その後

 パパの事故から一週間が経った。


 休みをもらってずっと付き添い、ようやく目を覚ました。お医者さん曰く「こんな回復速度は奇跡としか言えない」。私のお世話があってこそと自負している。

 驚異的な回復に加えて、なんと喋れるまでに。昨日はゆっくりながらも言葉を交わしてきた。


「寝ている間どんな感じだった?」

「夢を、見ていた。海辺の家で、ロッキングチェアーに揺られて、本を読んでたよ」

「いいじゃん。気持ちよさそうで」

「ああ。実際、とても気分は良かった。ただ……」


 言葉を濁らせ目を伏し、私の手をぎゅっと握ってきた。


「本の内容がな、華奈が遠くに行く話だった。パパたちを置いて、一人で真っ白な世界に……」

「なぁに言ってんの、私はここにいるじゃん。勝手にどっかに行ったりしないよ」

「そうか。なら、見送る時は嫁入りの時だな。楽しみしているぞ」

「パパよりいい男捕まえてくるから――ん。ママ着いたみたいだから帰るね。また来るから」

「学校、ちゃんと行くんだぞ」

「明日からねー。じゃ、バイバイ」


 不器用な笑みを浮かべるパパに手を振って、私は病室をあとにした。うん、パパはもう大丈夫そう。これで一安心だ。


 帰ってる最中、車の中でママが言ってたんだけど。


「先生が、一、二週間で退院できるかもって。重体って言われた時はもう終わりって思っちゃったけど、パパすごいよね」

「何をいまさら。私たちのパパだよ? 大丈夫に決まってるじゃん」

「……そうよね。信じてあげないと。帰ってきたら一緒にいいとこのレストラン行こうか」

「ホント? やったぁ! なら今度のお見舞いにリポD持ってこ」

「それはやめておきなさい! ……ふふっ」


 とまあこんな感じで、パパは大丈夫だと確信できた。外食楽しみだなぁ。

 一旦沈黙を挟みママが「ねぇ」と切り出してきた。


「華奈、変わったわね」

「そお? どこが?」

「色々。外も、内も。パパのことがあったから?」

「……」


 少し難しい話題だ。あまり人に話すほどのことでもないから。

 外を眺めながら答えを考え、適当に、


「そろそろしっかりしないと、って思っただけ。パパも大変だったし」


 それらしく答えた。ママは若干納得がいっていないようだったけど、何度か頷いて微笑んだ。


「そう……そう、分かったわ。ならママも応援する。頑張ってね」

「言われなくても。前とは違うってのを見せてあげる」

「楽しみにしてる。じゃあ次のテストで満点持ってきてね」

「うーん……頑張ります」


 すっかり空気がほぐれて、家に着いてからも何気ない話で盛り上がっていた。ママの方も心が落ち着いたようで、以前のような明るいママに戻った。

 私も変わっていかないと。昔のままでは、いられないのだから。




 次の日は久しぶりの学校。心なしか制服が重たく感じる。

 軽い足取りで通学路を抜け、意気揚々と校門をくぐる。教室に着くまで妙に見られていたが、気にすることなく教室のドアを開けた。


「おはよー。華奈ちゃん無事戻ってきましたー」

「おっ、華奈久ぶ、り…………華奈?」

「なぁに? 変なもの見る目で」

「いやだって……恰好違いすぎじゃん」


 ユッキは目を見開き、上から下までじっくりと視線を這わせる。信じられないと言いたげに。


 私の格好は別段普通だ。髪は黒、アレンジせずストレートに。制服を着崩さずスカートも折らない、いたって普通の学生の姿をしている。みんなの私を見る目は、珍獣を初めて見る時のものだった。


「フツーにしてるだけでしょ? 変だなんて言わせないから」

「いや、華奈に限っては変じゃん。頭おかしくなったの?」

「失礼なヤツ。生まれ変わった気分で頑張ろうって決めただけ」

「パパさんのことがあったから? ……そっか。なら何も言わないよ」

「ありがと。新しい私をよろしくね」


 今まで仲良くしてたグループを突っ切って自分の席に座り、さっさと授業の準備を。そして、


「ね、ねぇ華奈――」

「七海さんちょっといい?」

「私はスルーかよ!」


 私より先にいて一限目の予習をしている、クラス一勉強ができる七海さんに声を掛けた。


「……?」

「私は夕城華奈――ってそうじゃないか。七海さんさ、すごい頭いいよね。テストも毎回ほぼ満点だし」

「……うん。まあ、それなりに」

「だ・か・ら。勉強教えてほしいなって。いい?」

「「華奈が勉強だって!?」」

「お前ら酷くないか!?」


 ガやにブーイングをガッツリ飛ばしたのち七海さんに視線を合わせ、ウィンクでお願いする。


「しばらく休んでたし、そもそも成績ヤバイからどーにか追い付きたくて……七海さんにしか頼めないの。お願い! この通り!」


 さらに合掌と子犬のような目を添えて追い打ち。これでダメなら今学期はおしまいだ。

 私の祈りが届いたのか、七海さんは頬を掻きながらノートを開いて、


「休んでたの、いつからだっけ」


 仕方ないなぁと呆れ笑いながらトントンと小突く。一週間前からと教えるとパラパラめくり当該のページを開いて見せてきた。


「じゃあ……っと、この部分から。まず写す?」

「いいの? ほんとに?」

「……早くやって。予習の途中だから」

「ありがとう! これからよろしくね、七海さん!」

「これからもたかるつもり? いいけどさ」


 私がノートを書き写している間「そこはね」と分かりやすい解説もくれた。なんだかんだ言いながら七海さんは優しい。もっと笑えばいいのに。


 周りの視線や困惑の声はあったものの、うまい具合に新しいスタートが切れて良かった。



 ――夕城華奈の身体を得た人生が。



 記憶も現代の知識もある。ぼろが出てしまった時のため旧友連中が距離を置くように誘導もできた。両親は遊んでいた『私』をよくは思っていなかったようだったから、真面目にしているだけで好感度が上がる。


 完璧な身体を手に入れられた。私にとってとても都合がいい。全部想像通りに動いてくれた。

 あとは新たな生を謳歌するだけ。霊だった頃のスーパーパワーこそ失くすことになったけど、存在する意味がなかった頃よりよっぽどいい。


(やはり生きているというのはいい。また死の恐怖を味わうことになるが、生の充実感には劣る。今度こそ極楽に行きたい……そのためにこの身体で徳を積むとしよう)


 これからは夕城華奈として生きていく。まずは喋り方を完璧にして、そのあとは現世にしっかり適応していこう。これまでので違和感は持たれていないから第一関門は突破できたといっていい。後者は……頑張ろう。


「――さん。夕城さん? 聞いてる?」


 ……っと、考え事が過ぎた。現代の勉強は何より優先しないといけない。意識を勉強に戻し、顔を上げる。


「ん? ……ああごめん、ちょっとボーっとしちゃった」

「ここ難しいところだから、ちゃんと聞いてね」

「気をつけまーす。あと、私のことは華奈でいいから。ゆーじょーさんなんて呼びにくいじゃん?」

「分かった。じゃあ華奈、集中して」

「急に厳しくなるじゃん……」


 さて、文字通り生まれ変われたので、ひとまず次のテスト平均点越えを狙って勉強を頑張ろう。教官が厳しくてちょっと心折れそうだけど。


 夕城華奈。あなたの魂に幸あらんことを。極楽に行けるといいね。

 来世では変な儀式に手を出すんじゃないぞ。



「華奈。そこ違う。あとそこも――やる気ある?」

「あるから手加減してくださいお願いします後生ですから」

「命乞いするくらいなら集中して。終わったら飴あげるから」

「はい……頑張ります……」

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