『神憑き』

「くそっ……クソッ!」


 半袖の制服姿が増えてきた時期。私は苛立ちを抑えられず、ベッドにカバンを叩きつけた。


 ホント気に食わない。どいつもこいつも。

 ――私はただ『遊んでいた』だけ。一人寂しくしている子に構ってあげてただけだったのに、あいつときたら急に手のひらを返して反抗してきた。


「香のやつ……なによいい子ぶって。そんなにあいつが好きなのかよ」


 ――どうにか憂さ晴らしをしたい。あんなバカのことはすぐ忘れたい。


 なにかいい方法はないかとSNSで知り合いに片っ端から聞いてみた。簡単で、刺激的で、嫌なことを忘れられるようなものは何かと。


 そうして昔馴染みからとある儀式を教えてもらった。とってもスリリングなものを。これで思う存分遊び倒せる、退屈せずに済む。


 ……早く手を引けばよかったと後悔することになるとは、この時は思いもしなかった。


〈いいのあるよ! こっちで流行ってるやつでね〉

〈へー どんなの?〉


〈華奈ちゃん知ってる? カミツキ っていうんだけどね――〉




【一過性怪異奇譚 神憑き】




「みんなおはよー」

「おはよう華奈。おお、また染めたのか」

「キレイな茶髪っしょ? 前より明るめにしたんだ」

「カナちゃん似合ってる! もしかしてコスメも変えてない?」

「ミナ鋭いね。センセーにバレたくないから薄めにしたのに」

「イイ感じじゃん。どんなのか教えてよ」

「もちろん。えっとね――」


 学校に来て早々囲まれる私。あれこれ聞かれて全部に答えていく。


 私はクラスの人気者。気取っているわけじゃなく実際にそう。見た目にはかなり気をつかってるし、流行りは逃さず、なおかつ自分で作るようにしている。そうすれば常にグループの中心にいられてなにかと便利なんだよね。


 仲のいい子たちは、いわば私の手足。退屈をしのぐための手段だ。クラスメイトでさえも、気を紛らわすための道具。

 前までは気の弱そうな子をおもちゃにしていたけど、一人のバカに裏切られてその子で遊ぶことはできなくなってしまった。それもこれも――


「蘭おっはよー。今日もはやいね、さっすがー」

「おはよう、香ちゃん。香ちゃんがちょっと遅いだけだと思うよ。今日もお姉さんの?」

「まあね。弁当凝れってうるさくてー」


 あそこでのんきに喋っている香のせい。あいつに関わったせいで色々台無しになった。声を聴くだけでも腹が立ってくる。おもちゃは手放すことになったし、なんか変なことにも……。


「――チッ、ムカつく。あいつだけなんで……」

「気にすることないよ。ほっとこーよ」

「……そうね。はあ~、次のやつなんているかな~」

「じゃああの子は? がり勉の七海とか――」


 一人に固執する必要はないんだ。飽きたら次、いらなくなったら次。そうだ、いつもそうしてきた。今回もそうすればいいだけ。


 それに今日は、もっと面白いものを用意してきたんだから。


(香のことはもう忘れよう。早く放課後になんないかな)


 気を紛らわすためずっとお喋りを続け、先生が来てもHRが始まってもやめなかった。さすがに授業になれば黙ってけど、一切頭に入ってくることはなかった。






 そうして迎えた放課後。大体の人は部活に行き、香をはじめとする帰宅部のバカたちは荷物をまとめ校門にまっしぐら。


 対して私たちは教室に残り、目的もなくくっちゃべっていた。何人かはどっかの部に入っているけど最近はサボりまくっている。練習とか面倒だし疲れるもんね。わかるわかる。私どこにも入ってないけど。


 ファッションだとか誰が好きだとかの話で盛り上がっていた時、思い切って切り出してみた。


「ねぇみんな。ちょっと注目」

「ん? なんぞ?」

「今からさ、変わったこと……してみない?」

「変わったって。どんなのさ」

「それは――これ!」


 じゃーんとセルフ効果音をつけながら、カバンから木でできた人形を取り出して見せびらかす。


「えっ、なにこのキモいの。これがなに?」

「実は前から気になってたんだよね。降霊術ってやつ」

「マジー? 華奈の頭おかしくなったの?」

「いたってフツーだっての。ま、話だけでも聞いてけって」


 繋ぎでテキトーに話しながら、今度は少し大きめのマットを取り出し机に広げた。マットにはろくぼーせい? に十字が重なった模様が描かれている。絶賛中二病のやつがこじらせすぎて作った感あるね。


「こっくりさんは知ってるよね」

「それくらいなら、まあ」

「今からやるのはそれに似たやつ。昔の友達に教えてもらったんだ。『カミツキ』っていうやつなんだけど」


 人形を模様の真ん中に置いて、椅子を……えっと、ごぼーせい、だっけ……の形に配置する。


「簡単だよ。こうやってマットと人形置いて、五人で囲むの。で――――って言うと、神様が降りてきて質問に何個か答えてくれるんだって。試しにやってみない?」

「うーん、どうしよっかな」

「アタシはやろっかな。そういうの興味あるし」

「質問ってなんでもいいのかな? そしたら、やってみようかな……」

「恋の行方とか聞いちゃう感じ?」「ち、違うし!」

(よしよし食いついた。いい感じに遊べそう……!)


 盛り上がってるメンツは一旦無視して準備を続行。友達が送ってきた画像を見ながら手の甲にペンで『印』を書く。

 その時一人がマットをつんつん突っついて何かに気付いたように訊いてきた。


「ねえ華奈。これさ、普通のマットじゃないよね。触り心地がなんていうか、皮っぽいっていうか」

「ふぅん。ユッキすごいね」

「……当たり?」

「うん、羊皮紙っていうんだって。動物の皮でできてるらしいよ。パパに言ったらすぐ用意してくれたから大したものないと思うけど」

「いやいやいやいや。え、じゃあこの像は?」

「椿の幹削って作ったやつ。友達が送ってくれた」

「本格的すぎる……その手の模様もいわく付きってことかぁ……」

「ぴんぽーん。印が付いている人に神様が憑くから『カミツキ』なんだと――っと、準備終わり。じゃあ、やろっか?」


 私が言うと、参加したがっていた四人がお互い顔を見合わせてからゆっくり頷いた。逆らわないと思った。下手に反発するとどうなるか分かってる子たちだからね。都合がいいことこの上ない。


 四人を、そして私は像と向かい合うようにして座る。参加しない子らは人払いと見張りをお願いして、私たちは儀式に集中する。


「それじゃ、さっき言ったとおりにね。せーの」

「「神様。迷える我らに託宣を授けたまえ。迷える我らに託宣を――」」


 なんともそれっぽい文言を揃えて唱える。聞くだけだとほぼお祈りでしかない。


 するとまもなく像がカタカタ揺れ始めた。そして次は私に変化が。


「うっ……! く――」

「カナちゃん!? も、もしかして本当に……!?」

「――……『聞こう。汝らの迷いを』」


 まるで、私が私でないかのような。そんな感じ。


「誰もいかないなら私からいくよ。えっと、行きたい高校ある……んですけど、受かりますか?」

「『数学を重点的に勉強すべし。さすれば合格するであろう』」

「マジすか!? 数字苦手だし、今から対策しとかんとかー」

「じゃ、じゃあ次アタシ! 今のカレとうまくいってないんだけど、どうすればよくなる?」

「『普段より気をつかってやりなさい。小さい気配りにこそ、男は惹かれるというもの』」

「うっす、優しい女になるっす!」「いやお前誰だよ!」


 なんて盛り上がり、質問が二週したところで「もう終わろうか」という空気が満ち始めた。みんな顔を見合わせうんうん頷き、先に教えた通りの呪文を唱えた。


「「お告げに従います。お救いくださり感謝いたします。どうぞお帰り下さい」」


 すーっと身体の力を抜き、憑いてたものが取れた感じに。なんかもう疲れた。


 終わった後のみんなはすごいものを見たと言わんばかりに目を見開き、質問の答えについて一層の盛り上がりを見せている。好きな人と結ばれるだの、将来はうまくいくだの。ちなみに私の分の質問は用意していなかったので、ただ言葉を伝えただけになる。


「おつかれさま、華奈。これマジのやつ? 全部華奈の自演ってことはない?」


 興奮まじりにそう訊いてきた。まあ気になるでしょうね。こっくりさんの五円玉が動くのとはまた違う、自演がしやすいものだとは分かっている。


「疑うのもしゃーない。でもね、ユッキの成績とかショーコに好きな人いるなんて知らなかったんだよね。ついさっきぼんやりと聞いてて初めて知ったし」

「そうなの?」

「じゃなきゃ名前までピタリと言えないって。ていうかショーコ、よく付き合えたよね、おめっとさん」

「お祝い雑すぎでしょ!」


 ところでさ、とユッキが像をつっつきながら訝しげな目のまま声をあげた。


「これの後始末ってどうすんの?」

「逆に訊くけど聞いてどうすんの?」

「ほら、後学のために」

「またやる気満々かよ。別にいいけどさ。像とマットは印持ってる人、つまり今回は私ね、その人が四日間保管した後に処分するの。像は埋めて、マットは燃やしてね」

「なるほどー。でもツバキの像とよーひしなんて手に入らんから二度目はないだろうな」

「やりたくなったら言って。パパにまた用意してもらうから」

「パパさんご愁傷さん……」


 最後はパパへの感謝・反省会をして、カミツキは終わるのだった。



 




「くっ……ふふ……アーハッハッハ! ホンットバッカみたい! サイコーの反応だったわ!」


 家に帰りパパにありがとうを言ってすぐ部屋に引きこもる私。最初に出てきたのは、思い返すと気持ち悪くなるレベルの笑いだった。


「はー……フフッ。まさかあそこまでうまくいくなんて。色々根回しした甲斐あったなー」


 カバンも身体もベッドに放り投げ、ぐっと広がる達成感を堪能する。


 道具はれっきとしたホンモノ。小道具だけはリアルにすれば一気にらしくなる。


 じゃあ彼女たちの情報はどうやって知ったか? そんなの簡単。彼女らの知り合いをゆすって引き出したまで。見返りにほんのちょっとのプレゼントをしてあげれば勝手に黙っててくれる。


 全部私のてのひらの上。私の『お告げ』を真剣に聴くさまで笑いを堪えるのは本当に大変だった。演技力でカバーできてなかったら信頼失墜必至だっただろうな。


「新しい弱みも握れたし、これからもっと楽にできるなぁ。あ、柚子に連絡しとこ。いいもんのお礼はしないとねー」


 寝っ転がったままスマホをポチポチ。ちょうど暇だったらしくレスがかなり早くついた。


〈ゆずこありがと! カミツキうまくいったよ!〉

〈ほんと? よかったぁ 失敗しやすいから成功するよう祈ってたんだ〉


 自演でしたけどねぇ! 結果成功だったからお祈りは無駄ではなかったね。


 画面に向かいながらずっと笑いを漏らしていた。


 だが、次のレスがぐさりと突き刺さるようなもので、思わず身体を起こしてしまうものだった。


〈一応きくけど 儀式中変なこと してないよね?〉


 私がすぐ返信しないでいると、続けて柚子は言う。


〈もし神様の機嫌を損ねちゃうとね よくないことが一生続くって じいちゃん言ってた〉

〈よくないことってどんな?〉

〈そこまでは知らない でも じいちゃんすっごい険しい表情だったよ それとね〉

〈なによ〉

 

 まるでいいところでCMを入れるクソ番組みたいに溜めるてくる。若干焦り気味で催促した、次のレスは。


〈魂持ってかれる って 華奈ちゃんいたずら好きだから心配で〉


「……チッ。そういうのは最初に言えっての」


 反射で舌打ち。これはやるなよっていうのをやった後に言われたらさ、誰だってイラつくもんでしょ。


 はっきり言って私はオカルトは信じていない。だから今回のなんちゃって降霊術をしたわけで。ばちあたりとか幽霊が怒るとか、そもそも幽霊自体も信じてない。


 でも、これは少し危ないんじゃないか、と考え始めている私がいる。道具が本格的すぎた。それが根拠。


〈ねえ柚子 木の像送ってきたじゃん?〉

〈うん ニセモノか疑ってる? ばっちりホンモノだよ じいちゃんお手製、椿の依代木像 作ってる途中の写真送る?〉

〈いらんわ それを確かめたかっただけ〉


 まずはこっちの確証は得た。マットの羊皮紙はパパがちゃんとしたところから買ってきたものだから本物で確定。


 ……これ、まずいやつ?

 いやいや、降霊術なんてほとんど、というか全部嘘っぱち。テレビでやってる霊との交信とかいうのもやらせなんだから。


(でも……もしガチなやつなら……気を確かに、私。あるわけないんだから、そんなこと)


 一抹の恐怖が、心にねっとりと絡みついてくる。どこかから声が聞こえてくるようだ、『お前を掴んで離さない』と。


〈そんなことにはならないよ さすがの私も分別はついてるから〉


 やってしまったものは仕方ない。このまま何も起こらないことを祈るだけだ。


「――祈る、か。ふんっ、バカバカしい。祈る相手なんていないのにね」


 こうなったら、最後の最後まで信じない道を選んでやる。たとえどんなことになっても。


 ――もっとも、そもそも自演したことが全ての間違いだったわけだが。この時の私には不信以外の選択肢がなかった。


 「さてと。アレをどっかにしまいますか。四日かぁ、どこにしまっておこうか」


 忘れないうちにカバンから出しておこう。こいつを持ち歩くなんて正気じゃない。あと期限を守るのは、あくまで念のためってやつ。

 道具を取り出しベッドの上に広げる。部屋を見渡し最適な場所を探してみる……その時。


「ぃっ……血が……トゲ?」


 なにげなくマットを触っているとちくりとした感覚が。指からは血がほんの一雫にじみ出る。苛立ちを抑えながらマットを注視するが、トゲらしきものは一切見つけられない。

 一体なんなの。あーあ、血がシミになっちゃった。まあいいか、そのうち捨てるんだし。


「なーんかマズイ気はするけど、いいや。とりあえずベッドの下にでも置いておこうっと」


 適当なビニール袋に詰め込んでベッド下にポイ。ママにバンソウコウ貰って、そのあとはご飯とお風呂。いつも通りに過ごせばいい。


「これでよし、と。ねーママー、バンソーコーちょうだい。あと今日の晩御飯はー?」


 リビングにいるであろうママに呼びかけながら私はドアを開ける。


 一瞬、何かが動く音がしたけど、これもどうせ気のせい。振り向くことなくそそくさと部屋を出るのだった。

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