「何回確認しても時計は壊れてないですわ。画面の向こうともズレてないのがなぁ、なんとも言えない」


「夜の八時表記……なのにここは朝なんだよなぁ。太陽の位置的に八時くらい? ありえんありえん」


「よく分からん……分からんからこそ探索しよう。――ところでリスナー諸君、どういう風にしたらいいと思う?」


『知らん』『がんばれ』

『別の時計見つけて時間調べたら?』


「別の……それいい! やってみよ――あっいや、なんでもないですお気になさらず……うぅ、通行人に変な目で見られた……」


「まあいいや、ひとまず帰ろう。ここからもう少し歩けば実家よ。そこで色々確かめることにする。

 家に着くまでカメラ止めるね。そんじゃ、ストップ――住所バレする日も近そうだな」


 ――コメント欄にて。


『怪異ホイホイになってきたな』『タイムスリップか?』

『んなわけあるか』『ヤバイってことしか分かんねぇな』


「――よっと。カメラどう?」


『はや』『はっや』『もう少し(数秒)』


「はあ? 結構歩いたぞ。いうて十分ちょっとだけど」


『十分?』『十数秒くらいじゃ』『やっぱ録画か』


「だから録画じゃないって。なんで? なんでこっちとそっちで時間ズレてんの?」


「しかも時計壊れてるし。これさ――ああ、そうそう、ここ、いつものアタシの部屋ね。って補足しといた上で、この時計見てよ」


 ――未来がカメラを固定し、時計がしっかり見えるように近くで見せる。


 ――時間表記、午前九時四分。その隣にスマホの時計を並べる。そちらは午後の八時三四分だった。


「ね、ね、やばない? アタシの部屋の時計はズラしてるって言われても言いわけしにくいけど、外の様子見りゃマジだって分かるでしょ。カーテン開けてみるけど――ほら、ばっちに陽が入ってくるし」


『どれも違うな』『こっちは二〇時三四分』


「スマホの方はそっちにシンクロしてる……クッソなんなんだよ……」


 ◇


「…………」


『急に静かになったな』『何してんの』


「……PCチェックしてた。そしたらな、先週分までの動画のデータしかなくて。消した痕跡もなくて、最初からここまでしかない感じの……分かりにくいか。

 削除跡も編集跡も元々ないって感じなの。あとPC時計はさっきの時計準拠ね、日付は……一週間前……はぁ、頭痛い」


「あーもーなんなのよこれ! マジ分かんねーよ! 小路の噂とか聞いたことないし! タイムスリップするとかねーよ!」


「『命名』? 知るかバァカ! 『とっかん』とかでいいわ今それどころじゃねーし!」 


「…………すんません、落ち着きました。こんなんパニックにならん方がどうかしてるって……」


「――いやちょっと待って。『とっかん小路』ってなんだよ。別に時間をとっかんって読んだわけじゃないんだけど。どう読んだらとっかんになるんだよ」


「『平日朝なら学校行かないとじゃね?』……確かに。

 っていやいや、行ってどうするの。こんな状況だよ? それこそないわー」


「まあでも、他にやることないしなー。しゃーないから学生の本分をまっとうするとしますか。

 カメラ? 持ってくわけないじゃん。瞬間的に身バレするしみんなにも迷惑かかるし。大人しく待ってて。それじゃあね、バイバーイ」


 ――映像は中断。コメント欄にて。


『とっかん工事』『いや草』

『ネーミングセンス草』『時間でとっかんはむしろ良センス』


 ――数分が経ち、配信、再開。


「はぁ、はぁ……み、みんな聞いて、ガチ超ヤバイ速報! またさ、すげーヤバイこと、あったの……!」


『はえーよ』『学校まで往復三分なのか?』『テレポ?』


「いやお前ら……アタシ見て、分からんのか……ふぅ。急いで走って来たのよ。走って片道十数分……また時間おかしくなってる? そっちの時間は――なるほど。やっぱスマホの方はそっち側か」


「そんなことより! 絶対こっちのが大変なの!」


『楽しみ』『続けろ』『何があったのさ』


「とりあえず学校行ってみたの。でね、下駄箱にもう靴があったの。びっくりしたよ。だって……アタシがいっつも履いてるやつだったから。

 変だよね? テキトーにつけてたバッジの位置もおんなじで……でもそれ以上にやばいのが……」


 ――未来は目を泳がせ、しきりに爪をいじり始めた。


「授業、始まってたの。それでこっそり教室に行ったんだけどね……。


 ――いたの。教室に、アタシが。


 ノートに落書きしてて怒られてて。確かに今日……この日? もう分かんないけど、アタシね、怒られたの憶えてるの。その時先生に言われたことも同じで。『椋井はピカソにでもなったか?』って。面白くはないけど、鳥肌は立ったな……」


「何が何だか……本当に分かんなくなってきちゃった。マジでタイムスリップしてたりしてね……」


「もう一人のアタシがいるってことは、家にも長いこといられないかな。自分と出くわすのはまずいよ。ドッペルゲンガー理論だとどっちかか、それか両方消えちゃうわけだし」


「――カメラのバッテリーはよし。時々使う分にはもつか……」




「……うん、ちょっと悩んだけど、決めた。配信、続ける。

 変なことばっかだからこそ、最後までやりたい。

 この謎、解いてみたいじゃん? みんなにも手伝ってもらうことになるけどね」


『おk』『頑張れ』『神回確定』


「助かる。あてにさせてもらうよ。

 まずはこっちとそっちの時間の違いについて調べたいけど、もっと外探索してからでもいいかな」


「ついでに、例の配信の続きもやるよ。むしろチャンスだよ、これ。


 憶えてる? あの身元不明殺人事件。起きたのがちょうどこの日――一週間前だったのよ。犯人突きとめて、ついでに通報してやる」


「つーわけで、配信の続きはこう。


 一つ。今アタシに起きてる異変の謎を解明すること。


 二つ。この日に起きるはずの事件の犯人を見つけること。


 リスナー諸氏と一緒に解いてくつもりだから。協力プレイだ、頑張ろうな」


「今から移動するんだけど、こっちは数十分かかってもそっちだとまた数秒か数分なんだろうなぁ……ま、いっか。カット編集だと思えば。


 それじゃ事件の現場らしき場所に――レッツゴー」


 ――未来の決めポーズののち、カメラが切れた。



 ◇



 ――映像再開。


「はいっ、移動完了! 多分そっちだとほとんどキンクリ状態だろうね。こっちは探し回ってたせいで一時間かかったよ。こっち換算で……今午後の三時かな。スマホは午後の十時近い。やっぱメチャクチャ」


「んじゃ、今からここ張ってくわけだけど、てなると食糧いるじゃん? あんぱんと牛乳用意しないと。古いネタだけどあって損はなし!」


「……! ごめん、ちょっと待って。一旦隠れる」


 ――急いで最寄りの小路に身を潜める未来。


 ――しばらくして、誰かの話声が横切って行った。



「……でさでさ、どうにか行列我慢したの。マジ長かったんだよ、一時間やぞ一時間」

「ふーん。で、買えたの?」

「買えてたらキレてねーし! 散々待たされて『さっき完売しましたー』やぞ!? 配信者ナメとんのか!」

「配信者は別にステータスじゃないわ。未来、どーどー」

「猛獣扱いすんじゃねーし! じゃあ歌子ならどう思うよ?」

「まあキレるだろうけどさ――……」



「ひー……危うく見つかるところだった。

 声聞いた? 完全にもう一人のアタシだったわ。確か……向こうにある新しいカフェに行ったんだっけ。この日学校が急に早く終わってね、それで」


「あっぶね。先に察知してなかったらどうなってたことか。アタシならとりあえずパニくる自信あるわ」


「……うし。ありがたいことにコンビニとは逆方向に行ってくれた。さっさと食糧確保しよう。財布は奇跡的にポケットに入ってたから大丈夫よ。過去の自分から財布取ってくるのだけは嫌やしなぁ、ラッキーよ」


「つーわけで、またカット」




「――はいただいま。知り合いの目避けながら歩き回ってたせいで変に時間かかっちまったぜ、へへっ、四時になっちまった」


「けど、犯行時刻って真夜中らしいから、ここで待つってなると七、八時間は待機しなきゃか。だーるー――」


 ――ドン、と小路の奥から来た誰かとぶつかる。


「っ! ご、ごめんなさい……!」

「いったぁ……気ぃつけてなー」


 ――カメラは走り去る影を映していた。どこか見覚えのあるシルエットをしていたが、未来は首をかしげるだけだった。


「急いでるならしゃーない。こういうことには寛容なのがミクさんよ。……『行列にキレる短気の間違い』? うるせーそれとこれとは別じゃい」


「……なんかデジャヴ。あの人見たことあるような……まあいいや」


「夜まで暇だねぇ、どうしようねぇ。確か近くに公園あるし、そこで時間潰そうかな。たまーに友達がその公園にいるらしくてー。完全にレアボスと化した友達……あ、今のナシで」


「ショトカすんのにまた路地通りまーす。『どこの?』、例の、ええ、とっかんこうじを……言わせんで。ネーミング終わってるのは知ってるから」


「いやでもさ、二回目あると思う? ないない。ただの偶然――偶然で過去に飛ばされてるアタシって一体……? 自分で言っててちょっとヘコむ」


「で、そのとっかんこうじって、ここなんすよ。ちょうどアタシの後ろ。行くしかないね。だってアタシは配信者

 ――じゃあ、行ってみましょ。なんもなけりゃ公園で暇つぶしな」


 ――慎重な足取りで暗い裏道を往く未来。何も踏まないようにかなり警戒している様子。


「いやさぁ、またキモイの踏みたくないのよ。結局何だったか分かんないままだったし、ゆっくりにもなるでしょ」


「ていうかここ暗すぎじゃない? いくら建物密集してて、道狭いつっても限度あるじゃん。

 ――おっ、ようやく出口が見えたぞ。また妙にまぶしく感じる。そぉい! ……へぁ?」


『画面が』『ノイズやばいぞ』『これはもしや?』


「一度、カメラ切るね。すぐ、入れ直すから」


 ――ノイズだらけの中継が切れ、十秒と経たず映像は戻った。


 ――小路を出ると、そこは真っ暗闇の世界だった。ところどころで街灯が点滅している。


「はは、ははは……そりゃ暗いよ。だって夜だもんな、はは……んなわけあるかよぉ……」


「そんでここは――公園の前だ。うそ、そんなに近くなかったはずなのに。

 ……落ち着け、落ち着くんだミク。うん、一旦公園で休めってことよな、多分」



「はあぁ~……つーわけでね、夜に飛ばされました。お前らカットしたって思うかもしんないけどアタシにはリアルなの。脈絡なさすぎて、ホント、病む……」


「あとアレ見て」


 ――映像がぐるっと回り、ブレながら公園の時計を映す。時刻は十一時三十四分を示している。


「バッチリ真夜中っすね。言うてたら飛ばされちまったよアタシ。正直言って犯人突きとめたいわけでもないんだよね。バレたら口封じで殺されるパターンだってあるし。

『どうするの』……どっちにしても、この時間に居続けなきゃいけないんだから、やれることするしかないよ。死なない程度に調べるよ。事件と、えっと……時空間異常? をね」


「スマホの方は全然時間進まないや。めっちゃ遅いの。機能的には問題ないから別にいいけど――ていうか充電してないのに結構もってるな。これも、まさか……?」


「……さて、と。結構休めたし、行ってみるわ、現場に。小路通ってまた変な時間に飛ばされたくないから、大回りで行こうかな。よし、急ごう」


「はぁ、目が覚めたら自分の部屋のベッドってオチになっててほしいなぁ。できれば夢であってほしい」


「……少し、黙ってるね」


 ――無言で歩き続ける未来。表情は暗く、気力が損なわれているのがうかがえる。


 ――コメント欄にて。


『大丈夫?』『まあこんなことになればね』『戻って休んだらどう?』

『下手に動かない方が』『命賭けないで』


「……あは、珍しくコメント優しい。

 嬉しいけど、なに心配してんの? 天下のミクさんだよ? 大丈夫にきまってんじゃん。でもありがと、おかげで元気もっと出た」


「――そうこうしてるうちに着いたね。事件はまだみたい、アタシ以外に人いないし」


「ちょっと、っていうかかなり怖いけど、見張り、しますか。なんかもう、使命感みたいなのあるし。何度も言ってるけど、やりきるよ、始めたからには」


「それじゃ……みんなにも耐久、付き合ってもらおうかな」




「……さむい、つかれた、もう帰りてー。マジの耐久配信とか誰得よ、アタシがヘロヘトになるだけでしたわ」


「お前らも見てみろって。人なんてどこにもいないでしょー。気配も全然――」


『ミクさん待って』『誰か来てる』『隠れろ隠れろ』


「マ? ……マジだったわ。忠告通り隠れるか」


「フードで顔隠れてて誰か分からない……しかも一人じゃない? 後ろにも誰かいるっぽい――」


「……え?」


 ――未来の手からカメラが落ち、ガシャンと音を立てひっくり返る。


 ――カメラはとらえていた。


 ――フードの人間が、後ろから来た別の人間に殺されるさまを。

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