「う、うそ……ひ、ひ、人、ほんとに……」


 ――動揺する未来。声はおおげさなくらいに震えている。


 ――フードの人物は声を上げることなく、もう一人の人物の攻撃を受け続けている。次第に動くこともなくなり、その人を中心に血だまりが広がりだした。


「見ちゃった……アタシ見ちゃった……どう、しよう……とりっ、とりあえず拾って――」


 ――震えながら未来はカメラを拾い上げる。震えすぎて映像がかなりブレている。


 ――ジリジリと後ずさるが、足元の空き缶に気付かずカランと音を立ててしまう。


「やばっ、アイツこっち見てる……やばい走ってきた! 逃げなきゃ!

 ――でもどこに? 通り走ったら追い付かれる……なら小路に入るしか!」


「クソッ! ここ狭いし暗いし抜けにくいっつーの! 走りにくいったらもう!

 うぐっ、後ろにまだ来てる……こういう時には時間飛ばないのかよ! この際どこの時間でもいいから飛んでくれッ!」


 ――未来の叫びに呼応するように、小路の出口の光が大きくなる。未来はそのまま突っ込み光の中を走り抜ける。


「はぁ……はぁ……成功、したの? どこで、いつなんだろう……」


 ――カメラと共に見渡す未来。どこか見覚えのある景色。


「ここ、何時間か前に休んだ公園じゃん。今は夜で、時間は……八時。少し戻った程度か。……いやいや、普通は戻んないって。奇跡だわ」


「一旦、休もう。それにちょっと……吐きそう」


 ――急いでトイレに駆け込み、カメラは床に降ろす。まもなく未来の嘔吐音が入り込んでしまうことに。


「うぇっ……うっ、おえぇ……スプラッタ映画じゃないんだから勘弁してくれって……うぷっ……」


 ――以下嘔吐シーン省略。十分後、無事復帰。


「い、いやぁ、お見苦しいものを……正直まだ気分悪いや」


『BANされないのが奇跡』『ちゃんと口ゆすぎな』『休んでお願い』

『映っちゃったな』『犯行現場押さえた さすが』


「ただの偶然だよ、張ってたおかげはあるだろうけど。はは、マジで見ることになるなんてね。しかも現行犯……世紀の特ダネですよ」


「まあでも、タイムスリップして撮ってきましたなんて信じてもらえないから、配信限定の映像ってことになるかな。BANも時間の問題だね、さっきの、アレがあるからね」


「……これからどうしよう。また飛んじゃったし。何日かまでは分からないし。事件の日のままなのかな」


「――もしかしたら、確かめられるかもしれない」


『なになに?』『どんな?』『期待』


「長いこと待つハメにはなるけどね。今は八時でしょ? で、現場行く前に公園に飛ばされた時が、えっと……十一時半くらいだったかな。

 つまり、その時間まで待ってアタシが公園に来たら事件当日のまま、来なかったら別の日ってわけ。昼に学校でもう一人のアタシを見たし、途中で別のアタシとすれ違ったし、この原理で確かめられるはず……なのよね」


「『安直』、『都合よくいく?』……いってもらわなきゃ困る。でもこの方法以外で確かめられないし。つうかよくよく考えなくても自分が増えてるわけよね。アレだ、なんたらの法則が乱れる? なんつってね……茶化さなきゃやってらんねー」


「てなわけで、また、耐久っすね。

 ……悪いんだけど、アタシ、ちょい限界。アラームつけて寝させてもらいます。公園って便利よね、ドーム状の遊具が寝場所になるから……んじゃ、さっそく」


 ――スマホを操作し、午後十一時にアラームを設定した画面を見せつける未来。


「一応カメラは回しておこうかな。そうそう、バッテリーなんだけどね、なーんか全然減ってないの。だからまわしっぱでもオッケーってわけ。こういうのは気にしちゃ負けでしょ。

 ふあ、ぁ……うぅん。もう無理、寝る……そんじゃ、おやすみ――……」


 ――ドーム形遊具の中、カメラを前に眠りにつく未来。相当きていたらしい。


 ――配信自体は問題なく行われていたが、早回しになっているかのようにカサカサ動いている。配信時間にして五分後、アラームに反応して未来が目を覚ました。


「……ふぅ、よく寝た。三時間だけでもまあまあ効果あるね、頭はスッキリした。

 え? 『五分しか経ってない』? いやいや、公園の時計は十一時だけど……やっぱ時間の流れ違うね。これ解明できなくない? しなくていいケド」


「それはそれとして、あと三十分したらアタシが来るはず。それまでじっとしてますか。――一応スマホの時計を……あれ」


『どうした』『もう一人の自分とご対面』『また待つのか』


「えっとね、スマホの時計、非表示になっちゃって。そっちの時間分かんなくなっちゃった。もとより見てなかったら些細なことか。あと、また待たせることになっちまってごめんな! ……ったく、いちいち言わないかんのかお前は、ちょーっとムカッとしましたよ」


「……んっ、言ってたら来た。静かにするね」


 ――遊具内部から小さく顔を出して様子を窺う未来。置いたままのカメラに気付き、向きを変える。


「(ほら、いる。……鏡写しじゃない自分見るのって、変な気分。双子の人もいつもこんな気分なのかな)」


「――行った。うん、これで事件の日ってことが分かったね。ってことは数時間後にまた殺されちゃうのか」


「止めに行くべきか、ちょっと悩んでる自分がいる。アタシ知ってるよ、首尾一徹の法則ってヤツ。……あ、一徹じゃなくて一貫か。それはさておき。

 アタシが行ってもどうにもならないよ。元居た時間じゃ、身元不明、犯人不明じゃん。それは変えられないと思うし」


「いやでも……? うん、それなら……」


『一人で解決するな』『何か策でも?』


「確か、さっきアタシ追われて逃げたよね、そん時後ろに犯人がいたはずなんだよ。人がいない間に被害者助けられるんじゃ、って思って。

 ちょっと前に言ったことは憶えてるし分かってる。せめて所持品漁って身元は特定できるかもって。世紀末世界の盗賊の真似事なんかしたかないけど、せめて、ね」


「もう一人のアタシはもう行ったし、さっさと動きますか。遠回り気味に走れば隠れてた場所の反対側には出られるはず。

 今から走るよ。映像ぐらぐらするだろうから、そこは我慢してな――ひとっ走りいきますか」


 ――未来はカメラを持ち上げ、軽いストレッチののち走り出した。言葉通り映像が酷く揺れる。数分後揺れは収まり、人気のない通りを映し始める。


「はぁ……はぁ……つ、着いた……まだ、なんも、起きてないね……」


「……ふぅ、走った後って復帰に時間かかるよね。肺がさ、こう……いいやそんな話。

 あっ、ほら見える? あそこの――ズームすりゃいいか、ほら。さっきのアタシが隠れてる。意外とバレバレじゃん」


「(おっと誰か来た。こっちのアタシはしっかり隠れよう。おあつらえ向きに巨大ゴミ箱が…………よし、行った。そんでもう一人も……あれ? 恰好、同じ?)」


 ――カメラを置いて身を乗り出す未来。通りは映さず未来の背中が映されている。コメント欄は『見えない』で埋め尽くされる。


「――んー? (いやだって、これ以上BAN確率上げるわけにいかないじゃん。スナッフビデオ流したいわけじゃないし)」


「んぎっ……やっぱ、無理……目的が殺人阻止じゃなくてよかったっす。割り込む気にならん……。

 今終わって、アタシが追われだした。なんでカメラ落としちゃったかなぁ。っし、今のうち」


 ――未来、カメラをさっと持ち上げこそこそと移動を開始する。ただし映像は未来の背後を映している。


 ――カメラは再び地面に置かれ背後の監視を始める。配信映像のことなど気にせず、ガサゴソと遺体を漁る未来。


「ごめんなさい、未来のあなたのためなので……安らかに。

 パーカーのポケットには何もなし。ズボンの方も――ないか。

 あれ、カメラが。なんで? ……財布があんなところに――これって……もしかして……?」


 ――……パチッ。少しの間をおいて財布が開かれる。十数秒の静寂ののち、ガンと何かが落ちる音がした。未来のろうばいする声も。


「あ、あぁ……これ、これは幻覚……絶対夢だ、ありえない……」


「戻らなきゃ……戻らなきゃ……」


 ――声に力がなく、後ずさる未来。その際カメラに足をぶつけ、「カメラ……」と呟き緩慢な動作で拾い上げる。


「いられない、ここには、いられない……」


 ――相変わらずカメラは未来の進行方向とは逆を映す。通りの向こうを見ていたが、未来が小路に入ったようで、何度目かの暗闇に包まれる。


「もう、いやだ。家に、戻る。小路使えば、帰れるでしょ」


 ――小路の出口に近付くにつれ、外の光が大きくなる。


 ――未来は何かを呟きながら歩き続ける。そろそろ抜ける、という時に誰かとぶつかる。


「っ! ご、ごめんなさい……!」

「いったぁ……気ぃつけてなー」


 ――未来は振り返ることなくひらすら歩く。小路から出ると太陽が昇っていた。しかし意に介している様子はない。


 ――以後無言の未来。自宅に入り、自室にて着替えを行う。


「あたしが変えなきゃ。あんなのはダメ、認められない。挑むしかないんだ」


 ――何かの覚悟を決めながら派手なパーカーを着る未来。


 ――コメント欄にて。


『着替えは映していいのか』『パーカー?』『どっかで見覚えが』


「……? ああ、よく着るやつだから。配信で見たことあると思うよ」


『今から何するの』『よく分からんけどやめとけって』

『それ着て現場に行くつもりでしょ』


「察しのいいのいるね。そうだよ。最初はその気なかったけど、気が変わったの。……あれ見たら誰だって変わるよ」


「着替えたし、また行くか。カメラどうしようか……まあ、持ってくか」


 ――カメラに付いているストラップを掴み雑に持ち運び始める。


 ――再び無言になり一直線にどこかへ向かう未来。配信映像はこれまで以上に揺れが酷く見れたものではない。


「配信は二の次、やらなきゃいけないこと、できちゃったから。

 じゃあまた飛ぶね。こっからは実況もどきなしだから」


 ――未来は宣言通りに例の小路に入り、幾度目かの暗闇を通る。道中ぐちゃ、と何かを踏んだようだが一切気にしていない。


 ――小路の先は真夜中。何日かは未来が知るところだろう。


「……」


 ――街灯がほとんどない住宅街の通りを静かに行く。


 ――背後を映すカメラが、未来に迫るフードを被った何者かを捉えている。徐々に距離が詰まり、フードの人物が未来の肩を叩いた。


「っ! お前かっ……!?」


 ――未来はカメラを投げ捨て、フードの人間を突き飛ばした。カメラは壁にぶつかって地面に落ち、未来を画面端にてかろうじて映している。


「クソッ、お前か、お前のせいか!? お前がやったんだろっ!?」


 ――未来の激しい動き。鈍く重い音に未来の怒号が混ざる。


 ――何度も腕を振り上げ、勢いをつけて叩きつけている。十数回の殴打により彼女の腕に血が付く。


「は、はは……やった、やったよ。これで、犯人を……」


「――? なんか、違う気がする。だってさっき、……

 ぇ、ぁ……そっか、そういう……あは、アハハ……」


 ――ひきつった顔で笑みを浮かべ、血まみれになった手を額に当てる未来。


 ――ゆらりと立ち上がり、何かに気付いたらしく、ふらふらと画面外へ消える。


 ――カメラは放置され、以降バッテリーが切れるまで広がり続ける血だまりと殴打されたであろう人物の手のみを映していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る