第43話 勇者の目覚め

◆騎士長視点



「良いか。今から『鬼人の勇者』の封印を解く。暴れることはないと思うが、一応は警戒しておけ」


 私以外の騎士十人が、敬礼した。

 鬼人の勇者は、歴代の勇者とは異なっていた。余りにも異質……。その実力は、勇者の中でも頭一つ抜けていた。

 そして、鬼人の勇者の願いを聞くことを条件に、『時間停止』の封印を行っていた。封印が解かれるのは、国が危機に陥った時だけである。

 初めて封印が行われたのは九十年も前のことだ。それから目が覚めれば、知人などいない世界……。それでも、鬼人の勇者はこの国に尽くしてくれている。約束が守られている間は、人族に味方をしてくれているのだ。


 一人の貴族が、結界の魔方陣に触れる。この者は騎士ではないが高い魔法技術を買われて封印解除のカギを持っている者だ。

 貴族が結界に触れて、決められて手順で魔力を流して行く。

 数分もしないうちに、結界は消え去った。


 鬼人の勇者の眼が開かれた。


「気分はどうだ?」


「……目を瞑って、開いただけだ。何も変わらんよ。手足も問題なく動く」


「そうか、それは良かった」


「そなたは、前回見た気がするが……。どれほどの時間が経っているのだ?」


 ほう……。前回は従者として、この鬼人と関わったが、私の顔を覚えていたか。


「五年だ」


 鬼人の勇者の表情が険しくなる。


「国の情勢は良くないようだな。して、今回の敵の情報を貰おうか」


「まず、魔力を持たない者が、全人口の半数となった。そして、西の辺境のダンジョンに国に仇なす者が現れた。騎士数人で掛かっても勝てないほどだ。そして、『これ』を量産している」


 属性の指輪を、鬼人の勇者に渡す。


「なんだこれは? 魔道具の指輪か?」


「その指輪を付けると、誰でも魔法が使えるようになる」


 驚く、鬼人の勇者。

 そして考え出した。


「……この指輪が原因で内乱が起きたのか? しかし、魔力を持たぬ者が半数か。五年で随分と急激に増えたのだな」


「いや、まだ内乱までには至っていない。だが、現体制は崩壊寸前だ。国王はそなたを使ってダンジョンの制圧を命令して来た」


「国民の半分が、敵となってしまっては、この国は終わりだろう。それに前回の魔王討伐。魔人族とエルフ族も同時に攻め込んで来たら王族は生き残れないのではないか?」


「そなたは、余計なことは考えなくて良い」


「……まあ、そうだな。現体制が崩れれば、ワレは解放されるのだし。それよりも、風の村は存続しているのか?」


「それについては、王都の誰も分からない。不干渉の盟約を続けているのでな。まず、見て来てはどうだ?」


「そうだな。行かせて貰おうか。その間に、準備を頼む」


「承知した」



 鬼人の勇者が、【飛翔】して風の村へ向かった。私はそれを見送る。


「よろしかったのですか? あのような自由を与えるとは」


 部下が話しかけて来た。


「ああ。盟約なのでな。風の村の確認をさせれば、こちらの指示に従ってくれる。それよりも、鬼人の勇者に説明する資料と、装備を整えておけ」


「っは!」





 鬼人の勇者が戻って来た。風の村の存続を確認出来たので、今回の依頼を受けると言って来たのだ。

 正直ありがたいが、国難の度にこの鬼人に頼っているようでは、この国も終わりであろう。

 いや、この鬼人が倒されれば、人族が全滅する可能性もあるな。

 余計な思考が過ったが、私の生きる時代であればまだ持つであろう。とりあえず、今回の依頼を済ませてしまおう。


 地図を出し、虚空のダンジョンの場所を教える。鬼人の装備は、五年前と同じ物を渡した。手入れは怠っていなかったので、錆などもない。

 剣を抜いて、その輝きを見た鬼人も納得してくれたようだ。


「この虚空のダンジョンを閉じるのが今回の依頼と考えて良いか?」


「いや、このダンジョンは、先ほどの指輪を産出している。ダンジョンを閉じる許可は下りていない。それよりも、『元日本人』を名乗る者を葬って来て欲しい」


「ダンジョンは残し、『元日本人』を倒せば良いと……。その『元日本人』についての情報が欲しい」


「まず、何かしらの方法で空間魔法を阻害して来る。それと、四大属性魔法で空間魔法を攻略済みとも語ったそうだ。俄かには信じ難いかもしれんが、実際に騎士を数十人倒されている。戻って来ない騎士も数人いるほどだ」


「四大属性魔法で、空間魔法の使い手を圧倒していると……」


 考え込む、鬼人の勇者。


「それと、水魔法でポーションを作ったらしい」


 ──ピク


「他に変わった魔法の使用は、確認出来ていないのか?」


「『重力』だの『光』の魔法と言っていたそうだ。それと、森を操ったとも連絡を受けている」


 鬼人の勇者が笑った。


「明らかに転生者か転移者だな。異界の知識を魔法に組み込んだか。……面白い」


 それだけ言うと、鬼人の勇者は虚空のダンジョンに向かってしまった。

 これで、王命の方は大丈夫であろう。


 それよりも、新王都の建設を急がなければな。

 民衆がいつ反乱を起こすかも分からない。この隙に、魔人族やエルフ族が攻め込んで来ないとも限らない。

 やることは山済みだ。


 私は、部下を引き連れて、新王都に向かった。

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