「…………んっ。はぁ」


 目が、覚めた。まず見えたのはボロさ満点の天井だった。実はこれで三回目の目覚めで、この天井も見飽きてきたところだ。


 少し顔を動かして窓を見ると、まだ暗い。かなり寝ているのに、夜が明ける気配がない。


 気だるさに苛まれながら体を起こし、隣に手を伸ばす。でもその先には誰もいなかった。


「あれ……未来?」


 ぼんやりした思考の中、相方の名を呼ぶと。


「――あーい。ミクさんはこっちー」


 どこか遠いところで声がした気がした。


 声のした方向に顔を向けると、パソコンにべったりと張り付いているミクがいた。


「なに、してんの?」

「寝飽きて眼が冴えちゃったから監視。ホントはもっと歌子と添い寝してたかったけどねぇ、歌子の寝言っつーか寝歌うるさくって」

「知らん、眠ってた時のことなんて。ミクなんてきらいー」

「寝起きでキレがないぞー。っと、やっぱ気になる?」


 めっちゃテキトーに会話しながらミクのそばまでズルズル這いずる。……寝歌ってなんだよ意味わかんね。

 しれっと肩に頭を置いて、一緒に画面を見ることに。というか勝手に見てるだけだけど。


「うーん急に肩が重くー。憑かれた?」

「笑えないぞ。つか、本当に映ってる。どんだけいるのさ」

「さぁね。さっきからこんなもんよ」


 四つのカメラの映像を同時に映しているが、そのどれも最悪の光景が広がっていた。


 霊が縦横無尽に歩き回っていて、時折止まったかと思うと同士討ち……もとい同士喰いを始めたり、身体がバラバラになって再生したりを繰り返しだす。いやぁ地獄絵図。


 その上、うちらがいる部屋の前の廊下に巨大な化け物がずーっと待機している。侵入するようなそぶりは全くなく、単に出ないように監視しているような感じ。こっちとおんなじことしてやがる。


「まじでずっとこんななのか。どうしよう……」

「正直どうにもならん。デカブツに塞がれてるせいでここすら出られんし」

「例の部屋は?」

「変化ナシ。ただ……」

「ただ、なに?」


 ミクは画面から目を離し、うちの膝の上に猫みたく乗りながら考え込んだ。


「少し変なのよ。画面見りゃ分かると思うけど、どこもかしこもやべーのばっかよ」

「そうだね、終わってんね」

「でもさ、祭壇があった部屋にはね、一体たりともいないのよ」

「んー? ……ホントだ。どこにもいない」


 言われるがまま確認するが、言葉通りだった。うちらが荒らした以外に何かがいた痕跡などはないし、霊たちがいる様子もない。


 カメラを切り替えてその部屋の前の廊下も見る。そっちには霊が結構な数いた。しかし部屋には近付こうともしない。


「なんでだろう、不思議すぎ」

「あの女の人、よっぽど強い霊なのかもね。あそこが縄張りになってんじゃない? だから入らないのかも」

「……! じゃ、じゃあさ、もう一つ妙な事、ない?」

「妙って何、が――嗚呼、はいはい」


 例の部屋はまだ分かる。ミクの推測の通りかもしれないのだから。霊にも強い弱いがいるのなら、強いやつには近寄らないかもしれないし。


 そうなると、どうしても無視できない問題が出現するのだ。

 とっても簡単な、すぐに分かるようなこと。


「『どうしてうちらの部屋には入ってこないのか』。これにつきる」

「考えてみたら確かにそうじゃん。デカブツの違和感それだ、なんでじっとしてるのかマジ気になってたの」

「この部屋も、あの部屋みたくなってる、とか? もしかして、すっげーヤバイのいる?」

「それはないでしょ。入った時にいちおーチェックしたじゃんよ、怪しいものないって」


 そうだったっけ、と遠い遠い昼のことを思い出す。


 機材のセッティングの疲れ、祭壇見つけた時の衝撃でそれ以外忘れかけていたが、確かにそうだった気がする。もし何かあれば部屋は変えてただろうし、宿泊部屋に決めたということはそういうことなんだろう。


 ただ、何もないのなら侵入してきてもいいはず。

 部屋中を改めて見回すが、どこにも霊らしきものはいない。霊がいると室温が下がるというがそんなこともなく、気配もこれっぽっちだってない。部屋の四隅にお札が……なんてこともない。


「ないなぁ、なんにも。おっかしいの――でも、心当たりはあるよね」

「あるかぁ? ……あるわ。つまりさ――」

「「あの女の人?」」


 見事に一字一句違わずハモるうちら。顔を見合わせ、ドヤを共有した。


 原因があるとするならそれしかない。

 女の人が歌っていた、あの歌が鍵なのかもしれない。歌詞とリズムはさっぱりだけど。

 それか壊しちゃった祭壇か。祭壇はあの人を悪しきものとして封じていたものじゃなかったのかも、しれないな。


「……歌子、元に戻ってきた?」

「ああ? なに?」

「寝る前の心ボロボロ歌子よりは安心するってハナシ。傷心して甘えてきてるって感じで悪くなかったけど」

「お前マジで憶えてろよ、いや忘れろ、うちはそういうキャラじゃない。――でもまあ、ミクがいるおかげで、復帰は早かった……と思うよ」

「ふふーん、でしょー。帰ったら夜櫻庵の団子おごって」

「クッソたけぇのねだるじゃん。そいつはさておき、実際どうする?」


 どうするの一言にすぐ答えは出ず、ミクのうなりにハモらせるようにうーんとうなる。


 考えろ。この事態を引き起こしたのはうちだ。ならうちがどうにかするべき、じゃないか? さあ、ない頭フル回転させる時間だ。


 まずは可能性の模索。歌について調べよう。

 記憶を辿り、歌が聞こえていた時まで映像を巻き戻し耳をすませる。けど聞こえてくるのは掠れた声、歌詞までは聞き取れない。


「マイクは問題ないから、単に聞こえにくいだけか」

「でも曲調くらいは分かってきたね。ゆったりとしてて不思議な感じする……なんだっけ、えっと……かごめかごめとか、とおりゃんせみたいな」

「童謡っぽいってことでしょ。言われてみれば確かにね。歌詞わかんねーけど、リズムだけでどうにかするしかないか……」


 歌は一旦置いといて。次は祭壇について。

 最初に見た時や映像で確認する限り、儀式感が強いものと思う。今更だけど、封じ込めてる感じじゃなくて、祀ってるかのような。本当にそうならマジでやらかしてるわ。


 ……形だけでも戻せはしないか。

 元には絶対戻らない、やりすぎレベルで破壊してしまったから。でも手持ちのモノで簡易的な祭壇くらいならこしらえられる……かもしれない。


 幸い、この部屋の押し入れにはそれっぽい道具が結構ある。読めない呪文らしきものが彫られた台座とか、そこそこ溶けてる変な色のろうそくとか。……そうと決まれば。


 思いついたら即行動。とりあえずらしいものを引っ張り出し、手近にあった袋にひたすら詰めていく。


 その最中、背後からミクが「ねぇねぇ」と話しかけてきた。いつもの雑談……と思ったが、そうじゃなかった。


「ミクさん考えたんだけど、いっそここで永遠に怪奇配信する? 面白――ちょっと歌子、何やってんの」

「祭壇の再現する。素人制作じゃ効果ないかもだけど、ほら見てよこれ、ホンモノっぽいじゃん」

「かもね。え、なに、そこまでする?」

「何回言わせんの。幽霊の大暴走起きちゃったの、うちのせいじゃん。落とし前はつけないと」


 こちらはいたって真面目。というか責任しか感じてない。だからこそ動こうとしている。


 というのにミクの方はのんびりと構えている。

 ……いや少し違う、全てを捨てた顔だ。表情に生気がなく、どこを見てるのか分からない目だ。

 この数分で、何もかも諦めたってのか。


「あのさぁ、連れてきたアタシがいうのもアレだけどさ、諦める方がいいって。無理だよ。人はいつか死ぬ、しばらくしたらアタシらも死ぬ。それまでのんびりしてようよ」

「……未来、それ本気で言ってる?」

「そうだけど。あっ、せっかくだし、歌子とアタシで百合営業ってやつを――」


 ――……パン。


 気がついたら、未来のほおを叩いてた。でも悪いとは思わない。

 こんな様子の未来はミクじゃない。ただのふぬけだ。


「なに一人でふて腐れてんの。許さんぞ、諦めたら一生恨むぞ。しっかりしろよ底辺配信者。正気でここ出て動画残せよ。それとミクと百合営業はしたくない、やりたきゃ他あたれこのバカ」


 正面から、目を合わせながら、彼女に伝わるように。


 今この瞬間に思いついた言葉をかたっぱしからミクにぶつける。

 この際どう思われたっていい、信頼できる相棒が腐ってるのを見てるだけ、ってのは性に合わないから。


 ミクは目を丸くし、少しずつ、表情が戻っていく。目にも光が宿り、上っ面だけはいつもの調子に。

 早く何か言い返してみろ、と肩をぐっと掴んでみた。すると。


「う、むむ……」

(手ごたえはある。もうちょっと何か言ってみるか?)

「――誰が底辺じゃいっ! ばちくそ登録者いるっつーの! それとアタシはNGってなにさ! バカってなにさ! バカなのは歌子だってのバーカバーカ!」

「へへ……そこまで言えりゃ本調子じゃん。おい、出る気になったか?」

「ったりめぇよ! 登録者爆ブーストしてさっきの言葉全撤回させてやるから! 脱出? 祭壇作成? なんだって手伝ってやんよ!」


 テキトー言ったおかげでやる気を取り戻せた。うん、チョロイって楽。本人に言ったらキレられるな、黙っておこう。


「で、予備パーツもどきで祭壇また作るってわけね。いいんじゃない? やるだけやろうじゃん」

「よかった賛成してくれて。じゃあ早速――」

「いやお忘れ? 部屋の前にデカブツいるけど」

「…………あ」


 ミクが指さすは恒例のパソコン画面。相も変わらず、部屋前廊下には『アレ』が待機している。なんなんだこいつは。ただのストーカーじゃん。


 このデカブツを回避しなければ祭壇部屋までは行けず、しかし部屋前で待ち構えている以上回避不可能。


「……これ詰み?」

「なんだけど、今回はそうじゃないんだよなぁ」

「というと」

「なんと奇跡的に、ミクさんの持ち物に解答があるんですよ。ハッハー、海外ドラマは見ておくもんだぜ。効果のほどは保証せんがな」

「今喋ってるお前は誰。まあいいけど、何?」


 ふふーんと殴りたくなるようなドヤ顔を見せつけながら、ミクはバッグから『あるもの』を取り出してうちの手に握らせてきた。


 手のひらにあるもの、それはとても見覚えのある、おそらくどこの家にもあるであろうもの……正気か疑ってしまう。


「こいつでヤツは一発だ。直撃させて走り抜けてこい、少女よ」

「お、おう。不安しかないけど、信じる」


 使えるものはなんでも使う精神。それがふざけたものであっても。


 うちは覚悟を決め、ミクと固い握手を交わした。




「――じゃ、あとはプラン通りに」

「タイミング合わせてくれよ。じゃなきゃうちが死ぬ」


 道具一式を詰めたバッグと、秘密兵器を手に、入念に計画を確認する。

 プランはこう。ドアを開けると同時に『あるもの』を使い、デカブツその他諸々の霊がひるんでいる間に例の部屋まで行って祭壇を作り直す。シンプルな強行突破だ。


 これでダメなら本当に終わり。でもやるしかないんだ。


「そんじゃ……頼んだよ、歌子」

「ミクも、防衛よろしくな」

「よし開けるよ。三、二……一!」


 ミクの開扉に合わせ、二人同時に秘密兵器をぶちまける。


「「塩でもくらえぇー!」」


 小瓶からぶちまけられるは何の変哲もない塩。


 塩には不浄を清める効果があるという。盛り塩で霊を遠ざる用途にも使われるなど、幽霊系への特攻持ち。直接ぶつけてもいいはず……!

 して、効果のほどは?


 ――ォォォォ! ァァァァッ……!


「うっし、効いてる! 今のうちに、行ってきます!」

「気ぃつけて、帰り待ってっから。世界は任せた!」


 エールをしっかり受け取って、ぐっと拳を握りながら部屋を飛び出した。


 もがき苦しむデカブツの隣を抜け、廊下や階段にはびこる霊にも適時塩をまきながら全力で走る。道中でも威力を発揮し、祭壇部屋へと導いてくれた。


 余裕……というほどでもなく、三六〇度から急に出てくる霊にたびたび悲鳴をあげながらどうにか二階最奥の部屋に到着。深呼吸して自分を落ち着かせ、バッグの中身が無事なのを確かめて次の行動へ。


「幽霊共はやっぱり入ってこないな。なんかの間違いで侵入しないうちに……」


 映像で、もしくは直でみた完成品を思い出しながら、予備パーツをくみ上げる。


 手足が生えた壁のところに台座を置き、布を敷いて六芒星を蝋で描く。

 模様の上に、これまた押し入れで見つけた『器』を置き、小袋に入っていた薬草っぽいものを入れ、火のついたマッチを放り込んだ。呪術系の祭壇でたまにこういうの見るよね。


 ひとまず台は完成。その周りに蝋燭を立て、囲うようにボロい麻縄を張っていく。


「こんなもんか。見てくれだけはいっちょまえだな」


 ひとまず設置は完了。……しかし、ここからどうしたらいいのか。

 いなくなったであろう霊を呼び戻す方法など知るはずがない。うちは専門家ではないのだから。


 ……だったら、できることは、これしかない。ミクには教えなかった、うちの最終プランだ。


 部屋のカメラに視線を送り、ゴメンの意を込めて小さく頷く。見てくれてるといいけど。


「すー……はー……っし、やるか。うまくいくことを祈って」


 両手を胸の前で組み、しっかり呼吸を整えて。


「……――……――――、……、……――……――」


 忌んでいた、聞かないようにしていたあの歌を、自分の口で再現する。

 この期におよんで歌詞は分からない。だからせめて、リズムだけでも。キーだけでも。


 耳に残る、自分たちを苛んだワンフレーズを、何度も何度も繰り返す。


 ――そして変化はすぐに訪れた。


(……なんだろ、足元が。もしかして、部屋が揺れてる?)


 歌いながら周囲の様子をうかがう。

 少しだけど床が、壁が音を立てている。祭壇もカタカタ鳴っている。


 小さかった揺れはだんだんと大きくなり、踏ん張っていないと立っていられないほどに。

 それでも構わず続けていると、変化もより大きなものに。


 ――ァァァァ! ガァァァァ!

 ――ドンッ! ガシャーン!


 家のあちこちから、耳をつんざく叫声と凄まじい騒音が響きだす。負けじと歌の音量を上げると、それらも一層酷くなる。しまいには自分の歌声が聞こえなくなるほど。


(効果アリ、ってことか? ならこのまま続けて――さむっ!)


 さらにボリュームを上げてやろう。とした瞬間、急に部屋内の温度が下がった。吐いた息が白くなったところから、相当寒くなったのが分かる。さっきまでは普通だったのに。


 不安が心に満ちてきた。その時だった。


 うちの目の前に、音もなくスッと、あの女の霊が現れた。突然のことで息を呑み、思わず歌を止めてしまう。同時に騒音がなりを潜めた。


「な、なに? 今更なんだっていうの。まさか止めに来たの?」


 なぜか強気に問う自分。……強気、ではない。ただの虚勢だ。

 ここにいる時点で、祟り殺されるつもりでいる。この際どうなったっていい。一瞬でも凌げれば、せめてミクを逃がせれば、と。


 だがうちの決意とは裏腹に、霊はこう言った――というか話せたらしい――。


「歌う ? その先を


 まだ続けるなら手を貸す


 意志 を 継ぐのなら」


 祭壇を壊した時の、ぼんやりとした感じではない、はっきりとした言葉だった。


 手を貸す? 意志を継ぐ? 一体うちにどうしろというのか。

 いいや、考えてる場合じゃない。ミクに内緒にした時から決めていたことだ。


 たとえ我が身を犠牲にしてでも。


「こうなったのはうちのせいだ。もちろん、やるさ。逃げるつもりは、毛頭ないし」


 そう返すと、女性はうつむいた顔をあげた。

 最初は影しかなく不気味な様相だったが、答えを聞き届けて納得、あるいは満足したのか表情を見せてくれた。幽霊というには綺麗すぎる、どこにでもいる普通の女性の顔をしていた。


「これで ようやく いける


 代償はお前自身だ


 ありがとう さようなら」


 最後に笑みを浮かべると、そのまま歩み寄ってきて。


 ――私の中に入ってきた。


「……っ! あ、あぁ――……」


 頭の中に音が響く。楽器の音、炸裂音、騒音。響いて、叩いて、揺らしてくる。


 天に昇るイメージが脳裏を駆け巡る。どこか遠くへ行くことを、心のどこかで強く願い始めた。

 次第に願いは消え、意識は暗黒に落ち、どんよりとしたモノに抱かれる感覚に陥る。


 このまま落ちるだけか。そのまま消えそうになった時、闇の中に光が差した。

 光に向かって手を伸ばす。すると光から、澄んだ音色が聞こえてきた。それらは手の中におさまって――


「La――――――――」


 いつからか、歌いだしていた。


 知らないはずの歌詞を、知らないはずのメロディに乗せて。

 まるで、最初から分かっていたように。何年、何十年と歌っていたかのように。


 歌は家に響き渡り、霊たちに再び苦痛を与える。

 苦悶の声はすぐに掻き消え、騒いでいた家は静寂を取り戻す。


 家中にあった気配たちが寂しく感じるようになるくらい、静かになった。ざわめいていた心も、止水のように穏やかだ。


「――……ハァ。これで、終わりかな」


 一息ついて。さあ戻ろうと振り返った瞬間。ぶわっと大きな影が覆いかぶさってきた。


「歌子ー! 無事? 無事!? はー生きてるー!」

「わぶっ。……なんだミクか。うん、うちは大丈夫だから一旦離れよ? な? 痛いねんぶっ叩くぞ、ええんか?」

「痛いのは嫌なので離れますすんませんでした」


 すぐさま平謝りしながら離れるミク。こいつは平常運転か、安心するなぁ。


 ミクにも一息つかせ落ち着かせた後、うちがいない間のことを聞かせてくれた。


「いやさぁマジやばかったの。カメラ越しでも鳥肌ブワーよ。リアルタイムで監視してたんだけど、どこもかしこも霊たち大暴走でさ、しかも叫び散らかすからうるさいのなんの。あのデカブツも廊下で暴れてて死ぬかと思ったわ」


 うちがいない間そんなだったんだ。歌に集中して様子見にいかなくてよかった。


 その時聞こえていた音から惨状を想像していると、「アッ、思い出した」とミクがうちの肩を掴んできた。


「歌子さ、祭壇作った後にカメラ見たじゃん? あのあとから幽霊大暴走したのよ。なんか関係あるんじゃない? って思ったの。そこんとこどう?」

「……別に何も」

「え、その一瞬の沈黙は何? なんか隠してない? 言ってみ、ミクさんに言ってみ?」

「なーいしょ。多分怒るし」


 食い下がってくるミクをあしらいながら、手を取って一階に戻る。出る寸前に祭壇に振り向き、「おつかれさま」の意味を込めて軽く頭を下げた。




 部屋に戻り、いまだ続くミクの追求をかわしながら片付けをする。大体はミクの機材で、あとは使った食器類とか。


 ひと段落ついてふと窓を見やる。するとこれまでにない、一番嬉しい変化が起きていた。


「――ミク、見て」

「なにをー……おお、なるほどね」

「うん、完全に終わったね。やっとかぁ」


 窓から見えたのは夜闇ではなく、顔を出した太陽。まだ目覚めたばかりの、白っぽいオレンジ色の光がうちらの顔を照らす。


 永遠に思えた夜が、ついに明けた。


「長い夜だったね。あっそうだ、時計は戻った?」

「今確かめる。――アタシのパソコンとスマホは四時と三十二分。歌子は?」

「こっちも四時三十二分。戻ったね。時間が揃うだけでも感動しちゃうね」


 残っている身支度を放り投げ、二人して窓際に座り、日の出を眺める。


 達成感、とはまた違う感情が湧いてきた。なんというか、生きていることへの安堵とか、夜が明けて陽が昇る、そんな当たり前のことへの感謝というか。


 ぼんやりと眺めていると、いつのまにかミクと手が重なっていた。


「……どういうつもり」

「どうもしない。……ウソ。ちゃんといるか心配になって」

「いるじゃん、ここに。手ぇ握る?」

「――いい。このままで。もうちょっとこのままでいい?」

「好きにしたら。念のため言っておくけどこれ録画してたら殺すぞ」

「……はい、あとで消します。でも安心したいのは本音なのでなにとぞ」


 そうして、太陽がそれなりに昇ってくるまでゆったりと時間を過ごした。正直、悪くはなかった。ナギと一緒だったら最高だったんだけど、それは言わなくていい。




 荷物を持って、廃墟を出る。改めて外から見ると、ずいぶん寂しいものに思える。幽霊のたまり場になるのも、少しうなずける。


「んじゃま、さっさと撤退しよ。ミクさんはこりました」

「こんなのに二度と誘うなよ。やるならちゃんとリサーチしてから」

「文字通り心に刻むことにします。アタシ、帰ったら死ぬほど寝るんだ」

「そのまま眠ってろバーカ」


 普段通りに軽口叩き合いながら、ここからほど近いミクの家に足を向ける。今日が休校日も休日で本当に良かった。生活リズムぐだぐだでも許されるし、寝る場所をはしごしても怒られないし。


「……」


 去り際、もう一度家を眺める。もっと言うと、祭壇の部屋を。


 結局、あの女性の霊はなんだったのか。

 うちらにとって良いものだったのか悪いものだったのか。

 あの家の中で、どういう存在だったのか。あとはあのデカブツの正体とかも。


 ……終わったことだ、あいつらのことはもう知らない。


 それよりも、今この瞬間にも、うちは不思議な感覚を覚えていた。


 ――またここに来なければならない。そんな気がしてならない。


「終わったって、信じたいんだけどな」


 しかしそれ以上考えることはやめることにした。否せざるを得ない。うちの中の何かが、思考をさまたげてくるから。


 ならすることは一つ。そもそも一つしかないんだけど。


「さ、帰ろ……ふあぁ……うちもミクん家でまた寝るかぁ」


 疲れの一番の薬は、睡眠だしね。

 こうして残りの休日は全て、寝る時間にあてられたのだった。

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