その後

 ある日の昼休み。

 友達のナギ、華奈と一緒に、弁当をつっつきながら予習復習に勤しんでいた。


「授業でも言ってたけど、ここはこう読み解く感じで――」

「ふんふん。つまりこの文はこっちの部分と絡んでくるのね」

「そう! 華奈さんすごい。国語得意なんだぁ」


「……ごめん。二人ともちょっとペース落としてくれない? うちが追い付けん」

「あっ、ごめん歌子さん。どのあたりからやろうか」

「さ、最初からっすね。ホント、バカでごめん」

「まーウタコ飲み込みいいし大丈夫。私も最初そうだったし」

「華奈さんもこう言ってるし、頑張ろう?」

「お、おー……」


 一緒に、とは言ったがほとんどうちが教えてもらっているんだけど。

 二人とも文句ひとつ言わず付き合ってくれている。なんでも二人とも追試経験者で、地獄追試をうちに受けさせたくないかた、とのこと。天使がおる……華奈はただのゲス。


「おい、今私のことディスったろ」

「すさまじい決めつけだな。なんも言ってないじゃん」

「華奈さん落ち着いて? 歌子さんの言う通り、何も言ってないよ」

「聞こえた気がしたんだけどなぁ……」


 こいつエスパーかよ。もう言うのやめよっと。


 苦戦一方で勉強に挑んでいるとそこに。


「ちわーっす! アタシはだぁれ?」

「うちより酷いバカ」

「天才ミクさんじゃん!? バカってなんだよ!」


 弁当片手にひょっこりとミクが顔を出してきた。おふざけまじりにムッとしながら「隣座るねー」と許可をもらう前に椅子を引っ張ってきた。


「おまっ、狭いって。見りゃ分かんだろ、これでも勉強中だっての」

「ベンキョーなんてやめやめ。お昼休憩は休むためにある。ノート閉じて食って喋ろうよー」

「あ、あはは……」

「ちょっと未来ぅ、ナギちゃん困ってるじゃん」

「でも休むのは大事ぞ。ね、ほらほらー」


 うむを言わさずミクはノートを片っ端から閉じさせ、ふたをするように満面の笑みを浮かべた。騙されんぞ。

 最初はうーんとうちらは首をかしげていたが、その内空腹に屈し、ミクの言う通り昼食に集中することにした。


 しばらく適当な話題で盛り上がっていると、なにか思い出したように「そういえばなんだけど」とナギが切り出した。


「この間のお休み、歌子さんと椋井さん、結局何してたの?」


 その問いに、見事に同じタイミングでガッチリ固まるうちとミク。コントなことってマジであるんだな。

 じゃなくて、なんて話せばいいんだ?


「エッ。何ってそのー……」

「ただのお泊り会だよ? はっちゃけすぎて人に言えないくらいアホなことしちゃって、あんまり話せないんだよねぇ……(ちらっ)」

「――つーわけなんだよ。ほら、あるじゃん、人に言いたくないくらい恥ずかしいようなこと」

「えー二人なにしてたの? ――ははぁん。もしかして《――自主規制――》?」

「……? その《――自主規制――》って?」

「おいバカそんなこと口にすんな! 華奈もそのっ……なんで言った!?」

「何をどう考えたらそうなんの!? カナカナイカレた!?」

「いやだってさ、泊りで人に言えない恥ずかしいことっつったらもう――」

「分かったっ、分かったから言うな! でも違うからな? ナギ、違うからな!?」


 二人顔真っ赤で否定に否定を重ね、規制モノの行為はしていないことを必死に伝えた。楽しい休憩タイムが、いつの間にか謝罪会見に。華奈の頭の中どうなってんの全く……ナギ、色々すまん。許して。




 ――あの日あったことは、うちとミクの間でナイショにしよう、ということになった。


 誰かに話したところで信じてもらえるか。鼻で笑われるだけなのでは。

 打ち明け損にならないようにするため、誰にも話さないようにとした。


 証拠の映像はまだミクの家のパソコンに残っている。例の家から脱出した翌日、改めて確認して鳥肌立ちまくったのを憶えている。


 しかしこの現代においては、うちらが遭った悪夢は素晴らしい編集によってでっちあげることが可能だ。仮に投稿したとしても、とても信じてもらえるとは思わない。


 慣れるまで見返し、最終的に「これはお蔵入り」と決め、USBメモリに封じ込めてミクに管理してもらうことになった。


『不本意だけど、二人の秘密ってことで。絶対喋るなよ』

『分かってる。再生数に貪欲だけど、分別はついてる。これは……見世物じゃないよ』


 あの日あの夜のことは、誰が悪いわけじゃない。いわば地震や台風被害に遭うようなもの。予想なんてできなかったこと。

 だからお互いに責めることはしないとも決めた。じゃなきゃ一生謝罪合戦をすることになる。そんなのはゴメンだ、普通に友達でいたいし。


 ――そんなこんなで、忘れることにしたのだ。




「とにかく大変だったんだね。お疲れ様」


 うちらの苦労を察しつつ、優しい微笑みをプレゼントしてくれるナギ。穴あきの心に染みわたるようだ……。


「……くっ、やはりナギは天使か。無条件にねぎらってくれるなんて」

「ナギちゃんさまさまー。拝んどこ」

「そ、そんなんじゃないって……! あっ。だったら、よかったらでいいんだけど、今度のお休みに行きたいところあるんだ。その、一人だと行きにくくて」

「もちろん付き合うよ。この間はうちがすっぽかしちゃったからな、お詫び」

「私も一緒にいい?」

「いいんじゃね? 華奈も一緒かー、面白そうだ」

「アタシは配信あるからパース」

「ハクジョーもんがよぉ」


 ひとまず、うちの次の休日の予定は決まった。ナギと出かけるのはいつ振りだろう。というか初めてでは。

 となると一大イベントってことになるのかな。気合入れないと。


「今のうちに予定決めちゃおう。忘れない内にやるのは大事だし」

「そう? 歌子さんがそう言うなら、うん、そうしよう」

「私はいつからでもいいから。朝からオールまでオッケー」

「うちも右に同じ」

「そっ、そこまではつき合わせないから……!」


 嬉しさ余って戸惑うナギを鑑賞しながら、おかずを口に運ぶ。いつもの弁当の何十倍もおいしく感じた。


「――それ、私のおかず」

「……ナギごめん」


 そりゃおいしいわけで……ごちそうさまです。






「じゃあ、うちはここで。ナギ、また明日」

「うん、また明日。気をつけて帰ってね、歌子さん」


 太陽が濃いオレンジ色に染まってきた頃。

 学校も無事終わり、V字路でナギと別れて歩き出した。


 最近は本当に学校が楽しい。前までは不良かぶれの連中とつるむだけの時間だったけど、ナギという最高の友達と出会えたおかげで嫌なことも頑張れる。突然改心した華奈やミクもいるし、楽しいことには事欠かさない。


 今思えば、色んなトラブルも楽しい思い出に数えていい気がする。いつぞやの公園のナギとか……幽霊屋敷とかも。いや例の家を思い出にするにはまだ早いか。



 ――まだ、あの家でやるべきことは残っているから。



 うちが向かうは、長い夜を過ごした最悪の廃屋。歩き慣れたせいか、着くまでが一瞬に感じる。

 そうこうしているうちに、もう家の前に。


 一切躊躇することなくドアに手を掛け、中に足を踏み入れる。


 入ってすぐの廊下や階段、その他全部の風景は、あの日から変わっていない。気を抜くと魂を持って行かれそうな空気に満ちていて、夕方とはいえ、普通の家とは比べ物にならないほど影が異常に濃い。ライト無しだと深夜とそう大差ない。


 しかし、自分の足は驚くほどスムーズに、迷うことなく階段を上って二階の祭壇部屋へと向かっていく。


「……懐かしく感じるな、ここも。一週間も経ってないのにな」


 部屋に入り、ぐるりと部屋を見渡す。特に変わったところはない。せいぜい、祭壇が新しくこさえられている、ということくらい。歌子製祭壇はイイ感じに馴染んでいる。


 そのまま部屋の中央に立ち、ひとつ、深呼吸。


 そして。


「La――――――……」


 家の隅々に行き渡るよう歌声を響かせる。丁寧に、それでいて力強く、丹精に。


 あの夜、女性の霊から継承した歌。それを定期的にこの部屋で歌うようにしている。

 これが、うちがやるべきこと。理由は端的に言って――霊を抑え込むためだ。


 ――これはあくまでうちの推測。

 多分、うちらが聞いた歌は、ここにいた霊たちを封じる、あるいは抑えるものだったんだと思う。だから祭壇を壊して歌が止まった後、デカブツその他の霊が暴れる事態になった。


 祭壇を新たに作り、歌う霊の復活はできた。でも素人作成ゆえに完全ではなかった。

 だからうちに憑依……あるいは融合(?)することで歌を継承し、今に至る――というわけだ。


 実際、ここに通うようになってからは騒音は収まってきているらしい。効果はちゃんとあるようでよかった。


 ……なんでうちが。と思わなくもない。

 しかし、歌を止めてしまったのはうちだ。そんで継いだのもうち。


 責任はとらなければならない。この家の霊たちが安全なものになるまで、こうしてここで、歌い続ける。


「La――…………はぁ、今日はここまで。これよく考えたら、聞かれたら恥ずか死ぬ案件だ。ナギにもミクにも知られるわけにいかん」


 歌い終わったあとは、うちの心も家の中も、すっきりとする感じがする。邪悪なものが洗い流されたような……ってまんまか。でもその通りなんだよなぁ。


 祭壇の器やろうそくのズレに気付き、ささっと位置を直しうむと頷く。

 家を出る際に各部屋を見回っておく。異常らしいものはなく、いつぞやのように霊が大乱闘していない。あの惨状を知っているだけにとても安心する。


 外に出ると、陽はほとんど沈んでいて、空には星がちらほらまたたいている。夕方と夜のはざまの時間。ほおを撫でる風が冷たい。


 帰る前には必ず家を眺めるようにしている。どこかでバカが暴れていないかチェックするためだ。外からでも感覚で分かるし。いつもやるけど、いつも戻ることはない。鎮圧は完璧だからね。


 ――うちはいつまで、ここに通わなければならないのか。


 きっと、ここの霊たち、女性の霊が満足するまでだろう。歌っていた彼女が残っているかは知らんけど。それでもやらなければならない。それがうちの責任、そして使命だ。


 この命尽きるまで、あるいは、この家に安らぎが訪れるその時まで。


「廃憶の鎮魂歌を捧げよう……なんつってね」


 そのまま振り返り、どこからともなく聞こえる歌声を背中に受けながら。


 遠い遠い、自分の家へと足を向けた。




【一過性怪異奇譚 ”廃憶の鎮魂歌”】 了

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