第45話 ある元貴族の思惑

◆虚空のダンジョンに近い街の元領主視点



 ──ダン

 コップをテーブルに叩きつけた。


「ちくしょう!」


 私は、安い酒場で酒を煽っていた。酒場は喧騒に満ちているので、私の独り言は誰にも届いていない。

 財産没収の上、領主解任及び、爵位剥奪だと? この国のために尽くして来てやったのに。それが、この仕打ちか。

 妻と子供は、妻の実家に帰ってしまった。あの軽蔑の視線……。もう会うこともないだろう。


 だが、機転を利かせて、四大属性の指輪を屋敷以外に隠していたのが幸いした。

 こっそりと街に戻り、回収して他の街の闇市で高値で売れた。一個でそれこそ、十年は遊んで暮らせる資金が手に入った。いや、質素に暮らせば、数十年は暮らせるだろう。残りは、三個だが隠している。というか、取られないように密かに埋めた。

 今は、安い家を買い、そこで独りで暮らしている。

 残りの人生は、家と酒場を往復して終わりかもしれない。

 そんなことを考えている時であった。


「少しよろしいかしら?」


 見知らぬ美女が俺のテーブルに座って来た。


「……、ああ。酌でもしてくれるのかい? 話し相手になって貰えれば嬉しいかな。それとも夜のお相手を探しているとか?」


 見知らぬ美女は、エールを軽く飲む。

 その仕草だけで美しいと思ってしまう。


「そうね。教えて貰いたいことがあるの。内容によっては、今晩の相手になってあげてもよろしくってよ」


 思わずニヤける。


「何が聞きたい?」


「虚空のダンジョンについて……」


 予想通りであった。この美女は、俺が元領主と分かって近づいて来たのだな。


「ここではなんだ。俺の家で話をしよう。聞かれて困る内容もあるのだろう?」


「せっかちね。移動は、まず色々と教えて貰ってから考えようかな」


 ふん。良いだろう。それにしても、このような駆け引きは久々である。心が躍る。

 美女は、虚空のダンジョンからの産出物から聞き始めた。過去に属性の指輪以外に何が出たかだと? 貴金属や魔剣は出たが、防具やアクセサリーは出なかったことを伝えると考え出した。

 これだけで分かる。この美女は、騎士だろう。いや、暗部の人間かもしれない。国の諜報部員の可能性もあるな。

 まあ、さすがに命を取ることはしないであろう。俺はやれることがやれればなんでも良い。

 その後、属性の指輪の話になった。行き詰った冒険者や、街の顔役だった冒険者の話……、根掘り葉掘り聞かれた。

 時々じらして、『忘れたな~』と言うと、触らせてもくれた。今晩の期待が膨らんで行く。


「大体分かったわ。あなたは、あまり情報を持っていなさそうね」


「はえ!?」


 美女が席を立った。慌てて腕を掴む。


「おいおい、これでお別れかよ。報酬を貰いたいのだがな」


 美女がため息を付いた。次の瞬間に天地が逆転した。少しして、後頭部を殴られたのに気が付いたのだが、そのまま意識を失った。





 どれくらいの時間を寝ていたのだろうか。

 気が付くと、牢屋のようなところで寝ていた。手足の拘束は無いが、この部屋の出口は分からない。


「起きたようね」


 慌てて声がした方を見た。酒場で声をかけて来た美女であった。

 服装が変わっている。鎧は装備していないが、騎士の装束である。

 それを見て血液が沸騰する。


「……、騎士が、いや、この国の役人が俺に何の用だ?」


 美女がため息を漏らす。


「つれないのね。ここで昨日の報酬を支払っても良いのよ?」


「っは! どうせ俺の命とか言うのだろう? 俺にはもう何もない。これ以上奪えるものもないだろう? 開放して貰おうか!!」


「上手く動いてくれたら、男爵位くらいは用意出来たのだけど、無理そうね」


「甘言には乗らんぞ! とっとと開放しろ!!」


 ──パチン


 美女が指を鳴らすと、壁が崩れて階段が出現した。これも空間魔法だろう。ブロックを積み上げて壁にしただけだ。まあ、破壊不可能のドアと言ったところだろう。

 その先からは、光が差し込んでいる。

 美女に視線を向けるが、彼女はもう俺を見ることはなかった。そのまま、階段を登り外へ出る。

 街の教会の地下に作られた牢屋だった。地下室に閉じ込められていたのか……。ここは、彼らの拠点の一つなのだろう。明日には、埋められて使用不可になると思われる。

 だが、そんなことは俺には関係がない。

 そのまま家路についた。



「ふう……」


 俺は家に着いてため息を付いた。あの美女は、ダンジョンに住み着いた者について知りたいようであった。色々と質問して来たが、あの多数の質問の中で彼女の眼が鋭くなったのを感じた。だが、俺はダンジョンに住み着いた者の情報は持っていなかった。当たり前だ。俺はダンジョンに入ったことすらないのだから。

 後、2・3回は接触があると思われる。だが、俺は満足な回答をすることは出来ないであろう。

 騎士が無用と判断した者の末路を思い返す……。

 口惜しさがこみ上げて来た。


「風の村に逃げるか……」


 騎士の追手から逃げるには、それしか思い浮かばなかった。

 その日のうちに、必要な物だけを纏めて街を出た。



 旅路の途中で、俺は誓った。騎士……いや、この国の王族に復讐してやると。



 数年後の話になるが、俺は魔人族とエルフ族と同盟を結び、魔力の使えない者に四大属性の指輪を渡し、レジスタンスを結成することになる。

 虚空のダンジョンのダンジョンマスターの協力と、『水の精霊の世界の柱』が協力してくれるのが大きかった。

 そして、数年後に王制を廃止させるまでに至った。まあ、俺はそこまでであり、その後、美味しい思いは出来なかったのだが……。

 これは先の話であり、今は憎悪を燃やして涙を流している俺が、そこにいるだけだった。

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