……ありゃ、なんだっけ」

「どったの深優。早くせんとご飯食べられんよ。学食狙うなら急がないと」

「っ! それそれ! ほんと急がないとね!」


 机の上に散らかっている物を雑に机に叩き込み、ノートだけは丁寧にカバンにしまって、財布片手に転びそうなほどの勢いで教室を飛び出した。


 食堂に着くと既に混雑極めたあとだった。券売機や受け取りカウンターの周りには人がこれでもかと集まっていて最前列が見えないほど。これは……絶望的だ。


 コンビニ飯で済ませようと思い、とりあえず席を取ってくれた友達に一言伝えてからにしようと食堂内を見渡す。すると奥の方で手招きする子がいた、私を誘ってくれた子だ。トレーを持ってる人に気をつけながら目的のテーブルに向かう。


「お待たせ、ちょっと手間取っちゃって」

「いーのいーの。それより定食買えた?」

「見ての通り。ありゃ無理だよ」

「だと思って買っておきました。お代は気にしないで」

「おー助かる! ありがとう!」


 混み具合を予測していたその子のおかげで無事ご飯にありつけた私。何度も頭を下げながら焼き鮭定食に箸をつけるのだった。


「んー! 優しさと塩がしみるー……ほんとありがとう!」

「いいってこと。じゃあ代わりにさー、お願いしたいことあんだけど」

「なにー? ……あれ、お願いはさっきも。まさか」

「ノート見ーせて! ほとんど寝てて内容分かんなくてさー」

「この間もそう言って……もしかしてこれ用意してくれたのも? おごりなのも?」


 じとーっと彼女を睨むと図星をつかれた顔で箸を止めた。こいつマジか……なんて子だ。


「ぐっ……はい、その通りでごぜーます。別にいいじゃんノートくらい」

「あのねー、いつも言ってるけど勉強は自分でやらなきゃ身につかないんだよ。丸写ししても何一つ覚えられないんだから」

「でもでも、内申点くらいは欲しいし。つーかミユが真面目すぎるだけだって。そんなナリして勉強する方がおかしいって」


 その言いようにはさすがにムッとする。人を見た目で判断しないでいただきたい。


 確かに、私の外見は優等生とは言えない。髪はちょっと染めて茶色がかっているし、スカートも少し折ってる。

 でも、髪染めは黒髪大正義な校則に合わせて地毛を黒に染めたもので、スカートも若干サイズが合っていないのを無理矢理合わせた結果だ。


 そこをとやかく言われたくないから死ぬ気で勉強している。好成績を修めればねちねち言われない。実際成績は学年でも上位、おかげで頭の柔らかい先生にも口添えしてもらえて髪色等を見逃してもらっている。


「頭のよしあしもそうだけど、真面目にやってれば怒られにくくなるから快適だよ。マキも自分でさぁ」

「やーらない。もうっ、ミユったらお母さんみたい」

「ちゃかさないの」

「今度はおばさんっぽい。ていうか食べな、冷めちゃうよ」

「……ノートは貸さないから」

「えっ、あのあの、ミユさん? おーい……えっマジなやつ!?」


 何度も「ごめーん!」と謝る友達――マキちゃんをガン無視して黙々と箸を進めていく。そんなに勉強が嫌なら一人で追試やってろばーか。


「そんな本気で怒らんでも……前から聞きたかったんだけど、なんでそんなベンキョーすんの?」

「別に」

「教えてくれてもー」

「自分の言ったこと考えなよ。たまには私もキレるんだから」

「……本当にすんませんでした」


 さすがに強くあたりすぎたか。でも怒ってるのは本当だし。あとで、まあ授業中とかにでもそれとなくフォローしておこう。


 ……さっきのは便宜上の理由であって、元々の動機は別にあった。今はもうほとんど意味がない、ずっと噛んでいるガム程度のものだけど。


 でも、私の中にはずっと『あの子』しかいない。多分、気が付かないうちにそれを理由にしてる私がいる。一途といえば聞こえはいいけど、ただの逃げとも言える。


 ――まったく。私は本当に。


「どっちつかずだよなぁ……」

「んん? なんか言った?」

「なんにも。ごちそうさま、先に戻ってる」


 まだイライラが残っているらしい、ちょっとの怒りを含ませてそう言い残し、一足先に食堂を出た。


 ――未練がましくて、友達付き合いが下手で、勉強していることを色んな言いわけにしている。


 ――私は、そんな自分が嫌いだ。




 ◇




「じゃーねーミユ。あと食堂のこと、ホンットゴメンね!」

「あー、うん、もう怒ってない。許したから。じゃあまた」

「ありがとー! ミユ好き! ばいばーい!」


 無事迎えた放課後。友達の追試の助っ人をして、部活にもちゃんと参加してたら夕暮れ時に。

 秋は深まるにつれ夕暮れが早くなる。この感じはいつまで経っても慣れない。しかも昼は少し暑くて夕方から夜にかけて一気に冷え込む。この温度差は気に食わない。昔はよく風邪をひいたものだ。


 ひゅーっと吹く風に身体を震わせ、明日に備えてストールを出そうと決意しながら歩く。


 私の帰路は住宅街から離れたものになる。往くほど家屋は少なくなり、だんだん畑や田んぼが目立ち始める。この時間になれば人とすれ違うこともなくなって寂しい思いをすることに。


「寒いし視界はさっぱりしすぎてるし……コンビニ一つないのも考えものだよ。わざわざ遠出するはめに……」


 家の立地に文句を言っても仕方ない。一応悪いことばかりではない。静かな環境であるおかげで勉強や読書は捗るし、日当たりがとても良い。平穏無事な生活を望む私にはぴったり。


 ……いやーでも何もなさすぎて退屈だからマイナスポイント。お願いだからコンビニは置いてくれ。


 なんて馬鹿なことを考えていると、私はある変化に気付いた。


「――なんか白……霧?」


 開けていた視界に、数メートル先が見えなくなるほどの霧がかかっていた。考え事のしすぎで気付かなかったなんてありえない。

 霧ではなくて、たまに畑の端で焼いてる藁とかの煙かと思ったが、だったら早いうちから察知してたはず。本当に、突然。


 幸いちょっと先の地面は見える、帰る分には支障ない。一応慎重に歩きながら周囲を警戒する。


 そしてしばらく進んだところで足が急に止まった。私の意思ではなく、強い興味が止めさせたのだ。


 霧の向こう、深い深い霧の先に、本来そこにないはずのものを見つけた。


「林道なんて、あったっけ」


 私の通学路は森が近くにある田舎道。でも森はあまり整備されていないもので、入り口らしいものはない。当然、整えられた林道があるはずもない。しかも何年と歩き続けてきた道であるなら、なおさら見間違えるはずも……。


 ――しかし、どうしてだろう。こんなにも惹きつけられるのは。


 私の視線の先にあるのは、そこに絶対あるはずがなかったもの。だというのに、その先に行きたい想いが膨らみ続けている。


 ――私は、行かないといけない。そんな気がする。


 衝動のままに、私は霧の中に一歩踏み出した。

 ……と同時に自らを制しその場に留めた。衝動に身を任せるよりも大事なことを思い出したからだ。


「気になるぅ……でもまず帰らないとね。カバンも置いて、おかーさんに言ってからにしよーっと」


 そうと決まれば早かった。私は回れ右をしてダッシュで実家へと向かうのだった。




 ◇




「――っし、まだあった。てか霧も濃いまんまだ」


 一旦家に帰り荷物を置き、私服に着替えて、ちゃんとおかーさんに出かけることを言ってから戻ってきた。これで多少帰るの遅れても問題なし。六時に出かけるっていうからちょっと心配されたけど、地元だから平気でしょ。


 帰ったついでにおかーさんに林道のことを訊いてみたけど、やっぱりなかった認識は共通だった。そうだよなー、なかったもんなー。


 林道は消えているということはなく、まだ存在していた。霧も相変わらずで、十数分前と比べてより濃くなってる気もする。


「んじゃ、行きますか……最大限注意するんだぞ、私……よし!」


 巻いたストールをきゅっと締め、足元を取られてスッ転ぶ覚悟をして霧の中に身を投じるのだった……。


 その後彼女を知る者は……とはならず、普通に歩けている。

 林道自体は普通の一本道。舗装はされてない地面で、一定間隔で灯篭風の街路灯が置かれているだけ。石畳だったら参道と勘違いするところだ。


「ほっ……ほっ……くそっ、長いなこれ」


 長い……あまりにも長い。振り返ってどれくらい進んだか測ろうとしたが、霧のせいで全く分からない。何メートル間隔か分からない街路灯ならもうウン十個と見たかな。


「本怖系にありがりな、この先は崖でしたーってなるやつ? この辺崖ないけど……あーなんで来ちゃったんだろう、もう疲れたー! ――ん、ありゃぁ……なに?」


 そろそろ足が棒になろうという頃に、長かった霧の道の先に、うっすら何かが見えてきた。

 とても大きなシルエットで、屋敷のような形状をしている。近付くほどに大きさは増し、錆びまくっている門の前に来たあたりでようやく全貌が見えたのだが……。


「……デカすぎんでしょ」


 私の視界ではとらえきれないほどの洋風屋敷がそびえ建っていた。屋敷、よりは箱って感じもするけど。


 大きさに感心しながら見渡していると、門の看板に気付く。近寄って見てみると、たんに『図書館』とだけ書いてあった。そう言われれば広さに納得できる。

 ……ん? 図書館? この辺にあったっけ。


「こんだけデカいなら私も知ってるはずだろ。見逃すかこんなの」


 私の思考は徐々に「ありえねー」で埋め尽くされ、記憶を探ることさえ忘れつつあった。


 ただただデカさに圧倒されてぼーっとしていると、なんと、閉ざされていた門がギギィと耳障りな音を立てて開いた。


「開い……入っていいの? いいなら遠慮なく入っちゃいますよー――オッケーらしいっすね、しつれーしまーす……ちらっ」


 門を越えてから念のため周囲を警戒。警備員はおらず、カメラらしきものもない。うまく隠しているだけなのかもしれないけど、監視が一切ないのはいかがなものか。


 ……考えすぎはよくない。このまま突っ切ろうじゃないか。


 開き直って胸を張り、堂々と歩くことにした。監視がないということは客人を信頼していることに他ならないからだ……と思う。なら私も敬意を表し、堂々といるべきだ。


 門からずんずん歩き、図書館の入口へ。

 来場者を歓迎する扉は建物の雰囲気に沿った装飾がなされている。シックな感じ? そんな感じ。豪華さに若干気おくれしつつも、私はドアレバーに手を掛け……。


 ――ガチャリ。


「お、おー……」


 思わず感嘆の声がもれた。中は想像以上に、美しかった。


 まず目に飛び込んできたのは、凄まじい量の本棚。木目が綺麗なダークオークの木の本棚に、びっしりと本が並べられている。革っぽい背表紙のものが多い。そのあまりの多さに、否が応でも圧倒される。


 館内は読書するには不便しない程度の明るさで満たされている。高い高い天井には、豪華なシャンデリラが煌々と輝いていた。直視すればまぶしく見えるものの、本棚に到達する頃には柔らかな光へと変化している。


 読書スペースもしっかり確保されているようで、本棚の間からところどころに机と椅子がセットで置かれている。さながら、本の森の休憩所、といった風か。本を取ってすぐ読めるのはとてもいい。


 ……しかし、なんという広さだろうか。高さ、幅、奥行き。どこをとっても『広すぎる』以外に言いようがない。外から見て予想はできたが、それをはるかに上回ってきた。


「はぁーすっげー……なんでもありそうだなぁ、天国かよ。『ああ無常』とか置いてないかな……」


 これだけの量があれば好きな本は確実にありそうだ。文学系はもとより大河小説なんかも読んでいた私にとって、ここはまさに楽園だ。心が高鳴りすぎて心臓が止まりそう。


 ――だけども。


「探すのダルイな。どこに何があるかさっぱりじゃん」


 おおよそ案内板や書架見出しで分かりそうなものだが、単純にバカ広いせいで迷いそうで怖い。迷子で時間を無駄にはしたくない。


 となれば方法は一つ。カウンターに行って司書さんに訊くに限る。


「さてと、受付はどこか――お、あるある。あそこか」


 恐ろしいことに、この図書館は出入口付近には受付がない。なんと不便なことか。


 少し見渡すと、それなりに離れたところに楕円をくりぬいたようなテーブルを見つけた。『受付』と書かれた小さなサインプレートが置かれているのが遠目でギリギリ確認できる。あそこで間違いない。


 テーブル中央では司書さんらしき女性が静かに本を読んでいる。おお、『人が来なくて暇だから本を読んで時間を潰している司書』が本当にいるとは。ちょっと感動する。


 あの人に聞こう、と一直線で受付へと向かう。離れて、とは言ったけどそこまででもなかった。普通に歩いて一分程度……屋内で一分は遠いな。


 近くに来たが司書さんはまだ気づいていない様子。驚かせないように正面からゆっくり近寄って、影でまず存在を示す。そして、まずは挨拶から。


「こ、こんにちは」

「……!」


 ずーっとうつむいていた司書さんがびくりと肩を震わせ、急いで本を閉じた。いや完全にびっくりさせとるな。申し訳ない。


「ごめんなさい、驚かせるつもりってのは全然なくって……その、本探そうと思ってそれで」

「ん……」


 一言返事をしてから、司書さんは眼鏡を掛けて顔をあげた。


「……えっ?」


 ――顔を認識した瞬間、私に電流が走る。


 ……司書さんは、私の知るある人物に瓜二つだった。

 長くて澄んだ黒髪、丸いフレームの眼鏡。背は低い方で、雰囲気で大人しく無口だと分かる。そんな子。それが、私の知る『あの子』。


 その『あの子』に司書さんはそっくり……どころか、本人に見える。私は思わず。


「なんで……なんでここにいるの――霧ちゃん」

「……?」


 そんな名前知りませんと言わんばかりに首をかしげる司書さん。その動作すら、いなくなったあの子、霧ちゃんに似ているように見えてしまう。


 ……もし、もしもの話。この司書さんが――ずっと会いたいと焦がれていた――霧ちゃんだとする。大きくなって、本が好きなままで、図書館の手伝いとしているのなら不思議ではない。


 でもそれは彼女を見ると『ありえない』とすぐ分かること。

 本人であるはずがない。突然別れて五年は経ってる。身長は伸びてるだろうし、雰囲気だって少しは変わってるはずなんだ。


 私が霧ちゃんだと確信を持てない一番の理由。……それは。


 ――司書さんが、小学校の霧ちゃんと全く同じ姿をしているから。


 瓜二つ? そっくり? 違う、それは私が彼女の幻覚を見たと思わないための理由だ。言いわけしないとやってられないくらい、司書さんは霧ちゃんそのものだった。


 記憶の中の、最後の彼女の姿そのまんま。何も変わっていない。安直に言って、神隠しにでも遭った人のよう。


 ――私の願いが、祈りが通じたのか。


 別れたあの日から霧ちゃんのことを考えていたから、何かが叶えてくれたのだろうか。

 ……私が望まない形で、だが。あの日のままでいてほしかったわけじゃなかったのに。


 ただ私は、私は……。


「ぁ、の……ご、ごよぅ、は……」

「……すいません。ちょっと、待ってもらって、いいですか」


 衝撃、喜び、戸惑い。感情が制御しきれない。

 心がぐちゃぐちゃになった私にできるのは、単純なことを考えることだけ。


「この図書館……なんなの?」


 ――同時に。


『図書館に行くの。霧の中の、大きな図書館に。待ってるから』


 霧ちゃんの最後の言葉が、やけに頭に響く。


 ……まさか、ね。


「……っ」


 その後司書さんが私の肩を叩くまで、私はただ、彼女を茫然と眺めていた。

 司書さんに、霧ちゃんの面影を重ねながら。

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