『コンクリート・セイレーン』

「歌子歌子! ねぇ知ってる?」

「知らなーい。つうかミクも勉強したら? 赤点はまずいって」

「もー! ちょっとくらいイイじゃん!」

「はいはい分かった。話しぃ」


 この文言から始まる話は、たいていクソみたいな話かつまらない話。そんでもって次に付く言葉は『知り合いから聞いた』。


「別の学校の友達から聞いたんだけど――」


 ほら見ろ。


「駅の近くにさ、ボロッボロの家あるじゃん? 十年以上前から空き家になってるんだって」


 こういう話の対処は、欲しがってそうな合いの手をうってあげること。あと一応最後まで聞いてあげること。相手を満足させてあげるのが一番だからね。


 この場合は多分……これだ。


「へー。なんで壊されないの?」

「ふふん、それはね――」


 おっ、正解。ギャルゲーと乙女ゲーはやっておくもんだね。


「家の奥から『歌』が聞こえるからだって。聞いちゃうと急に病気になったり事故に遭ったりするようになる、呪いの歌なんだって」

「中に誰かいたんじゃない? あと録音してたやつ流してたとかさ」

「それがね、その子が肝試しで入ってったらしいんだけど、どこにも人はいなかったし、スマホとかスピーカーみたいなのはなかったって。そのあと本当に歌が聞こえてビビったって言ってた」


 これを話している彼女の表情は、心底怖がっているようなものだった。多分体験した友達ちゃんも同じ顔をしていたんだろうな。


 うちはこの手の話は信じないタイプだ。面白いなぁと聞けるけど、それとこれとは別。

 自分で体験したわけじゃないし、そもそもオカルトは信じていない。幽霊なんているわけがないんだから。


 ――閑話休題。せっかくだから掘り下げてみよう。


「マジっぽいのがタチ悪いね。……その家って、なんか事件とかあったりするの? よくあるじゃん、そーゆーの」

「ある、って言ってた。歌手志望の女の人が住んでたらしいの。でも彼女を恨んでる人に殺されちゃって、家の壁か床下に、コンクリートで固めて埋められたんだって」


 シンプルに嫌な話だな。――あ、なるほど。


「それさ、前に特集やってたよね。コンクリで埋めてたって事件。壁に埋めてたってハナシだった。……うわ、マジなやつじゃん」

「その幽霊ってウワサ。もーホント怖い。つーかキモイ、陰湿すぎて」

「ちょっと分かる。頭おかしいよね、人がやることじゃねーよ」


 実話を元にしてるんならいくらでもやりようがある、ってか。結局タチ悪いのは同じか。ただの本当にあった怖い話じゃん。


 そのまま残りは聞き流そうかと思った矢先、彼女はとんでもないことを言い出した。


「ねぇ……今度の休みさ、試しに行ってみない?」


 あまりにバカな提案に、思わずこう言い返した。


「ファンデで顔色隠してから言いなよ。ホラー苦手なくせに」


 ……っし、キマッた。


「……ねぇ歌子」

「なんだ?」

「ドヤってるとこ悪いけど、そこまでカッコよくないからねー」

「……うっせバーカ!」




【一過性怪異奇譚 コンクリート・セイレーン】




「――いやマジか。本当に来ちゃったよ」


 結局友達に押し切られる形で、三連休を利用してなんともバカな過ごし方をすることになった。


 それがこれである。


「あのさ、ここで一晩過ごすって本気で言ってんの? 考えなおそ?」

「やる! やるったらやる!」

「ホラー苦手なくせにぃ……」


 話してるだけで怖がってたその子は何をトチ狂ったのか、「その家で寝泊まりしよ!」とか言い出した。最初は冗談かと思ったけど超本気で、こうして集まるに至った。


「苦手でもね、やらなきゃいけないことってあると思うの」

「ねーって、そんなもん」

「いやでもー、動画のネタになるしー」

「配信だっけ。まだやってんのか。……てことはその荷物」

「大当たりー」


 そういって地面のでっかいバッグを持ち上げてみせた。中身はカメラとかそういうのなんだろうな。


「カメラは当然として、マイクとパソコン! 他にもたくさん大事なものがあるよ。お菓子と自炊用の食材と、あと調味料! 調味料は大事! あ、鍋とコンロももちろんあるよ」

「なんで? なんで調味料協調した?」

「塩コショウは最強じゃん?」

「いや知らんわ……」


 この何も考えてなさそうな友達――椋井むくい未来は御覧の通りアホの子だ。そして配信活動をしているらしい。どこでとか、どのアカウントかは教えてくれないけど。


 となるとうちはその撮影に巻き込まれたわけか。ツイてないなぁ。


「なぁ、本気でやるの? うち様子見で来ただけなんだけど」

「やるよー。管理してる人にわざわざ泊まる許可もらってきたんだから」

「さいですか。じゃあ帰る、ナギと遊びに行きたいんだよね」

「えっちょっと待ってくださいお願いします、確かに覚悟できてるけど独りは心細いっていうか動画的にリアクション多い方がいいっていうか」

「欲に忠実かよ……」

「そのお友達と遊べる分のギャラ出すから~、おねがーい歌子サマ~」

「おまっ、引っ付くな! しかも金で釣るのかよ! だー分かったから離して! 離せつってんじゃん!」


 あまりにしつこいもんだからうっかり折れてしまった。このあとギャラについては丁重にお断りしておきました。友達から金貰うってなんか違うんだよなぁ。



 てなわけで。



「おっじゃまっしまーす!」

「マジで邪魔だろうなぁ……しつれーしまーす」

「へーい歌子、色々手伝ってー」


 速やかに荷物を廃屋に運び入れ、ミクの機材のセッティングを渋々手伝う。

 家のあちこちにカメラとマイクを仕掛け、パラノーマルアクティビティみたいな感じでモニターできるように。ここまでするか? と思って訊くと。


「この方が臨場感いいの。あと『それっぽく』できるから後々編集しやすくてー」


 だそうで。これが投稿者、ってやつなのかね。なんだっていいけど。


 それはさておき。

 カメラ設置の際に内部をしっかり観察できたのは良かった。先に何があるか理解しておく、というのは大事だから。


 十年以上廃屋とされる割には綺麗だった。管理者の人が定期的に掃除しにきているんだろう。それでもボロさは隠しきれていない、床や壁に小さい穴がちょこちょこ空いている。歩く度にキィキィなるのはちょっと心臓に悪い。


 部屋はいくつかあり、そのどれもが散らかっている。ゴミが、というわけじゃなく、何かの道具っぽいもの。棒状のものやギザギザしたもの、刃物っぽいものなどなど。それらには若干ホコリがかぶっているから、管理者でも踏み入れてない部屋なんだろう。


「――おーい歌子ー! こっち、こっち来て! ヤバイもん見つけたっ!」


 廊下の奥の方からミクの呼び声が聞こえる。最初からヤバイでしょうが、と叫びたい気持ちを抑えつつ足を向ける。


「こっちだよこっち。ねね、見て!」

「はいはい――ってうおっ、なんじゃこりゃ」


 入ったのは廊下最奥、ボロさが格段に上の部屋。ドアも内装も朽ちているかのようで、照明も壊れていて真っ暗だ。ここだけ時間の流れが違うんじゃないかってくらいに。


 そして部屋のさらに奥。ミクが興味津々で指さしている物をライトで照らしてみる。――それは、一目で異常だと分かるものだった。


「はっ……こ、これ。マジ、か?」


 人間の手足……のような彫刻っぽいものが壁から突き出していた。かなりの時間が経過しているんだろう、表面がところどころはげている。

 しかし胴体や頭部はどこにも見当たらない。まるで、固められている最中、助けを求めて手足だけを外に出したかのよう。


 もっと奇妙なのは、その周りに縄が張られ、祭壇のようなものがこさえられていること。一定間隔で小さくなったろうそくも置かれていて、何かの儀式の最中であった……とも考察できそう。


「これは特ダネだね。例の事件関係なのはこれで確実でしょ」

「特ダネってお前、さすがにふざけてる場合じゃないって。笑えないぞ」

「……笑ってないでしょ。顔面ガッチガチ」

「わ、わりぃ。でもこれはさ」

「うん。鳥肌ヤバイ」


 ここが廃屋ってのものある。部屋がめっちゃ暗いってのもある。

 でもその要素がなかったとしても、この光景は恐怖そのものだ。


 シンプルに視覚に訴えてくるものがある。人の手足でなければ……とも思うけど、そうじゃなくても多分絶対ヤバイ。ヤバイという言葉以外が出てこなくなるくらいヤバイ。


「……まだやるつもり?」

「や、やる。この部屋に近付かなきゃセっ、セーフだし。いちおーカメラは置いてくけど」

「せやな。はよ、置いて戻ろ」


 その後黙々とセッティングし、次に口を開いたのは寝泊まりする部屋に戻ってからだった。


「「やっべぇー……」」


 安堵と共に出たのは、せいぜいこの一言だけだった。




 ついに、廃屋に夜が訪れた。照明を用意してても部屋に暗闇空間ができるほど、ここは暗い。押し入れの中なんてブラックホール化してる。別世界に繋がってると言われたら無条件で信じてしまいそうだ。


 ビクついているうちに対し、ミクの方はというと。


「歌子、ちょっと横にズレてくれる? カメラに入っちゃうから。入りたいならそこにいてもいいけど」

「あ、いやどきます。動画に映るのはゴメンだから……これでいい?」

「おっけー。っし――よおみんな! しっかり見てるかー? ミクさんの――」


 ちゃっかり動画を撮り始めている。昼に例の部屋を見つけてビビリまくっていた女とは思えん切り替えだ。これが投稿者ってやつか……出だしはサムイけど。


 ただ、ミクのマイペースっぷりのおかげで多少恐怖が落ち着いてきた。とりあえず暗闇を怖がる子供状態は脱した。


「――てなわけで、探索していくぜ! ……ふぅ、一旦きゅーけー。ごめーん歌子、相手してあげられなくて」

「うっせ。謝るならムリヤリここに誘ったことを謝れ。ま、言うほど気にしてないから。動画撮ってた?」

「そそ。こっからはカメラの映像とかと合わせて作ってくカンジ。――ホント悪いとは思ってる。こんなだから信じてもらえないかもだけど」

「ミクに限ればいつものことじゃん。別にいいよ。でもナギと遊べなくなったことは根に持たせてもらうよ」

「だーかーらー、それは今度埋め合わせするから~」


 ふつふつわく不安をごまかすようにじゃれ合い始めるうちら。

 ……多分ミクもこう思ってるはず。「できれば何事もなく終わってほしい」と。


 ――当然といわんばかりに、願いは打ち砕かれてしまうのだけど。


 のんびり本を読み始めたうちと、動画編集を始めた歌子。

 完全に気が緩んでいる時だった。そこに、『アレ』がやってきて、しまった。


「――っ。ねぇ、歌子」

「イマ忙しいんだけどぉ。なにさー」

「聞こえない? なにとは、言わないけど」


 うちの一言を境に二人ともピタリと動かなくなる。物音を消し、呼吸音すらも抑えて、じ……っと耳をすませる。


 ……。


 …………。


「(……? いや、なにも聞こえないけど)」

「(そ、っか。ゴメン、うちの勘ち――)


「……――……――――、……、……――……――」


「「――ひッ」」


 はっきりと、聞こえてしまった。そろって息を呑み顔をぱっと合わせた。


 隙間風の音じゃない。すさまじくかすれてしまっている、が、明らかに誰かの声だった。喉が焼けてまともに喋れないのに無理矢理絞り出しているような、苦しみに満ち満ちた声。


「う、うう、歌子っ。ま、まじ、マジだ、マジだよこれ」

「んなこと分かってる。ミク、怖いんならこっち来ぃ。背中貸すから」

「……っ!」


 言い切るより早くミクはうちの背中に引っ付いた。ついた手から震えが伝わってくる。……だから言ったんだよ。


「仕方ないヤツ……」

「今の、アタシのことでしょ。そっちだって震えてんじゃんっ」

「しゃーねーだろ、こんなんじゃ――」


 自分を棚に上げる歌子のほおをむにーっとしてやろうと振り返った。


 その時だった。


 ――ガタッ。ガタガタッ!


 ――ガシャーン!


「ぃーー! 無理無理ムリムリ!」


 ――オォー…………。


「うぎゃー! クッソヤッベェーのおるぅー! ボスが、ボスがおるー死ぬー!」

「痛い痛いイタイ! ガッツリしがみつかないで! 落ち着けって!」


 ラップ音、というやつだろうか、加えて家全体が少し揺れる。それに低く響く音……声? が追い打ちをかけ、歌子のメンタルが崩壊寸前。うち? うちは歌子がこんななおかげで正気だよ。


 しばらくすると音は止み、家と歌子の震えも治まった。それでも緊張感が解ける気配はなく、勘と本能がまだ危険だと告げている。


「……と、止まっ、た?」

「止まった止まった。ほら、深呼吸しな。スー、ハー」

「すぅー、はぁーー……はぁ、ちょっと落ち着いた。なんだったの今の」

「分かんねーよ。確実なのは……」

「うん――」


「「この家、マジヤバイ」」


 漫才かってくらい息ぴったりだけど、実際余裕は全くない。いつの間にか繋いでいた手は汗が酷い。離そうと思ってもガッチリ固まっているせいで離せない。


 どう考えたってヤバイ状況。全部投げ捨ててでも逃げ出すべき。


 だというのにうちらの頭からは、その思考がすっぽり抜け落ちていた。考えはする、でも実行しようという気にはならない。


 どうしてか、『この家に留まり続けなければ』という考えが、頭の中で急速に成長していった。


「ミク、一晩もつ? やれそう? うちは一応大丈夫だぞ」

「……歌子いるなら頑張る。むしろ、さ」

「なに?」

「謎、解いてみたくなった。全然怖いんだけどね。正直死にそう」

「そ、そうか。まあ、やるっつーならもう何も言わんよ。手伝う」


 こうして、無茶で無謀なうちらの挑戦が始まった。廃屋に響く謎の歌を解明しよう、と。


 ――これが大きな間違いだと気付くのは、今からもっと後のこと。


 ――その頃には全てが手遅れだと知らずして。


「やるっきゃない、よな。うちらで(……ナギ、今だけでいいから、勇気貸してくれ……!)」

「歌子、絶対離れんでよ? お願いだから、アタシを一人にせんでよな……」

「もちろん。二人で、頑張ろう。夜を乗り切るぞ」

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