第44話 それぞれの思惑
◆ある騎士視点
私達は何をしているのだろうか……。私は土木工事をするために騎士になったのではない。国民を守るために騎士の立場を受け入れたのだ。
昔を思い返す。魔法を磨いて、冒険者になった時のことを。
その後、魔物やダンジョンの踏破など功績を積み上げて行った。
途中でパーティーメンバーが亡くなる不幸もあった。
何度か、パーティー解散も経験した。それでも立ち上がり、遂に貴族の目に留まった。
試験を経て、私は遂に騎士に選ばれたのだ。
それからは全てが変わった。街を歩けば、庶民は頭を下げて来る。
昔の冒険者仲間でさえ、頭を下げて来た。
だが、実際に騎士になってみると、思ったより窮屈であった。
王族貴族の命令には絶対服従を求められる。それが物理的に無理であってもだ。
そして、街の問題も解決せねばならない。強盗を捕まえられない時など、陰口を叩かれた。
正直、冒険者時代より忙しく、収入が少なくなってしまった……。
ある時キレて、騎士を辞めた先輩がいた。
冒険者に戻ろうとしたのだが、貴族の嫌がらせに会い、また、同僚からのイジメを受けていた。
そして、どこかに消えてしまった。まあ、十中八九、風の村だろう。
あの村は、この国で行き場を失った者が向かう最後の砦なのだ。
「必要な材木は揃ったか?」
私の上官に当たる騎士が話しかけて来た。
「は! 必要数は運んで来ました」
「うむ。次は石材を頼む」
うんざりである。いかに【収納】があるとはいえ、この数日荷物運びばかりである。だが、王都には国民がいなくなっていた。誰もいない王都の治安を守っても虚しいだけである。
そのまま、石切り場へ向かった。
石切り場は、もう作業が済んでいた。まあ、当たり前か。騎士の【空間切断】があれば、山一つを石材に変えるなど、一日で済むであろう。数人の騎士が、石切り場と新王城を往復していた。私もその列に加わる。
王命が下ってから、三日が過ぎた。資材は揃っている。後は、組み上げと装飾だけだ。だが、ここからが難しい。空間魔法が使えないとなると、途端にペースが落ちる。
職人と奴隷を確保しているが、本当に城が完成するのかは分からない。
完成しなかった場合は、どんな厳罰が下るのか。
いや、反旗を翻す騎士が現れるかもしれない。
その時に私はどうするか決めておこう。
◆氷の王女視点
今日もすることがない。
本当は同族を助けに行きたい。人族を蹴散らし、魔人族だけの街を作りたい。だが、騎士に瞬く間に制圧されてしまうであろう。
そして、私は死ぬことは許されない。
氷の精霊を撫でる。
妾は、精霊に愛されている。それが辛い。父上は、勝てないと分かっている戦に身を投じてあっけなく亡くなってしまった。残される者のことなど何も考えずに……。
父である魔王の死後、この世界は安定を失った。
人族はそれを分かっていながら、さらに安定を壊そうとする。自分達の種族のことしか考えない者達など、愚かしいとしか思えなかった。だが、彼等がこの世界の覇権を握っているのだ。
人族の考えが正しいのだろうか……。
そういえば、こないだ得体の知れない人族が来た。
テオドラを保護していると言って来た。テオドラが生きている……。固まっていた妾の心が揺れた。
気が付くと、その者を全力で捕えようとしてしまっていた。
妾の氷魔法の天敵は、火魔法だと思っていたのだが、風魔法で無効化されてしまった。
何も出来ない日々……。思考が鈍っていたのだろう。何も考えずに死地に飛び込んでしまった。
だが、その人族は、妾を拘束することも凌辱することもしようとしなかった。久しぶりに楽しめると思ったのだが……。本当に何しに来たのだろうか?
気になったので、氷の精霊を憑けてみた。
数日後に、精霊同士の会話でテオドラの生存を確認した……。しかも、本当に世界の柱になっていた。
テオドラは父である魔王の後を継いだことになる。涙が出てしまった。
凍り付いた妾の心にも、まだこの様な感覚が残っていたとは。
「テオドラに会いたいの~」
窓から外を見て、叶わない願いを口にしてみる。
だが最近、精霊がザワついている。あの人族がこの世界を何とかしてくれると……。
淡い期待を持ちながら、その時を待つことにした。
◆雷帝視点
「ふぅ~」
今日も同族の愚痴を聞かねばならぬ。
やれ、人族の街に攻撃を仕掛けるだの、やれ、毒を撒くだの。現実味のない話ばかりを聞かねばならぬ。
本当に疲れる。
だが、予が話を聞かねば、このダンジョンから出て行き人族に攻撃を仕掛ける者も出よう。それだけは止めねばならぬ。
人族は遠からず内戦に突入する。これは、精霊からの情報なので確かだ。
予を含めたエルフ族は、ただ待てば良い。いや、その前に数を増やさねばならぬか……。
本音を言えるのであれば、魔力のない同族も保護したい。だが、予の見つけた、『魔力を持たぬ者を生み出させない方法』のためには、この森に入れるわけにはいかなかった。
遅々として進まない現状をただ一人で嘆いている……。予はそれしか出来なかった。
時折、氷の王女の様子を精霊に聞いてみるが、氷の王女は本当の孤独だ。予よりも酷い。
氷の王女には、たまにだが使いを出している。空間魔法の使い手のエルフを使いに出しているのだ。上手く身を隠して届け物を渡してくれている。
氷の王女からは、感謝の言葉が返って来るが、心を閉ざしてしまっているので何を送っても無感情に受け取っているそうだ。
この世界で、氷の王女ほど気の毒な者もおるまい。
そういえば、こないだよく分からぬ人族が訪ねて来た。
その者の情報は精霊より受けていたのだが、軽く会話をして帰ってしまった。せめて、この世界を騒がせている属性の指輪とやらを置いて行ってくれれば、同族に渡して人族に広めたものを……。そうすれば、同族も少しは不満も解消出来たであろう。
本当に何しに来たのだろうか?
気になったので、雷の精霊を憑けて監視させているのだが、ダンジョンで寝ているらしい。
つまるところ、人族の瓦解を待っているとしか考えられなかった。
だが最近、精霊がザワついている。あの人族がこの世界を何とかしてくれると囁いて来る。
このことは、同族に言うことは出来ない。変な期待を持たせてしまっては、取り返しがつかなくなる。あの人族を担ぎ上げようとする者も現れよう。
「……息が詰まりそうじゃ」
空を見上げて、本音が出てしまった。
誰も何も出来ない日々……。
正直、予はあの人族にも期待は持っていない。
何か、目に見える変化が欲しいのう……。
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