翌日。教室に行ってみると儀式に参加した連中がまだこの話題で盛り上がっていた。その内の一人は真面目に予習復習に取り組んでいる。うーわ真に受けてる、マジかー。


「お、来た来た。おっはよーカナちゃん。昨日は楽しかったねー」

「だねー。おはようみんな、随分ウケが良かったようでこっちも満足」


 滑稽なさまが見れて、とは言えないねぇ。


 ここまでハマるとは思いもしなかった。リアリティを少しでも含んでいたからか見事に引き込めた。しばらくはこれをダシに遊べるね、退屈とは無縁でいられそう。


 自分の楽しみのためなら一切の遠慮はない。もしバレてもごめんで済ませればいい。そんなものよ。


(今度はどうしてやろっかなー。別の儀式? それとも――)


 会話の合間に思考を巡らせて次の策を考える。……しかし不意に中断することになった。


「でさでさ、ちょっとカレ持ち上げたらめっちゃ優しくなって――あっ」

「……ん? うわっ、なにすんの!」


 上機嫌で調子に乗ってた子がペットボトルを手から滑り落とし、中身が私の制服にぶちまけられた。お茶ならともかくジュースだ、ベタベタして最高に気持ち悪い。さっきまでの高揚感が波のようにスッと引くのが分かった。


「サイアクっ! ねぇどうしてくれんの!? 着替えなんて持ってきてないんだけど?」

「ご、ごめん! うっかりしてて、その……予備のシャツならあるけど使う?」

「早く貸して。アンタのせいなんだからトーゼン。まったくホントもー……」


 教室内の男子が少ないからその場で着替える。サイズが違うのかちょっとキツイ。先生には適当言ってごまかすことにしよう。というかサボろうかな。


「カナちゃんホントごめんね! 今度なんかおごるからさ!」

「駅前の喫茶店の特盛パフェだから。トッピングもつけて」

「うげっ。いや、うん、しゃーない。私のせいだしね」


 この程度で済ませてあげよう。幸いシミにはならなさそうだし、洗濯すれば済むことだから。ただし一日キツキツの服を着せることになったんだから、相応の報いは与えることとする。


 にしても昨日の今日でツイてない。細かいアンラッキーだけど続くと気になってしまう。ま、こういうのは一ヶ月に一回あるかないかくらいだし、いいか。


「ねえ華奈。制服だけど、一応水洗いしてきたらどう? ジュース臭いと後々面倒になるしさ」

「んー、そうね。ナイスアイデア。じゃあ行ってくる。パフェの件絶対だからね」

「反省してます……」


 じろじろ見てくる男子をキッと睨んでから制服片手に手洗い場へ。後ろから「男子見んじゃねー!」という声が聞こえた。いいぞもっとやれやれ。


 さて、先生が来ない内にさっさと済ませてしまおう。水を強めに出してずぶ濡れにし、こすって少しずつ色味を抜く。十数秒さらせば大分マシになり、絞ればもう完了。コーヒーとかじゃなくて良かった。さすがに学校に持ってくるアホはいないだろうけど。


「ん、っしょ……っとまあこんなもんかしら。って、水出しすぎたか。ちょっと濡れちゃった」


 なんも考えずに蛇口捻ったもんだから、シャツやスカート、床にまで水が跳ねてしまっていた。被害はほとんどないし、すぐ乾くからいいか。それより制服をどう乾かしたものか。


 ――この時も考え事に意識が行き過ぎていて、他のことなんて全く頭になかった。


 若干上の空のまま踏み出したその先、ちょうど小さな水たまりができていた。運悪く足を滑らせてしまい、目の前に手洗い場が迫る。


「わ――……っ!」


 とっさに両手をついたことで直撃は回避。危うくおでこからガツンといくところだった。

 ふぅと一息つけたのだが、それで力が抜けてしまい結局頭をぶつけてしまった。


「~~! ……っ、いってぇー……あーやらかした」


 茶番じゃねぇか。バカか私は。


 しかし本当に危なかった。最初のやつが当たってたらこんなもんじゃ済まなかっただろう。不運は続くのはこれで実証された……とでも思わないとやってられない。


「都合よすぎだけどね。はぁ、朝から疲れた。とりあえず教室に戻ろ……」


 今度は足元に注意しながら遅い足取りで戻るのだった。


 


 授業中はいつにもまして全く頭に入ってこない。体育の授業は基本見学してるからさして影響はないけれど、おしゃべりの花が全く咲いてくれない。さっきまでのことが脳裏に焼き付きすぎて全然話が聴けないせい。


 ああいうピンチは人生で一回もなかったわけじゃない。小学生の頃に一回はあったはず。

 気になるのは連続したこと。ジュースで制服が濡れ、洗うために行った手洗い場で滑ってあわや頭が割れそうになる。まるで仕組まれたかのよう。


(……ありえないよね。さすがにできすぎ)


 一瞬「もしかして」と、ある可能性がよぎるが首を振って否定する。

 偽りの儀式の代償。霊が怒って祟りが――なんてもっとありえない。霊はいない、絶対。


 これ以上続くんなら信じてもいいけど、さすがにもうないでしょ。

 なんて考えてしまうのがもうフラグなんだよね……嫌な予感は当たるのが憎い。


「――華奈……華奈!」

「んぅっ!? ご、ごめん、なに?」

「今の声すごいな! ……じゃなくて、授業終わるから片付けやんぞ」

「あーもうそんな時間か。だるいなぁ」


 文句を漏らしながら立ち上がり、ぐっとのびをする。


 ポンポン飛んでくるボールを受け取って、倉庫内のカゴに放り込むだけの簡単なお仕事。体育の先生はちょろいからこれだけで内申取れて楽なもんよ。


「あとこれもよろー」

「いや重そうなのは遠慮しようかな」

「ボードくらい入れろよ! 引っ張るだけじゃん!」

「はいはーい、やりますとーっと」


 軽口叩きながら背の高い得点板をぐいぐい引きずるように運ぶ。ボードは無駄に大きく、キャスターが不調なせいで一層重く感じるし。しかもガリガリ言ってる気がする。


 別の子の協力もあってどうにか運送完了。少し奥の方まで押し込み、こぼれているボールもちゃんとしまって――としたところだった。


 倉庫奥に転がっているボールを見捨てておけずかがんだ時、大きな影がのっそりと覆いかぶさってくるのが分かった。すぐ振り返ると、今まさにボードが倒れようとしていた。


「華奈っ!」

(見えてるしまだ避けられるっての! そこまでとろくない!)


 思いきって横に跳びギリギリで回避。直後ガッシャーンと轟音が響く。着地はヘタクソだったので顔面から転ぶ形にはなったが、鼻血で済むなら御の字だ。


「華奈大丈夫!? ――ああ、血が出ちゃってるじゃん。はいティッシュ」

「ありがと。もうなんなの、今日の運勢最悪なんてもんじゃないんだけど」

「朝からツイてないよね。ほら出てて、後始末こっちでやっとくから」

「……助かる。保健室行くから、あとよろしく」

「がってん!」


 去る直前に片付けの風景をちら見。ボードは数人がかりでようやく起こしていた。そんなもん学校に置いとくもんじゃないだろ。

 もしあれをもろに受けていたら……無事じゃないことは確か。


「チッ、クッソ……早く帰りたい。こんなんじゃ身体がもたねーっつーの」


 この一撃のせいで、私の疑心が確信へと変化することに……いやせざるを得なくなった。

 むしろ信じて予測すればいい。そうすればまだどうにかなる、はず。

 不安や恐怖をごまかすように、私は無意識に笑みを浮かべて呟いていた。


「ほら、来なさいよ。報いなんて怖く、ないんだから」



 



 それからは――訂正、それからも苦難の連続だった。わりとマジでヤバイ。数歩歩くだけで危険が寄ってくるとか、そういうレベル。


 椅子に座れば崩れ、ドアに手を掛けると外れて倒れ、曲がり角からは重い荷物持ったやつが飛び出しぶつかってくる。

 まさに不幸のパレード。見たくも巻き込まれたくもないんだけどね。


「か、華奈さ、今日ホントやばいよ」

「……言われなくても分かってる。現在進行形で被害受けてんの私なんだからさ! ちくしょう!」

「テンションもおかしくなってる。チョコいる?」

「はぁ、はぁ……ありがとユッキ、もらうわ。甘いのでムリヤリ落ち着かせるしかない……」


 貰えるだけ口に詰め込み、糖分で脳内をずぶずぶにする。おかげでほんの少し頭が冷えた気がする。


「もしかしたら原因分かったかもなんだけど、聞いて?」

「選択肢なくない? まあ聴くよ」

「昨日やったカミ――」

「はいそこまで。先生に聞かれたらどうすんの、なるべく黙ってて。私もそう思ってるってことは言っておく」

「しょうち。やっぱそこに行き着くよねぇ。憑かれた? お祓い行っとく?」

「コンビニ感覚じゃないんだぞ。そうしたいのはやまやまだけど……」


 この辺にその手の寺や人物はいない。頼るとするなら遠出することになり、親にやってたことがバレてしまう。パパはいいけどママが怖い。怪奇現象よりママが怖いわ。


「あと三日。三日しのげればそれでいいのよ」

「なんで? ……あー思い出した。燃やして埋めるんだっけ」

「そこだけ聞くとヤクザじゃん。アタリよ、道具始末できれば多分終わるでしょ」

「だといいね。一応こっちで詳しい人探しておく」

「ありがと。それまでには解決するでしょ。してもらわなきゃ困る」

「だよね。その内箸が目に突き刺さったりするかも!?」

「ただのホラー映画じゃん。あっはは!」


 一緒に笑って嫌な空気を吹き飛ばす。本当言うと全く笑えないんだけど、こうでもしないとやってられない。


 ひとしきり笑って顔を上げユッキを見る。その瞬間私はぎょっとしてのけぞってしまった。


「おりょ、どしたの。虫でもいた?」


 そういう彼女の顔が一瞬だけ、ぐにゃりと歪み、目は空洞で真っ青になって見えた。瞬きすればすぐに戻ってくれたけれど、今のは、一体?


 なんでもない。そう返すのがせいいっぱい。大丈夫だ、そう思いたくてユッキを見るが顔だけが見れない。つい目を逸らしてしまう。


「やっぱ変だよ……早退したら?」

「そうする。ごめんホント」

「いいの、しっかり休みな――っと、ちょっと待って」

「ん?」


 勝手に帰る前に保健室に寄ろう。カバンを持って立ち上がった時、ユッキが私の袖をくっとひっぱって引き留めた。

 首をかしげていると、ユッキはポケットから折りたたまれた紙を取り出した。


「これ。華奈に渡してって」

「誰が?」

「えっとね――……あれ、誰だろう。女の子だったかな」

「ユッキが知らない人がいるとはね。女子から私に、ねぇ」

「たしかに渡したから。あとは頑張れ」

「そういうんじゃないでしょ。……色々ありがと、じゃ、バイバイ」


 ひらひら手を振って教室を出て、保健室の先生に事情を話して帰れることに。

 担任と話があると言い先生が出て行ったあと、受け取った紙を開いてみることにした。


 書かれていたのはたった一言。その一言は、私を打ちのめすには十分すぎた。赤く、指でなぞって書かれたそれは。


『オマエハ ワレノ モノダ』


 翌日から、私はひきこもることを決意した。嫌なことからは目を背けるに限る。

 最善の選択とは、言えないだろうけど。

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