『寂々白烏』
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中学校は難しい。勉強だけじゃなくて、交友関係とかも。
一度スタートに失敗すると馴染むのが大変。既にできているグループに入っていくのは、控えめな性格の人間には難しい。あとで陰口言われないか気になっちゃうし。
かくいう私――緋水凪といいます――は、失敗した人間の一人。
クラス分けがされた学校初日、色んな話題で盛り上がるところに入ることができず、毎学期毎年一人でいることからスタートしている。その後も途中参加できずにいるので、二年生になった今でも友達は少ない。
小学校の頃仲良くしてた子はどこか行っちゃったし、このままずっと独りなのか。
――そう思っていた私でしたが、ある日転機が訪れました。後ろ向きだった人生が、がらりと変わるような。
――これからお話しするのは、ある雨の日から始まった、ちょっとした出来事。
私と、白い女の子のお話。
【一過性怪異奇譚 寂々白烏】
――その子と出会ったのは、ある雨の日でした。
特に代わり映えのしない学校生活。一人でいる時は勉強に集中、その分クラスメイトとの交流が減ると分かっていてもそうせざるを得ない。
どうにも人と接するのは苦手で、何もなくてもついびくついてしまう。そのせいで相手が離れてしまう。……全部自分のせいだ。
一応、いつでも話題に入れるように流行りの番組や噂を覚えるようにはしているけど……。
「ねぇ蘭、昨日のトークショー見た?」
「うん、見たよ。おすすめしてくれた芸人さん、すっごい面白かった」
「場のもたせかたっていうの? うまかったよね。ああなりたいね」
「香ちゃんならもう大丈夫だよ」
「そ、そお? 照れるな……」
「おーい華奈ー、ちょっといいー?」
「ユッキじゃん。私に何か用?」
「前にやった『カミツキ』あるじゃん。またやろうかと思ってさ、やらない?」
「ばっ、何言ってんのアンタ!? やるわけないでしょ!」
「それマジで言ってる? 前回主催者のくせに」
「話してなかったけど、あのあと良いことなかったの。二度とやらないわ」
後ろの席の子たちは某トーク番組、教室の真ん中の子たちは最近はやってる儀式の話。どれもある程度頭には入れている。
けど、途中から入るにしても盗み聞きしてたんじゃないかと言われればそれまでだし、いきなり知らない人が来たら「なにこの人」って空気を悪くしてしまいそう。
……とまあネガティブ方面に思考が飛躍しがちで、忘れようとしても頭にこびりついてしまうせいでいつも話には入れず仕舞い。知識があっても持てあましていては意味がない。
もっと勇気があればな。ちっとも持ち合わせていないものだから、ついねだってしまう。
(……帰ろう。また明日、頑張ろ)
何度言いわけしただろう。また明日、また明日と。その明日はいつ来るのだろう。
多分ずっとない。今のまんまじゃ、とても。
――この日、学校が終わってすぐ、誰とも話すことなく帰りました。新しい出会いなんて知る由もなく。
翌日は朝から大雨で、気分は最悪でした。憂鬱な朝食を終え、のそっとした動きで準備をし家を出る。なんてことない、調子が悪い日の始まり方。
雨や傘で視界が悪い中、足元に注意しながら通学路を往く。地面をけってはねた水がソックスを濡らす。……余計に気分が悪くなりそう。
今日もうまくいかないんだろうな――なんて漠然と考えながらうつむいていると、視界の端に変わったものを見つけました。
電柱の根本に掛けられたボロボロの傘。その下に見慣れないものがいた。
(なんだろう? ちょっと、覗いてみよう……んん?)
姿は間違いなくカラス。ただ全身は黒ではなく真っ白。それに――
「足……三本?」
よくよく見ると足が三本ある。見間違いじゃない、真ん中の足もちゃんと動いている。
物珍しさでじーっと見つめているとカラスもこちらに気付いたようで、カーカーと鳴き始めた。威嚇……というより、なにかを呼んでいるような。
(仲間がいるのかな? でも周りには一匹もいないし)
それにしても、雨宿りのつもりなのだろうか。雨漏りの酷い傘の下から動く気配がない。代わりを用意してあげたいけど、今は手持ちの一本しかない。
「ごめんね。何もしてあげられないの。……あ、でもこれくらいなら」
身体が冷えちゃいけないと思い、せめてもの……と小さなタオルをそっとかけてあげた。カラスは最初は突っついていたが、感触に慣れてきたのかうまい具合に自身にくるまった。
これで大丈夫。帰ったらお母さんに怒られるかもだけど。一応帰りに寄ってみて、落ちてたらすぐ回収しよう。
「元気でね。もう会えないだろうけど。バイバイ」
カラスに手を振り、本来の目的たる通学路に戻った。
曲がり角を曲がるまで見られている気がしたけれど、特に気にすることなく学校に足を向けた。
教室に無事到着。時間はまだ早く、人はあまりいない。
カバンから予備のタオルを取り出し、濡れたところを拭いて授業に備える。
しばらくすると人が増え始め、おはようの挨拶が飛び交うように。こっちに飛んでくるものは一つもない。……もう慣れた光景。
さっき見つけた不思議なカラス。これを誰かに話したい。いい話題になると思う。
あー……相手がいればの話だった。いないの分かってるのにたまに忘れるのなんだろう。
外を見るとまだ降っている。せいぜい十数分しか経っていないから当然だけど。ただ、少し強くなったような。
(あの子大丈夫かな。タオル一枚でしのいでくれてるといいけど)
今よりもっと雨足が強くなると結局冷えてしまうだろう。カラスに限らず鳥は濡れるのはダメだってどこかで見た気がする。
(心配だなぁ……)
ちらっと見かけただけのカラスなのに、どうしてここまで気になるのか。それ以外に関心が向かない、というのが理由になるかな。まあ、おひとり様ですし。
――あまりにあの子が気になりすぎて、その後の授業はほとんど上の空で珍しく怒られたのは、また別のお話である。
無事迎えた放課後。相も変わらず雨は止まない。それどころかより一層強くなっていた。こういう時に限って悪い方向に傾くんだよね、はぁ……。
急いで荷物をまとめ学校を飛び出す。目指す場所は家――ではなく、あの電柱。
息も切れ切れに目的地に到着。朝とは違い傘はどこかに飛んで行っており、あの白カラスは柱の陰にうずくまっていた。
「まだいたんだ。って、あんまり遠くに行けないしね」
刺激しないように遠目から見ていたらすぐこちらに気付いたようで、カラスがまた鳴きだした。しかし朝ほど元気はなく、弱っているのが見て取れる。
さあどうする……と考えるより早く身体は動いていた。
カラスの元に歩み寄り、そばにしゃがみ込む。急に人が寄って来たのに驚いたのか、カラスは一歩後ずさる。
「大丈夫、大丈夫だよ。悪いことしないから」
何度も言って、とりあえず微笑んでみる。認識してくれてるといいけど。
そうしてしてあげたことはとても簡単。自分の傘を差してあげる、それだけ。
傘が飛ばないよう、道の端にある金属の網に持ち手を引っかけて避難場所を作ってあげた。カラスはすぐ下に入り、なぜか中棒をつっつく。固定されているのが不思議なのか、それとも単に好奇心なのかな。
「ふ、ふふっ……ヘンなの」
思わず笑みがこぼれる。物心ついたばかりの子供のように見えてしまったから。そんな私に「笑うな」と言わんばかりにカーと鳴いて跳びはねた。うーんかわいい。白さあいまって余計にかわいい。
だがしかし。
「――やってる場合じゃない。早く帰ろう!」
一つしかない傘を貸すということは自分の分がなくなるということ。のんびり眺めている場合ではないのです。
「じゃあねカラスさん。元気でね!」
軽く手を振ってお別れ。カバンを制服の下に押し込んで一目散に走り出す。
あとできることは、あの子が無事でいられることを祈ることのみ。
少し背中が気になるけど、自分が風邪をひくわけにはいかないので一切振り返ることはなかった。
――その夜のことです。私に変化の兆しが見え始めたのは。
身体をしっかり温めて、寝る前にホットミルクを飲んで布団に入る。普通の夜の過ごし方。
なにげなく窓の外を見やる。雨足は若干程度だけど弱くなっていて、風も穏やかになっている。あの子もようやく落ち着けるだろうな。
「これで安心して寝れる……気にしすぎてるなぁ。きっともう大丈夫だよ、うん」
今度は自分に言い聞かせる。心配することはないと。そもそも野生動物、何度もこういう目に遭ってどうにかしてきているはず。つまり心配の必要自体もないということ。
ひたすら言いわけをし、しまいには何も考えないようにして床につく。最初はカラスがちらついていたけど、布団のぬくもりには勝てず、すっと眠りに落ちた。
あくる日。なんやかんやあって学校が早めに終わり、時間もあるので公園で暇をつぶしていた。といっても、年甲斐もなくブランコに腰掛けてぼーっと夕陽を眺めているだけなんだけど。
今日の宿題どうしようかなとか、晩御飯何が出るかなとかとりとめのないことをかんがえているところに。
「――こんにちは!」
「ひゃっ! え、あ、こんにちは?」
突然飛んできた挨拶。声の方向に向き直りながら挨拶を返す。
そこにいたのは、白を基調とした格好の、にっこり笑顔の小学生くらいの女の子だった。
私が驚いたのを見て最初は笑っていたが、すぐ頭を下げて手を合わせた。
「びっくりさせるつもりはなかったの。お姉さん何してるんだろーって思って」
「ううん、気にしないで。何にもしてないし、こっちが勝手に驚いただけだから……」
「一応ごめんなさいするね。ごめんなさい、お姉さん」
小さいのにしっかりしてる。いい子だなぁ。
大丈夫だよ、と返すとまた笑顔になって隣のブランコに座り、キィキィとこきだす。動きはちょっとぎこちない。
「うん、しょっ……ケッコー難しいね」
「そう、かな?」
「あたしにはまだできないみたい。もっとれんしゅーしないと」
動きが止まりがちなブランコ。それでも楽しそうにこいでいる。
この子の動きを見守っていると「そうだ!」と勢いよくブランコから飛び降り、女の子は私の前に立った。
「な、なに?」
「ねぇお姉さん、あたしと遊ぼう! やっぱりね、一緒が楽しいと思うの! ね、いいでしょ?」
ぐいっと詰め寄る女の子。キラキラした目で見てくるもんだから私は。
「う、うん。いいよ。私でよかったら」
断ることなんてできなかった。
「いいの? やったぁ! じゃあ何して遊ぶ? なんでもいいよ!」
「それじゃあ、鬼ごっことか、かくれんぼ? うーん、最近の小学生って何するんだろうな……」
「それやろう! うふふ、楽しみだなぁ――っとと、忘れてた」
私の腕を引っ張るその子はぴたっと立ち止まり、少し離れた位置に立って私を見た。
唐突な行動に首をかしげまくる私をよそに、その子は深いお辞儀をして言った。
「自己紹介だよ。あたし、やしろっていいます。八に白で八白です。よろしくお願いします!」
「あ、そういう……えっと、私は凪、です。よろしくね、八白ちゃん」
「なぎ、凪……凪お姉さんだね」
名前を何度も繰り返して言って「覚えたよ!」とまた満面の笑みを浮かべた。あまりに無垢な笑顔に、つられて私も笑顔になった。
――これが私と、白い女の子、八白ちゃんとの出会いでした。あまりに唐突で、脈絡のないもの。
しかしこれが、私を変えるきっかけとなるとは、この時は考えもしなかった。
――この後に起きる、ちょっと不思議な出来事の引き金になるとも。
「さ、あたしと遊ぼう! 凪お姉さん!」
「仕方ない……日が暮れるまでだよ」
「分かった! ほら早く早く!」
「あ、遊んであげるから……あまり腕引っ張らないで……!」
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